
【連載小説】第2話『真昼に潜む影と真夜中に猛る獣の物語』
〜前回からの続き〜
あの日、あの場所で出逢ったその『夜』は、人ではなかった。
夜の魔女__。
巷で噂の忌み嫌われた怪異、それが彼女。
チョウマは彼女に請われた。
『タスケテ……』と。
彼女は追われていた。人外の魔物に。
それが亡霊(クィシン)の番犬。
その闘いで刀を失い危機を迎えるチョウマ。
だが自らを助けようとするチョウマに、夜の魔女はどうしたか。
二人はどうなるのか。
そしてチョウマの運命は大きく変わってゆく。
幻想の物語、第二話の開幕。
※暴力的・残酷な描写を含みます。
心身の状態に留意してお読み下さい。
始まり② 亡霊の番犬 チョウマ編
三奏の地で『夜』と出逢ったチョウマ
彼女から授けられたのは「たからもの」
幻想と現実が交わる祈りと魂の叙事詩
チョウマの問いに、夜の魔女は慣れない言葉で答えた。
「コレハ、たからもの。預カッタ」
「たからもの?
まぁ、うん、判るな。それがあったから助かったようなものだ」
そしてチョウマは一昨日の晩のことを思い出した。
それは今夜のような、月明かりも流れる雲の影に覆われる晩の帰り道のことだった。
一昨日、チョウマは鍛錬を終えて帰宅の途中だった。
海沿いにある屋敷に向かう帰りは、チョウマの持つ提灯の灯りが道を照らす。
海は夜の暗闇に溶け込んで、ザザーンと寄せる波の音だけが耳朶を打つ。海からの風には潮の香りが漂っている。
そこへ突然の暗い影が飛び込んで来た。
「何だ?」
迷うことなくそれに近づき灯りを向ける。
人のようだ。冷たい道に倒れていた。
チョウマはその影に駆け寄り身体を揺らす。
「どうした? もし?」
影は伏した顔をあげて、か細い声で答えた。
「……タスケテ……」
「助ける? 何かあったか?」
女のようだ。
弱々しいその声と、頭から黒い血のようなものが垂れていた。
そこへ、
「グルルル」
倒れていた女の背後から唸り声がする。
そして死臭のような、鼻に障るにおいが漂う。
提灯の灯りの届かない暗闇に四つの緑色の、険悪な光が見える。
鬼火ではないのは明らか。
チョウマは女の肩に片手を置いて、灯りをそちらへ翳す。
野犬かと思えばそうだろう。
ただ、頭が二つ並んであった。
人外のものだとは、はて思いもよらぬ。
「……何だ、こいつは?」
動揺しながらも、そこは武士の端くれ。
チョウマはすかさず佩刀した刀を抜いた。
提灯の灯りを手がかりに間を図る。
同じように間を図った双頭の犬は、一拍おいてチョウマと倒れた女に飛びかかった。
斬りかかるチョウマ。犬は難なくチョウマを飛び越え、また距離をおいて着地した。
チョウマの手に持つ刀が軽くなり、よく見ると刀身がポッキリ折れて、双頭の犬の片割れが咥えている。
口から放つ死臭が理由か、折れた刀身はみるみる赤く錆びていった。
「むう!」
チョウマは手に持つ折れた数打ちの、己の得物を諦めて素手で挑む覚悟を決めた。
そこへ、
「……コレヲ」
と倒れていた女が半身を起こし、手に持つそれをチョウマに差し出した。
チョウマは躊躇わずそれを手に取り抜刀する。
それは太刀だった。だが、その一振りはただの太刀ではない。
手に馴染むその柄には金糸・銀糸を巻き付け、鍔と棟に七つの滑車が縦に並ぶ。
人差し指の先に金属製の引き金がある。
チョウマは何気もなくその引き金を弾いた。
キイイイィィ――ン!
滑車が高速で回転し刃が眩い光を闇夜に放つ。
「おおぉ!」
何よりチョウマ自身がその太刀に驚いた。
無駄と思える滑車や金具が付いているのに、並みの刀よりも遙かに軽く思えた。
右に左に振ってみるが、どうやらこれなら速く振り抜けそうだ。

双頭の犬も警戒の色を濃く見せる。
女が弱々しい声で云った。
「アレハ、おるとろす。“亡霊”の番犬」
地面に置いた提灯の灯りがゆらりと揺れる。
チョウマは女を庇うように前に出た。
「瘴気ニ気ヲツケテ」
その刹那、オルトロスが再び飛びかかる。
「どっせぇい!!」
気合いとともに太刀を振り抜くチョウマ。
果たして、その斬れ味やいかに。
嗄れた悲鳴をあげてオルトロスは着地するも、身体の中心から真っ二つに斬り裂かれていた。
倒れた巨体は死臭のような瘴気を放ちながら残滓すらなく、乾いて消えた。
「ふう、ふう――」
肩の力を抜き、静かに息を吐くチョウマ。
日頃の鍛錬の賜物か、腰を抜かすこともない。
振り返り女を見るチョウマ。
女はひと言。
「ソレハ貴方ニ相応シイ。
貴方ヲ護ル……貴方ガ護ル……」
そう云ってまた地面に倒れ込んだ。
「あゝ! おい! しっかりしろ!」
チョウマは慌てて女に駆け寄った。
それが一昨日のことである。
「昨夜」と噂している皆と、そこは時間軸に多少のズレがあった。
夜の魔女は大怪我をしていた。
倒れて「ウンウン」唸っていた彼女をチョウマが見かねて家に連れてきたのだ。
運び込んだ、と云った方がいいだろうか。
あの不思議な太刀とともに。
「放っておけない」
もっともそうした方がチョウマらしかったと云えるかもしれない。
チョウマの姿を見て立ち上がった夜の魔女。
やおら身に着けていた闇を形づくる着物を脱ぎだした。
傷跡を気にすることなく、白く澄む素肌をさらしてチョウマに近づく。
「貴方ハ優シイ……」
と感謝と喜びの混じった表情でチョウマに抱きついた。
つづく