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【連載小説】第26話『真昼に潜む影と真夜中に猛る獣の物語』

    ※この物語はフィクションです。

    雨の降る夜 山間の小さな村
    起きた異変は唐突だった

    急襲① 緒川村


    お祭りを控えたその出来事は
    玉吉の命運を左右する
    幻想と現実が交わる祈りと魂の叙事詩


     山間にひっそりとある緒川村おがわむら。
     三奏の新あらた区く下越に位置する、小さな集落である。
     人口は三十人、七世帯が暮らしていた。

    「かあちゃん、かあちゃん」
    「なぁに? 玉吉たまきち」
    「あしたは町にいくんだよね?」
    「んだよ」
    「町にいったら、かあちゃんの好きな肉桂ニッキのあめ玉、買ったげるよ」
    「えぇっ、ほんとかい? おねだりしてもいいのかい?」
    「オイラ、おこづかい貯めたんだ」
    「偉いねぇ。かあちゃん嬉しいよ」
    「へへへへへ」

     夜になっても雨が止む気配はない。夕飯が終わり後は寝るだけの時間。
     春分のお祭りの騒ぎはまだ明日も続いていくのだろう。玉吉は両親とお祭りの山車を観に行く約束をしていた。
     それを楽しみに早くから布団に潜り込んでいた。

     今年、五つになる玉吉は普段気が弱く、遊ぶときは二つ違いの与四郎よしろうに子分のように、こき使われていた。
     そんな大人しい玉吉だったが、お祭りの賑わいが大好きで、そのときだけは性格が豹変した。
     立場が逆転して殿さまのように振る舞うのが玉吉で、与四郎が家来になった。
     そうして調子に乗ったときには、いつもは見せない飛び切りの笑顔になった。
     だからこそ今はと云うと、明日のお祭りを楽しみに気持ちが高揚してるので、笑っていられた。
     雨の中、玉吉はてるてる坊主にお呪まじないをかけて、軒先に吊るしていた。

     緒川村外れの藪の中。
     黒い鎧兜の兵たちがコソコソと動き回る。
     大きな身体の士官の男が黙って手で合図を送り続ける。
     兵たちはその度に陣形を変えて村の中に入っていった。雨の降る音が、歩き回るその足音を巧妙に隠していた。
     やがて一軒の民家のまわりを取り囲んだ黒い鎧兜の兵たち。
     ゆっくりとした足取りで士官の男は家の前に立つ。雨に濡れながら尊大な仏頂面をしていた。

    「雨やまないかな」
    「ほんとだねぇ。せっかくのお祭りなのに」
    「うん」
    「大丈夫だぁ。明日は晴れっぞ」
    「また、とうちゃんはてきとうだな」
    「そんなことはないぞぉ〜〜」
     玉吉の父、直次はだいぶお酒が進んでいた。呆れる玉吉と母の、おスミ。

     そこへ。
     ドン!! ドン!!
     土間の扉を外から激しく叩く音。
    「なんだ?」
     父、直次が訝しんで扉を見やる。玉吉もおスミも釣られて扉の方を見る。
     音がしてから少し間を置き、そして唐突に扉を黒い刃物が突き抜けた。
    「ウワッ!!」
     驚く直次とおスミ。そして玉吉も。
     続けて激しい音がして、黒い脚絆を着けた脚で扉が蹴破られた。大して丈夫な造りでもない。
     簡単に壊れた入り口から、黒尽くめの何者かが玉吉の家に土足で押し入ってきた。
    「ななな、なんだいあんたらは?!」
     問いかける直次の声が上ずっていた。
     家の中へなだれ込む侵入者たち。
     無言のまま三人の下にいきなり駆け寄り、長い銃剣の刃の先をそれぞれの胸もとに突きつけた。
     大人の父母が怯えるくらいなので幼い玉吉の心境は推して知るべし。
     声も出ないほど怯え、ガタガタと震えている。
     涙と鼻水でびしょびしょに顔が濡れていた。
     侵入者たちの出で立ちは黒い鎧兜。国元の装備ではない。異国のものらしかった。
     その兵の彼らの素顔と云えば、干からびた、まるで蜜人ミイラ。
     生気がなく、その眼は白く濁っている。
     よくよく見るほどに、薄気味悪さが増して、背筋の凍る思いの玉吉だった。