
孤独死したくないから婚活した話
婚活をした。
今ではなんとか無事に結婚できている。
では、なぜ婚活を始めたのか。
それは孤独死したくないからだ。
僕はヘビースモーカーだった。
十年以上もタバコを吸い続けていたにもかかわらず、まだ若かったこともあり健康診断では特に何も異常は出ず。やめた方がいいと頭でわかっていても、やめられない。
だけど、ある日タバコを吸っていたら喉に違和感を感じた。なんだか息苦しさを感じる。
気管支が狭まって、呼吸が浅くなる感覚。意識して深く呼吸しないと酸欠になりそうな苦しさ。喉がぜいぜいと鳴る。
子供の頃、小児喘息だった。
その頃の辛く苦しい記憶が蘇った。
このままじゃ、死ぬかも。
そんな考えが頭を過ぎる。
タバコやめなきゃな。
普通はそう思う。
ところがだ。
僕はこのまま孤独死するのは嫌だな、と思った。
自宅でたった一人、誰の助けもなく、苦しみながら死んでいって、挙句の果てに腐ってから発見される。それだけは嫌だ。
これが婚活を始めた僕の動機。
手始めに婚活を謳うマッチングアプリを始めた。
しかし、なかなかマッチングしない。
数ヶ月やっても碌にマッチングしない。
そして気づく。女性メンバーの顔ぶれがいつも一緒であることに。
だから、婚活パーティも併用することにした。
なんだかんだで、直接会って話す方が人と成りを知るには一番近道と感じたから。
持論だが、人間は第一印象がすべてだと思っている。そこにはわりと自信がある。
僕が参加した婚活パーティはいわゆる回転寿司みたいな形式。男性が順番に女性の座るブースを巡って、短時間の会話を通して、その第一印象で互いに希望の異性を指名する。こうして互いの希望が一致するとカップル成立となる。
多くの女性と会う機会があれば、きっとマッチングくらいは余裕だ、と思ってた。
だが、それは婚活を舐めていただけだった。
あんなにも、自分が普通と思っていた価値観が通用しないとは。通じないだけならともかく完全に否定されるなんて。そんなこと微塵も思っていなかった。
その中でいくつかショッキングな出来事があったので、当時のことを思い出しながら語ってみようと思う。
その一。
初めてお会いした彼女の一言は、僕はいまだに忘れられない。
「ベンツかBMWを買ってくれる男性としか結婚できません」
‥‥え?高級外車を貢がないと結婚してくれないんですか?この人何考えてるの?
どういう意図か理解できない。
言葉があまりにもストレートすぎて、真に受けるべきか、それとも冗談なのか。
彼女の顔は真剣そのものだ。
そんな僕の口から出た言葉はなんとも気の利かないセリフ。
「ベンツかBMWじゃなきゃダメなんですか?他にもいい車ありますよ」
彼女は即答した。
「ダメです。ベンツやBMWは乗ってる人の安全をすごく重視して作っているんです。国産車は危険だから無理です。ちゃんとわたしのために安全な車を買ってくれる人じゃなきゃダメなんです。わたしを守ってくれる人がいいんです」
国産車じゃ守れない。
そんなわけあるか。
いや待てよ。
僕の数少ない経験が彼女の言葉の裏の裏を読む。
つまり、彼女は守られたいんだな。
僕はそう解釈した。
しかし彼女からの回答はこうだった。
「あなたにはこの意味がわかんないみたいだからもうお話ししません」
そう言われて、完全シャットアウト。
隣に居ながらに無視される僕。なかなかに理不尽だ。完全無視を決め込んだ彼女の涼しい顔といったら。
しばらくの無言に耐えた僕に救いのベルがなる。
隣の席に移動できる!こうして彼女とは二度と会うことがなかった。
僕は彼女との会話から、彼女にとって「守られたい」が一番大事な価値観だと思ったのだけど、どうやら見当違いだったらしい。
「ベンツかBMWを買ってくれる男性としか結婚できません」
もはや僕には屁理屈にしか聞こえなかった。
その二。
彼女との出会いはクリスマスイブにレストランを貸し切って行われた婚活イベントだった。
マッチングのシステムはなかったものの、その時連絡先を交換してから彼女とは何度かデートをした。
交際に発展するかどうか、互いにそろそろ結論を出すべき時が来てきた。
そんなある日のカフェで話しているときのことだった。確かそれはたわいもない休日の過ごし方を話をしていたはずだった。
「なんかすごい不潔」
唐突な否定に、思考が停止した。
そう、ただ部屋の掃除の話をしていただけだ。
綺麗好きアピールを大っぴらにしていたつもりはないが、掃除はちゃんとしている程度の話で綺麗好きだと伝わればいいと思っていた。
でも返ってきた反応は真逆だった。
「だって掃除機ないんでしょ?」
もともと喘息持ちだったからか、ハウスダストには敏感な方で、床は拭き掃除で綺麗にしているつもりだった。
男の一人暮らしだ。正直なところ、これで十分綺麗にできていると思っていた。
だから掃除機は持っていなかった。
しかし、これが彼女にとっては何より不潔だったらしい。
しっかり掃除している自覚があっただけに、結構ショックだった。
まさか自分が不潔の烙印を押されるとは。
ただ、家族が増えた今ならわかるが、女性の髪の毛の落ちる量は想像以上に多い。
実家でも男兄弟だけだった僕には全く知る由のないことだった。
もちろん床に落ちた髪の毛の量だけの問題ではなかったかもしれないが、僕と彼女の間には理解し合えない壁がそこにあった。
埋められない溝を感じた僕は、彼女と会うのをやめてしまった。
その三。
彼女と出会ったのはマッチングアプリでのこと。
第一印象はとても真面目な人。ご職業もまさにイメージ通り。
初めてお会いしてから、何度かお茶したり、食事に行ったり、そのうち電話とかLINEも頻繁に交わすようになった。
順調だった。
僕は手ごたえを感じていた。
そんなある日のこと。
彼女から電話。急な電話だったのを覚えている。
いつもは電話で話せるか、事前に聞いてくるから。
そのとき彼女は電話口で泣いていた。
理由はわからない。彼女に聞いても言わなかった。ただ、会いたいと言われた。
どんな事情があるかわからないけど、きっと彼女にとって辛いことが起きたのだろうと思った。
その時に頼られたと考えたら、悪くなかった。
内心では嬉しかった。
そして彼女に会いに行った。
「元カレのことが忘れられないの」
ごめんなさい、と彼女は言った。
そのとき僕は思考停止した。
期待していた言葉と違いすぎて、どうしていいかわからなかった。
「中途半端な気持ちのまま、あなたと会っているのが本当に申し訳なくて」
「ちゃんと言わなきゃって思えば思うほど、なかなか言えなくて」
それがあまりに申し訳なくて泣いていたらしい。
正直に言おう。
その時、僕はこう思った。
なんで、わざわざ呼び出した。
そこそこ互いの自宅の距離が離れてるとか、夜遅くだったとかもあった。
会いたいと言われことに、僕も少し浮かれていたのは間違いない。
彼女のとても真面目な人柄もわかっていた。
だけど、なんというか。
この期待に膨らんだ僕の気持ちの行き場がない。
もちろんわかっていた。
彼女にしてみたら、相当の覚悟で言ってくれたんだろうなって思うことくらい。
彼女は誠実だった。
僕には期待はずれだった。
それだけのこと。
だから僕は彼女を責めることはできなかった。
そして、婚活を始めて約三年。
僕は紆余曲折を経ながらも結婚できた。
婚活を始めて、もはや断絶と言っていいほどの価値観の隔たりに面食らいながらも続けてきた。
人生設計とか、考え方とか全部が一致する人なんてほとんどいない。それは今も変わらない。
だからこそ、お互いの価値観の違いを認め合って、理解し合うものだと思っていた。
でも、もっと簡単だったのかもしれない。
最初から不思議なくらい感覚が同じ人がいることも知った。
ちなみに出会ったのはマッチングアプリ。
実は打ち解けることがなかなかできなくて、交際をするか悩んだ。
「他にもっといい人がいるかもしれない」という未知の可能性と、目の前の彼女。
それでも目の前の彼女を選んだ。
なぜなら感覚が近かったから。
結婚した今の妻とは驚くほど感覚が合う。
価値観の相違が原因で喧嘩なんて、今の今まで一度もない。
例えば、乗りたい車で揉めることもないし、家事や掃除もお互いに何か言わなくても自然と分担してる。(むしろ掃除は僕がしているが)
味付けの好みまで一緒なのは驚いた。
そして僕はタバコもやめた。
出会ってすぐに半同棲のような生活が始まり、一年も経たずに結婚。
決め手は何かって?
それは彼女となら、『一緒に生きていけそう』だったから。
孤独死に恐怖して始めた婚活。
結果としては価値観の合う女性と結ばれて、子供にも恵まれた。
将来のことはわからないけど、今のところ一人で腐った死体になる可能性は低そうだ。