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【連載小説】檻城の姫君|第一章 第三話 「王城脱出」

     ▼前回▼


     後はもうわけがわからなかった。
     しばらく走ると追っ手が現れた。ひどく慌てているようだった。
     もうしばらく走ると、追っ手が増えた。
     姫は手も足も地につけて華麗に走った。めちゃくちゃ早い。しかも背に翔を乗せて。
    「ね、一発かましてくれない? 足止め」
     フライは先ほど翔に渡した物騒な獲物を使えと言う。━━銃だった。もう猫のくせになんて言っていられない……。
    「えぇっ⁈ 無理! 銃なんて使えないっ!」
     姫の背にしがみつくだけでも必死だ。
     脚が長いのが徒(あだ)になった。翔は、さっきから、地面に何度も脚を擦りそうになっている。実際何度か擦った。
     ガキのチャリの後ろに、無理やり二人乗りさせられているようなもんだ。
    「大丈夫! セーフティ外して、適当にトリガー引くだけでいいからっ! あっ、でも、本当に当てちゃだめだよ! 犯罪だからね!」
     人を略取させた犯罪者が何を言う。
     そう言いたかったが、言える状況じゃなかった。
    「でもセーフティっってドレ? それに、あいつら、追ってくるだけで、攻撃してこないじゃん! そんな奴らに、打てねぇよ!」
     さすがに相手が姫なので、追っ手は困っている模様。ライフルとかの武器を装備してはいるものの、銃口を向けてもこない。
    「翔って、優しいね」
     フライ姫は嬉しそうにそう言った。いや、単に翔は正当防衛がどうのこうのと考えていただけだったのだが━━。
    「銃口なんか私に向けたら、不敬罪にでもなるとか考えてるんじゃない? ばかだよね!」
     フライはどこか自嘲気味に笑った。
    「っていうか、走るのに夢中で、前足ふさがってて、銃なんて使えないだけかも?」
     今度は茶目っ気のある笑い声。
     確かに、追っ手もフライよろしく四足使って走ってる。地球にいるその辺の野良猫みたいだ。
    「あっ、そっか……?」
     猫ってばかかも。翔は一瞬そう思った。
    「こっち!」
     フライは右手に曲がった。
     ちなみにまだ城内である。中世ヨーロッパっぽい城だった。いや、そんなの実際見たことないから、どっちかというと翔にはRPGのイメージか。
     ドラゴンみたいに高く横幅もある、灰色の石の城壁。お姫様が閉じ込められているか、ボスキャラでもいそうな円塔。色彩豊かな花咲くパティオ。フライの部屋のバルコニーからは見えなかった月も見えた。
     三日月だ。残念ながら、三日月には恋人は居ない。一人寂しく夜空に浮かんでいる、慰めてくれるのは、小さな星々か。


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     ━━しかし、翔にはそんなもの見ている余裕はない。出口のない迷路を走っている気分だった。いくつか角を曲ったかわからない。自分がどこにいるのかもわからない。そもそも自分が今いる星だってどこなのかもわからない。
     太陽系が恋しい。地球が懐かしい。
     だけど、迷路に終わりはあった。
    「いやっほう!」
     フライがそう叫んだのは、一体彼女の部屋を抜け出してからどのくらいたった頃だったか。
     その叫びの意味を理解し損ねた翔は、彼女の言葉をなぜか頭の中で漢字に変換する。
     いやっほう。嫌法? 嫌砲? 嫌宝?
     ━━ただの歓喜の叫びである。
    「ありがとう! 翔のおかげだよ!」
     フライ姫は大胆にも翔に抱きつく。顔を王城脱出の興奮で真っ赤に染めて。
    「え? え? え?」
     何もせずただ我を忘れて叫びまくっていた翔は(混乱すると翔は叫び魔になるらしい)、茶虎の猫に抱きつかれたまま、わけがわからずされるがまま。


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     ━━振り返ると、王城が彼方に━━というわけにはいかなかったが、後方にあった。
     見かけの割に照明は松明とかではなく電灯なので、夜だけど明るい変な感じの城。
     ばかっぴろい敷地。端なんか全然見えない! 高さもかなりある。五階くらいある? 塔はもっと高い。ディズニーランドなんてもんじゃない! 信じらんねぇくらい広い! 広いったら広い! よくあんなトコ、逃走してきたもんである。今いるのは、どこかの暗い道。
     針葉樹が道の脇で自己主張しているが、なんとなくこないだ歩いていて翔がアレにさらわれてた道に似ている。
     どうやら城から抜け出せたようだと、やっと翔にもわかり始めた。
     実はこの日のためにフライが前もって目をつけていた脱出経路を辿り、もう誰も使っていない植物に覆われた隠し戸を彼女自ら蹴破って、翔を再び背に乗せこの町外れの小道まで運んできたのだった。
     はっきりいって彼女一人の手柄である。翔はお荷物にこそなれ、何もしていない。しかし彼女はなぜか純粋に翔に感謝している。無邪気に喜んでいる。
    「ずっとずっと待ってたんだ。探してたんだ。私のことを城から連れ出してくれる人!」
     フライは翔の顔を舐めた。まさに猫━━ていうか、犬?
    「うわぁっ⁈」
     猫や犬なんか飼ったことのない翔は慣れないことに驚いてまた叫ぶ。すでに喉が嗄(か)れていた。
    「ありがとうありがとう翔ありがとう!」
     フライは笑っていた。嬉しくて嬉しくてたまらないらしい。
    「あ。そうだ」
     フライは翔から体を離した。急に目を逸らしてどうにも恥ずかしそうに両手で両頬を押さえる。
    「あのね、あのね……」
     茶虎やめました。いまから赤猫(?)です。ってくらい全身真っ赤にしている。
    「? なに?」
     鈍感な翔にはその変化がよくわからない。  
     恋する乙女のように、恥じらいまくりのフライを不思議そうに見ている。フライは言った。
    「キスして!」
     翔は化石のように動かなくなった。
    「キ、キ……」
     脳裏に蘇ってくる忌々しい言葉。テ・ゴ・メ。
    「キ、キ、キ……」
     猿みたいだった。言語中枢破壊されたかのごとく、猿まねしかできない。
     ……何が哀しくて、化け猫とファーストキスしなきゃならんのか。笑われる。香苗にコケにされる。
    「あのね、伝説なの! <檻城の姫君>は、遠い星からきた少年とキスをするの。そうしたら、すべてが変わるの。解放されるのっ!」
     フライの言っていることは翔にはやっぱりよくわからなかった。
     ただそう言ったフライがとても悲しそうな顔をしていたから、途惑った。途惑っているうちに、フライは翔に近づいた。
     泣きそうな緑灰色の瞳が、翔の黒瞳(こくどう)の間近で、静かに閉ざされた。
     その瞳に魅せられて、抵抗できなかったのかもしれない。 

     短いキス。

     フライの唇は、冷たく湿っていた。
     そして、魔法のように━━あたかも伝説そのままに、フライは姿を変えた。
     ドレスは活動的な毛皮飾りのついた緑の上着と赤いミニスカートに。
     隠れていた脚が現れて、ブーツを履いているのがわかった。
     少し癖のある細い茶の髪の毛には、額の辺りに茶虎っぽい模様があったりする。
     肩より少し短めの髪の毛。だがよく見ると。後ろの髪だけがとても長く、三つ編みにしていた。
     人間の女の子だった。
     ばかでかい猫耳と、ミニスカートから垂れた尻尾がなければ。
    「うわぁぁぁぁあぁああああっっ‼︎」
     お約束どおり、翔は絶叫した。今までで一二を争うかもしれないくらい強烈な叫びだった。
     フライは猫耳をちょっと動かしたが、もう慣れたのか、気にぜず、満足げに自分の体を見回している。
    「どどどどどうして……?」
    「さぁ、早く行こう! この姿ならしばらく追っ手も巻けそうだけど、用心に越したことはないもんねっ♪」
     スキップしそうなフライに手を引かれて、翔は街へ連れて行かれた。

     フライは翔に服を買ってくれた。「目立つから」とか言って、結構人気のある我が校のブレザー&スラックスの代わりに、青いトレーナー(なぜか半袖)と、丈の短い白のベストと、ついでに空色のズボンを買ってくれた。
     長すぎるのに店で裾詰めサービスをやっていなかったので、しかたなく、裾を折り返した。
     アクセントに、藍色のアームウォーマー。 
     スニーカーとか靴下とかはそのまま。
     かわいい猫ピアスもそのまま。
     脱いだ制服は、丸めてショルダーバッグに突っ込んだ。
     街には猫が溢れていた。人も溢れていた。━━ただし、猫耳と尻尾のついた人が。
     種を明かせば、あれは魔法ではなかった。フライ公案の、伝説にあやかった粋(いき)な演出にすぎなかった。
     この猫の星ではどういうわけか、姿を変える技術が発達していた。街ゆく猫人間たちつけている変身ブレスレット。
     それを、フライもしていたのだ。
    「こうやってこうやると変身できるの」
     フライは事細かに説明してくれたが、翔は始終頭の上にはてなマークを浮かべていただけだった。
     翔からしたら、魔法に変わりない。
    「今ねー、うちの星で地球がブームなのよねー。あー、でも、まだ翔みたいなハイセンスなファションは【はやって】なくてさー。ごめんねー。まぁ、城じゃみんなちゃんと猫の姿してるけどさぁ。というのも、うちの父親がさぁ、地球かぶれでさぁ、その影響で一般ピープルまでアースだテラだグローブだ地球だって騒いじゃってさー。でも私さぁ、城ではいつもブッてたからさぁ、まさかこーんな姿できなったでしょ? だから少しは撹乱(かくらん)できんじゃないかなぁ? あ、安心して! 翔! うちの星は見てるだけだから! 侵略とか、干渉とか、しちゃいけないって決まりなの! 実際地球に行ける船なんて、王家所有のほんの一握りにも満たない数しかないから。だって、ここと地球ってすっごぉーい遠いから。去年、地球を舞台にしたロマンス映画が大流行してさぁ、それがブームに拍車をかけちゃったんだけどね」
     きゃらきゃら笑うフライ。
     翔はジト目。
    「あはは。でも王女自らその掟(おきて)? 破っちゃったー」
     フライはとてつもなくテンション高かった。喋りまくった。笑いまくった。酔ってるみたいに。
    「……あのさ」
     翔は訊いてみた。とりあえずどうでもよさげなことを。
    「そのピアスさ……」
    「あー? 気に入ってくれたぁ?」
     フライの左の猫耳には、翔の右耳の猫ピアスとお揃いの奴が揺れていた。
     これは彼女が変身する前からずっとそうだったのだが。
    「かわいくない? お気に入りなんだ! だからさ、翔の翻訳機もおんなじデザインにしてもらっちゃた♪ あっ、私のは翻訳機能はついてないんだけどね。翔がつけてんのさ、すごいんだよー。それを一つ翔がつけてるだけで話が通じちゃうの!」
    「……」
     人の体に勝手に穴開けといてよく言う。
     親父とお袋が見たら泣くかも。……いや、泣かないかな。そんなことどうでもよさそうだもんな、あの二人。
     そういえば香苗がいつだったか騒いでたなぁ。ピアスホール開けると運命が変わるとかどーとか。どうでもいいけど。
    「じゃっ、さっ、行こう行こう!」
    「……今度はどこですか」
     叫び疲れた翔は、かなりなげやり。
    「宙港。宇宙港とも言うかな」
    「宇宙港⁈」
    「そ♪  宇宙へ行けちゃうんだよぉ!」

     圧倒された。色とりどり、大小形様々な宇宙船。丸とか三角とかそれこそ四角とか。紙飛行機みたいなデザインのもあった。
     ここにも猫がたくさんいた。
     フライみたいな猫人間も結構いた。
     なんかどうでもいいんだけど、猫人間たちは、なぜかよくわからない【つぎはぎ】だらけの服か、ドレスなんかを着ている。
     どうやらはやっているらしい。
     普通の猫の服装は……いろいろ。ポロシャツとか、トレーナーとか、ブラウスとか……。
    「あれは貨物船。あれは探査船。あれは民間船。あれは戦闘機?」
     得意げに説明するフライ。実はかなり適当に言っているのだが、翔が感心して鵜呑みにしているので調子に乗って続ける。
    「あれはね、我が星が初めて宇宙に飛び出した時の記念すべき船! あれはぁ、永遠のアイドル・ミミちゃんも乗った……えっとね〜そうだな、綺羅星号(きらぼしごう)ってことにしとくか。あ! あれはね、えーと……連絡船でいっか?」
     すでに言うことすべてでたらめである。しかし翔は頷くしかない。
    「お待ちしていました! ショウ様!」
     キジトラが揉み手して近づいてきた。招き猫みたいなポーズもする。
    「え、俺⁈」
     慌てる翔を無視して、フライとキジトラはなにやら話しだす。
    「例の船、用意できてるわね」
    「はいっ! ショウ様。どうぞこちらへ」
     なぜかキジトラはフライを「ショウ」と呼ぶ。なんで?
     キジトラについて歩きながら、フライが小声で翔に話しかけてきた。
    「ごめんね。翔の名前、使わせてもらっちゃった。本名だとさー、すぐ嗅ぎつけられそうでさー。つい翔の名前出しちゃったんだよねー。でもさ、あの船見たら翔もきっと許してくれるよぉ。すっごいカッコイイんだよぉ! この日のために、おこづかい使って造らせたの! 城の奴らに気づかれないよう、苦労したんだよねー。お忍びで出かけたりさー。楽しかったけどね♪」
     どうでもいいが姿勢が悪い。
     フライは猫背だ。
     翔は別に姿勢がいいわけじゃないけど、ちょっと気になって眺めていた。
    「おこづかいねぇ……」
     さっき服を買ったときのことを思い出した。まさかとは思ったけど、そのまさかだった。ここのお金……小判とか言う例のアレだった。
     翔は小判が山積みになっているところを想像してみた。なんかすっげー重そう。
     フライは姫だ。きっと一杯小判を持っているのだろう。
    「えっとさ……」
     まさか魚じゃねぇーよな。
     翔の思いは形になった、目の前には魚型の宇宙船。エスパーみたいに当ててしまった。
     フライは緑灰色の瞳に星を踊らせ、丸い頬を動かして大きく開けた口から牙まで覗かせ、
    「すっごぉぉおいっでしょっ!」
     笑顔の花を咲かせまくった。
    「……」
    「あ、あれ? 気に入らなかった? タイヤキのほうがよかった? それとも鯉のぼり?」
     垂れ目に涙を光らせるフライ。翔は負けた。肩を落として、棒読みで言う。
    「……いや、べつにいーけど……。うん、カッコイイなーこんなカッコイイの初めてだー幼稚園児だってこのカッコよさはまねできないかもしれないなーうん」
    「わーい‼︎」
     ばかでかいお魚。中型船? いや大型かも。黒いボディ。いかれたフォルム。
     なんかでっけぇミサイルにも見える。そう考えると不気味だ。
    「ねぇねぇ早く乗ろうよぉ!」
     フライは翔の腕を引っ張る。初めて遊園地へ来た子供のようだ。
    「いーけど、あのでかい船、何人乗るんだ?」
    「翔と私! 二人っきり‼︎」
    「え? でも、操縦とかは……」
    「大丈夫! オート操縦だからっ!」
     ……不安になった。  

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    ▼次回 第四話 「宇宙へ」


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    https://note.com/usagisantoka/n/na28673f5c44c


     
     
     
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