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🌙 リボルテの街② 羊たちの宿

この物語は、チュチュ・テイルの世界を旅する記録です。

シルエットで描かれた猫たちや動物たちが暮らす、やさしい世界✨️

白いうさぎの旅人 エトワール の旅日記として綴っています。

はじめての方は、ぜひ固定記事からご覧ください🌙


「想いを届けたい“かたち”は決まった?」

宝石箱みたいな細工の小箱を眺めていると、猫の職人が、やわらかく声をかけてきました。

ここは、ときめきの庭で出会った猫の工房。

ガラス細工や、星飾り。

小さなリボンに囲まれたその場所は、まるで、誰かの“好き”を集めたみたいな空間でした。

「……そうですね。まだ、もう少しかかりそうです」

そう答えながら、ぼくは、リボルテの街で出会った、ある夫婦のことを思い浮かべます。

やわらかな灯りの宿。

星空色のハンカチ。

そして——

『想いを形にしたいなら、一度、ときめきの庭を訪ねてみるといいかもしれませんね』

飾り窓の案内所にいる猫の、あの静かな声を、ぼくは、ふと思い出していました。

猫の職人の工房


それは、リボルテの街へ滞在して、十日ほど経った頃の事です。

最初は少し落ち着かなかった街の灯りも、今では、夜道を歩く道しるべのようです。

ぼくが泊まっているのは、運河沿いに建つ、小さな羊夫婦の宿でした。

白いレンガに囲まれた建物の窓辺には、やわらかな花飾り。

夜になると、旅人を迎えるクリーム色の灯りが静かに揺れます。

宿の中には、ほんのり甘い香りが漂っていました。

焼きたてのパンだったり、ハチミツたっぷりのミルクだったり。

いろんな匂いが、あたたかく混ざり合っています。

運河沿いに建つ羊の宿

「エトワールさん、これ、運んでもらってもいいですか?」

羊の旦那さん——カールが、ランタン箱を抱えながら声をかけてきました。

「はい」

ぼくは、すぐに立ち上がります。

ランタンには、小さな星飾りがついていました。

今夜、飾る灯りなのでしょう。

宿泊している間に、宿の手伝いをすることも増えていました。

ランタンを運んだり、花飾りを整えたり、買い出しを手伝ったり。

何日も滞在するなら、と、宿代を安くしてもらっていたので、そのお礼のつもりでした。

「ありがとうございます。いつも助かります」

カールは、少し申し訳なさそうに笑います。

「今は、わたしが動けないから。エトワールさんには、ずいぶん助けてもらっちゃって。本当にありがとうございます」

そう言いながら、奥さん羊——メリルが、丸く膨らんだお腹をさすりながら微笑みます。

テーブルには、小さな布が広げられています。

淡いクリーム色の布。

その隣には、丁寧に編まれた小さな帽子と、レース布で作られた花飾りも並んでいました。

「赤ちゃん用ですか?」

ぼくが尋ねると、 メリルは、少し照れたように笑います。

「はい。 まだ少し早いんですけどね」

そう答えると、 ゆっくりと、布へ小さな星の刺繍を縫い込んでいきました。

ひと針、ひと針。

大事に包み込むように。

「この前なんて、星柄の靴下を見つけて、二人でずっと悩んでたんですよ」

「三十分くらいね」

「もっと長かった気もするなぁ」

「……生まれてくるのが、楽しみなのですね」

ぼくがそう呟くと、カールとメリルは顔を見合わせて微笑みました。

次の日の朝でした。

部屋で本を読んでいると、遠慮がちに、扉をコンコンと鳴らす音がしました。

「エトワールさん、少しいいですか?」

扉を開けると、やわらかく微笑んでいるカールと、小さな包みを抱えたメリルが立っていました。

「……?」

「これ、よかったら」

差し出されたのは、星空みたいな色をした、美しいハンカチでした。

深い青色の布に、銀糸の刺繍。

角には、小さな星模様が縫い込まれています。

「旅のお供に、どうかと思って」

「刺繍だけ、わたしが入れてみたの」

そう言って、メリルは、少し恥ずかしそうに耳を揺らしました。

「エトワールさんがいてくれて、本当に助かりましたから」

その隣で、カールも小さく頷いています。

ぼくは、そっとハンカチを受け取りました。

やわらかな布でした。

きっと、たくさん時間をかけて作られたのでしょう。

……いつのまに。

胸の奥が、じんわりとあたたかくなります。

……でも。

こんな風に、受け取ってしまっていいのでしょうか。

宿代を安くしてもらったお礼のつもりで、動いていただけなのに——。

「……ありがとうございます」

そう言うと、カールとメリルが同時に頭を下げます。

「こちらこそ、ですよ」

星空色のハンカチの贈り物


思いがけない贈り物。

……何か、お返しを。

ゆっくり思いをめぐらせながら、ぼくは、運河沿いの橋を渡っていました。

しばらくすると、ショーウィンドウが見えてきます。

カバン屋
靴屋
帽子屋
雑貨屋
服屋

色々な専門店が並ぶリボルテの街は、見ているだけでも、胸が少し浮き立つようでした。

……どんな贈り物がいいのだろう。

そう考え始めると、どのお店の扉にも、手を伸ばせなくなってしまいます。

リボルテの街


結局、ぼくは、どのお店にも入ることができませんでした。

気付けば、飾り窓の案内所へ向かっていたのです。

扉を開けると、鈴の音が小さく響きます。

掲示板には、今日も、小さな依頼書が並んでいました。

荷運び。
飾り花の交換。
ショーウィンドウの掃除。
ランタン交換。

掲示板の前では、依頼書を選ぶ旅人が立ち止まり、奥の休憩所からは、小さな笑い声も聞こえてきます。

ぼくも最近は、ここで依頼を受けながら、街での時間を過ごしています。

サーカス島のショーパレードが始まるまで、 もう少し、このまま——。

掲示板を眺めていると、

「……今日は、少し浮かない顔をされていますね」

静かな声が聞こえて、ぼくは顔を上げました。

受付口では、灰色の猫——ポワロが、書類を置きながら、こちらを見ています。

「そんなに分かりやすかったでしょうか」

「ええ、少しだけ」

ぼくは、無意識に、ポケットの中のハンカチへ触れました。

星空色のハンカチ。

メリルが刺繍を入れたと言っていた、小さな星模様。

ポワロは、そんなぼくの仕草を、静かに見ているようでした。

「……贈りものを、いただいたんです」

そう呟くと、ポワロは、小さく頷きます。

ぼくは、少し迷ってから言いました。

「……嬉しいんです」

「でも、ちゃんと受け取ってしまっていいのか、分からなくて」

ポワロは、しばらく静かにこちらを見つめていました。

目をそらすように、ぼくは掲示板に意識を向けました。

すると。

掲示板の端に、一枚だけ、少し色褪せた依頼書があることに気づいたのです。

何度も通っていたのに、初めて目にしたような気がしました。

なぜか。

その紙から、目を離せません。

ぼくは、無意識に近づいていました。


【依頼】

運河沿いの預かり所にて、長く持ち主の現れない贈りものが残されています。

最近になって、夜になると、箱のまわりへ光の粒子が集まるようになりました。

保管している者も、少し困っているようです。調査できる方を探しています。


飾り窓の案内所にある掲示板


……なぜでしょう。

その紙を見ていると、胸の奥が、少しだけ重くなるのでした。

「……気になりますか」

ポワロの声が、静かに響きます。

ぼくは、少し迷ってから頷きました。

「なんだか……少し 」

曖昧な言葉が滑り落ちます。

けれど、ポワロは、否定しませんでした。

しばらく依頼書を見つめたあと、静かな声で言います。

「巡りに触れるようになると、ときどき、残された想いへ気づくことがあります」

「巡り……ですか」

ヴェール。

ルート。

なぜか、ささやきの滝と魔法の花園で出会った二人の言葉が、胸の奥で静かに重なります。

「……ぼくにも、何かできるのでしょうか」

そう尋ねると、ポワロは少しだけ目を細めました。

「今は、そちらではないのでしょう」

「……え?」

「巡りには、順番がありますから」

そして、

「想いを形にしたいなら、一度、ときめきの庭を訪ねてみるといいかもしれませんね」

静かに微笑みながら、そう言ったのでした。

ぼくは、もう一度だけ、掲示板へ視線を向けます。

色褪せた、小さな依頼書。

ポケットの中の、星空色のハンカチ。

……ときめきの庭の、あの猫の職人のもとへ行ってみよう。

ぼくは、ポケットの中のハンカチへ、そっと触れました。

こうして、再び、ときめきの庭へ行くことにしたのでした。

ときめきの庭

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