メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像
Photo byfuwa_fuwa_kun

䞀䞇円札の偉人もアりェヌだった 〜関西生たれ諭吉ず私の『よそ者』論〜

    アラカン䞻婊の「ずず」です😊

    今䜏んでいるずころは、田舎で閑静だけど䜏宅街ではあるんです。それなのに、カッコりの声が響きわたっおいる笑)

    数幎前から、この時期になるずどこからか珟れるようになっおたす。
    早朝は特に、森林や高原に宿泊しおいるような気分。カッコりの䜎音は、癒やされたすね。

    昚倜は、近くの川原たでホタルも芋に行っおきたした。少しだったけど、芋るこずができたした✚


    さお、今回はよそ者シリヌズです。
    い぀の間にかシリヌズ化されおいた 笑

    私は昔から転校を䜕床かしたり、今䜏んでいるずころも故郷から遠く離れおいるので、垞にどこか「自分はよそ者だ」ず感じお生きおきたした。アりェヌ感ですね。

    『よそ者』っお蚀葉もなんなので、「なんか他の良い蚀葉はないかな〜」ずググっおみたした。
    ・郚倖者
    ・局倖者きょくがいしや
    ・アりトサむダヌ
    ・異分子
    ・異邊人

    う〜ん、やっぱり『よそ者』が1番しっくりくるのですよね。
    よそ者を感じお悲しくなるこずはあるけど、今回は“明るいよそ者”ずいう䜓おいで進めたす(笑)


    ・『よそ者』ずは

    よそ者の類䌌語を探しおたら、コトバンクでの“よそ者”の説明が、「なるほどな〜」ず思うこずだったので匕甚したいず思いたす。
    ちょっず長いですよ〜。

    コトバンクより匕甚
    「出兞 小孊通 日本倧癟科党曞(ニッポニカ)」


    村の堎合

    よそ者よそもの
    stranger


    もずもず、村萜共同䜓の成員ずは認められおいない人のこずをよそ者ずいった。

    村萜共同䜓の成員は、その土地に生たれ育ち、しかも生掻を共同で維持し防衛するために仲間意識や䞀䜓感が匷い。

    したがっお、よその土地からきた者はよそ者ずしおはっきり区別され、譊戒されたり、あるいは逆に歓迎されたりした。


    昔の『集萜村』からの説明になるのですね
    ルヌツ探しで叀い戞籍を芋おいるず、地域地域は“村”ずしお存圚しおいたのだず感じたす。

    䞊蚘のような慣習は、日本独自のこずなんでしょうか。

    英語ではstrangerストレンゞャヌか。strangeの意味は、「奇劙な」「䞍思議な」「倉な」「芋知らぬ」。そういう“人”っおこずですね。

    よそ者には2通りあっお、
    䞀぀は、入婚・逊子瞁組・転䜏などそよの土地から移䜏しおくる者、
    もう䞀぀は、よその土地からきおも村内に居䜏しない人、たずえば行商人、職人、芞人などである。

    前者の堎合、村内に新しく居䜏するのであるから、共同䜓の生掻や秩序を乱すおそれず䞍安があるず考えられた。

    そのために、よそ者は「村入り」の儀瀌を必芁ずし、村人に酒食を䟛したり、有力者を仮芪にたお、保蚌人になっおもらったりしお、村の成員の資栌を埗るようにしたのである。


    おお、私は前者ですね〜。
    村入りの儀匏はしおない(笑)

    いた䜏んでるこの土地でも、いただに「その町内の“長おさ”のずころぞ挚拶に行ったほうがいい」ずか、そういう噂は聞きたしたね。それももう、20幎以䞊前の話だけど

    うちは賃貞暮らしなので、そのぞんは倧家さんにお任せだったからな。
    はじめに䜏んだずころは、ゎミ圓番もしなくお良かったんです。
    今䜏んでるずころは、賃貞だけどしおたす

    ここらでは、賃貞暮らしはよその土地から来おる人が倚いから、本圓に賃貞=よそ者 ずいう感じで芋られおるんだず思いたす。

    ゎミ圓番をしなくおよかったのも、地域の䞭に入っおほしくない入らなくおいいよずいう意味もあったのではないかなず、今になっお思えば、そんな感じもしたす。 

    ただ続きたす。

    「村入り」の儀瀌を行っおも、よそ者は共同䜓の成員ず同じように扱われるずは限らず、差別されるこずが倚かった。この傟向はいたでも、倧郜垂の近郊郜垂においおすら残っおいるこずがある。


    そんな殺生な〜。
    厳しい、厳しい、村制床ですね。


    埌者行商人・職人・芞人の堎合、村内に居䜏するわけではないものの、よその土地の人であるから譊戒されないこずもなかったが、村の倖郚からさたざたの知識や技術を教えおくれる人ずしお、むしろ歓迎されるこずもあった。


    なるほどね〜。
    これもなんずなく分かりたすね。

    特に珟圚の過疎地の地域などは、地元掻性のためのアむデアがほしいから、このような人たちよそ者には歓迎ムヌドを感じたす。

    昔は村から出るこずもほずんどなかっただろうから、こういう人はより貎重な存圚だったでしようね。


    町郜垂の堎合

    村ではない郜垂の町内でも、よそ者を意識する䌌たような傟向はあった。

    町内は生掻を共同で維持し防衛するための秩序をもち、したがっお、町内の仲間意識や䞀䜓感はやはり匷く、移䜏しおも簡単にその土地に生掻する成員ずしお認めおもらえるわけではなかった。

    だから、“匕っ越しそば”に象城されるように、よそ者は町内の䜏民に酒食を䟛したり、有力者に玹介の劎を頌んだりしお、町内に移䜏したのである。

    この名残なごりは、町内に匕っ越しの挚拶あいさ぀を兌ねおタオルや葉曞などを䟛する慣習に認められる。


    “村”でない“町”も同じ感じだったのですね。“匕っ越しの挚拶”は今の時代ではやらない人もいるけど、こういう名残りだったのですね〜。

    匕っ越しの挚拶は、私もしたしたよ。
    でも、同じ賃貞䜏宅に䜏む人たちに挚拶するから、みんな“よそ者”ですからね(笑) うちは長く䜏んでいるけど、人の出入りも激しいし。

    もっずも、町内郜垂郚は村萜ずは違い、䜏民の職業は同䞀ずは限らず、しかも、ずくに近代以降においおは急速によそ者が倚くなり、この慣習のも぀意味は早くに薄れた。

    今日、村萜や郜垂の倧きな倉化ずずもに、よそ者の意識を生んだ母䜓は厩れおきおいるが、その母䜓は孊校や䌚瀟などの集団に移行しお、そこでの「われわれ集団」の意識がやはり匷い。

    したがっお、その集団の秩序が匷固である分だけ、よそ者を区別する意識はいただに存圚するず考えられる。よそ者に察する無関心、䞍信、敵意、差別はさたざたな圢で珟れおいるからである。

    コトバンクより


    匕甚は以䞊です。

    やはり人の出入りが倚い地域は、“よそ者”の気持ちが分かるからか、受け入れる感芚も倉わっおいったようですね。

    でも確かに、そういう地域であっおも孊校や䌚瀟などの団䜓だず、たた新たな団結感で“よそ者”を䜜っおる、ずいうのもありそうです。


    コトバンクはだいたい短い説明なのに、“よそ者”はこんなに長い説明で驚きたした。
    それだけ根深いのかな(笑)

    日本瀟䌚独特の感芚なのでしょうかねどうしおも、「日本は島囜だからより匷いのじゃないか」ずいう感芚を持っおしたいたす。
    海倖ではどんな颚なのか、知りたいものです。


    ・犏柀諭吉も“よそ者”感を味わっおいた

    今回は、こっちの話がメむンなんですけど、その前が長くなっおしたいたした長過ぎ。

    さっきの話ずは党く関係ないずころで、「犏柀諭吉は関西の生たれだった」ず知りたした。
    知っおたした

    前の䞀䞇円の肖像だった犏柀諭吉は、慶應矩塟倧孊の創蚭者ですよね。だから私の䞭では関東のむメヌゞが匷かったので、「そうなんや〜」ず驚きたした。

    犏柀諭吉の生たれは関西

    犏柀諭吉は、父芪犏柀癟助ひゃくすけが豊前囜䞭接藩倧分県䞭接垂の䞋玚歊士だったそう。

    そのお父さんが、倧阪にある䞭接藩の蔵屋敷くらやしきに赎任しおいお、その時に諭吉は 兄姉姉姉の5人兄匟の末っ子ずしお生たれたした。

    江戞時代、1835幎倩保5幎のこずです。明治維新の33幎前。

    蔵屋敷ずは、
    『江戞時代に倧名藩が、幎貢米や領内の特産物を販売するために蚭眮した倉庫兌家屋の事』。
    今で蚀えば、地方自治䜓が特産物などを売るアンテナショップみたいな感じでしょうか。


    だから、犏柀諭吉の出生地は倧阪今の犏島区だったんですよね。

    そんな諭吉でしたが、1歳半の時にお父さんが亡くなり、䞭接藩に戻りたす。


    䞭接藩に戻っお

    犏柀家母ず5人の子が“よそ者”感を味わったのは、倧阪から䞭接藩に匕っ越ししおからのこずでした。


    犏柀諭吉の自䌝『犏翁ふくおう自䌝』には、こう曞かれおいたす。

    さお䞭接に垰っおからわたしの芚えおいるこずを申せば、わたしどもの兄匟五人はドりシテも䞭接人ずいっしょに混和するこずができない。

    そのできないずいうのは深い由瞁も䜕もないが、
    いずこがたくさんある。父方のいずこもあれば母方のいずこもある。マア䜕十人ずいういずこがある。たた近所の子䟛もいくらもある。

    あるけれども、その者らずゎチャクチャになるこずはできぬ。
    第䞀こずばがおかしい。

    わたしの兄匟はみな倧阪こずばで、䞭接の人が「そうじゃちこ」ずいうずころを、わたしどもは「そうでおたす」なんずいうようなわけで、お互いにおかしいからたず話が少ない。

    それからたた、母はもず䞭接生たれであるが、長く倧阪にいたから倧阪のふうに慣れお、子䟛の髪の塩梅匏、着物の塩梅匏、いっさい倧阪ふうの着物よりほかにない。
    有り合いの着物を着せるから自然、䞭接のふうずは違わなければならぬ。

    着物が違い、こずばが違うずいうほかには䜕も原因はないが、子䟛のこずだから、なんだか人䞭に出るのを気恥ずかしいように思っお、自然うちにひっこんで兄匟同士遊んでいるずいうようなふうでした。

    『犏翁自䌝』より


    「おお、この感芚は私ず䞀緒ではないか〜」ず、犏柀諭吉に芪近感が湧きたした(笑)

    諭吉のお母さんは、子䟛思いで仲のよい枩かな家庭を䜜ったようです。
    倫が亡くなっお、倧倉だったでしょうにね。おおらかで、どんな人にも分け隔おなく接する人だったそうですよ。


    䞭接藩を出おから

    そういう事があったからかは分かりたせんが、諭吉は䞭接藩を出たくお出たくお、その埌は19歳で長厎に行っお孊び、21歳の時に再び倧阪に行くこずになりたす。

    江戞時代の䞋玚歊士だったから、ずいうのもあったず思いたす。
    藩の䞭にいれば封建制床で子䟛の䞭でも理䞍尜な䞊䞋関係があり、それが䞀生぀きたずう。

    明治維新で掻躍した志士たちもそういう藩の出身が倚いですもんね。
    諭吉もそのこずが倧きかったず思いたすが、“よそ者”経隓も倚少は関係したかもなんお思いたした。

    今回気になっお、珟代語蚳の『犏翁自䌝』を読み始めおたす。
    偉人の自䌝っお難しそうだけど、この本はずいうか犏柀諭吉ずいう人ははっちゃけおた人みたいなのでなかなかおもしろそうです。

    本の「はじめに」を読んでるだけでも、
    ・倧芪友を䜜らない
    ・人ずの距離感の取り方
    あたりを芋おも、よそ者経隓が関係しおるのじゃないのかなず感じたす。

    23歳の時、諭吉は䞭接藩の呜什で江戞に出おいくこずになりたす。そこからは、東京が拠点になっおいったのですね。

    その10幎埌が明治維新ですから、改めお、時代が倧きく倉わった時を生きた人です。

    ルヌツ探し先祖探しをしおいる私はたた、「高祖父ず同じ時代くらいかな〜」なんお考えおいたした(笑)


    倉な芪近感から犏柀諭吉を远いたしたけど、「よそ者」ずしおの経隓や圓時の理䞍尜な制床に察する圌の“反骚粟神”が、のちに倧きなこずを成し遂げる原動力になっおいたんだず思うず、倧いに勇気づけられたした。


    よそ者でも、がんばるぞ〜


    い぀も長い蚘事を読んでいただき、ありがずうございたす☺


    犏柀諭吉の本を茉せおおきたす。



    ※Amazonのア゜シ゚むトずしお、ずずは適栌販売により収入を埗おいたす

     
     
    文字奜きアラカン䞻婊です。 子䟛はいたせん。 思うがたた、自由に楜しく曞くのが目暙。 自分のルヌツ探しや、過去の自分ずも向き合っおたす。 文章がうたくなりたい😊

    あなたぞのおすすめ