メインコンテンツへスキップ
見出し画像

【恋の話】自意識過剰なバツイチアラサーが恋愛ハウツー本のおかげで好きぴに告られた話


     そうです私が32歳バツイチの女です。
     3年付き合った男と3年の結婚生活を送り、音楽性の違いによって解散しました。

     これは元夫と解散し晴れてバツイチとなった私が、とある社会人サークルで出会った男に生まれて初めてしっかりと惚れてしまい、あれこれ血迷った結果、かつては「こういうの買う女ってどういう感覚で生きてるん?恋愛してないと死ぬん?」と心底馬鹿にしてた恋愛ハウツー本をAmazonで買い込み、愚直に実践し、結果として出会ってから一年半で「お付き合いしませんか?」と言ってもらえるまでの記録です。

    〜私のスペック〜
    関東出身、地方の美大卒業。中小企業の経理部で働き糊口をしのいでいる。
    高校入学時に制服であるピンクのブラウスを試着した際、あまりに似合わなすぎて絶句した親の顔がいまだ忘れられない。

    〜好きな男のスペック〜
    2歳年上。眼鏡をかけている。優しくて頭がいい。唯一の欠点は人間なのでいつか死んでしまうこと。

    ①恋をするか推しにするか、それが問題だ

     出会いは3月です。陽射しが強かったのをよく覚えています。汗と脂でめっちゃファンデが浮いてたので。
     彼は月に数回、都内の某所でとある社会人サークルを開催しています。参加費は1000円。それを手渡すだけの一瞬のやり取り。多分「あ、どうも」くらいしか言葉を交わさなかったのですが、何というかその声に、顔に、体格に、服装に、佇まいに、とにかく彼を取り巻く森羅万象全てに
    アッ、好っきゃ!!!!
    と思ったのです。私にあと少しの痴女の才能があれば彼の膝に着席するところでした…(辛くも耐えた)。もしくは首に腕を回していたかも。あぶねー。

    しかし何を隠そう、32にして初恋です。これまでの恋愛パターンは
    ①惚れられる
    ②口説かれる
    ③断る為の労力と付き合った場合の労力を天秤にかけ付き合うことにする

    のワンパターン。そして26歳の頃にできた彼氏とうっかり④入籍まで進み、かつその男と⑤離婚も経験したのでした。つまりまず「自分から惚れる」が初めての①なのです。32歳にして。周回遅れも甚だしい一目惚れ。 
     そして「努力して誰かを自分に惚れさせる経験」をしたことない私は②すぐ諦めた。だってわかんねえもん。相手から来られない限り無理だもん。
     彼はサークルの主催者なので、いわば「月に一回参加費1000円払えば会える推し」にすることもできるのであります。これは最早、ねんごろになる為にアレコレ努力して結果こじれて2度と会えなくなるよりも、推しとして愛で続けた方が、長い目で見て幸せの時間は持続するのでは?コスパ良いのでは?そう考えました。
     何より私自身、離婚した際に「可能な限り人に迷惑かけないように孤独死する覚悟」をもう既にバチクソに決めていたんです。※過去記事参照

     薄給とはいえギリ生きていける給料ももらっているし、画用紙より薄い壁ではあるが、雨風凌ぐアパートにも住めている。その上あの素敵な男と恋仲になりたいだなんて最早、高望みでは?今世で徳を積めるだけ積んだら、ワンチャン来来来世くらいでやっと彼の膝に座れるのでは?それが私の器なのでは?何つーか、『格』なのでは? 
     離婚は人を仙人にさせます。全ての人間関係は波。訪れては去る。関係を煮詰めると焦げつくだけ。何者にも執着してはいけない。それが私の結婚生活の学びの一つです。始めるから終わってしまう。始めなければいいのだと。

     しかしです。
     この社会人サークルで私は、1人の女に再会してしまったのです。それがHちゃんです。
     Hちゃんと私は保育園〜高校まで一緒でした。私は高卒後に何をとち狂ったか地方の美大に進学したので、実に14年ぶりの再会なのでした。
     学年で一番小柄で可愛かったHちゃんは、髪をグリーンに染めて耳のピアス穴をゴリゴリに拡張し、煙草のフィルターをちぎって村上龍への愛を力説するスーパーファンキーレディに進化していました。人生の大勝利です。そしてそのHちゃんに、彼への恋心を秒で見破られていました。こえーよ。

    Hちゃん「津島ちゃん、あのね。男は顔じゃないよ。中身だから。」
    私「男は中身なんだね。じゃあHちゃんはどんな男が好きなの?」
    Hちゃん「佐藤健」

     そんなHちゃんが言うには「絶対うまくいくから誘ってみろ」。彼女の話には酸いも甘いも煙草のフィルターも噛み分けた女の含蓄があります。赤ワインのデキャンタを一人であけたHちゃんの勢いにうっかりノせられて彼にLINEを送り、あっさり飲みにいくことになりました。

     そこで、気づいたんです。私は、好きな男と飲みに行ったことがない。
     自分に惚れているであろう男と飲みに行ったことはある。しかし、今現在自分だけが一方的に惚れてる男と飲みにいくのは初めてなのです。20代のうちに履修しておくべきでした。
     なんか、なんかこう、ヒントが欲しい!「好きな男と飲みにいく」、あまりにも広大な海過ぎるよ!しかも嫌われた時の代償が大きいよ!何かくれよヒント!皆こんな事してたの?すごいね?私なんて逆上がりしかできないよ…
     そう、周りのまともなヒントくれそうな女友達たちはもう結婚なり妊活なり子育てなりしてるんです。私だけが未だに丸太船で大海原に漕ぎ出そうとしている。聞けないよLINE繋いで「好きぴと飲み行くんだけどなんかテクおしえて」なんて。電話口から子供の泣き声とか聞こえてきたら再起不能だよ。

     そこで縋り付いたのが、あのお方です。神崎メリ様。
     元々女性誌の連載でお名前は知っていましたが、著書は拝読したことがありませんでした。これまでの人生で、私にとって恋愛とは本を読んで勉強するモノでは無かったから。惚れられ、ねんごろになり、喧嘩して別れる。それだけです。恋愛を「うまく運ぼう」とか、恋愛を通して「自己を成長させよう」みたいな感覚は一切なかったのです。「どうやらこの神崎メリ様とやらはすごいらしい」と藁にも縋る思いで本を買い、知識の習得を始めました。

    ②「女は愛嬌」の真実

     神崎メリ様の著書を拝読して得た、一つの知見。
     それは、「男は惚れた女を幸せにしたいのではなく、幸せにできる女に惚れる」と言うことです。

     これ、皆知ってたのでしょうか。ある程度の経験値のあるレディの一般常識なのでしょうか。恥ずかしながら私は知りませんでした。本当はドヤ顔で言うような事じゃないのは百も承知なんです。

     しかしながら、この知見を得てから私は、「女は愛嬌」だの「合コンさしすせそ」だの、今まで心底バカにしていた全ての恋愛Tips(笑)が、何を言わんとしていたのかやっと理解できたのです。

     愛嬌とはつまり、さしすせそとはつまり、目の前の男に「あなたのおかげで今わたしは幸せです。あなたは私を幸せにする力があります。」と言外に伝える方法なのです。

     あなたの予約してくれた店のモノを食えば美味い、あなたの話を聞きゃ面白い、あなたの予約した映画で感動します。その様をいちいち好きな男に見せていれば「どうやら俺の力で幸せにできる女だぞ」と判断される。それ即ち惚れられるということである、と。

     齢32まで学ばずに生きてきてしまいましたが、とどのつまり「女は愛嬌」だの「合コンさしすせそ」だのも、ひえ~馬鹿らしいぜ!!こんな馬鹿げた事してまで男と番いたかぁねえぜ〜!!と思ってるうちは一切しなくて良いんですね。こんな馬鹿げた事してでもこの男と番いたい!と思える男が現れたら一切の恥を捨てて馬鹿になればいい。

     「女は愛嬌」って本当は「(こんなことしてでも番いたいと思った男の前では)女は愛嬌(が大事)」ってことだったんですね。省略すなよ。

    ③浅ましさの向こう側

     で。
     これらのことを知って私は、あゝ20代のうちにもっと自発的に恋愛に臨んでおけば良かった、と改めて後悔することになったんです。
     というのは、20代と違って30代(しかもバツイチ)(スレまくり)だと、大きい障害が…
     それは、【好きな男の前でめっちゃあざとく女になってる自分】を【客観視してドン引きしてる自分】がいるんです。ていうかまず、恋してる自分が無理。なんやねん恋て。星野源か。
     この、【恋してる自分を客観視してドン引きしてる自分】に打ち克つのが非常に苦労しました。
     床から2mほどの高さ、だいたい中小企業のオフィスの業務用エアコンみたいな位置から、私が私を見ている。その視線の冷ややかなこと。
    前回と違う香水付けていこうかな♡(ウッ…)
    肌キレイに見えるようにハイライト入れようかな♡(キモ…)
    夏も近いし思い切って二の腕出しちゃおっか♡(ギャア)
     もうね、恋してる自分を、すぐ我に返しちゃう自分がいる。お前今すごい浅ましいぞ、と。陶酔できない。うっとりできない。
     年食えば食うほど恋愛が難しいってのは、こういうことだったんですね。
     単に容姿が衰えるからとか、妊孕性うんぬん、市場価値うんぬんだけではない。ただただ、陶酔できないんです。恋する女をやっている自分を、客観視している自分が生まれてしまう。
     そしてその客観視している自分は、同じコミュニティの人にどう思われているかも気になりだすのです。いや自意識過剰なのは百も承知なのですが。
     私から見て私がこんなに浅ましいのだから、他者から見たその浅ましさたるや、いかばかりかと。
     30もとうに過ぎて、離婚も経験したからこそ、こんなにも浅ましくなってしまう自分なんか、もう見たかあない。
    でも誰かに恋して、その人を手に入れたいと思う過程で、どうしたって人は浅ましくなる。
     これはもう折り合いをつけられないんですね。トレードオフ。何かを得る為には何かを捨てにゃならんって、ハガレンでも言ってました。

     結局私は何度か悶え苦しんだ後、「もう誰にどう思われてもいいから、一旦この人に全力で恋しよう」と決断しました。がっつり浅ましくなる覚悟をきめました。
     何故その覚悟を決められたか。
     それは、私自身が「自由な生活を得る代わりに、既婚者という安定した生活を捨てる」という割とデカめのトレードオフを既に経験していたからです。人生の無情なるトレードオフを既に味わっていて、デカい決断に慣れていたから、「浅ましく恋に溺れるアラサーバツイチ」になる決断もできたように思います。何かを手に入れるために何かを捨てなければならない。私の場合は捨てたのは「体裁」でした。人生はそういう風にできている。むしろその決断をできた分だけ、戸籍にバツを付けた甲斐もあろうものです。

     面白いことに、一度「ハイこれから浅ましくなりまーす」とハラ決めると、そっからは浅ましい自分を楽しめるんですね。既読ついたけど返信来ないピエン(泣)な時も、「まあwwこれもまたww私の恋愛の一側面ww」とその懊悩を楽しめるようになります。
     そして何より、浅ましくなる覚悟を決めない限りは、彼に対して思い切った行動ができなくなっていたと思います。そもそも、体裁も保ちつつ恋も成就させるなんて器用な真似ができる女だったら、今頃は石油王の第3夫人辺りに収まっていた筈。そうはなれなかった私は、やはり愚直に、浅ましくなる覚悟を決めて然るべきだったのです。

    ④三十路の記憶力!覚えられたの3つだけ!

     さて、大量購入した神崎メリ様の著書。
     その著書の大事なところに(ダウト。本当は全部大事〜!ですがその中で特に胸にトゥンク…と響いたポイントには)付箋を貼りまくり、手帳に書きだし、彼と二人で会う前には必ずそれを読み返すという、改めて文章にするとガチキモイ行動に出ていました。こえーよ恋。ここまで人をキモくするんだもん。

    画像
    明らかに努力の方向を間違えているのである

     で!ここで30代の恋愛のハードルがもう一つ出てくるわけです。
     あのね!書き出したところで覚えられないの!
     読んだこと多分全部ガッツリしっかり実践してたら、向かう所敵無し、男を千切っては投げ千切っては投げ、手近な石油王に嫁げる程には女っぷりも上がってたんでしょうけど、覚えてられないんですよ。いざ好きな男と2人で飲みに行ったらテクニックなんか頭からポーンと飛ぶわけです。緊張で。
     だから、神崎メリ先生の著書を拝読して「これだけは、最低限やらねば…」とシナプス途切れまくりの自分でもできそうな事だけを抽出し、実践したのが以下の3点です。

    ・会ってる時は全力で惜しみなく愛を注ぎ、LINEはサッパリ
    (会ってる時は濃厚ゴマ味噌だれ!LINEはポン酢!味変、大事)
    ・何が何でも終電で帰る。付き合う前には寝ない。
    (付き合わずして体の関係もてた女と改めてちゃんと付き合いてえって思う?私だったら思わない)
    ・ごめんと言うな。ありがとうと言え。
    (予約任せちゃってゴメン〜汗とかもってのほか!予約してくれて嬉しい❤︎ありがと❤︎コレ一択。)

     必死に読み込んで学んだポイントを一つ一つを実践できなかったとしても、「一般的な恋愛適齢期の男に好かれる為の行動・言動とはいかなるものか」という方向性を何となく掴めていただけでもマジで良かったです。
     本来の私の性格は「可愛げ」とは程遠いところにありましたが、たとえ仮初であろうと「可愛げ」を実装できたというか…
    (えっ?それって本来の自分が好かれたわけじゃなくない?とかそういうツッコミは今回はナシ。付き合えたら少しずつ出してけばええねんそんなもん)

    ⑤曇り無きまなこで、好きぴを見ろ

     そして上記のポイントを守りながら2人で飲みに行き終電で解散する、という関係をジリジリと半年くらい続けたある日、ふと。気づいたんですね。
     彼は自ら社会人サークルを主催しておりコミュニケーション能力が高く、弁舌爽やかな好青年。30代半ばという年齢からして、今日明日にでも彼女ができたって別におかしくない男なんです。私が知らない内に、いつドラマが始まっててもおかしくない。勿論私なんぞは、そのドラマのモブ。モブってかもう書き割りのコナラの木くらいの存在でもおかしくない。
     それで、改めて一回一回の飲みを大事にしよう…というか、有り体に言うと、「いつ彼に“ゴメン〜彼女できたからもう2人で飲めないんだよネ“って言われても後悔しないようにしよう」と心に決めまして、そんで、忘れもしない残暑厳しい9月某日。
     いつものごとく都内某所の居酒屋で待ち合わせして、先に店にいる彼を一目見て(今日いっっっぱい顔見て帰ろ)と思ったんです。

     出会って初めて、あんなにガッッッツリ目を見て喋りました。ガン見。だって後悔したくないし。いつ見納めになるかもわかんないし。公序良俗に反しない範囲で、めちゃくちゃ正面から、目を見て喋りました。
     思えばいつも、2人で飲む時は、「目見て喋るの緊張すんだよな〜」とカウンターばかり予約してた気がします。勿体無いことしました。

     多分、今振り返ると、これが!めっちゃ大事だったんです。
     そう、「目を見て喋る」。
     これまで本当に軽視してました。こんなコミュニケーションの基本を。見つめあうと素直にお喋りできないって桑田さんも言ってるしまあ仕方ないよね~★って思ってました。違う違う馬鹿野郎。そうじゃない。
     目を見て喋れないってのは、目の前の相手に対して自分が相応しくなく思ってる証拠というか、つまり自信が無いですってことなんです。

     別に(化粧ヨレてないかな)(歯に海苔付いてないかな)みたいなビジュ面での自信のなさだけでなく、好きな人の目を見てると「やるべきことをやってるか」って問われている気分になるんですね。
     目の前の素敵な男にふさわしいだけの何かを経験してきたのか。やるべきこと(有り体に言えば勤労・納税・教育的なやつ?)を、今ちゃんとやってるか。ひたむきに生きてるか。恥ずべきところは何もないか。
     なんか、ちょっとでも後ろ暗いことがあると、好きな人の目なんて見れないんですよね。好きな人の目を真正面から見れる自分でいる、そんな日々を過ごすっていうのが、まず何よりも大事な恋愛Tips(笑)でした。

    そういうわけで、明日死んでも構わない覚悟でがっつり目を見て喋ったその夜、付き合いませんかと言ってもらえました。
     コレ残りの人生の幸運を全部使い果たしたぽくね?と若干怖くなるほどの喜びでした。
     花だの鳥だの風だの星だの、生きとし生ける万物その全てにありがとう…と思いながらヘロヘロで家路につき、あまりに何も手につかずうっかり風呂キャンしたのを覚えています。風呂は入ろう。

    ⑥女よ待つな、オフェンスであれ

     1年弱の交際を経て、1円の得にもならないのに何故か己の黒歴史を文章に掘り起こすというマゾヒズム的行為に走っている今、私は改めて女の幸せについて考えています。

     声をかけてくれた男を彼氏にして段々こちらの気持ちを追いつかせていくのと、最初から好きだった男を頑張って彼氏にするのとではこんなにも幸福度が違うものなんや…とほとほと実感した1年でした。あ〜幸せ!おてての皺と皺を合わせなくとも、勝手に幸せ!南~無~!と、いまだにアクセルべた踏みの浮かれポンチです。

     よく「女の子は愛されるのが幸せ」なんて言いますが、私はあれを「女は自分に惚れてくれた男と番になれ」という意味だと解釈してました。
     最初は女側に気持ちが無くとも、番っちまえば段々と惚れてくものなのだと。女は受け身でいる方が幸せなのだと。惚れられる内が華なのだと。
     マジで全然間違ってました。女こそ「この男だ…!」って自分で決めて自分から行った方が幸せになれるんですね。正しくは「女の子は(惚れた男を頑張って自分に惚れさせて、その男から)愛されるのが幸せ」でした。省略すなよ。

     何事も始めれば終わりは来てしまいます。
     彼と私も煮詰まるところまでグツグツ煮詰まり、どちらかが終わりを決める時が来るでしょう。始めたら終わってしまうことなど百も承知で、それでも始めることを選んでしまったのは、他ならぬ自分自身です。
     今日の思い出も明日の約束も、全ていつか来る終わりへのカウントダウンでしかないのならば、せめてそのカウントダウンを楽しまねば…と、持ち前の貧乏根性でこの恋の酸いも甘いも味わい尽くせることを願いつつ、記事を終わりにしたいと思います。

    2026年7月吉日。ひどく蒸し暑い夜に。

     
     
    千葉在住・32歳・離婚歴有(1回) エンドロールは最後まで観るタイプです。

    あなたへのおすすめ