
思春期のあしおとと十国峠②~山頂から見渡せば、遠くまで続く景色があった~
久しぶりの人生ゲーム
子どものころ、お正月やクリスマスに決まって出してくる定番ゲームがなかっただろうか。
私の実家でのそれはドンジャラだったが、子どもが生まれてしばらくして、わが家にも定番ゲームを作りたいと思い「人生ゲーム」を買った。たっぷり時間をかけて楽しめるようにと、ステージを4枚拡張できるスペシャルバージョン。
小学生が「持っていく!」と言うのでトランクに積み込んだ。
子どもたちがまだ小さいうちは、ゲームの行方に気を配り、ときには優しいチートが発動したこともあった。
しかし、今や二人とも大人に近づいた。
銀行家役を任された中学生は、お札や株券を手際よく管理してくれる。
少し前までルールの怪しかった小学生も、すいすいとコマを移動させる。
コマである車に乗せるピンは、自分や増えていく家族を表すが、そこは平成生まれの二人。シングル男性がすごろくの指示に反して独身を貫いたり、女性カップルが養子を迎えたりと、令和らしい人生が展開していく。

しかし、今回は今までとは違った。中盤から皆ルーレットを回すことさえ億劫がり、最初はやる気満々で広げた拡張シートもいつしか外されていった。
いまいち盛り上がらない中、見かねた私がついに言った。
「あー、もうこの辺でやめる?」
運よく芸術家として成功し、人間国宝となった私はダントツでゴールした。しかし、せっかく買った豪邸もむなしく撤去され……、誰も最後の資産計算をしないまま、
人生ゲームが……途中で終わった。
こんなことは初めてだった。
いつか来るとは思っていたが、それが今日だったとは。
夜景と揺れる船の上で
寝る前に、また屋上デッキに上って駿河湾方面を見た。
絶景。キラキラとまたたく静岡の街並みは、まるで宝石箱……なんていうありきたりな例えしか出てこない。
駿河湾の向こう岸が見えた。
家族みな、思わず見入っていた。

夜景を満喫したあとは、女性陣はダブルベッド。男性陣は2段ベッドへ。
コンテナ型のコテージは風に揺れ、まるで船に乗っているようだ。いや、小さな地震がずっと続いているようでもある。
ゴウゴウと風がうなる。
そうだ。ここは相模湾と駿河湾、その二つの海を見渡す場所。
海からの風が山肌を勢いよく駆け上がり、山頂のコテージに体当たりしてくる。
正直、コテージごと倒れるんじゃないかと思うほどだった。
このままゴロゴロと山を転がっていっても、周りの背の高いハコネザサが受け止めてくれるか……。そんなことを思っているうちに眠りについた。
夜間は靴を室内へ。スタッフさん曰く「キツネが靴を持っていってしまう」らしい!
一夜明けて二日目の朝
少し遅い起床。スタッフさんが朝食の食材配達でチャイムを鳴らし、あわてて受け取った。昨晩の夕食で使った器具類も返却。昨日の間に洗っておいてよかった。
昨日とは打って変わって良い天気だ。
早速屋上デッキに上がって、昨日は拝めなかった富士山を――

これこれ。この開放感を味わいたかったのだ。
帰ってから調べてみると、あの太宰治もこの場所からの富士を書いている。
「十国峠から見た富士だけは、高かった。あれは、よかった。」
富士山の圧倒的な頼もしさに、思わずげらげらと笑い、
「やつてゐやがる、と思つた。」
文豪からこんな言葉まで引き出してしまうほどの景色なのだ。
分厚い雲も昨夜の強風が運び去り、今はふんわりとした春の雲が漂っている。


焚火をしながら朝食を
これなら朝食は外で楽しむことができそうだ。
デッキ上のコンロで、ミネストローネを温めながら、ホットサンドを作る。
使い方もわかりやすく書かれていて安心だ。少し待つとじわっと火力が上がってきた。
昨日できなかった焚火も、中学生が着火を担当。
スムーズに薪に火が移り、良い感じに燃え上がった。

小学生はマシュマロを何個も焼いた。加減を見失って真っ黒になった私のマシュマロを尻目に、絶妙な焦げ目をつけたマシュマロを見せてくる。この上なく得意げだ。
それをチョコとクラッカーで挟みスモアに仕上げる。
日差しも強い。テーブルに置いていたチョコは溶けかかっていた。

ホットサンドも1枚、2枚と焼いていくうちにコツをつかんだ。あたたかいミネストローネとともに頬張る!!あーおいしい。
子ども達も「おいしい!」「うんま!」と言いながら完食した。
そういえばホットサンドメーカー。忙しい毎日にかまけて、キッチンの棚の奥からもうずっと出していない。こんな笑顔が見られるのなら、また使おう。
11時のチェックアウトまでゆったり過ごし、コテージを後にした。
ケーブルカーで絶景へ
十国峠展望台へ向かう。
森の駅箱根十国峠からパノラマケーブルカーが出発する。
休日の午前中のケーブルカーは程よくすいていた。
線路脇に咲き始めたツツジの白やピンクがまぶしい。
急こう配をゆっくりと登っていく。どこかレトロな雰囲気の車両だ。

「もし故障したら、このまま滑り落ちるんじゃ……」
そんな不安を見越したかのように車内の壁には、
もしもの時でも4種のブレーキ装置を備えてるから安心して、との案内が。みな考えることは同じようだ。

PANORAMA TERRACE1059(=テンゴク)からの眺めも素晴らしかった。
地名の由来でもある十国は、ここから見渡すことができる、東は上総国から西は遠江国までを指している。十国がどの方角に見えるのかを示した案内板もあり、360度に開けた景色を存分に楽しめる。

・グランピング宿泊者特典
「お買い物10%OFF・ケーブルカー無料」を利用できる。 土産店レジやケーブルカー窓口で「宿泊者の○○です。特典利用希望です」と伝えればOK。宿泊する当日であれば、チェックイン前でも使える。(2026年5月現在)
※特典はプランによって違うので要確認。
緑の山なみに眠る竜
ここで、面白い言い伝えをひとつ。
熱海方面~十国峠~芦ノ湖にかけて、巨大な竜が地底に潜んでいるという古くからの言い伝えがあるそう。熱海の伊豆山神社に伝わる『赤白二龍(せきびゃくにりゅう)』の伝説だ。
火を表す赤龍と、水を表す白龍が地底で交わり、その頭は熱海の温泉に、尾は箱根の芦ノ湖に届いているという。ここ一帯の、温泉を沸かすほどの地のパワーを猛々しい竜に例えたのだ。

ということは、いま私が立っているこの十国峠は、その巨大な竜の胴体の上なのだ。そんな想像を膨らませ眺めてみる。

TENGOKU CAFEとテンゴク神社
展望台1階のTENGOKU CAFEへ。比較的新しいこちらのカフェでは、さまざまな映えスイーツが楽しめる。朝食が遅かったこともあり、おやつ程度に少しだけ注文した。

峠チュロスはその形のユニークさに加え、触感もモチモチとしておいしい。
ガイドブック片手に午後の予定を会議する。けれどなかなか皆の意見が合わない。
そんな中、見つけたカフェ横のテンゴク神社。由緒ある神社というより、観光スポットといった雰囲気は否めない。しかし、何と言っても現世の終着地点「天国」の神社である。
ここを押さえておけば、現世もしばらく安泰なのでは……!

「書いてみたい」
思春期でも、こういうのは嫌いじゃないらしい。
子どもたちはそれぞれ推しの繁栄を、私は家族のこれからを願って絵馬を書いた。
その後の予定は最後までまとまらなかった。とりあえず帰路につく。
周辺のおすすめスポット
・姫の沢公園
十国峠グランピングのすぐそば。山肌を登るように設計された無料のアスレチックコースがあり、体を思い切り動かしたいお子さん連れにおすすめだ。
・三島スカイウォーク
車で少し足を延ばせば、日本一長い歩行者専用吊橋がある。富士山を望む絶景とアクティビティが楽しめる。
ターンパイク再び…
行きはよいよい、帰りは怖い。
「せめて海沿いドライブを楽しみたい」
そんな私の希望で、行きも通ったアネスト岩田ターンパイク箱根を今度は下ってみることに。小田原から海沿いの道を走って帰るつもりだ。

しかし、見通しが甘かった。
このルート、小田原料金所まで約1000mの高低差がある。ほどなくして「エンジンブレーキ利用」の看板や、ブレーキが利かなくなった車のための「緊急退避所」が現れるようになった。いやがおうにも加速してしまう。
他の車やバイクは結構なスピードで飛ばしていく。
脇駐車ができそうな場所を見つけては先に行ってもらった。
退避所の上り坂の突きあがり方も尋常じゃない。
もしもの時はアレに車で突っ込んで物理的に止める……。そう考えると背筋が伸びる。
エンジンブレーキも使いながら、おっかなびっくり下っていく。ようやく終点の小田原料金所にたどり着いた。
長い下り坂では、エンジンブレーキの使い方を事前に確認しておくと安心だ。緊急退避所について、参考までにジャフメイトさんの記事はこちら⇩
山安ターンパイク店とDENT CRAFT
ブレーキを酷使した車を冷やすべく、ターンパイク出口すぐにある老舗の干物店、山安へ立ち寄る。
「干物~?!」
またテンションの上がらない二人を促して入店。
「おわー!ほっけデカい!」
「ハンバーガー美味しそう」
なんだかんだ食欲は旺盛な人たち。
気づけば、カゴには大きなほっけやフィッシュバーガー、フライが入っていた。

地場野菜も魅力的だったが、大きな葉つき大根は「帰ってから葉まで料理する気力が残っていない……」と今回は断念した。
2階には干物をいただける「山安食堂」も。
山安のすぐ奥には、雰囲気のいいカフェDENT CRAFTがある。ちょうど帰り道ドライブの眠気覚ましにいいじゃないかと、アイスカフェラテを購入。
各地のコーヒーショップに立ち寄るのも最近の旅の楽しみの一つになっている。

店内にはグッズも売っていて、持つだけで少しおしゃれな人になれそうなエコバッグも。迷ったけれど、今回は見送った。
初日の豪遊が地味に効いている。頭の中は、少しずつ現実に戻り始めていた。
小田原、海沿いドライブ
結局、小中学生のおメガネにかなう残り半日のアクティビティが見つからず……
フィッシュバーガーやフライを食べながら海沿いの国道1号線を走る。
助手席の夫がうまいこと、運転中の私の口にも運んでくれる。
窓を開けると潮風が車内を吹き抜ける。爽快だ。
夏の訪れを感じる。

今年の夏は何回海へ行けるだろうか。
もう中学生は一緒に来ないかもしれない。
小学生はまだ波を楽しみにしている。
毎年立ち寄る海の家の人たちは、今年も元気だろうか。
そんなことを思いながら、遠くの白い波を眺める。
(もちろん心の目で。安全運転、大事。)
春の旅が終わっていく。
その後、ジャンクションで道を間違え、市街地をぐるぐる回るハプニングも。それも含めて、のんびりした帰り道だった。
まだ遊び足りない小学生は夫と行きつけのカラオケ店へ。
中学生(早く帰ってゲームしたい……)と私は一足先に帰宅した。
旅を終えて
「抱っこ」とせがまれた最後の日が、いつだったのかは、もう思い出せない。気づけば、家族それぞれが自分の世界を楽しむようになっていた。
それでも、人生ゲームを途中で投げ出した家族も、食べ放題では大はしゃぎで刺身をたいらげた家族も、同じ家族だ。笑いあえる場面はまだちゃんとある。
旅のあとで調べてみると、この十国峠(日金山)は古くから信仰の山でもあり、亡くなった人の魂が集うという伝承がある。
春秋の彼岸に訪れると、この世を去った会いたい人の後ろ姿に会えるという。過去と現在の境界が、少しだけゆるむ。そんな場所だったのかもしれない。
家族のかたちが移り変わる時期に、あの山に来ることができたのは、なにかの縁だったのだろうか。
やわらかな陽の光のもと、空にぽっかり浮かんだようなあの場所から雄大な景色を眺めていると、これまでの日々も、この先も、きっと大丈夫だと思えた。
あの日の風とともに、十国峠の景色は、今も私の心に静かに広がっている。
