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【連載小説】第1話『真昼に潜む影と真夜中に猛る獣の物語』

    ✧これは、今を生きる哀艶あいえんの物語✧

    それは胡天の広がる杳遠なる次元。
    此処とは似て、等しからぬ静謐な地。

    雲外蒼天の下に生きる一組の男と女がいた。

    ――先ずは男の運命を御覧じろ。

    或る夜、闇のなかに訪れた魔女。
    焔だけが、その夜去つ方の真実を照らしていた。

    男は剣を執る。
    その一撃は正しく、
    流星光底の一太刀は万鈞を重ねても刹那。


    始まり① 夜の魔女 チョウマ編


    此処より遙かな地 『三奏みなと』  
    武士ブシドーチョウマは『夜』と出逢う
    幻想と現実が交わる祈りと魂の叙事詩




     むかしむかしの噺はなしをしようか。
     それは古い言い伝え。
     この郷さとの創生の頃の噺。
     

     男と女がいた。
     男の名は『チョウマ』女は『イオリ』という。  

     チョウマは元防人だった。
     重厚な鎧と兜で身を固め、一つ身体を動かせば、熱気と吐く息が籠もるほどの重装備。
     そして大太刀と剣槍を携えて、西岸の最前線にある要塞に配されていた。


     いつ襲撃してくるか知れない海の向こうの大陸の、異国の蛮族に備えた精鋭無比な武士ブシドーだった。

     武士の勇猛果敢さは世間一般に知られ、そうした礎いしずえとなる常日頃の厳しい鍛錬も専もっぱらこの要塞では盛んに行われていた。

     そんな厳格な地でチョウマのその人となりと云えば巨躯で武芸の達人。
     しかしながら意外にも人懐っこくて実直な性格と優しい人柄で、仲間うちでも好かれていた。

     あるとき、海を越えて人ではないものが渡来した。

    『夜の魔女』である。

     正体は杳ようとして知れずとも、その名は大陸のみならずチョウマのいるこの国にも広く知られる怪異である。
     有名ではあるが不気味と云われて人々に嫌悪されていた。

     ヒソヒソ。ヒソヒソ。
     その日は朝早くから皆が小さな声で噂をしていた。
     何をかと云えば云いたい放題、勝手気ままな云いようである。
     それが事実かどうか判らない者たちが多かろうに。

    「昨夜のことだそうだ……」
    「野犬のことかい? 人が襲われたって」
    「野犬? 俺は人ではないって聞いたが」
    「夜の魔女だって? まさか?」
    「何でまた……?」

     チラッと聞いただけでは何のことかは判らない。

     だが、それらを耳にしたチョウマはブツブツと独り言を呟く。

    「ったく。あの場合しょうがないだろう」

     それは誰に云ったわけでもなく。
     ただどこか云いい訳わけじみていた。
     そして胸騒ぎが収まらない。

     いつものように警備の仕事にあたり、日が暮れてずいぶんな時間が経った頃。

     その日の夜遅く、仕事を終えて帰宅するチョウマ。
     足早に歩く。先を急ぐ。

     チョウマの自宅はごくごく小さな屋敷。
     城下ではなく海沿いの辺ぴなところにある。
     家禄は五十俵。

     海岸沿いの暗くなった細い道を手に持つ弓張提灯で照らしながら歩く。

     提灯の弱い灯りでチョウマの背後に影が伸びる。影はユラユラ揺れている。

     風は冷たくて肌寒く、沿道の石垣に生える松並木の茂みがザワザワと騒々しい。

     着いた。

     チョウマは躊躇うことなく門構えの扉を開けて中に入っていく。
     着替えもそこそこに。

     使用人はいない。
     灯りも点けず提灯をぶら下げたまま暗い室内を照らす。

     襖を開けてまた開けて屋敷の奥の襖を開ける。
     そこにいた。

     居間の片隅に身体をねじ込むように隠れていた。


     チョウマを見て少し怯えたようだったが気がつくと小さな笑みを浮かべた。

     闇を身に纏い白妙しろたえの肌。
     何処までも清澄せいちょうで穢けがれのない北極星のように。
     その姿こそが存在の証。

     まるで、夜の化身。

     彼女こそが噂の夜の魔女。
     大陸にいるはずの怪異。

     それがチョウマの屋敷にいた。

     チョウマは彼女が夜の魔女と知らなかった。
     だが朝からあれだけ野犬と、この怪異について噂になっていれば、どんなに鈍感な人でも判っただろう。

    「良かった。まだいたのか?」
     夜の魔女は喋らなかった。

     無口なそれをチョウマは気にした様子もない。
    「怪我はもういいのか?」

     チョウマの問いに静かに頷いた。

     意思の疎通は図れるはずだが。
     彼女に優しさが全開のチョウマである。

     その、夜の魔女が大事そうに抱えるそれが気になった。
     これがあったから、助かったようなものだ。

     試しに訊いた。
    「それは、何だ? 誰のだ?」


    つづく