
空を夢見る魚 第八夜
僕はまだ太陽の中にいた
形など無い
ただ、黄金に燃えて
くるくると回転している
碧い声が、僕らに向かって歌っていた
まだ見ぬ太陽に向かう歌は
僕らを揺さぶり、堪らなく震わせた
触れようと手を伸ばすと
声は焔に当たって
七色に弾けて消えてしまった
汐の香りだけが柔らかく残っていた
深海の歌姫の頭上で
嵐が船を飲み込んでいる
あの男に似た老人が渦潮に沈んでいくのも
全て見ていた
人間達は悲しみ、海に怒る
何も知らないセイレーンは歌い続けていた
太陽が僕に
急いで月夜に地上に降りるよう促した
僕は月が満ちるのを待って降りていった
水飛沫をたてて降り立った海辺で僕は
潮が満ちれば藻に絡まれ
潮がひくと蟹につつかれていた
ぱしゃん、ぱしゃん、ぱしゃん
波が近づいてきた
初めて顔を見せた歌姫が無邪気に聞いた
「こんばんは…あなたの名前は?」
「メテオライト」
目が覚めた
僕はいつもの海辺にいた
世界は嵐が抜けて、空が澄んでいた
まだ日が昇るには早いかもしれない
もうすぐ朝になる
目をあげると、薄闇の中に人魚がうずくまっていた
今や人魚の体の色はすっかりくすみ、
土色の海と同化していた
岩場の砂利を集め、小石を握りしめて
震えていた
「おはよう」
僕は声をかけた
人魚がビクッとして顔を上げた
もう何も出なくなった目で僕を見た
人魚が手を開いた
手には砂利がくっついて、石の痕がついていた
「僕に触らないほうが良いかもしれないな」
僕は微笑んで人魚に言った
「僕は太陽のもとへ帰らなくてはいけないから」
人魚はすぐに手を引っ込めた
「やっぱりあなたは、何だか少し違うと思った」
海の潮が退いていく
波の音が遠くで響いた
「宙に…お日さまのもとに帰ったら」
人魚は消え入りそうな声で言った
「…私を思い出してくれますか」
僕は人魚を見つめた
「私はここに居る」
「私は、あなたのいた所で、あなたの見た朝日を浴びます」
「きっと寂しくないわ」
「夜はマーテルミ、朝になればあなたが
私を照らすでしょう?」
僕は人魚に近くに来てくれるように頼んだ
人の気配は無いと思ったが、
今度こそ誰にも聞かれてはいけない
僕は人魚にそっと耳打ちした
人魚が僕を見る
こんな人魚の表情は初めて見た
その揺れる瞳を見ると、
海底の泥で濁った海が澄むには、
まだ時間がかかりそうだった
朝日が昇る前に
人魚はもう一度、海に帰っていった
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