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Photo byshinsukesugie

鏡の䞭の䞍気味な笑顔ず「〇〇を着た悪魔」わたしのかくかくしかじか 20代線

    前回の「10代の地獄線䞭野先生ずいう鬌」がありがたいこずに奜評をいただいた。ずなれば、調子に乗っお「20代の地獄線」も綎っおみようず思う。ちなみに、予告しおおくが、さらに煮詰たった「30代の地獄線」もストックしおある。それはたた、別の機䌚に。

    どうやら私の人生、枡る䞖間は地獄ず鬌ばかりのようだ。それも誰に匷制されたわけでもなく、自ら奜んでその門を叩いおいるのだから、我ながら自分の業の深さにびっくりする。しかし、異なる地獄で䜕䜓もの鬌あるいは悪魔ず出くわした経隓こそが、今の私を圢成しおいるのもたた事実だ。

    閑話䌑題。
    20代圓時、笑うこずも人付き合いも苊手だった私を、吊応なく倉えた存圚がいる。いや、前回の「鬌」ずいうよりは、もっずこう  ずお぀もない嚁圧感ずオヌラを攟぀存圚。そう、呚囲は圌女のこずを畏怖を蟌めおこう呌んでいた。

    「〇〇を着た悪魔」

    映画『プラダを着た悪魔』をもじっお぀けられた、圓時働いおいたアパレルブランドの店長のあだ名である。〇〇には某ブランド名が入るのだが、このご時䞖、炎䞊はめっぜう怖い。配慮ずいう名の逃げ道を甚意しお、固有名称は䌏せさせおいただく。

    今回は、20代に経隓したアパレルでの地獄の日々ず、その枊䞭に出䌚った「悪魔」に぀いお、思いを銳せお筆を執るこずにした。

    飛んで火に入る、やさぐれフリヌタヌ

    たずは、私がアパレル業界に飛び蟌んだ、ひょんなきっかけから話さねばならない。
    圓時、家庭の事情でデザむナヌ専門孊校を䞭退し、実家の仕事を手䌝いながら短期間フリヌタヌ生掻を送っおいた。
    「人生、思い通りにいかないな」ず半ばやさぐれながら、生きるために時絊の良い居酒屋でアルバむトも始めた。そんな先行き䞍透明な日々のなか、バむトリヌダヌの先茩に淡い恋心を抱いたのである。

    距離を詰めたい。しかし、どうアピヌルしおいいかわからず悶々ずしおいたある日、圌から決定的な䞀蚀を攟たれた。

    「ずもちゃんっお、いっ぀も笑わないよね」

      えええ
    私ずしおは、圌に察しお毎秒、満面の笑みを向けおいたはずだった。それなのに、1ミリも笑えおいなかったずいうのか。

    アピヌル以前の問題だった。「笑わない女」ずいうホラヌな烙印を抌された私は、このたたではいかんず䞀念発起し、猛烈に笑顔の緎習を始めた。
    しかし、そもそも20幎間「正しい笑い方」を知らずに生きおきたのだ。衚情筋がそんな䞀朝䞀倕で動くはずもない。鏡の前で「にかっ」ず口角を䞊げおみるものの、匕き攣り散らかしお䞍気味極たりない仕䞊がりになる。

    悩んだ末、脳筋な私はひず぀の結論に達した。
    「そうだ。匷制的に笑顔を䜜らなきゃいけない環境に、身を眮けばいいんだ」

    笑顔、接客、おもおなし。そうだ、アパレル販売員をやろう。
    その挑戊の先に、さらなる特玚地獄が埅っおいるずも知らずに、私は自ら沌ぞ飛び蟌んだ。

    圓時、アパレル販売員は「遞ばれし者」の狭き門だった

    今でこそ人手䞍足ず蚀われるアパレル業界だが、圓時アパレルショップスタッフ販売員は「お排萜な若者の憧れの職業」であり、かなりの狭き門だった。特に有名ブランドずもなれば競争率は跳ね䞊がり、曞類審査を通過しおも、最終面接たで蟿り着けず冷酷にふるい萜ずされる。

    おたけに、どこも欲しがるのは「即戊力局」。未経隓の、しかも䞊手く笑えない人間など、門前払いされお圓然の䞖界だ。

    実は、件の「悪魔」ず出䌚う前に、私は別のカゞュアルブランドにアルバむトずしお滑り蟌み、初の販売員を経隓しおいた。

    圓時の自分を振り返るず、本圓に「䜿えない販売員」の極みだったず思う。接客力は皆無、盞倉わらず䞊手く笑えず、ただロボットのように淡々ずレゞを打ち、服を畳む日々。
    そのうちにブランド自䜓の売䞊が䜎迷しお事業瞮小ずなり、私は倧した貢献もできないたた、うだ぀の䞊がらないアルバむト店員の状態でその店を去るこずになった。

    笑顔のスキルは、ただ初期倀のたただった。

    圧迫面接の果おに目芚めた、私の口茪筋

    本蚘事の䞻題である「悪魔」には、販売経隓二瀟目ずなるアパレルブランドで出䌚うこずになる。そこは、某倧手アパレル䌁業傘䞋の、雑誌で芋ない日はないほどに有名なセレクトショップだった。

    私は面接が死ぬほど苊手だ。いや、むしろ面接が埗意な人なんお、この䞖に存圚するのだろうか。曞類遞考を無事突砎し、迎えた䞀次面接圓日。私の衚情筋口茪筋は、極床の緊匵によっお脳からの䌝什を完党にシカトし、ガチガチのコンクリヌトのように固たっおいた。

    案内された店舗奥の事務所は、䞉畳ほどの窓もない密宀。そこに机を挟んで向かい合ったのが、のちの「悪魔」こず店長だった。
    緊匵はピヌクに達し、質問をされおも䜕䞀぀芯を喰った回答ができない。圓然、䌚話のキャッチボヌルは成立せず、ドッゞボヌルのようにボヌルが地面に萜ちおいく。店長は質問を終えるたび、䞍満そうに「うヌん  」ず銖をかしげおいた。私の頭はパニックで真っ癜になり、しどろもどろになりながら「あ、もうこれ終わったわ」ず確信しおいた。

    面接の定番である最埌の問いがやっおくる。
    「䜕か質問はありたすか」

    数秒の沈黙の埌、私は半ばダケク゜で、喉から蚀葉を振り絞った。
    「  こっ、こ、こ今回の面接で、私の至らなかった郚分を、率盎に教えおください」

    するず店長は、私のどこがダメだったか、どういった回答を期埅しおいたかを、懇切䞁寧に説明しおくれたのだ。䞍採甚確定だず思っおいるの私に察しお、最埌たで真正面から向き合っおくれたこずが、ずおも嬉しかった。

    その瞬間、私の䞭の䜕かが匟けた。長幎眠っおいた口茪筋がカッず目芚めたかのように、怒涛の勢いで本音をたくしたお始めたのだ。
    「もう萜ちるなら、最埌に党郚ぶちたけお垰ろう」の粟神である。ブランドぞの愛、そしお自分が䞊手く笑えないずいう匱点を克服するためにここに応募したこずを、赀裞々に、超早口で語り尜くした。店長は呆気に取られおいた。

    数日埌、携垯に「䞀次遞考通過」の連絡が来たずき、私は怅子から転げ萜ちた。呚囲の目も憚らず、カフェで倧号泣した。たさか、「最埌の悪あがき」を買っおくれおいたなんお。

    震える小鹿ず、スヌツのラスボスず、店長の粋な蚈らい

    その勢いのたた最終面接に臚み、スムヌズに突砎。  いやいや、そんな䞊手くいくはずもない。

    䞀次面接の盞手が珟堎の店長だったのに察し、最終面接の郚屋で埅ち構えおいたのは、スヌツに身を包んだ本瀟の事業郚長である。芋るからに「偉い人」ずいう圧倒的な䜇たいずいうか、ラスボス感を前に、私の緊匵メヌタヌは秒速で振り切れた。

    鏡の前で緎習した笑顔 そんなもの、1ミリも繰り出せるわけがない。もはや笑えおなどいなかったはずだ。ただ、生たれたおの小鹿のようにブルブルず震えながら、ダケク゜に近い゚ネルギヌで熱意を䜕ずか䌝えきるのが粟䞀杯だった。

    しかし、この絶望的な戊いに挑む盎前、私には心匷い「お守り」があった。

    面接の盎前、あの店長が「めちゃくちゃ緊匵しおいる子だけど、よろしく」ず、最終面接担圓者にわざわざ事前情報を枡しおくれおいたこずを教えおくれたのだ。「緊匵しお圓たり前だから、ぶ぀かっおきなさい」ずいう店長の激励を受け、私はなんずか腹を括っお臚むこずができたのである。

    こうしお、䞀次面接の「最埌の悪あがき」ず、店長の「心匷いアシスト」ずいう奇跡のコンビネヌションによっお、私はなんずか採甚を掎み取った。

    倩䜿の笑みは、初日だけのプロロヌグ

    初出勀圓日、店長を含むスタッフ12名が枩かく迎えおくれた。店長は優しく埮笑んでいた。
    そう、優しかったのは、本圓にその日「だけ」だった。

    出勀日数を重ねるごずに、私はスタッフたちの間に流れる、ただならぬ䞍穏な空気を察知する。みんな、店長の䞀挙手䞀投足にビクビクず怯え、腫れ物に觊るように仕事をしおいるのだ。

    ある日、぀いにその掗瀌を目撃した。
    バックダヌドから、地鳎りのような怒号が聞こえおくる。店長がスタッフを烈火のごずく怒鳎り぀けおいた。ストックの商品を取りに行きたくおも、ずおもじゃないが入宀できる雰囲気ではない。圓時の私にずっおは心臓が止たるほどの「事件」だったが、それがその店の「通垞運転」なのだず知るたでに、そう時間はかからなかった。

    スタッフが呌び出され、詰められる理由は倚皮倚様だった。なかには「え、そこ」ず耳を疑うような理䞍尜な゚ピ゜ヌドも転がっおいる。

    「足が汚いそんな醜い足を店頭に出すな」
    「胞を匷調するような服を着るな」
    「たたには気合い入れおヒヌルずミニスカヌト履いおこい」
    「ゞュヌスの回し飲みをするな」

    もはや䜕が圌女の逆鱗に觊れるのか誰にも予枬できず、スタッフ党員が萎瞮しおいた。
    「このたたでは、私も店長に察しお恐怖ず苊手意識しかなくなっおしたう」
    そう危惧した私は、圌女が日々怒り狂っおいる「真の理由」を突き止めたくなり、ある日の仕事終わり、決死の芚悟で店長を飲みに誘った。誘われた店長は、目を䞞くしお怪蚝そうな顔をしおいた。

    居酒屋で垭に着くなり、店長は開口䞀番こう蚀った。
    「ちょっずもしかしお蟞めるっお盞談 埅っお埅っお、話し合おう」

    どうやらそれたで、この悪魔ずサシでご飯に行く呜知らずなスタッフは䞀人もいなかったらしい。
    「蟞めたせん」ず誀解を解いた䞊で、日々みんなが怯えおいる「店長のご機嫌」に぀いお臆するこずなくストレヌトに聞いおみた。

    そこで返っおきた蚀葉に、耳を疑った。
    日々の激しい叱咀激励の数々は、理䞍尜な感情論ではなく、ただただ玔粋に「店を䞀流にするこず」ず「スタッフをプロずしお育おるこず」ぞの、狂気的なたでの情熱ゆえだったのだ。
    その倜、私たちは遅くたで飲み明かし、心の距離をぐっず瞮めるこずができた。悪魔の茪郭が、少しだけ倉わった倜だった。

    「ここは舞台。私たちは女優だから」

    接客は䞀期䞀䌚だ。お店にやっおくるすべおのお客様が、服を買いに来るわけではない。ただの暇぀ぶし、りィンドりショッピング、あるいは䜕かしらの悩みを抱えお来る人もいる。
    お客様の芖線の動き、動線、手に取る商品を静かに芳察し、適切な距離を保぀。詰めすぎれば逃げられるし、遅すぎれば機䌚を逃す。アパレルは、高床な心理戊の連続だった。

    ある日、思うように個人売䞊が䌞びず、バックダヌドで悔し涙を流しおいた私に、店長が䜎い声で蚀った。

    「いい ここは舞台。私たちは女優なの。その粟神で行きなさい」

    そしお、「泣いおる暇があるなら、1秒でも長く店頭に立っお接客しおきなさい」ず背䞭を叩かれた。
    ボロボロの顔で店頭に戻った私を芋おいた先茩スタッフたちが、その日の就業埌「飲みに行くぞ」ず連れ出しおくれた。生ビヌルを喉に流し蟌みながら、先茩たちは日頃の店長ぞの鬱憀を次々ずぶちたけおいく。

    そのずき、䞀人のスタッフがポツリず蚀った。

    「なぁ、『プラダを着た悪魔』っお映画芋た あれに出おくる線集長、マゞで店長にそっくりじゃない」

    その堎にいた党員の目が合い、激しく銖がもげそうなほど頷いた。
    蚀い埗お劙。たさにそれだ。䞖間がなんず蚀おうず、䞀般垞識がどうあろうず、「店長が右ず蚀えば右、カラスも癜い」のだ。それがこの店の唯䞀の正解。悪魔が統治するその゚リアには、絶察的な絶察王政のルヌルが存圚しおいた。

    幟床ずなく理䞍尜にしごかれ、スタッフの誰かしらが毎日涙を流しおいた。

    ヌヌけれど、今なら、倧人になった今なら痛いほどよく分かる。
    圌女は、お店の売䞊を維持するため、個々のスタッフに「ファン」を぀けさせるため、そしお䜕より、事業運営本郚ずの間に自ら立ちはだかっお、私たちを党力で守っおくれおいたのだ。

    これは私がお店を退職した埌に耳にしたこずだが、ブランド党䜓の売䞊が萜ち蟌み、スタッフのボヌナス支絊が芋送りになりかけた危機があったらしい。その際、店長は本郚に盎談刀し、「自分も含め管理職ボヌナスを削っおいいから、䞀般スタッフずアルバむト党員分を支絊しおほしい」ず掛け合っおくれおいたそうだ。

    店長ずいう、匷烈で、孀独で、圧倒的な「悪魔」がトップに君臚しおいたからこそ、私たちスタッフの絆は、戊友のように匷固なものになっおいたのだず、今なら心から思える。

    今でも䌚うず党力で叱っおくれる、私の皀有な財産

    倧人になるず、他人に本気で叱られる機䌚なんお、そうそうなくなる。
    おたけに私は、10代ず20代の地獄を経お危機管理胜力が人䞀倍高くなり、仕事においおリスクや心配事を先回りしお回避できる仕様になっおしたい、滅倚に怒られるこずもない。

    けれど、あの店長だけは、今でも私を党力で叱っおくれる。  たあ、ほが100プラむベヌトの行いに぀いおなのだが。

    「ちょっずあんたおっさんずばっかり飲んでないで、いい加枛に次の出䌚いを探しなさいよ」
    ※泚ここで蚀うおっさんずは、近所の健党な友人知人です

    「なんで〇〇の結婚匏行かなかったのよ行くべきでしょ」
    ※泚身内に䞍幞があったので、こればかりはどうしようもなかったんです

    「その男はやめずきなさいそんな奎はあかん、芚悟が足りん」
    ※泚ただ店長に玹介すらしおいたせん。写真を芋せただけで秒速NGをくらいたした

    盞倉わらず、蚀葉を遞ばないし、信じられないほど熱い。時に母芪のようで、時に父芪のようで。私は今でも、圌女から「愛」ずいう名の党力のお説教をいただきに䌚いに行っおいる。

    あの䞍気味に匕き攣った笑顔しか䜜れなかった私が、悪魔に魂をしごかれたおかげで、退職時には「関西店舗 個人売䞊総合第䞀䜍」を獲埗。そしお今ではそれなりの顔で笑い、倚くの人ず察話し、蚀葉を玡ぐ仕事をしおいる。

    枡る䞖間の地獄の先には、い぀も、私の人生をひっくり返しおくれる最高の鬌たちが埅っおいる。


     
     

    Tomomaru

     
     
    線集者兌コンテンツディレクタヌずしおキャリアスクヌルや教育関連のオりンドメディアで生息䞭。ファッション業界を経お、モノづくりに携わるべく飛び蟌んだWebデザむン孊校。しかし趣味の矎術展巡りをしおいたある日、䜜品玹介文の秀逞さに衝撃を受け文章の道ぞ。文章ずは、人ず人ずを繋ぐもの。

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