
【月を待つ波-上】3話融点 - 後編②/連載#7
午後は、しばらく仕事に集中した。
ちいさな刺繍枠を使って
ビーズの縫い付けを行う。
使用するのは学生時代からコツコツ集めてきたビーズで、特に、長い間眠っていたような国内外のデッドストックが多い。
作業机の小棚に並んだいくつかの瓶のうちのひとつを選び取った。
年数にしておよそ三十年前後のものから" ヴィンテージ "という肩書きがつくが、わたしが手に取ったのは百年以上前のもの。
こうしたものは"アンティークビーズ "と呼ばれている。
それらを作業用のマットの上に注ぎ落とすと、現行品にはない個体差と特有の鈍い輝きが、静謐な存在感を保ったまま散らばっていった。
0.4mmほどの細い針に専用の糸を通し、1〜2粒ずつ掬っては布に縫い付けていく。
刺繍の作業はわたしにとって制作の原点のようなもので、装身具づくりにおいていくつかある他の工程とは一線を画していた。
その分着手に対してはある程度の気合いが必要で、完成までにも時間を要するけれど、
この一粒一粒を積み重ねていくというわかりやすい前進が、そしてすこしずつかたちがあらわれていく様が純粋に好きだった。
黒い生地に徐々に姿を現す、
古いビーズたちのいびつなかたち。
──幼少期から、ものをつくったり描いたりすることが当たり前だった。
初めてビーズに触れたのは
いつだったか。
手芸店のような専門的な場所ではなく、スーパーやホームセンターのような街の商業施設の一角にひっそりと置かれているような
リリアンやビーズ、画用紙なんかをみては仲間をみつけたような気持ちになって、ほっとしているような子供だった。
母がその様子を快く思っていないことが幼心にわかっていたので、それらをねだる相手は決まって父だった。
……まったく。
今年いくつだと思ってるんだ。
不意に流れ込んだ昔の記憶をなんとなくやり過ごすように、いつもの調子で淡々と針を進めた。
仕事をしているときに、こうして過去の自分が突然顔を出すことはよくあった。
――ガタン。
窓を叩く突風に驚いて目を上げると、さっきまでの天気が嘘のように庭が陰り始めていた。
雲の動きがはやい。
陽高はちゃんと家族に会えただろうか。そんなことを考えながらスマホを開くと、
──冷凍庫にチキンライスがあるのでよかったらどうぞ。あと、夜なにか食べたいものがあれば連絡くださいね。──
というメッセージが届いていた。
予定通りなら、水入らずで過ごしているはずだ。
まったく。
わたしの心配などいらないのに。
時刻を見ると、15時半を回った頃だった。外からは相変わらず強い風が吹いている。
仕事部屋から出て、隣接するリビングの明かりを点けた。
西日の差し始めたテラスでは、すずめが2羽、風宿りをしている。
チキンライスが温まるのを待つあいだ、夕飯について
今日は暑かったし、
やっぱりビールだろうと考えていた。
――融点 - 後編③/連載#8へつづく――
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連作短編小説『 月を待つ波 』上巻より