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【小説】星の紡ぐカオス<1>|創作大賞

    TUFTIライター

    あらすじ

    IT企業のルーティンワークに消耗し、「人生、詰んだな」と感じていた遥。そんな彼女に届いたのは、祖父の訃報と山奥の天文台の相続通知だった。遥は天文台の売却を考え、天文台へ向かう。そこにいたのは、25年間「完璧な災害予測」にすべてを捧げてきた孤独な男・朔夜だった。祖父が遺した謎のフラクタル図形と、星が告げる異変。時間が歪み、建物が呼吸し、現実の輪郭が崩れていく中で、遥は気づく──「決まりきった運命など存在しない」と。レールの外に広がる混沌の先で、彼女が見つけたものとは?

    第1章 星に選ばれし者

    「人生、詰んだな」

    山の中の展望台の駐車場に停車中、スマホの画面を見つめながら、私は思った。圏外。アンテナは1本も立っていない。いや、物理的な電波以前に、私の心の方はとっくの昔に圏外だった。

    朝の通勤ラッシュ。満員電車で押しつぶされながら、隣の人のスマホ画面が目に入る。「#朝活」「#自分磨き」「#夢に向かって」。キラキラした投稿の嵐。

    #朝活って何?朝からExcelと格闘する活動なら毎日やってるけど? #自分磨きってスキルアップのことか。じゃあ私の「上司の理不尽に耐える技術」はレベル99だな。#夢に向かってって、その夢が「月曜日が来ませんように」だったらどうする?

    私はそっと目を逸らした。同じ電車、同じ時間、同じ駅。毎日毎日、まるで誰かが作ったクソゲーを延々とプレイさせられているような気分だった。終点?見えない。たぶんバグってループしてる。

    「#充実」って投稿する人ほど充実してない法則、誰か論文書いてくれないかな。そんなことを考えながら、私は毎日を過ごしていた。

    最近、変な夢をよく見る。数字が空中に浮かんでいて、それが勝手に計算を始める夢。エクセルの表が巨大化して、私を飲み込もうとする夢。起きると、なぜか汗びっしょりだ。

    たぶん、ストレスだろう。「効率化」だの「最適化」だのと唱えながら、結局は上司の承認待ちで夜遅くまで残業する日々。コンビニ弁当を食べながらネットサーフィン。

    かつての同期は「#昇進しました」「#マイホーム購入」なんて投稿ばかり。見るたびに思う。「お前らいつか全員、中古住宅ローンで首が回らなくなればいい」って。性格悪いかな?でも、正直な感想だ。

    頑張れば報われる?嘘だ。少なくとも、私の人生はそんなイージーモードじゃなかった。

    両親を幼くして亡くした私は、祖父によって育てられた。といっても、支援してもらったのは経済的な部分だけで、実際の生活はお手伝いさんと過ごした。祖父は田舎の山奥で何かの研究をしているとのことだったが、詳しいことは教えてもらえなかった。もともと大学で数学を教えていた人が、山奥で何をしているんだろう。そんな疑問を抱いたこともあったが、深く聞いたことはない。

    大学に進学したら、私は一人暮らし。年に一度、上京してくる祖父と会うのが唯一の家族らしい時間だった。大学では物理学を専攻したが、特に興味があったわけでもない。なんとなく決めた。就職も、『大手だから安定している』という理由でIT企業を選んだ。まるで誰かが敷いたレールの上を、何も考えずに歩いているような人生。人付き合いは苦手で友達もほとんどいない。

    そして、上司とも折り合いが悪く、何かと揉めてしまう。そんな反抗的な人間は会社には不要。奴隷になりきれない私は、結局会社も辞めることになってしまった。次の就職も決まっていない。ただただ、どこかに消えてしまいたい。そんな気持ちだった。

    こんな人生だから捻くれるし、口も悪くなる。自覚はあるが、こればかりは仕方のないことだろう。そう自分に言い聞かせている。

    祖父の危篤を知ったのは、引き継ぎ資料の作成で残業が続いていた夜、見知らぬ番号からの着信だった。朔夜と名乗る男性は、祖父の同僚だと言った。私は慌てて指定された病院に向かったが、もう間に合わなかった。その時初めて、祖父が山奥の天文台で何かを研究していることを知った。さらに驚いたのは、その天文台を所有しているのが祖父だということだった。

    その後は慌ただしかった。一人で葬儀を済ませたら、煩雑な書類手続きが待っていた。そして、それらも一通り終えると、最も厄介な話、天文台の相続問題が残った。正直なところ天文台は処分するしかないと思っていた。

    仕事も忙しく、なかなか手がつけられずにいたある日、祖父の手帳が郵送されてきた。なんだろうと思い手帳を開いて中身を確認したら、最後のページにこのように書かれていた。

    『遥が来る日。11月15日。彗星の影が濃くなる。星の声が聞こえる。準備は整った。』

    「遥」は私の名前。つまりこれは私のこと?それにしても厨二病を拗らせた少年が書いたような内容の走り書きだった。思わず笑ってしまいそうになったが、祖父が最後に書き記したものだと思ったら、なんだか急に笑えなくなってしまった。

    そして今日、私は早朝から天文台に向かって車を走らせていた。──11月15日。

    車のダッシュボードに置いた手帳を見るたびに、背筋がざわつく。まるで、今日この場所に来ることが、ずっと前から決まっていたみたいな気がして。

    「また新しい種類のバグかよ」

    ハンドルを握り、駐車場から車を出しつつ、私は悪態をついた。そんなのたまたまだろう。今日しか仕事の都合がつかなかったのだ。

    山道は悪くガタガタと揺れた。バックミラーに、一瞬、何か白いものが映った気がしたが、振り返ると何もない。疲れてるだけだ。きっと。それか、祖父の予言に影響されて、変なものまで見え始めたのかもしれない。

    ハハッ。乾いたユーモアだけが、この悪道を走る唯一のオアシスだ。どうして私の心はこんなに荒んでしまったのだろう。

    しばらく走ると、カーナビが「目的地周辺です」と告げた。そこはただの山道だった。おかしい。私はそろりそろりと車を前進させた。そして木々が切れ、道が空に開かれた瞬間、私の世界は一変した。

    天文台のドームは、剥き出しの岩肌が広がる山頂に、まるで太古の巨人の頭蓋骨のように鎮座していた。周囲を囲むのは、どこまでも続く深緑の山並み。空はどこまでも高く、底のない深い青を湛え、都会では決して見ることのない、宇宙の広がりを暗示していた。

    でも、何かが変だった。建物が、微かに呼吸しているような気がする。ドームの表面が、心拍のようにゆっくりと明暗を繰り返している。いや、それは雲の影だろう。そうに決まっている。

    車から降りると、山の空気が肺を満たした。都市のスモッグとは全く違う、透明で冷たい空気。私は深く息を吸い、そして気づいた。久しぶりに、呼吸が楽になっている。

    と、同時に。
    「これって、なんか物語の序章みたいだな」
    変なことを考えてしまった。

    主人公が謎めいた場所にやってくる、お決まりのパターン。まさか私、小説の登場人物になったとでも?我ながらバカバカしい発想だ。山奥で変な人と遭遇して、どう見てもB級ホラー映画の序盤の犠牲者フラグだよな。

    「星野遥さんですか?」

    背後から、静かで、しかし凛とした声が響いた。私は飛び上がって振り返った。

    そこにいたのは、50代半ばにも見える、しかし年齢を感じさせない不思議な男性だった。ぴしりと整えられた清潔な作業着に、磨き上げられた古い眼鏡。埃一つないその姿は、この山奥の施設にはあまりにも不釣り合いで、思わず「どこかの業者さんですか?」とでも聞きたくなるほどだった。

    「朔夜一郎と申します」男性は丁寧に頭を下げた。「星野先生のお孫さんでいらっしゃいますね。お悔やみ申し上げます。そして、先生のお葬式に参列できず、大変失礼いたしました。重要な観測の時期と重なってしまい…申し訳ございませんでした」

    「あ、えーと…私、星野遥と申します」

    朔夜?珍しい苗字だな。なんかすごく厨二的というか、ライトノベルの登場人物みたいな名前だ。でも、この人の雰囲気には妙に似合っている。

    それにしても「先生」という呼び方が気になった。祖父は確かに昔、大学で数学を教えていたが、それはもう何十年も前の話だ。

    「実は、先生からお話は伺っておりました」朔夜の目が、一瞬鋭く光った。「『遥が来る日には、星の配置が変わる』と」

    え?遥が来る日?それどういう意味?

    「すみません、何とおっしゃいました?」
    「いえ、こちらこそ失礼いたしました」朔夜は何事もなかったように微笑んだ。「どうぞ、こちらへ」

    今、変なことを言わなかった?遥が来る日?星の配置が変わる?私にはそのように聞こえた。でも、朔夜の表情は穏やかで、まるで天気の話でもしたかのような様子だった。私の聞き間違いかもしれない。それか、この人も祖父と同じく、ちょっとアレな感じなの?

    天文台の中は、外観以上に整然としていた。床には一片のゴミも落ちておらず、壁には古い観測記録が几帳面にファイリングされ、年月日順に並んでいる。その几帳面さは、私の元職場のサーバールームを思い出させた。

    でも、決定的に違うのは「何かが生きている」感覚だった。サーバールームは完全に無機質だったが、ここには何か、意思を持った存在がいるような気配がある。機械が呼吸している。観測記録が囁いている。

    私はそれらを横目にしながら、ささやかな応接間に案内された。
    朔夜はそのまま小さなキッチンに向かった。私が興味本位でキッチンを覗き込むと、驚くべき光景を目にした。棚にはシリアルやサプリメントが全て直角に、同じ間隔で並んでいる。まるで軍隊の整列のような完璧さ。

    そして、それ以外は何もない。毎日同じメニューであることが、キッチンの様子から容易に推測できた。朔夜がお茶を持って戻ってきたので、私は慌ててソファーに戻った。

    「どうかしましたか?」と朔夜は質問してきた。
    「ずいぶん変わった生活をなさっているんですね」
    「ああ。それは健康のためです」朔夜は私にお茶を出しながら答えた。「観測には、完璧な身体が必要ですから。完璧な身体には、完璧な栄養バランス。完璧な栄養バランスには、完璧な規律。完璧な規律には、完璧な…」
    朔夜の声が、途中で止まった。まるで、テープレコーダーの電源が突然切れたみたいに。

    「朔夜さん?」
    「…失礼いたしました」彼は振り返った。普通の表情に戻っている。「少し、考え事をしておりまして」

    今の、何だったんだろう?まるで、機械が故障したみたいな…いや、そんなはずはない。人間だもの。でも、この人の「完璧」への執着、ちょっと怖いレベルだな。強迫性障害の気があるのかも。

    お茶を受け取りながら、私は朔夜を観察した。確かに健康そうだ。でも、どこか人工的な印象を受ける。まるで、精密に調整された機械のような。それとも、人間らしさを削ぎ落としすぎて、何か重要なパーツを失ってしまったような。

    「朔夜さんは、いつからこちらに?」
    「25年ほど前からです」
    「それは…随分と長いですね」

    25年も山にこもって、完璧なサプリメント生活。そりゃ、人間性が蒸発するのも無理はない。

    「星野先生には、長年お世話になりました」朔夜の声に、わずかな感情の波が見えた。「先生は、私にとって…最後の希望でした」最後の希望?何から逃げてきたんだろう、この人。

    「と、申しますと?」
    朔夜は少し迷うような表情を見せた。それから、立ち上がって書棚に向かう。一冊のファイルを取り出した—古い観測記録のようだが、表紙には赤いシールが貼られていた。いかにも不穏な空気が漂っている。

    「先生の記録をご覧ください」

    ファイルを開くと、最初のページに祖父の字で書かれた文章があった。

    『観測開始より三十年。ついに確信を得た。星は生きている。星は意思を持っている。星は、人間の運命を操っている。この発見を誰も信じてくれないが、記録は嘘をつかない。数式も嘘をつかない。ただ、人間だけが嘘をつく。人間だけが現実を否定する。だが、朔夜は違う。朔夜は理解してくれる。彼もまた、星に選ばれた者だからだ。』

    私は頭に「?」が浮かんだ。これは、学者の冷静な記録ではない。何かに憑かれた人の、狂気じみた告白だった。

    次のページには、奇妙な図形が描かれていた。幾何学的でありながら、どこか有機的な曲線を持つ図形。見ていると、目が痛くなってくる。いや、痛いというより、吸い込まれそうになる。この図形を見続けてはいけない、という本能的な警告が脳裏に響く。

    でも、なぜか見覚えがある。まるで、昔どこかで—いや、夢の中で見たことがあるような。

    「これ、何ですか?」
    「星の言葉です」朔夜が答えた。「先生が解読された、星からのメッセージです」

    星からのメッセージ?もう、何がなんだか。祖父も大概だが、この人も完全にイっちゃってる。こういう人は刺激してはいけない。私はできるだけ冷静に質問することにした。

    「祖父は…いつからこんな…?」
    「星野先生は狂ってなどおりません」朔夜の声が、突然低くなった。この人、私の心が読めるの?
    「先生は真実を見抜いておられたのです。この世界の真の姿を」

    朔夜の目が、再び鋭く光った。まるで、人間ではない何かが、彼の中から覗いているような。

    ああ、これは完全にヤバい人だ。狂気。もし、祖父がこの狂気を持っていて、それがこの人に感染したのだとしたら…。

    私にも祖父の血が流れている。なんだろう。とても悍ましく感じる。面倒なことはごめんだ。私は早く全てを片付けて、またいつもの生活、レールに乗って何も考えなくていい生活に戻りたいと感じていた。とはいっても、仕事を失ったばかりだが。

    「実は、お話があります」私は慌てて切り出した。「この天文台のことなんですが」「はい」「売却を検討しているんです」

    瞬間、朔夜の表情が凍りついた。というより、まるで電源が切れたように、一切の表情が消えた。

    「売却…ですか」
    「はい。維持費もかかりますし、私には天文学の知識もありませんから」
    朔夜は立ち上がった。窓の方へ歩いていき、外の景色を見つめている。その背中が、なぜか随分と小さく見えた。
    そして、彼は呟いた。

    「それは…許されません」
    「え?」

    朔夜が振り返った時、その顔は完全に別人だった。普段の穏やかな表情は消え、目には底知れぬ恐怖と、そして激しい拒絶の色が宿っていた。

    「この天文台を売却することは、断じて許されません」朔夜の声は震えていた。「ここは…ここは私の存在そのものです。私の命です。私の…全てです」
    私は不用意な発言を後悔した。地雷踏んでしまったかもしれない。この人にとって、天文台は宗教的な聖地なんだ。25年もここで「星の声」を聞き続けてたら、誰でもそうなってしまうかもしれない。

    「朔夜さん、落ち着いて…」
    「星が…星が許さないのです」朔夜は窓の外を見上げた。「あの星が、私たちを見ているのです。いつも、いつも、見ているのです」

    私は空を見上げた。まだ日中だから、星は見えない。ただひたすら高い秋の青空が広がっている。でも、朔夜は確かに何かを見ているようだった。

    「どのような観測を?」

    朔夜は少し迷うような表情を見せた。それから、意を決したように口を開く。

    「彗星です。危険な彗星です」
    「彗星?」
    「はい。その彗星が接近するとき」朔夜は言葉を選ぶように、ゆっくりと話した。「必ず…悲劇が起こるのです」

    私は朔夜の顔を見つめた。彼は真剣だった。本気で、彗星と災害の関連を信じているようだった。

    「え…ちょっと待ってください」私は思わず手を上げた。「彗星と災害に、何の関係が?」

    これは、思った以上にヤバい人なのかもしれない。山奥に一人でこもって、祖父の狂気まで受け継いでしまい、それをさらに発展させた感じ?私の論理的思考回路が、強い警告音を鳴らし始めた。

    「朔夜さん、それって…単なる偶然じゃないですか?地震だって台風だって、周期的に起こるものですし」
    「迷信だと思われるでしょう」朔夜の瞳に、奇妙な光が宿った。それは、長い間誰にも信じてもらえなかった人特有の、諦めと執着が混じった光だった。「しかし、記録があります。詳細な記録が」

    朔夜は別のファイルを取り出した。分厚い観測記録。ページをめくると、几帳面な数字の羅列と、そして時々挟まれる奇妙な図形。

    またあの図形だ。見ると、頭の奥が痛くなる。でも、なぜか目が離せない。まるで、この図形が私を呼んでいるような。この線の流れ、この角度の組み合わせ—確かに見たことがある。いつ?どこで?

    「この彗星の前回の接近時…」朔夜の声が、突然小さくなった。「1986年の夏…」

    確かに大きな災害があったかもしれない。でも、それと彗星に何の関係が?

    「何が起こったのですか?」

    私は一応聞いてみた。相手がどんなに非論理的でも、まずは話を聞くのがビジネスマナーだ。それに、売却の障害になりそうな要因は、全て把握しておく必要がある。

    朔夜は目を閉じた。長い沈黙の後、彼は震える声で答えた。
    「洪水です。この地域を襲った、記録的な豪雨と洪水。多くの方が…」

    そこで朔夜は言葉を止めた。彼の顔に、深い苦痛の表情が浮かんでいる。これが、この奇妙な信念の原因か。しかし、なぜそこまで思い詰めているのだろう?自然災害なんて、いつでもどこでも起こる可能性があるものなのに。
    でも、この人の「痛さ」は本物だ。売却の件は、あまり刺激しないよう慎重に進めた方がいいかもしれない。

    それに、この人の「彗星理論」を全く信じられない。そんな荒唐無稽な話があってたまるか。でも、祖父の手帳の記述、この人の異常な生活、そして異様なまでの執着。何かが、確実におかしい。

    それに、ファイルにあったあの図形。なぜ見覚えがあるんだろう?

    青空と千切れた雲が天文台を完全に包んでいた。そして、遠くに明るい星が瞬き始めた。その時、私は気づいた。

    この空は、昔どこかで見たことがある。遠い昔?それとも最近?いや、そんなはずはない。私は空を見上げることなど忘れていたからだ。

    今日は、長い一日になりそうだった。そして、たぶん、想像以上に面倒くさい一日になりそうだった。

    続く

     
     
     
    「もっと自由に、自分らしく生きたい」 経験を元に、TUFTI(タフティ)の論理と実践をわかりやすく解説。「現実創造」を全力でサポートします!TUFTI実践を通して人生をデザインし、一緒に人生を切り開きましょう✨ #TUFTI #タフティ #現実創造 #自分軸 #自由な生き方

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