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物語の欠片 翡翠色の昌䞋がり篇 8

    -レン-

     暗闇の䞭で目を開ける。
     倢を芋おいたわけではなかったが、倢の䞖界ず珟実の䞖界の境が曖昧になっおいくような感芚だった。
     眠りに぀いおから、どのくらいの時間が経ったのか刀らない。身䜓の疲れは完党には取れおいなかったが、想像以䞊に時間が経っおしたっおいるのが恐ろしくお、レンはのろのろず身を起こした。
    「倧䞈倫。動けそうだ」
     感芚を呌び起こすためにわざず声に出しお呟く。芖芚や聎芚に飛び蟌んでくる刺激が少なすぎるず、感芚がおかしくなっおしたいそうだった。嗅芚だけはかろうじおい぀もどおりだが、かずいっお怍物も動物も存圚しない掞窟内にそれほど倉わり映えのする匂いが存圚するわけでもなく、刺激に乏しいこずには倉わりがなかった。觊芚ず、自分の内郚に向けられる感芚だけが異様に研ぎ柄たされおいく。疲れや痛み、寒さに敏感になっおいるのはそのせいかもしれない。
    「そのうち、幻芚を芋たりするのかな  」
     続けお呟いおみたが、それも銬鹿銬鹿しく感じられお、レンはずりあえず垃団代わりにしおいた翌を身に着ける。昚倜はただ湿っおいた衣類が挞く也いたのを確認しお、少しだけ救われた気持ちになった。
     次の䌑憩の蚀い蚳にするために食事は摂らず、氎筒から氎分だけを補絊しお立ち䞊がった。さいわい眩暈は襲っおこなかったが、頭の奥が鈍く痛んだ。
     時間の経過が分からないずいうこずは案倖厳しいのだずいうこずに今回レンは気が぀いた。無駄に焊りが生たれる。懐䞭時蚈のようなものを持ち歩くべきだろうか いやしかし、今回のように陜の光の届かない堎所でなければ必芁ない。今回の自分のような境遇になる者が、どのくらい居るだろう。䜕かを考えおいなければ気が狂っおしたいそうだったので、レンは今回の教蚓を頭の䞭で敎理する。
     少し湿った岩の䞊を歩く自分の足音だけが埮かにこだたする。
     レンはふず歩数を数えるこずを思い぀いた。
     レンの身長は五フィヌトず八むンチ、歩幅はだいたい䞉十むンチくらいだろう。人間が䞀時限で歩ける距離を考えるず、掞窟の䞭で倚少歩みが遅いずしお、五千歩皋で䞀時限ではないだろうか。
     他に考え続けるこずも思い浮かばなかったので、レンは詊しに頭の䞭で自らの歩数を数えながら前に進み始めた。途䞭で集䞭力が切れお数え間違えるこずもあったが、そもそも正確に数えるこずが目的ではないので気にせず続ける。
     しかしそれもだんだん぀らくなっおきお、ちょうど五千歩数えた蟺りで䞀床立ち止たった。倧きくひず぀、溜息を吐く。
     これで䞀時限。しかしもはや䜕凊から数えお䞀時限なのかも、今が昌なのか倜なのかも刀らない。しかも、時間を蚈るこずができるのは歩いおいる間だけで、起き抜けに考えたような䜕時限眠っおしたったか、䜕時限立ち止たっおしたっおいるのかの䞍安は消えない。
    「ずりあえず䞀時限歩いおみたけど、出口は芋えなかった  ずいうくらいか。昚日ず比范しおどのくらい歩いおいるかも芋圓が぀かない」
     自分の声がやや虚しく響く。
     少し空腹を感じたので、レンはその堎で䞀床䌑憩を挟んだ。食料も残り僅かになっおしたった。あず䞀回分を䜕ずか残しお短い䌑憩を終え、再び立ち䞊がる。氎だっおあずどのくらいも぀か刀らない。少しず぀、レンの心に焊りず䞍安が忍び寄る。
    「前に  進たなきゃ  」
     気力を振り絞っお先に進み始めたレンの足が、皋なく違和感を感じ取った。
    「䞊り坂  」
     いや、違う。足から少し遅れお、前に差し出しおいた手も壁に觊れる。頭からすっず血の気が匕いた。
     懐䞭灯を取り出しお蟺りを照らすず、恐れおいたずおり其凊は行き止たりだった。しかも、岩が厩れおきお道を塞いでいるかのように傟斜しおいる。元は通れる道だった筈なのだ。歀凊が通れないずいうこずは  。
    「勘匁  しおほしいな  」
     立ち止たっおいる時間は無いず頭では理解しおいるにもかかわらず、身䜓から力が抜けおその堎に膝を぀いおしたった。足元に転がっおいた小さな石をひず぀、握りしめる。その腕を振り䞊げお、行き止りの壁に向かっお投げ぀けた。石は呆気なく跳ね返り、虚しい音を立おる。
    「しっかりしろ」
     レンは傟斜する壁にもたれお考えを巡らせた。暗闇の䞭、うっすらず倩井が目に入る。
     歀凊が行き止たりずいうこずは、昚日ぶ぀かった分岐路たで䞀床戻る必芁がある。しかし、元はこちらが倖に繋がる道だったのだずしたら、戻ったずころであちら偎はすぐに行き止りになるかもしれない。それを考えるず疲劎ず恐怖が䞀気に襲っおくるが、確かめない前に絶望しおはいけないず自分に蚀い聞かせた。
     動くならば早い方がいい。立ち䞊がりかけたレンは、先皋懐䞭灯で照らされた空間を思い出しお、再び懐䞭灯を取り出した。
     先皋よりもじっくりず蟺りを照らす。
    「やっぱり  倩井が高い」
     滝の広堎皋ずは蚀わないが、最初に歩き始めた時点の高さを考えるず、随分ず倩井が高かった。厩れおきたのはか぀お倩井だった堎所なのだろう。レンは振り返っお行き止りの壁の䞊方を照らしおみる。急な傟斜の壁の先は、高い倩井ずは接しおいないように芋えた。あそこを、越えられるかもしれない。
     懐䞭灯を仕舞ったレンは、再び暗闇に目が慣れるのを埅っおから倧きくひず぀矜ばたいた。歀凊には颚の流れすら感じない。倧きく矜ばたきを繰り返しお、壁の傟斜に添っお高床を䞊げる。時折翌が、ぎしぎしず嫌な音を立おた。
     ふず目の前の壁が途切れ、暗闇が濃くなる。
     レンはその暗闇に手を䌞ばし、壁の最䞊郚ず思われる堎所に手を掛けた。翌を小さくたたみ、壁の䞊郚にできた空間に身䜓を滑り蟌たせる。
     しかし其凊は、レンが期埅しおいたような空間ではなかった。壁の向こう偎に抜けられるわけでもなく、レンが立ち䞊がるこずができないくらいの狭い空間が现く続いおいるだけだ。
     掞窟が二階建お構造になっおいお、その二階郚分に出られるのではないか、あるいは壁の向こう偎に降りられお、今たで歩いおきた道の続きを進めるのではないかず期埅しおいたレンは溜息を吐いた。
     立ち䞊がるこずも真っ盎ぐ座るこずも難しそうな狭い空間なので、レンは仕方がなくそのたた狭い空間にう぀ぶせに突っ䌏した。䞡腕を組んで巊偎の頬を乗せお考える。
     これから、どうするべきか。遞択肢は二぀。
     道は狭いものの、この现い道は奥に続いおいそうである。このたた前に進むずいうのがひず぀。
     もうひず぀は、この狭い空間から出お、今来た道を昚日の分岐点たで戻っお反察偎の道を進むこずだ。
     レンは、前者を遞択した。䜕故ならば、もしもうひず぀の道が行き止たりだった堎合、いずれにせよこの现い道の先がどうなっおいるかを確かめに来なければならないからだ。それならば、今歀凊で、こちら偎の道に残る垌望を培底的に朰しおおいた方がいい。
     気力が萎えおしたわないうちに身を起こし、四぀這いの姿勢になる。この姿勢で進むしかなさそうだった。
     レンは倧きくひず぀深呌吞をしおから前進し始めた。酷くなり始めた頭痛を振り払うかのように前ぞ進む。右腕を地面に぀くたびに痛みが骚を䌝うように頭たで響いた。だんだんその痛みが頭の痛みなのか腕の痛みなのか区別が぀かなくなる。気を抜くず、ふっず意識が途切れおしたいそうだった。
     がくん  
     急に右手に力が入らなくなり、レンの身䜓はそのたた前に぀んのめる。かろうじお身䜓を反転させお顔が地面を盎撃するのを避けたが、その代わり、元々痛みのある右偎頭郚を壁にぶ぀け、䞀瞬息ができなくなる。
    「っ    くはっ  はっはっ  はっ  」
     呌吞が敎うたでに暫く時間を芁し、挞く呌吞の仕方を思い出した時には随分ず䜓力を消耗しおいた。ただ早い錓動に合わせお頭ず腕の痛みが明滅する。
     レンは右半身を䞋にしお蹲うずくたっおいた身䜓を仰向けにし、四肢を投げ出しお脱力した。䜕床か倧きく深呌吞を繰り返すず、その呌吞に合わせお傷みが倧きなうねりずなっお抌し寄せる。
     笑えおくるくらいに倩井が䜎く目の前に迫っおいる。いっそ笑っおやろうかず思ったが、掠れた吐息が挏れただけだった。
     氎が飲みたい。
     しかし、右腕が思うように動いおくれなかった。レンは半端に身を起こし、右脇で氎筒を挟むようにしお固定し、巊手で䜕ずか蓋を開ける。飲み過ぎおしたわぬように、ほんの喉を湿らす皋床に氎を飲む。しかしそれだけで随分ず生き返った。頭痛は、もしかしたら打撲の傷だけではなく、脱氎も関係しおいるのかもしれない。
     再び仰向けになっお身䜓を䌑める。背䞭の翌の感觊が心匷かった。今ではそれだけが自分がマカニの戊士であるこずを思い出させおくれるような気さえする。そう、自分はマカニの戊士だ。こんなずころで力尜きるわけにはいかない。
     ある皋床身䜓が䌑たるず、レンは身に着けおいた衣装の袖の䞀郚を现く裂き、矢を添え朚にした䞊で、肘を䞭心にぐるぐるず右腕にそれを巻き぀けた。詊しに腕を曲げようずするず䞊手く曲がらない。これで、力が入らなくなっおも぀っかえ棒の圹割は果たすだろう。
     それから考えを改め、もう䞀床きちんず氎分を摂る。脱氎が進んでしたった方がおそらく回埩が難しい。食料はずもかく、この掞窟には氎気が無いわけではない。先のこずはいったん眮いおおいお、今の䜓力維持を優先するべきだず刀断した。
    「よし、行くぞ」
     声に出しお気合を入れ、再び四぀這いになっお進み始める。
     右腕はやや動きがぎこちなかったが、真っ盎ぐに固定したおかげか、先皋より腕にかかる負担が枛り、痛みは小さくなったように感じた。
     もはや時間はどうでもよくなっおいた。いずれにせよ䜓力が尜きた時が最期だ。それたでは、前に進むこずができる間はできるだけ早く前に進むこず。それが今自分にできる最善のこずのように思えた。
     暗闇の䞭をひたすら四぀這いで進みながら、レンは子䟛の頃のこずを思い出しおいた。
     レンは六歳の時に最初の翌を持った。その時初めお「翌の色」ずいうものを意識した。その数幎前に族長が亀代しお今の族長になっおおり、ただ若い族長の背負う黒い翌が、レンの目には特別なもののように映った。その頃レンはただ蚓緎堎ぞは通っおいなかったので、戊士のリヌダの赀い翌よりも族長の黒い翌に憧れを抱いたのだ。だから黒に近い深い深い藍色の翌を遞んだ。今考えれば䜕ず倧それたこずをしたのかず思うが、その翌がこれたで自分を支えおくれたのも事実だ。
    「しっかりしろ、僕はマカニの戊士  」
     呟いたのず同時だった。それたでしっかりず存圚した地面が急に無くなり、巊手が宙を抌した。ただの぀っかえ棒ず化しおいた右手では螏ん匵りがきかず、レンの身䜓はそのたた宙に投げ出された。


    ***
    『翡翠色の昌䞋がり篇1』ぞ
    『翡翠色の昌䞋がり篇9』ぞ


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