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『川底のクロイモノ ―スマホを掲げた戦国覇王の懺悔録』(第ニ幕)

    #創作大賞2026
    #ファンタジー小説部門

    第一幕はこちら

    あらすじ
    高校2年生の京介は、冷めた日常を送っていた。ある夏の日、親友と取っ組み合いの喧嘩になり、川の深い淵へと投げ飛ばされてしまう。眩い閃光とともに意識を失う。目を覚ますと、見慣れた現代の景色が消え失せ、古い建物が並ぶかつての諫早(いさはや)―「伊佐早(いさはや)」だった。京介を助けたのは、農作を営む大柄な男。心細さが強くなっていく。一方、川の底には「クロイモノ」。謎の声に導かれ運命の奔流を見つめていた。

    退屈(京介編)

    7月は暑さが異常だ。いつまでたっても慣れない。
    僕は長崎県諫早市に住んでいる。高校2年生。
    タイパ重視で音声配信を聞きながらの登校だ。

    「京介。おーい。京介。」

    声をあげながら一馬が走ってきた。
    友達で高校に入ってから知り合いだ。
    性格は正反対で積極的な一馬。
    周囲に気を払わずに大声を上げる姿がうらやましい。

    「一人で帰ったらつまらんやろ。」

    一馬は明るく人づきあいも上手だ。
    高校1年生の頃に声をかけられた。

    「定規借りてもよかかな。」

    あとから聞いたが、定規は持ってたらしい。
    ただ話すきっかけが欲しくて、定規を借りたとのことだった。
    それを聞いたときは驚いた。
    僕には思いつかなかった方法だったから。
    一人でできているのが当たり前。
    学校の準備は常に前日やっている。
    何か忘れたら先生を頼っていた。
    同級生を頼るなんてかっこ悪い。
    貸し借りを作るのが嫌だった。

    「あいかわらずの方言だな。」

    「地元の人間は普通ばよ。」

    「のど乾くなら、寄る?あの店。」

    「よかアイデアね。」

    いつもの場所にくる。橋近くにある商店だ。

    少し歩き、川辺に腰掛け、川に両足を突っ込んだ。
    ここは学校近いし、気分転換にやってくる。
    僕たちの息抜きの場所だ。

    「涼しかね。川の冷たか。」

    一馬はけらけら笑う。

    「あのさ。進路どうしてるんだ。」

    「実家ば継ぐ。おいしい食べ物をつくっとさ。」

    一馬の実家は豚を育てている。
    ご当地ハンバーガーを作るのが夢だという。

    「いいな。会社やってて。」

    「よくなかよ。手伝いが大変ばい。」

    「勉強しても足りないよ。」

    「大丈夫た。京介は出来るけん。」

    「上には上がいるんだよ。」

    「うらやましか悩みやね。」

    そういうと、いっきに飲み干しペットボトルを強めに握りつぶす。

    「悩みごとなんて、こがん捨てればよかさ。」

    握りつぶしたペットボトルを川に投げた。

    「ゴミ箱に捨てて来いよ。」

    「誰もおらんもんが。」

    「常識がないのかよ。」

    「こがんときだけ優等生ばいね。」

    「何だよ。その言い方は。」

    「話を聞きよるけど誰でも不安よ。でも京介は出来るとに悩みよる。」

    「色々あるんだよ。」

    「色々ってなんな。」

    「関係ないだろ。」

    この一言が一馬を怒らせた。
    「相談したとは、そっちたい。」
    一馬がつかみかかり、取っ組みあいになった。
    腕力に圧倒される。熱くなった一馬に川に投げ飛ばされた。

    一気に景色が反転し、視界が青く染まった。
    音とともに大きな水しぶきを上げる。
    僕は川に飲み込まれた。運悪くそこは深い淵だった。

    「えはっ、が……!なんだこれ。」
    鼻に水が入り、衝撃でパニックになった。
    必死で水面に手を伸ばすが、
    重たい制服が鉛のように僕を底へ引きずり込む。
    もがく指先が、川底で「何か」に触れた。

    岩ではない。コケでもない。
    ヌルリとした、生き物の肌のような不気味な感触。
    掴もうとしても、指の間をすり抜けていく。

    (なんだ、これ……生き物か……?)

    その「黒い塊」に触れた瞬間、
    水の中にいるはずなのに、眩い閃光が目を焼いた。
    息が続かない。胸が引き裂かれそうだ。
    助けてくれ。一馬……。
    意識の糸がぷつりと切れ、僕は深い闇へと沈んでいった。

    「……大丈夫かや? 川は近づいたら危なかよ。」

    遠くで声がした。
    目を開けると、逆光の中に人影が見えた。
    色黒で、頭に古びた布を巻いた大柄な男。
    視界がはっきりしてくると、男は心配そうに僕を覗き込んでいた。
    その手には、泥のついた大根とクワ。

    「どがんしたとね。一人で溺れとったぞ。」

    僕は跳ね起き、周囲を見渡した。
    言葉を失った。
    さっきまであったはずの道路も、看板も、
    見慣れた公園も、すべてが消えていた。
    目の前にあるのは、土と、茶色の建物ばかり。
    そして僕たち二人の近くにあった橋がない。

    「ここは……どこですか」

    「伊佐早(いさはや)たい。どがんした、自分の村の名前も忘れたとか」

    一馬の喋り方よりも訛りが強い。イントネーションも全く違う。
    ただ心配されていることだけは分かった。
    「たい」はですますのことで、「どがんした」はどうしたんだという意味だ。一馬との会話がなかったらわからなかっただろう。

    状況が読み込めない。

    「……。有間(ありま)さんに相談せばね。」

    有間という人に聞かなければわからないということか。
    歴史の授業で習った、この地をかつて治めていた領主だ。

    「あのこれなんですけど」

    言葉を言いかけてスマホがないことに気づく。
    落としたのか。どこで。
    なんてことだ。一気に気分が落ちる。

    「おいんち、寄らんね。もう日が暮れるけん」

    寄らんね。家に来いってことなのかな。訛りが強すぎる。

    誰かを頼るのは嫌だった。不審者かもしれない。
    けれども、何もかもが違う景色の中で取り残されるのは、
    もっと嫌だった。

    「おいは五郎っていうとさ。ここらへんの畑を世話しよる。」

    畑なんて学校の近くにはない。もしかして川に流されたのかも。
    とりあえず地域の人なら大丈夫だろう。

    「僕、京介っていいます。苗字は郷守(さともり)です。」

    「郷守って苗字はこの辺におったかなぁ。これも有間さんに聞こうかね」

    僕は渋々五郎さんについていくことにした。

    五郎さんの家は、昔話に出てくる家そのものだった。
    教室ほどの広さがある板間の中心には、赤々と火の灯った囲炉裏があった。
    変なにおいがして煙くさく、中は薄暗い。
    部屋に転々と置かれていたロウソクが心もとなかった。

    五郎さんが手招きをしながらいう。

    「ここにすわらんね。座布団用意しとるけん。」

    「ありがとうございます。すんません、何から何まで。」

    お礼は述べたが感情がこもってない。
    何もかもが違っていて思考が止まっていた。

    「よかよか。風呂ば沸かすけん。待っとかんね。」

    そういって五郎さんは外にでていった。

    よかよかってなんだ。良いのか悪いのかどっちかわからない。
    スマホがないから調べられないし、方言を調べるアプリなんてない。
    何も調べることはできない。

    考えをかき消すように声が聞こえる。

    「風呂わいたばーい。」

    「いま、いきます。」

    昔の風呂だった。眺めていると風呂場の窓のほうから声がした。
    バチバチと音がする。電気じゃなくて薪で沸かしてるのか。

    「熱かかもしれんばってん、はいらんね。」

    夏だから体中がべとべとする。足からそっと湯舟に入る。

    「っあつい。」

    いまいま、沸かしたようだ。

    「こい使わんねー。」

    手ぬぐいが窓から投げ入れられた。
    礼をいい、窓をのぞく。すすだらけの五郎さんがいた。
    桶で湯舟をかきまぜてから風呂に入った。
    風呂につかると、ホッとする。

    それにしても、珍しい人だな。五郎さんは。
    赤の他人にこんなに優しいなんて。
    不審者で通報されるかもしれないのに。

    身体が十分に温まったころで、風呂からでた。
    新しい手ぬぐいと浴衣みたいなやつがおいてあった。

    「作務衣やけどねー、服なかとさね」

    居間から声がした。作務衣を着て、今に向かう。
    風通しがいいふくで、来ているとひんやりする。
    夏場だから気持ちがいい。囲炉裏の前に五郎さんが座っていた。

    座布団とお茶が用意されている。

    「失礼します。」

    「そいで、何で溺れとったとね。」

    「喧嘩して友達に投げ飛ばされました。」

    「仲の良かことね。ほんで、友達はどこにおんね。」

    「どこにもいないんです。」

    「どがんことね。」

    「投げ飛ばされて、気づいたら五郎さんがいました。」

    「狸に化かされたっちゃなかとね。」

    「動物の仕業ってことですか。」

    昔話じゃあるまいし、

    「そよ。化けるけんの。あいつら。まぁ明日に有間さんとこにいくばい。」

    「そうですね。そうしましょう。」

    五郎さんは布団を二枚用意してくれた。ありがたい。
    ただお茶には手をつけることができなかった。
    好意はありがたいが、この状況では素直に喜べない

    ゆっくり休んで有間さんとこに行こう。
    頭を切り替えよう。
    スマホを持たない僕は何もわからないのだから。

    無力(クロイモノ編)

    季節は夏。
    水の中といえど差し込んでくる光で川の温度が上がっていた。
    私の身体は人間ではないのでそれでも適応できた。

    水辺から眺めると飲み物を片手に笑っている。
    次に少年達の言い争いが聞こえ始めた。

    そうだ。これが最初のきっかけなのだ。
    一馬の意識が流れ込んだのが理由かわからない。
    ただこれが最初の発端であることがわかる。

    言い争いがつかみ合いになり、一馬が京介を投げ飛ばす。

    深淵に向かって投げられたようだ。
    本明川といっても、浅いところばかりではない。

    なんとか助けようと、京介のもとに行った。
    京介は私をつかもうとしていたが、
    ぬめりけがある身体では無意味だった。

    京介が危ない。なんとしてでも助けなければ。

    「ツクヅク、アホウダナ。ニンゲンハ。」

    直接響く声。私でもないし、一馬でもない。
    川そのものが嘲笑っているかのような口調だった。

    「タスケテヤロウカ。」

    だれかはどうでもいい。助けてくれ。

    「ナラバ、ソウシヨウ。」

    ありがたい。これで助かる。

    「オボエテオケ。メグルナガレニハ、カワラナイ。」

    なんのことかはわからなかった。京介は光に包まれて消えた。
    助かったのだろうか。巡る流れとはなんだろう。
    この身体になってからわからないことばかりだ。

    物語の始まり、発端、抽象的にはわかる。
    最初からこうなることがわかっていたような気がしていた。
    具体的なことが思い出せない。

    情動(一馬編)

    おれは怒りくるった自分をおさえられんかった。
    何もわかっとらん。
    どれだけ今が幸せなのかをもわかっとらん。
    おれがどんだけ苦労しとったとかも知らん。
    いつまでたっても優等生。やっぱり住む世界の違うとか。

    豚の世話なんてやりとうなか。
    世界中を驚かせるような仕事につきたか。
    大学に行って、留学して、色々なもんに挑戦したかとに。
    家の仕事でそれはできん。
    暇がなか。跡継ぎなんて嫌ばい。
    もっともっと自由になりたか。
    どうしたらよかとやろ。世の中が変わればよかとに。

    スマホの着信音がなる。

    その時、スマホが震えた。
    画面を見ると、表示されている名前は「京介」だ。
    (……あいつ、もう岸に上がったんか。早か。怒っとるやろうなぁ)
    おれは慌てて通話ボタンを押した。
    「ごめん。おれが悪かった。今度、アイスおごるけん。」
    あっちの声が聞こえる前に謝ったがよか。
    だが、返ってきたのは京介の怒鳴り声ではなかった。

    『……ゴボ……ゴボボボ……』

    「……京介?」

    耳を澄ませると、水が流れる音。

    「おい、京介? どこにおると。」

    電話の向こうが、全く別の「時間」に包まれているようだった。

    「京介。おいが悪かったって」

    叫んだ瞬間、プツリと通話が切れた。

    しもうた。スマホも水の中ばい。
    さすがにスマホを壊したら大ごとやけんなぁ。
    弁償かなぁ。

    とりあえず投げ飛ばした先にいかんばの。
    投げ飛ばした先に向かうが京介はおらんかった。

    周辺を探したが見当たらない。まさかと思い川の底をみる。
    10分ぐらいしかたってないはずだ。

    どうするか交番に相談するか。いやまずは学校か。
    水深は深くないし、もしかしたら誘拐かもしれない。

    とりあえず現在地を調べて交番に相談だ。
    スマホを開いて現在地を検索する。

    地図画面のアプリのをみて驚く。
    「諫早市」という表示は、「有間市」に変わっていた。
    何がどうなっている。

    あとがき

    八年前のもとになった小説は、登場人物を多くしたため終わり方がわかりませんでした。あえて今回は登場人物を絞り、ある程度終わりの形を用意したうえで書き記しています。では第三幕もおたのしみに。

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