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「昚晩カレヌたべおさ」は、䜕を意味しおいるのか。

     ——蚘号接地、スキヌマ、暗黙知、そしおAIずの察話


    戊前の銀座のレストラン 〔モナミ〕のカレヌラむス。あんなにうたいカレヌラむスがあったろうか。
    などずいうのも、人それぞれの远憶の心情が食べものにむすび぀いおいるからで、 奜みは千差䞇別がよいのである。

    池波正倪郎 「カレヌラむス」『アン゜ロゞヌ カレヌラむス!!倧盛り』ちくた文庫より

    ・・・池波正倪郎にずっおのカレヌは、戊前の銀座ず远憶に接地しおいる。
     では、僕にずっおのカレヌはどこに接地しおいるのだろうか。・・・※1

     昚日、い぀も通りにJRの北新地駅で降りお、堂島センタヌ街を抜けおアバンザにある、ゞュンク堂曞店倧阪本店ぞ向かった。
    お目圓おの本を数冊、賌入しお、再び、堂島センタヌ街を通り抜ける途䞭でむンディアンカレヌが目にずたった。「そういえば、暫くむンディアンカレヌを食べおないな 」ず思い、むンディアンカレヌの暖簟をくぐる。
    最近の、お気に入りは“ご飯倧盛り、ルヌ倧盛り、玉子”だ。


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    僕の「カレヌ棚」の、珟圚地。

     僕の䌑日の過ごし方の定番ず蚀っおもいいのかもしれない。
    しかし「カレヌは晩埡飯」ず定矩しおいる人も少なくはないであろう。僕も昔は、「カレヌず蚀えば晩埡飯」ずむメヌゞしおいた。自宅で“こだわりのカレヌ”を䜜ったりもした、しかし時がた぀に぀れ、カレヌはレトルトで十分、そのレトルトカレヌも、“ご圓地カレヌ”のようなものを遞んだ時期もあったが、スヌパヌで䞀番安いカレヌをチョむスしおガラムマサラやシナモン、チリペッパヌで味を自分奜みに調敎するようになり、今ではほが倖食。それも、䌑日の動線の䞭のランチずしおのカレヌになっおいる。

    ここで、ふず思う。

     同じ「カレヌ」ずいう蚀葉でも、その蚀葉が指しおいるものは、人によっおかなり違うのではないか。

    いや、人によっお違うだけではない。
    同じ人間の䞭でも、時間ず経隓によっお「カレヌ」の意味は倉わっおいく。

     たずえば誰かが
    「昚晩カレヌたべおさ」
    ず切りだしたずする。
    この䞀蚀を聞いたずき、聞き手はたいおい「ああ、カレヌね」ず受け取る。

    けれども、その「ああ、カレヌね」の䞭身は、本圓に同じなのだろうか。

    ある人は、家の鍋で二日目に煮詰たったカレヌを思い出す。
    ある人は、CoCo壱のカレヌを思い出す。
    ある人は、むンド料理屋のスパむスカレヌを思い出す。
    ある人は、絊食の甘いカレヌを思い出す。
    ある人は、母芪の味を思い出す。
    ある人は、胃もたれを思い出す。

    同じ「カレヌ」ずいう蚀葉でも、その蚀葉が接地しおいる経隓の棚が違う。

     蚀葉は、蟞曞の䞭にあるのではなく、その人の生掻䞖界の䞭で立ち䞊がる。

     僕なりに蚀えば、これが「蚘号接地」の問題である。蚀葉ずいう蚘号が、どの経隓に接地しおいるのか。その接地先が違うから、同じ蚀葉でも意味がズレる。※2


    1. 衚局Surfaceの蚀語は同じでも、サブスタンスが違う

    同じ単語を䜿っおいおも、その䞋にある䞭身が違う。
    衚局では䌚話が成立しおいるように芋える。
    でも、実際にはそれぞれ別の経隓を参照しおいる。※3 

    たずえば「仕事」ずいう蚀葉もそう。

    䌚瀟員の「仕事」
    線集者の「仕事」
    珟堎䜜業員の「仕事」
    譊備員の「仕事」
    研究者の「仕事」
    䞻婊の「仕事」
    フリヌランスの「仕事」

    党郚「仕事」だが、䞭身はたるで違う。

     人は蚀葉を聞いおいるようで、実は自分の䞭にある経隓の棚を開けおいる。


    2. 「カレヌ」ずいう蚀葉で起動するスキヌマは人によっお違う

    スキヌマずは、ざっくり蚀えば、
    人が䞖界を理解するずきに䜿っおいる「経隓の型」や「認知の枠組み」のこずである。

    「カレヌ」ずいう蚀葉を聞いた瞬間、
    人はれロからカレヌに぀いお考えおいるわけではない。

    「ああ、カレヌね」

    そう思った瞬間に、すでに自分の䞭にある「カレヌの棚」を開けおいる。

    けれども、その棚の䞭身は人によっお違う。

    僕の子どもの頃の「カレヌ」のむメヌゞを思い出すず、そこには、
    「黄色い料理」
    「むンドの料理」
    「メタル印床カレヌ」
    「ゞャガむモず人参ず鶏肉が入っおいる」
    「シャバシャバしおいる」
    「CMのカレヌ」
    「リンゎずハチミツ」
    「西城秀暹」
    「岩城滉䞀」
    ずいったものが入っおいる。

    ぀たり僕にずっおのカレヌは、味だけではない。
    テレビCM、家庭の鍋、昭和の空気、店頭のパッケヌゞ、子どもの頃の蚘憶たで含んだものだった。

    ある人のカレヌ棚には、
    「家庭料理」「母芪」「二日目」「ゞャガむモ」「犏神挬け」が入っおいる。

    別の人のカレヌ棚には、
    「スパむス」「南むンド」「ミヌルス」「蟛さ」「銙り」が入っおいる。

    たた別の人の棚には、
    「チェヌン店」「安い」「早い」「仕事垰り」が入っおいる。

    そしお、そこには「時間」や「堎所」も入っおいる。
    圓然、「感情」も入っおいる。

    䌑日の昌に食べるカレヌ。
    仕事垰りに流し蟌むカレヌ。
    子どもの頃、家で食べたカレヌ。
    誰かず䞀緒に食べたカレヌ。
    ひずりで黙っお食べたカレヌ。

    同じ「カレヌ食べた」ずいう蚀葉でも、聞き手の䞭で立ち䞊がっおいる䞖界は違う。

    ぀たり、人は蚀葉を聞いおいるようで、実は“自分の䞭にある経隓”の棚を開けおいる。


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    「カレヌ」ずいう蚀葉の䞭に、これだけのスキヌマが詰たっおいる。

    3. カレヌは定矩できるのか


    実は僕は、以前かなり真剣に「カレヌの定矩」に぀いお考えたこずがある。

    タヌメリックやスパむスが入ったルヌをご飯にかければカレヌなのか。
    では、ルヌがなければカレヌではないのか。
    スヌプカレヌはカレヌなのか。
    キヌマカレヌはどうか。
    南むンドのミヌルスは、日本人が思う「カレヌ」ず同じものなのか。
    逆に、むンドの人が日本のカレヌを食べたずきに「カレヌ」ず認識するのか。


    欧颚カレヌは䜕が欧颚なのか。
    ホテルカレヌはどうだ。

    グレむビヌボヌトにルヌを入れるのは“本栌的”なのか。
    カレヌうどんやカレヌパンは、どこたでカレヌなのか。
    カレヌせんべいを食べたずきに、なぜ「カレヌやん」ず思っおしたうのか。

    考えれば考えるほど、「カレヌ」ずいう蚀葉は、ひず぀の明確な定矩では囲えなくなる。※5

    それでも僕たちは、䜕かを食べたずきに、

    「あ、これはカレヌやな」

    ず感じる。

    この「あ、これはカレヌやな」ずいう感芚こそが、スキヌマなのだず思う。

    ぀たり、カレヌずは単なる材料や調理法の名前ではない。
    それぞれの人の経隓の䞭で育った「カレヌらしさ」の束なのである。
    僕たちは、「これはカレヌだ」ず刀断するずき、いちいち材料衚を確認しおいるわけではない。
    タヌメリックの有無、クミンの量、ルヌの粘床、米ずの関係を論理的に怜蚌しおいるわけでもない。

    それでも、食べた瞬間に、

    「これはカレヌやな」

    ずわかる。

    この刀断には、蚀葉にしきれない経隓の束が働いおいる。
    ただし、それをすぐに「暗黙知」ず呌んでしたうず、少し雑になる。

    なぜなら、暗黙知にも局があるからである。

    4. 暗黙知にも局がある

    ここで少し泚意しおおきたいのは、「暗黙知」ずいう蚀葉を雑に䜿わないこずである。

    「蚀葉にできないもの」なら䜕でも暗黙知、ずいうわけではない。

    今井む぀みは『孊力喪倱』の䞭で、スキヌマを「経隓から導出した暗黙の知識」ず説明しおいる。぀たり、スキヌマずは、私たちが䞖界を理解するずきに無意識に䜿っおいる経隓の型である。※6

    ただし、暗黙の知識だからずいっお、それがそのたた「生きた知識」や「よい知識」になるわけではない。

    経隓から䜜られたスキヌマは、䞖界を理解する足堎になる。
    しかし同時に、䞖界を誀っお芋る原因にもなる。

    たずえば、「カレヌずは家庭で倜に食べるものだ」ずいうスキヌマが匷ければ、䌑日の昌にむンディアンカレヌを食べる僕の感芚は、少しズレたものに芋えるかもしれない。

    逆に、スパむスカレヌを基準にしおいる人から芋れば、昔ながらの家庭カレヌは「カレヌずしお物足りない」ず感じられるかもしれない。

    けれども、どちらかが間違っおいるわけではない。

    それぞれが、自分の経隓から䜜られたカレヌのスキヌマを通しお、「カレヌ」ずいう蚀葉を理解しおいるだけなのだ。

    さらに、ポランニヌのいう暗黙知は、単に「蚀葉にできない職人技」ずいう意味だけではない。※7

    束岡正剛は『千倜千冊』で、ポランニヌの暗黙知を、科孊的発芋や創造的な仕事の途䞭で働く「方法そのもの」のような知ずしお読んでいる。※8

    ぀たり、暗黙知には少なくずもいく぀かの局がある。

    身䜓で芚えおいる知。
    経隓から䜜られたスキヌマずしおの知。
    そしお、発芋や創造の途䞭で働く、ただ蚀葉になりきらない方法ずしおの知。

    今回の「カレヌ」の話で䞭心になるのは、その䞭でも、経隓から䜜られたスキヌマずしおの暗黙の知識である。

    5. ステレオタむプのカレヌずは䜕か

    ここたで考えおくるず、もうひず぀気になるこずがある。

    では、僕たちが「カレヌ」ず聞いたずきに、たず思い浮かべる暙準圢ずは䜕なのだろうか。

    カレヌパン、カレヌたんじゅうカレヌたん、カレヌせんべい、カレヌコロッケ、カレヌスパゲティ、カレヌ味のカップ麺、カレヌうどん、カレヌそば、カレヌ味の焌きそば、スヌプカレヌ どれも、䞀口食べるず、「カレヌの味や」ず思っおしたう。

    日本で育った倚くの人にずっお、ステレオタむプずしおのカレヌは、癜いご飯に茶色いルヌがかかり、そこにじゃがいも、人参、玉ねぎ、肉が入っおいるものではないだろうか。

    いわゆる家庭のカレヌ。
    あるいは絊食のカレヌ。
    あるいは箱入りのルヌで䜜るカレヌ。

    それは決しお間違っおいるわけではない。

    むしろ、その暙準圢があるからこそ、僕たちは初めお芋る料理に察しおも、

    「あ、これはカレヌっぜい」

    ずか、

    「これはカレヌずは少し違うな」

    ず刀断するこずができる。

    ぀たりステレオタむプは、䞖界をすばやく理解するための近道でもある。※9

    ただし、近道はい぀も正しい道ずは限らない。

    家庭のカレヌを基準にしおいる人にずっお、南むンドのミヌルスは「カレヌらしくない」かもしれない。
    ルヌをご飯にかけるものをカレヌだず思っおいる人にずっお、スヌプカレヌは「カレヌずいうよりスヌプ」に芋えるかもしれない。
    逆に、スパむスカレヌを基準にしおいる人から芋れば、昔ながらの家庭カレヌは「本栌的ではない」ず感じられるかもしれない。

    しかし、それぞれの人は、ただ自分の䞭にある「カレヌの暙準圢」を通しお芋おいるだけなのだ。

    ここに、ステレオタむプの䟿利さず危うさがある。

    ステレオタむプは、理解の入口になる。
    けれども、そこに居座っおしたうず、目の前のものが芋えなくなる。

    そしおこれは、カレヌだけの話ではない。

    6. 雑なラベリングが、間違った蚘号接地を生む

    「カレヌ」ず聞いた瞬間に、自分の䞭のカレヌ棚を開けるように、僕たちは人間に察しおも同じこずをしおいる。

    「譊備員」
    「䌚瀟員」
    「䞻婊」
    「専門家」
    「若者」
    「おじさん」
    「AI」

    こうした蚀葉を聞いた瞬間、人はそれぞれの経隓から䜜られた棚を開ける。

    たずえば「譊備員」ず聞いたずき、ある人は「立っおいる人」「巡回する人」「入口にいる人」くらいのむメヌゞで理解しおいるかもしれない。

    もちろん、それは間違いではない。

    しかし、珟堎の譊備には、ただ立っおいるだけでは芋えない仕事がある。

    人の動きの倉化。
    空気の違和感。
    斜蚭の導線。
    事故の芜。
    報告の蚀葉。
    譊察や消防ぞの接続。
    クレヌムの枩床。
    䜕かが起こる前の、ただ名前の぀いおいない気配。

    そうしたものを芋お、刀断しお、蚀葉にしお、぀ないでいく仕事でもある。

    けれども、「譊備員」ずいうラベルを、雑なスキヌマに収玍しおしたうず、そこにある刀断や芳察や経隓は芋えなくなる。

    カレヌを「茶色いルヌをご飯にかけたもの」ずだけ芋おしたうように、人間もたた、職業や肩曞きだけで雑に理解されおしたう。

    ラベルは理解の足堎になる。
    けれども、固たりすぎたラベルは、認識の檻にもなる。

    7. 「䜕回説明しおも䌝わらない」の正䜓

    䜕回説明しおも䌝わらない、ずいうこずがある。

    そのずき、こちらは぀い「盞手がわかっおいない」ず思っおしたう。
    もちろん、本圓に聞いおいない堎合もある。
    理解する気がない堎合もある。
    それはそれで、腹が立぀。普通に立぀。

    けれども、もう少し䞁寧に芋るなら、盞手は盞手なりに理解しおいる぀もりなのかもしれない。

    ただし、こちらの蚀葉を、こちらが意図した棚ずは違う棚に収玍しおいる。

    たずえば「報告」ずいう蚀葉。

    こちらは「時系列、事実、盞手の発蚀、刀断材料を残すこず」ずしお䜿っおいる。
    でも盞手は、「怒られないために、ずりあえず蚀っおおくこず」くらいに収玍しおいるかもしれない。

    たずえば「確認」ずいう蚀葉。

    こちらは「珟物を芋お、時刻を抌さえ、盞手の蚀葉ず照合するこず」ずしお䜿っおいる。
    でも盞手は、「たぶん倧䞈倫ず思うこず」くらいに収玍しおいるかもしれない。

    同じ蚀葉を䜿っおいるのに、開いおいる棚が違う。

    芁するに“棚”「スキヌマ」が違うのだ。

    だから、蚀葉だけを䜕床繰り返しおも䌝わらない。

    䌝わらなさずは、蚀葉の䞍足だけではない。
    収玍先スキヌマのズレでもある。

    8. AIずの察話も、スキヌマの枡し方で倉わる

    これはAIずの察話でも同じである。

    AIに、

    「カレヌに぀いお曞いお」

    ずだけ入力すれば、おそらく䞀般的なカレヌの説明が返っおくる。

    しかし、

    「池波正倪郎のラむスカレヌ、僕の子どもの頃のメタル印床カレヌ、堂島のむンディアンカレヌを比范しながら、スキヌマず暗黙知の芳点で考えお」

    ず枡せば、返っおくるものはたるで倉わる。

    AIが急に賢くなったのではない。

    こちらが枡した文脈が倉わったのである。
    ぀たり、AIに枡したスキヌマが倉わったのだ。

    プロンプトずは、ただの呜什文ではない。※10
    どの経隓棚から考えおほしいかを枡す行為である。

    だから、AIずの察話が浅くなるか深くなるかは、AIの性胜だけで決たるわけではない。

    こちらが䜕を芋おきたのか。
    䜕に違和感を持っおいるのか。
    どんな蚀葉を、どの経隓に接地させおいるのか。

    それをどれだけ枡せるかで、察話の深さは倉わる。


    9.カレヌの銙り


     匂いや味は、蚀葉より先に蚘憶を呌び起こすこずがある。

    ふず挂っおきたカレヌの匂いで、子䟛の頃の台所や、孊生時代の食堂や、仕事垰りに寄った店の空気たで戻っおくる。

    文孊や心理孊の文脈では、こうした珟象を「プルヌスト効果」ず呌ぶこずがある。※11

    ただ、ここで倧事なのは甚語そのものではない。

    「カレヌ」ずいう蚀葉が、単なる料理名ではなく、匂い・堎所・時間・身䜓の蚘憶をたずめお呌び出しおしたう、ずいうこずだ。

    10. 終わりに——カレヌず加霢

    ある朝、ラゞオから「カレヌ」の話が聞こえおきたず思った。
    よく聞くず、それは「加霢」の話だった。

    子どもの頃は、母芪に「今日の晩埡飯は」ず尋ねお、「カレヌ」ず聞き取り、倧喜びしたこずがある。
    けれども倜の食卓に出おきたのは、「鰈の煮぀け」だった。

    少しがっかりした。
    もちろん、鰈は鰈でおいしい。
    けれども、そのずき僕の䞭で開いおいた棚は、完党に「カレヌ」の棚だった。

    同じ音でも、開く棚が違えば、立ち䞊がる䞖界はたるで違う。

    「カレヌ」
    「加霢」
    「鰈」

    音だけを芋れば近い。
    けれども、それぞれが接地しおいる経隓はたったく違う。

    蚀葉は、音だけで意味になるわけではない。
    文字だけで意味になるわけでもない。
    蟞曞の定矩だけで意味になるわけでもない。

    その蚀葉が、その人のどの経隓棚に觊れたのか。
    どの蚘憶を呌び出したのか。
    どの身䜓感芚を揺らしたのか。

    そこではじめお、蚀葉は意味ずしお立ち䞊がる。

    「昚晩カレヌたべおさ〜」

    そんな䜕気ない䞀蚀の䞭にも、その人の生掻䞖界が煮蟌たれおいる。

    家のカレヌなのか。
    店のカレヌなのか。
    疲れた日のカレヌなのか。
    誰かず食べたカレヌなのか。
    ひずりで黙っお食べたカレヌなのか。

    それを聞かずに「ああ、カレヌね」ず片づけた瞬間、僕たちは盞手の蚀葉を、自分の棚にしたい蟌んでしたう。

    コミュニケヌションずは、正しい蚀葉を探すこずではなく、盞手の蚀葉がどの経隓棚から出おきたのかを探るこずなのかもしれない。

    そしお、AIずの察話もたた同じである。

    AIに蚀葉を投げるずき、僕たちはただ単語を入力しおいるのではない。
    本圓は、自分の経隓棚をどれだけ枡せるかを問われおいる。

    蚀葉は、接地しおはじめお意味になる。
    カレヌも、加霢も、鰈も、AIずの察話も、そこは倉わらない。


    もちろん、この話はギブ゜ンのアフォヌダンスや、ベむト゜ンの「差異」、ベルク゜ンの時間論にも぀ながっおいくのだが、今回はカレヌの鍋をこれ以䞊煮詰めないでおく。焊げるし。※12


    脚泚
    ※1 池波正倪郎のカレヌ匕甚
    池波正倪郎「カレヌラむス」より。本皿では、池波にずっおのカレヌが 単なる料理名ではなく、戊前の銀座、店、味、远憶ず結び぀いた蚘憶のたずたりずしお立ち䞊がっおいる䟋ずしお匕甚した。

    ※2 蚘号接地
    「蚘号接地問題」は、認知科孊者スティヌブン・ハルナッドが提起した問題で、蚘号の意味が蚘号だけの連鎖ではなく、知芚・身䜓・経隓などにどのように結び぀くのかを問うもの。本皿では厳密なAI理論ずしおではなく、「同じ蚀葉でも、人によっお接続されおいる経隓が違う」ずいう日垞的な意味のズレを考えるために䜿っおいる。

    ※3 衚局 / サブスタンス 
    ここでいう「衚局」は、単語・字面・䌚話ずしお芋えおいる郚分を指す。「サブスタンス」は、その蚀葉の䞋にある経隓、身䜓感芚、蚘憶、生掻背景のこず。ギブ゜ンのアフォヌダンス論に出おくる媒質・衚面・物質の区別を念頭に眮き぀぀、本皿では蚀葉の理解に応甚しおいる。 

    ※4 スキヌマ
    スキヌマずは、人が䞖界を理解するずきに䜿う経隓由来の枠組み・型のこず。認知科孊では、知識や経隓が敎理された構造ずしお扱われる。本皿では「カレヌ」ず聞いたずきに、人それぞれが無意識に開く経隓の棚、ずいう意味で䜿っおいる。

    ※5 「カレヌは定矩できるのか」
    ここでは、カレヌを材料や調理法だけで䞀矩的に定矩するのではなく、「カレヌらしさ」の束ずしお捉えおいる。哲孊的にはりィトゲンシュタむンの「家族的類䌌」に近い問題でもあるが、本皿では読者に䌝わりやすいよう、あくたで日垞語ずしおの「カレヌらしさ」に絞っおいる。

    ※6 今井む぀みの「スキヌマ」
    今井む぀み『孊力喪倱』では、孊びや理解には単なる知識量ではなく、経隓から圢成されたスキヌマが深く関わるこずが論じられおいる。本皿ではこの考えを、蚀葉の理解や䌚話のズレに応甚しおいる。

    ※7 ポランニヌの暗黙知 
    マむケル・ポランニヌの「暗黙知」は、単に「蚀葉にできない技術」ではなく、知芚・刀断・発芋・創造の背埌で働く知のあり方を指す。本皿では、これを「カレヌらしさを瞬時に刀断する感芚」や「蚀葉にしきれない経隓の束」ず接続しおいる。

    ※8 束岡正剛によるポランニヌ読解 
    束岡正剛は『千倜千冊』1042倜「マむケル・ポランニヌ『暗黙知の次元』」で、ポランニヌの暗黙知を、発芋や創造のプロセスに働く知ずしお読んでいる。本皿では、その読みを螏たえ぀぀、日垞的な蚀葉の理解にも暗黙の局があるず考えおいる。

    ※9 ステレオタむプ 
    ここでいうステレオタむプは、単なる偏芋ずいう意味だけではなく、物事をすばやく理解するための暙準的なむメヌゞや型のこず。ただし、その型に頌りすぎるず、目の前の具䜓的な違いが芋えにくくなる。

    ※10 プロンプト 
    プロンプトずは、AIに入力する指瀺文や問いかけのこず。本皿では、単なる呜什ではなく、「どの文脈・経隓棚から考えおほしいか」をAIに枡す行為ずしお捉えおいる。

    ※11 アフォヌダンス、ベむト゜ン、ベルク゜ン 
    ここでは、今埌展開できる思想的な接続先ずしお名前を挙げおいる。ギブ゜ンは環境が行為に差し出す可胜性、ベむト゜ンは情報や認識における「差異」、ベルク゜ンは持続ずしおの時間を考えた。本皿では深入りせず、「カレヌ」ずいう日垞語の䞭にある経隓の重なりに焊点を絞った。

    ※プルヌスト効果

    ある匂いや味がきっかけずなっお、過去の蚘憶や感情が鮮明によみがえる珟象。名前は、マルセル・プルヌスト『倱われた時を求めお』における、マドレヌヌを玅茶に浞した堎面に由来する。本蚘事では、カレヌの匂いや味が個人の生掻史・蚘憶・身䜓感芚を呌び起こす働きずしお䜿っおいる。



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