
相手の立場に立つこと
不登校の次男が、来年4月には高校進学を控えている。
さて、どうしたものか。
正直、何の問題もなく学校へ通えている子であれば、高校選びにはいくつもの選択肢があるだろう。どこの高校へ進学するか迷うのも、また一つの悩みだ。
けれど我が家の場合、選択肢はほぼ一択しかない。
迷わなくて済むのは良いことかもしれないが、その一択を落とすわけにはいかないというプレッシャーもある。
なぜ学校へ行かないのか
元夫はよく言う。
「この先の苦労を考えたら、学校に行かないとどうなるか分かるだろう」
確かに、その通りだと思う。
でもそれは、私たち大人が今の年齢になり、たくさんの経験や失敗を重ねてきたからこそ分かることだ。
私が、
「友達もいないし、中学3年生にもなると人間関係も固まっているしね」
と話すと、元夫はこう返す。
「そんなの関係ないだろ。一人で行動すればいい」
それも、大人だから言える言葉なのだと思う。
一人でいることの気楽さも、人と違う選択をする強さも、長い時間をかけて学んできた結果だから。
だけど今、悩んでいるのは子ども本人だ。
相手の立場になって考えること
元旦那と話していると、相手の立場や気持ちになって考えることが少し苦手なのかな、と感じることがある。
そのたび私は、一つひとつ噛み砕いて説明する。
私たちが15歳だった頃を思い出してほしい、と。
友達がいるのが当たり前だったこと。
どのグループに属するかが大事だったこと。
異性からどう見られているかを気にしていたこと。
そして、一人になることが何より怖かったこと。
15歳という年齢は、そういう時期だ。
この先どうなるのか
そんな不安なら、本人も十分すぎるほど分かっている。
学校へ行かなければ将来困るかもしれない。
勉強も遅れるかもしれない。
進学だって難しくなるかもしれない。
そんなことは、誰より本人が知っている。
それでも行けない。
今この瞬間の恐怖や不安に押しつぶされそうになって、前へ進めないだけなのだ。
学校へ行かなければならないこと
不登校の子どもたちの多くがとっくに理解している。
「行かなければいけない」
でも、
「行けない」
その葛藤の中で苦しんでいる。
正直、元夫のような考え方をする大人は、実は少なくない。
けれど、子どもを変えようとする前に、親の意識を変えることも必要なのではないかと思う。
まずは相手の気持ちに立ってみること。
理解しようとすること。
すべては、そこから始まるのではないだろうか。