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紀州百点の果て 第11話 自分は違う

    その朝、津田出が来た。

    練兵場に入ってきた瞬間、空気が変わった。喜三郎はそれを体で感じた。加納が来たときとは違う変わり方だった。静かになるのではなく、背筋が伸びる感じだった。

    津田の横に、見知らぬ男がいた。

    若かった。津田より若く見えた。でも津田の隣に立っていた。対等に立っていた。津田が何か言った。男が答えた。津田が頷いた。

    喜三郎は前を向いたまま、目だけを動かした。

    誰だろう。

    庄之助が小声で言った。

    「津田様の隣、誰や」

    「知らん」

    「偉そうやな」

    「偉そうやない。対等や」

    庄之助が少し黙った。

    「そやな」

    訓練が始まった。

    いつもと同じだった。太鼓が鳴った。銃を構えた。行進した。装填した。繰り返した。

    ただ今日は、見られていた。

    津田と男が、練兵場の端に立っていた。話しながら、訓練を見ていた。津田は数字を確認するような目で見ていた。男は少し違う目で見ていた。数字の向こうにある何かを見るような目だった。

    訓練の途中、練兵場の反対側に人の動きがあった。

    庄之助が小声で言った。

    「あれ、薩摩と長州の人間らしいで」

    喜三郎は前を向いたまま聞いた。

    「なんで来とるんや」

    「見学らしい。俺らを見に来たんや」

    喜三郎は、その言葉を聞きながら、芸州口の夜を思った。あの夜、自分たちは逃げた。源次が倒れた。庄之助が震えていた。長州の動きが、意味もわからないまま速かった。

    今日、その長州が自分たちを見に来た。

    前を向いたまま、銃を構えた。

    成績が発表された。

    喜三郎の班の数字が、壁に張り出された。射撃命中率。行進同調率。装填速度。全部の数字が、侍の班より上だった。

    練兵場がざわついた。

    武士が数字を見ていた。農民兵が数字を見ていた。薩摩と長州の人間も数字を見ていた。同じ数字を、皆が見ていた。

    津田は数字を見た。何も言わなかった。ただ確認するような目で見た。

    男も数字を見た。そして一瞬だけ、喜三郎の方を見た。

    すぐに外れた。

    それだけだった。

    訓練が終わった後、庄之助が来た。

    「見たか。俺たちの班の数字」

    「ああ」

    「侍より上やで。薩摩と長州も見とったで」

    「ああ」

    庄之助は少し間を置いた。

    「俺ら、奇兵隊みたいになったんちゃうか」

    喜三郎は答えなかった。

    奇兵隊。芸州口で、自分たちを打ちのめした人間たち。同じ百姓の体をしていた。でも何かが違った。あの夜、何が違うのか分からなかった。

    今は少し分かる気がした。

    数字だった。

    やった分だけ数字になる。数字になれば誰でも同じだった。百姓でも、三男坊でも。

    「違うかもしれん」

    喜三郎は言った。

    「何が」

    「奇兵隊より、ええかもしれん」

    庄之助が笑った。

    「そやな」

    夜、喜三郎は太一の隣に座った。

    太一は眠っていた。

    今日のことを話した。成績のこと。数字が侍より上だったこと。薩摩と長州が見に来たこと。津田の横にいた男のこと。

    太一は眠っていた。

    サヨが奥から来た。喜三郎の背中を見た。

    「嬉しそうやね」

    今日は、聞く前に答えた。

    「ああ」

    サヨは少し目を細めた。それから奥へ戻った。

    喜三郎は火を見た。

    芸州口で逃げた。負けた武士の顔を見た。加納に怒鳴られ続けた。でも今日、数字が証明した。

    長州が見に来た。

    自分は、違う側にいる。

    太一は眠っていた。

    その顔を見ながら、喜三郎は思った。

    この子も、数字で人生が変わる時代に生まれた。


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    「まず、試してみる」が私のスタイル。 うまくいったこともあるし、失敗したこともある。 その記録をここに残していきます。🐾

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