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①就学相談は午後2時から。前も後ろも細切れになる日、私がやめたこと

    シリーズ「予定が読めない私の仕事の回し方」第1回

    去年の今ごろの話。

    保育園のお便りで、一つ上の学年の子向けの就学相談の案内をたまたま見かけた。うちの子の学年あての紙じゃない。来年の、もう一個上の子たちの話。それなのに見た瞬間に、あ、これはうち、絶対に受けなきゃいけないやつだ、と思った。忘れないようにしなきゃ、って。

    「絶対」っていっても、誰かに強制されたわけじゃない。役所から名指しで「お宅は受けてください」と言われたわけでもないし、保育園の先生に促されたわけでもない。私の中で勝手に、これは逃したらまずいやつだ、ってアラームが鳴っただけ。案内が向こうから来たんじゃなくて、自分で拾いに行った感じ。

    なんでそう思ったかというと、完全に素人の見立てなんだけど、うちの次男は「通常学級にそのまま入れていい」って感じではなかったから。

    上の子がいるから、通常学級に進学する流れはなんとなく知ってる。でも支援学級に入れるとなると、何もわからない。地図がない。だったら聞きに行くしかない。それが私にとっての就学相談だった。

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    「通常学級そのままじゃないな」と思った日のこと

    何か一個の出来事で決定的に気づいた、っていうわけじゃない。じわじわとだった。

    話し方は、上の子の同じころと比べると完全に幼い。これも比較でしかないんだけど、会話していて「内容を理解できてる感じ」がしない。単発の指示はその場では通る。でも、その指示だけを理解してる、っていうか。会話が一往復で終わる。連続性がない。

    「これを片付けて」と言えば片付ける。でも、なんで片付けるのかはあんまりわかってないし、似たような別の場面で同じことをやる、っていう応用が利かない。

    言葉にするとふわっとして聞こえるよね。書いてる自分でもそう思う。母としては「見ればわかる」んだけど、これを人に伝えるのがすごく難しい。

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    私はふだん文章を書くのを仕事にしている。複雑なことを噛み砕いて、人にわかる言葉にするのが商売。それなのに、わが子のことだけは、うまく言葉にできない。「なんか違う」を「こう違う」に変換できない。このもどかしさは、ちょっと今まで味わったことのない種類のものだった。

    人に話すと、たいてい「男の子なんてそんなもんだよ」「うちもそうだったよ」と返ってくる。優しさで言ってくれてるのはわかる。でも、私が引っかかってるのはそこじゃないんだよな、ってなる。元気とか、やんちゃとか、そういう話じゃなくて、もっと土台のところ。言葉のやりとりが続かない感じ。その「続かなさ」をどう説明しても、相手の顔に「考えすぎじゃない?」と書いてあるのがわかる。だから途中で説明をやめる。で、また自分の中に持ち帰る。この往復を何回もやった。

    田中ビネー(知能検査の一つ)の結果や、本人の様子、療育の先生からのアドバイス。そういうのを一個ずつ集めていって、ようやく「ああ、やっぱりそうか」と輪郭がはっきりしてくる。母の「見ればわかる」だけじゃ動けない。だから、外から言葉と数字をもらいに行く。就学相談は、私にとってその場所だった。

    就学相談は、仕事の「真ん中」を持っていく

    で、就学相談に行くと決めたはいいけれど、これがまた働きながらだとなかなか大変。

    まず、お役所だから、何をやるにも平日。これはもう前提として動かせない。土日にやってくれることはない。

    で、地味にきついのが時間帯。だいたい14時ごろから始まる。

    これがけっこう曲者で、午前を空ければいい、でもない。午後を空ければいい、でもない。ど真ん中を持っていかれる。行く前にちょっと仕事しようとしても中途半端だし、終わって帰ってきてから仕事しようとしても中途半端。一日の真ん中に穴が開いて、その前後がどっちも細切れになる。一日まるごと潰れるより、なんなら扱いに困る。

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    場所も中途半端だった。電車で行くのと歩いて行くので、どっちも30分くらい。だったら歩いちゃおうか、ってなるんだけど、そうすると往復で1時間歩くことになる。それなりに削れる。かといって電車だと遠回り感がすごくて、それはそれでイライラする。どっちに転んでも何かが削られる。

    しかも、就学相談って一回行ったら終わり、じゃない。申し込みがあって、面談があって、検査があって、見学があって、と何度も平日に呼ばれる。おまけにうちは療育もあるし、受給者証の更新みたいな役所の手続きも定期的に来る。そういうのもなぜか平日の13時とか、絶妙に真ん中の時間に入ってくる。一個ずつは「半日」でも、月で見るとけっこうな回数、平日の真ん中に穴が開く。スポットの予定じゃなくて、ずっと続く生活のリズムとして、そこにある。

    だから「今日だけ気合いで乗り切る」が通用しない。今日乗り切っても来週また来るから。一回こっきりのイベントなら根性でもいい。でも毎月くり返すものを根性で殴ってたら、そのうち自分のほうが先に壊れる。

    こういう日にやりがちなのが、「削られるぶん、前後で気合いで取り返そう」とすること。朝のうちに無理やり一本書き上げて、帰ってきてからもう一本ねじ込もうとする。私も昔はそうしてた。

    でも、これはだいたい自爆する。中断だらけの日に、連続して集中する前提で予定を組んでるから。脳がさっき就学相談のことで揺さぶられてるのに、帰ってきて10分後に「はい、いつもの仕事ね」と切り替えられるわけがない。気合いでこじ開けた時間は、たいてい質が低いまま終わって、しかも次の日にどっと疲れが来る。

    根性は前借りだと思ってる。とくに私みたいに体力に波がある人間にとっては、気合いで突っ走った日のツケは、必ず後から返ってくる。だから、真ん中を削られた日に全力を出そうとするのは、根性が足りないんじゃなくて、やり方がずれてる。

    時間に仕事を合わせるんじゃなく、時間に合わせて仕事を割る

    じゃあどうしたか。

    行く前と後の時間は、最初から「短い時間で済む仕事」にあてることにした。これは就学相談の日だけじゃなくて、療育に行く日もまったく同じ。送り迎えで真ん中が抜ける日は、もう前後に重い仕事を置かない。

    問題は、いつも都合よく「短い時間で済む仕事」が手元にあるとは限らないこと。重い案件しか残ってない日もある。

    そういうときは、仕事のほうを分割する。一本の記事を「丸ごと書く」っていう塊のまま見ないで、工程に割っていく。

    たとえば、SEO記事を一本書くとする。私はまず、キーワードとターゲットを調べて、その情報をAIに投げるところまでをやる。今日はそこまででいい、と決めて、そこで一回手を止める。出力が返ってきたら、それをドキュメントにコピペで貼り付けておくところまでやる。今日のノルマはそこまで。続きは次の細切れ時間で。

    「記事を書く」を「キーワードを調べる→AIに渡す→出力を受け取って貼る→直す」みたいに、中断しても死なない単位までバラしておく。そうすると、就学相談の行く前の20分でも「キーワードとターゲットだけ調べる」が一個できる。帰ってきてぐったりしてる15分でも「貼ってあった出力をざっと読む」くらいはできる。

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    時間に合わせて仕事を持ってくるんじゃなくて、その日の細切れの形に合わせて、仕事のほうを割ってあげる。これは才能でも気合いでもない。AIっていう道具と、ちょっとした工夫でできること。むしろ集中できる長い時間がない私みたいな人間のほうが、こういうやり方は身につきやすい気がする。

    もう一個やってるのが、「15分で終わる作業」を普段から貯めておくこと。これはクライアントの案件じゃなくて、自分のnoteやSNSみたいな、発信側の細かいやつ。たとえば自分のnoteの下書きを一段落だけ進めるとか、SNSに書く投稿のネタを思いついた順にメモっておくとか、前に書いたnoteの見出しを直すとか。締め切りに追われてるわけじゃないけど、やると自分の資産が地味に積み上がっていく、っていう類いのもの。これをリスト化しておく。

    なんでクライアント仕事じゃなくてこっちを細切れ用に置いておくかというと、案件は途中で中断すると「あれ、どこまでやったっけ」と頭を戻すのに時間がかかるから。20分しかないのに、思い出すだけで5分使ったらもったいない。その点、自分の発信は気楽だし、一段落書いて止めても痛くない。だから、就学相談の前にぽっかり空いた20分に放り込むのは、こっちのほうが向いてる。空き時間ができてから何をやるか探すんじゃなくて、空き時間に放り込めるものを先に用意しておく。迷ってる時間がいちばんもったいないので。

    それでも、どうにもならない日はある。

    一回、次男の耳の下がぷっくり腫れて、おたふく疑惑が出たことがあった。そうなると、翌日の予定は全部吹き飛ぶ。病院に連れて行って、保育園は休ませて、看病。前の日の私だったら「明日の仕事どうしよう」と焦ってたと思う。でも、そのときは不思議と焦らなかった。

    なぜかというと、もう「明日は看護が最優先のプロジェクト」と最初から決めてしまったから。仕事を一ミリも進めない日、として確定させる。中途半端に「合間に少しでも」と思うから、できなかったときに自分を責めることになる。最初から「今日はやらない日」と損切りしておけば、罪悪感が出ない。

    予定の損切りは、挫折じゃない。次のターンに気力を残すための、戦略的な撤退。子どもがいると、予定は自分の意志と関係なく吹き飛ぶ。だったら「吹き飛ぶこともある」を最初から計算に入れて組んでおくほうがいい。読めない予定に毎回うろたえてたら、こっちの身が持たないから。

    ここで一個、間抜けな失敗の話もしておきたい。

    就学相談の手続きの途中で、私は大事な書類を一個まるっと提出し忘れていた。役所から「出てませんよ」と連絡が来て、初めて気づいた。あんなに「絶対受けなきゃ」と思って自分から拾いに行ったくせに、肝心の書類を忘れる。我ながらどうかと思う。

    でも、これではっきりわかったことがあって。私は記憶力で戦っちゃいけない人間なんだな、と。

    「次は気をつけよう」「ちゃんと覚えておこう」で乗り切ろうとすると、絶対にまた忘れる。気合いで覚える、は根性と同じで前借りだから。だから、覚えておくこと自体を自分の頭の外に出す。提出物も締め切りも全部メモして、AIにも「これ、いつまでに何を出すんだっけ」と聞けば返ってくる状態にしておく。頭は、覚えておくためじゃなくて、考えるために空けておきたい。

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    私はそのへんを、日誌に全部投げ込むようにしてる。就学相談で言われたこと、次に出す書類、放課後デイで調べなきゃいけないこと。きれいにまとめなくていいから、その日のうちに、思い出せる言葉で書き殴っておく。後でAIに「この中で締め切りが近いのどれ」と聞けば、ちゃんと拾ってくれる。覚えておく作業をまるごと外に出すと、当日の私は「今この瞬間にやること」だけに集中できる。忘れてもいい、という安心が、いちばん脳のメモリを食わない。

    子どものことって、ただでさえ頭の容量を持っていく。何時に薬、何時にお迎え、来週の面談、あの書類。これを全部自前の記憶でやろうとすると、仕事に回すぶんが残らない。だから記憶は道具に預けて、自分の頭は仕事と、子どもをちゃんと見ることに使う。そういう分担にしてる。

    書類を忘れたのは失敗だけど、おかげで「記憶を外に委ねる」って習慣が一個増えた。仕事のタスクを工程に割るのも、提出物を頭の外に出すのも、根っこは同じ。自分の弱いところを、根性じゃなくて仕組みと道具でカバーする、っていうだけのこと。

    まだ、面談はこれから

    正直に書くと、この話はまだ終わってない。

    就学相談の面談自体は、これからなんだ。今の時点でわかってるのは、田中ビネーの結果と、本人の様子と、療育の先生のアドバイス。そこから判断する限りでは、ほぼ支援学級かな、と思ってる。面談でよほどのどんでん返しがない限りは、たぶんそうなる。

    そして決まったら決まったで、今度は放課後デイを探さなきゃいけない。終わりじゃなくて、次が始まる。たぶんこういうのはずっと続くんだろうな、と思う。

    だから「就学相談を乗り越えてスッキリ解決しました」みたいな、きれいなオチはこの記事にはない。進行中。手探り。それでいいと思ってる。きれいに片付いた成功談より、まだ途中の人間がジタバタしてる話のほうが、たぶん誰かの役に立つから。

    制約は、働けない理由じゃなかった

    この記事を読んでほしいのは、子どもの就学相談を控えてる人だけじゃない。

    「自分には特別な事情があるから、ちゃんと働くなんて無理」と思ってる人、全般。体力に波がある、子どもの予定で一日が読めない、まとまった時間が取れない。そういう「自分だけのハンデ」があるから動けない、って思ってる人に届くといいなと思う。

    私もずっと、頑張ればなんとかなる、で生きてきた。でも頑張りで時間をこじ開けるやり方は、私みたいな人間には合わなかった。倒れたら家ごと止まるし。子どもがいると、自分が潰れることのコストが一気に上がる。だから根性で殴るのをやめて、時間に合わせて仕事を割るほうに切り替えた。それだけで、予定がぐちゃぐちゃの日でも、仕事はそんなに落ちなくなった。

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    もし今、目の前に「予定で潰れる日」が控えてるなら、その日にやる仕事を一個だけ、15分で終わる工程まで割っておくといいよ。「記事を書く」じゃなくて「キーワードだけ調べる」。その一個を決めておくだけ。気力も道具もいらないし、失敗のしようもない。

    私にできたから、っていう言い方は傲慢かもしれないけど。少なくとも、特別な才能ゼロ・制約だらけの私がジタバタしながらやれてるんだから、たぶん、あなたにもやれる方法はある。

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    続き:シリーズ「予定が読めない私の仕事の回し方」第2回

     
     
    Webライター10年、うち4年は障害のある子を育てながら。療育も就学相談も平日の昼。予定は崩れるし、まとまった時間もない。それでも仕事は続いてる。 外に働きに行けない人ほど、在宅の仕事は続けやすい。才能でも気合いでもなく、道具と工夫でどうにかなった話を書いてます。

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