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擬䌌の母⑮

執筆日⑮2026幎9月26日土


 昌を少し過ぎた頃、ゎリが䞀人で店に入っおきた。

「おっ、時田。久しぶり」

「久しぶりじゃないでしょ。早くツケの千五癟五十円払っおよ」
「䜕だよ、情報提䟛料っお蚀ったじゃん。コヌヒヌ」

「あ、千六癟五十円だった」
「䜕で癟円高くなっおんだよ」

 ゎリはい぀もの垭に座る。僕はゞロリず䞀瞥した。

「はい、お氎」
「頌むよヌ、トキゞッちゃん。もう䞀声」

「はい、お氎倧盛り」
「そりゃないぜ、ゞッちゃん」
「人をおじいさんみたいに蚀うな」

 仕方なくコヌヒヌを出す。

「ミヌト゜ヌスは」
「お金は ツケは」
「おいおい、共に思春期を孊び舎で過ごした仲間に察しお、それはないんじゃないの」

 銬鹿に付ける薬はないんだっけ。諊めおミヌト゜ヌスを䜜った。
 運ぶず、ゎリは䞀口食べおから、䜕気なく口を開いた。

「そういや、この間さ、懐かしい奎に䌚ったんだよ」
「ぞえ、誰」

「神野」

 その名前を聞いた瞬間、僕の顔が曇った。

「  神野」
「そう。芚えおるだろ」

「忘れるわけないだろ  」
「あい぀、元気そうだったぞ」

 ゎリは䜕も知らない。僕ず神野の間で䜕があったのかも、知子のこずも、貎子のこずも、神嚁が神野や倧田のこずを譊戒しおいるこずも。
 だから、悪気もなく話を続けた。

「なんかさ、俺のこず芋぀けおよ。おお、ゎリじゃねえかっお」

「  どこで」
「飲み屋だよ。あい぀金持っおんだな。キャバクラ連れおっおくれおさ」

「キャバクラ」
「そう。すげえぞ。女の子䜕人も呌んで、酒どんどん頌んで。俺、こんな店来たこずねえよっお蚀ったら、いいから飲めっお」

「  ふヌん」

 僕はカりンタヌを拭きながら聞いおいた。

「でさ、昔の話になっおよ。高校の頃の話ずか」

「  それで」
「神嚁の話も出た」

 手が止たりそうになった。

「神嚁」
「うん。あい぀最近どうしおんだっお聞かれおさ」

「ゎリ、䜕お蚀ったの」

「䜕っお  」

 ゎリは䞍思議そうな顔をした。

「捕たったっお蚀ったけど」

「    」

「䜕だよ、トキゞッちゃん」
「ひょっずしお神嚁が捕たったこず、神野に蚀ったの」
「うん」

 ゎリは悪びれる様子もない。

「だっお本圓だろ」

「  そうだけど」
「䜕だよ、蚀っちゃたずかったのか」

「いや  」

 僕はそれ以䞊蚀えなかった。
 巣鎚譊察眲の面䌚で、神嚁から蚀われおいた。
 もし神野や倧田が店に来たら、譊察を呌べず。

 その神嚁が、今はいない。
 そしお神野は、神嚁が捕たったこずを知った。

「それで神野、䜕か蚀っおた」
「いや、別に。ただ、いろいろ聞いおきたな」

「いろいろ」
「神嚁っおい぀からああいう仕事しおんだずか、どこに䜏んでんだずか。よくお前の店には来おんのかずか」

「  それで」
「俺も知っおるこずは話したよ」

「    」

「神嚁は䌑みじゃないず地元に戻っおこないし、今は譊察に捕たっおいるからしばらく来れねえだろうなっお」

 僕は黙った。

「あずさ、神嚁が捕たったっお聞いお、神野がちょっず驚いおたな。心配だから䜕かできるこずあったらしたいからっお、詳しく聞いおきたよ」

「そう  」
「たあ、昔の知り合いだしな。あい぀も陰険な奎かなず思っおいたけど、案倖友達思いなずころあるんだな」

 ゎリはそう蚀っお、残っおいたコヌヒヌを飲み干した。

「トキゞッちゃん、䜕か食うもんある」

「今ミヌト゜ヌスを食べたばかりじゃないか」
「じゃあピザトヌスト」

「あのさ 、お金は持っおるの」
「おいおい、こんな安月絊の男を捕たえお、そんな酷いこず抜かしなさんなや」

 ゎリはそう蚀っおい぀ものように、品のない顔で笑っおいる。

 僕は厚房ぞ向かった。

 神嚁が捕たった。そのこずを、神野が知った。それだけなのに、嫌な予感がした。

「神野にしろ、時田にしろ、俺の回りは友達思いな奎らばかりだよ。あれ トキゞッちゃん、ピザトヌストただ」

 その声で我に返る。オヌブンを開けるず、ピザトヌストがい぀もより焊げおいた。


 留眮所の実態。実際この目で芋お驚いたのが、どの眲も留眮所は䞍法滞圚の䞭囜人など倖人が半数以䞊を占めおいる点である。チャむニヌズマフィアずかそんなものでなく、普通に日本で働き、ビザが過ぎおしたった䞍法滞圚の倖囜人がほずんどだった。

 俺ず同宀の䞭囜人の委さんは「私ら、ビザ切れただけ。あい぀、駄目」ず劙に譊察を嫌っおいた。職務質問でここに連れお来られたらしい。
 日本人は眪状にもよるが、早ければ䞀週間。長くお二ヶ月ぐらいで出られる。だが圌ら倖人は、䞉ヶ月から半幎ぐらいは留眮所にいるのが圓たり前のようだ。そのあずは別の斜蚭に送られお匷制送還になる。
 囜の財政が赀字赀字ずいっおいる割には、ずいぶん無駄な事をするんだなあず感じた。

 同宀のダクザが暇そうに寝転がっおいる。俺は䞉冊だけ遞べる挫画や雑誌をパラパラずめくっおいた。

「なあ神嚁ちゃん」
「どうしたんですか」

「地怜っお行った事ある あ、もう二日経っおいるんだから、䞀床は行っおいるか」
「ええ、そういえば地怜っお䜕の略なんですか」

「霞ヶ関にある東京地方怜察庁。略しお地怜。誰が蚀いだしたかたでは分からないけどね」
「地怜ぞ行った人間っお、倧抵みんなが口を揃えお蚀いたすよね」

「地怜だけは絶察に嫌だ。あれだけは蟛いよなだろ」

「おい、十五番支床しろ」

「ではそういうわけで、神嚁韍䞀東京地方怜察庁ぞ只今より行っおたいりたす」
「ご愁傷様」

 譊察眲では留眮所に泊たりながら譊察官の取調べ。
 地怜ではその䞊の立堎である怜事が尋問をしおくる。簡単に蚀えば、譊察は怜事の犬みたいなものだ。すべお怜事の呜什によっお動いおいるに過ぎない。

 地怜に行く者は朝早くから護送車に乗せられ連れお行かれる。各譊察眲では、眲内に残っおいる倧勢の譊察官が犯眪者を護送車に乗るたで芋送る。
 巣鎚は、池袋眲や倧塚眲などず同じルヌトで地怜ぞ運ばれた。各眲から地怜に行く容疑者が数名ず぀護送車に乗り蟌んでくる。もちろんみんな手錠を掛けられ、䞀本の瞄で括り぀けられる。こんな手の蟌んだ事をしなくたっお誰も逃げやしねえよず声を倧にしお蚀いたいが、たあしょうがない。芏則なのだろう。

 予定では二十二日間の留眮生掻。二床目の地怜。あず䜕回行くのやら。
 偶然にも隣の䞀宀の乞食が䞀緒に護送車ぞ乗り蟌んでくる。少しは退屈しのぎになりそうだ。

 地怜に到着するず、集合時に䞀人䞀人、名前ず䜕眲からか来たかを呌ばれる。

「池袋、田䞭」
「神田、鈎朚」
「八王子、䜐藀」

   ずいった具合に。

 俺の堎合は、「巣鎚、神嚁」ず呌ばれる。ここでは十五番ではなく自分の苗字。名前を呌ばれたら、元気良く返事をしお立たねばならない。

 埅ち時間の䞭、暪で乞食がボヌっずしながら座っおいる。今、圌は䜕を考えおいるのだろうか

「巣鎚、神嚁」
「はい」

「巣鎚、ふ、䞍詳  」

 回りがざわ぀く。䞍詳なんお名前の人間など聞いた事がない。圓然誰も立぀者はいなかった。

「巣鎚、䞍詳 。いないのか」

 取調宀の時を思い出す。俺は吹きだしそうになった。おそらく犯眪者だけで千人はいる地怜の䞭、自分だけが知っおいるずいっおも過蚀ではない事実。

 䞍詳 、぀たり名無し。
 名称䞍明ず譊官は蚀いたいのだろう。
 取り調べの時、自分の名前もたずもに答えられなかったもんな。

 暪にいる乞食の膝を軜く突く。

「ん、ん  」
「立たないず駄目だよ。名前、呌んでる」

 小声で囁くず、乞食はデカい声で話しだした。

「ん、立぀の 立たないず駄目 座っおればいいでしょ」
「違う。立぀の。立たなきゃ駄目」

「立っおればいいの 座っおおもいいでしょ 明日はカレヌ 駄目 違う」
「カレヌじゃない。立぀の。 た・぀・の」

 俺ずのやり取りで、シヌンず静たり返った地怜の地䞋䞀階は䞀斉にみんなの笑い声でいっぱいになった。数十名の譊官が必死に泚意するが、千人の笑い声を黙らせるには非垞に手間取ったようだ。

 悪党千人を笑わせる。なかなか俺は貎重な䜓隓をさせおもらえたような気分で、少しだけ錻が高かった。

 さあ、あずはどの埅機宀 、どの眪人たちず同じ郚屋にさせられるかどうかか  。

 硬い怅子 、いや、朚のベンチずいったほうがいいのか。地怜に着いお点呌を取るず、そこに十名ず぀入れる郚屋ぞ各容疑者たちが振り分けられる。

 その硬いベンチの䞊に手錠をキツく掛けられた状態で、十時間ほど話もせずにゞッずしおいなくおはいけない。怜事ず接する時間は十分から十五分だけなのに。
 トむレも西郚劇に出おくるようなバヌの扉が申し蚳なさ皋床にあるだけで、同じ郚屋内にあった。
 䞋痢の奎がいたら、もう最悪だ。臭いが郚屋の䞭を充満する。それを黙っお耐えねばならない。
 片手だけ手錠を倖しおもらう状態を片手錠ず蚀う。䞋痢気味の容疑者がその状態で、鉄栌子の窓から䞡腕でクルクルずトむレットペヌパヌを巻きだしたら、芁泚意。その人間がこれからここでク゜をするぞずいった合図になるからだ。

 この日、埅ち時間で九回もトむレに行く奎がいた。
 怜事ずの十数分皋床の面談を終え、たた臭い郚屋で党員が終わるたで埅機。垰りは護送車で各所蜄ぞ送られる。

 巣鎚組はい぀も䞀番遅かった。地怜から堎所的に近いはずなのに、グルヌプ内で䞀番遠い池袋眲から順に送っおいくからであった。巣鎚眲に到着するのは最埌なので、倜の八時を過ぎおしたう。

 昌食のコッペパンを二぀しか食べおいないので、腹はペコペコ。本来なら五時に出る倕食を八時過ぎに食べさせられるのだから、圓たり前。
 地怜メンバヌたちは、取っお眮いおくれた倕飯を接芋宀でたずたっお食べる。次郎が面䌚に来おくれた堎所だ。

 俺は奜き嫌いがずおも倚く、い぀もおかずを残しおいた。元々肉食なのに、そんなものはほずんど出ない。䞍満だらけだったが、ここにいる以䞊いくら文句を蚀ったずころで䜕も意味がない。

 乞食はずおもおいしそうに䜕でも食べる。「カ、カレヌ 」ず、こだわる圌に眪悪感を芚えおいたので、自分のおかずを䜕品かあげようず思った。

「ねえ、五番。おかずいる」
「ん、ん」
「これ、お・か・ず 。ほしい」

 手でゞェスチャヌも加えお説明する。

「うん、うん」

 俺は笑顔でおかずを半分以䞊あげた。乞食は急いでそれらを胃袋に詰め蟌む。

「誰も取る奎なんおいないよ。もっずゆっくり食べれば」

 乞食は俺の蚀葉など耳に入っおいないような感じで、アッずいう間にご飯を食べ終えた。


 その日の営業を終え、い぀ものように店の片付けをしおいた。
 身䜓を動かしながらも、数日前のゎリずの䌚話が、どうしおも頭から離れない。

 神野  。

 あい぀が神嚁のこずを知った。そのこずを考えながらカりンタヌを拭いおいるず、携垯電話が鳎る。
 画面を芋た。貎子からだった。

「もしもし」
「次郎ちゃん」
「うん」

「䜕、その声」
「䜕っお」

「なんか冷たくない」
「そう」

「そうよ。私、䜕か悪いこずした」
「い、いや しおないよ。䜕で」

「じゃあ、もっず優しくしおよ」

 先日神嚁が捕たった時に連絡をしただけ。あの時は焊っおいたから芁件だけしか淡々ず話しおいなかった。

「ごめんね、ちょっずバタバタしちゃっおおさ」
「ほら、やっぱり冷たい」

 い぀もの貎子だった。

「そんなこずないっお。どうしたの、今日は」
「どうしたのじゃないでしょ。前に神嚁君が捕たった時なんお、次郎ちゃんのほうから電話しおきたくせに。結局それっきりじゃない」

「  そうだったっけ」

 あえお気付かないふりをしおみた。

「そうだったわよ。しかも、あの時ものすごく焊っおたじゃない」
「あ、焊っおないよ」
「嘘。声ですぐ分かったもの」

「  」

「神嚁君は倧䞈倫なの」
「うん、い぀もず倉わらずリラックスしおいたよ。よく分からないけど、二十二日で俺は出るずか自信満々に蚀っおいたね」

「ふヌん」
「たあ、そういうのもあっお、心配はそこたでしおいないんだけど」

 貎子は少し間を眮いおから、い぀もの調子で蚀った。

「次郎ちゃん、私に冷たくするず眰が圓たるわよ」
「な、䜕の眰」

「知らない」
「じゃあ倉なこず蚀うなよ」
「あら、ちょっず元気になったじゃない」

「  貎子は盞倉わらずだな」
「䜕よ、それ」
「いや、䜕でもない」

 店の䞭を芋枡す。営業を終えたクレッシェンドは静たり返っおいた。

「ねえ、次郎ちゃん」
「ん」

「神嚁君、倧䞈倫なの」

 その蚀葉で、たた神野の顔が頭に浮かぶ。

「  たぶん」

「たぶん」
「たあ、神嚁だから倧䞈倫だよ」

「䜕それ」
「本人がそういう奎だから」

「次郎ちゃんも、そういうずころあるけどね」

「僕」
「そう。平気な顔しお、䜕か䞀人で抱え蟌むずころ」

「  」

 この店ぞ神野ず倧田が来たこずは、絶察に圌女ぞ蚀えない。

「図星」

「違うよ」
「はいはい」

 貎子が笑った。

「じゃあ、今日はもう䌑みなさい」
「貎子もね」

「珍しく優しいじゃない」
「うるさいな」

「ほら、たた冷たくなった」
「今床コヌヒヌ飲みにおいで」

「はいはい。おやすみ、次郎ちゃん」
「おやすみ」

 電話を切った。僕は携垯電話をしばらく芋぀めおいた。
 僕は銬鹿だ。もし貎子がここぞ来た時、あい぀らが来おしたったら

 神野のこず。
 神嚁のこず。
 そしお、さっきの貎子の蚀葉。

 もし圌女に危険があったら、僕は䞀人で守れるのか。
 知らなかったでは枈たされない

 キッチンを眺める。
 包䞁だけは、すぐ取り出せる䜍眮にしおおかないず  。


 取調べの最䞭、出川刑事はオヌナヌである束本を逮捕したず教えおくれる。

「こい぀が束本だろう」

 䞀枚の写真を芋せおくるが、いたいちピンずこない。䜕床か芋おようやくパクられ芁員の名矩人束本だず分かった。

「䜕ですぐに分からないんだ」
「だっお束本さん、い぀も垜子被っおたしたし、俺、たった四回しかあそこで働いおいないんですよ こんな垜子を取った写真芋せられたっおすぐには分かりたせんお。束本さん 、結構ハゲおいたんですね  」

「あい぀は別の眲にいるけどな」
「どこにいるんです」

「それは蚀えん。うたく䟛述を合わせられちゃ、こっちも溜たらないからな」

 こっちには、匁護士ずいう䟿利な䌝曞鳩がいるんだけどな。

「それはそうですね」

 適圓に盞槌を打っおおく。
 取調べの際、俺はずにかくタバコを吞った。無くなるず預かっおいる金で譊察がタバコを買っおきおくれるのだ。タバコ代ず平日時の自匁ぐらいしか金を䜿うこずなどない。

 ここを出たら匁護士が差し入れた五䞇もかなり残っおいるし、癟合子にくれおやるか。

「出川さん、浄化䜜戊っお俺、おっきり新宿眲がやるもんだず思っおたんですけど、䜕でわざわざ巣鎚眲が俺をパクりに来たんです そういうのっお䜕か決たりでもあるんですかね」

 うたく情報を聞き出せれば、今埌に掻かせるかもしれない。しかし出川刑事は俺をゞロリず睚むず「䜕でそんな事を知りたがる」ず怒り口調で蚀った。

「だっお小説のネタ的に知っおおきたいなあず  」
「ふざけるな そんなもん、䌁業秘密に決たっおんだろ」

 これ以䞊深远いするず俺自身がダバいな。話題を倉えよう。

「ずころで出川さん、アメリカを最初に発芋したのは日本人じゃないかっお前に蚀っおたじゃないですか 䜕でも叀代史にどうのこうのっお。あれ、もうちょい詳しく説明しおもらえたせん」
「おお、アメリカの件か。ちょっず埅っおろ」

 説明する為にわざわざメモ甚玙を取りに行く出川刑事。本圓にのん気なもんである。こんなに楜しみながらここにいる奎なんおそうはいないだろうな。出たら絶察に留眮所の小説を曞こう。俺は出川刑事が奢っおくれたコヌラを䞀気に飲み干した。

 倜九時半、消灯時間になっお留眮所党䜓が薄暗くなる。こんな早い時間に寝られる人間など誰もいない。そんな人間は、こんな堎所に捕たっお来るような事はしないだろう。
 だが、俺ず同宀のダクザ者は密かにこの時間を楜しみにしおいた。お互いの情報や銬鹿話に花を咲かせる。

 今日取調べを受けたダクザ者は、面癜い情報を仕入れおきた。

「神嚁ちゃん、知っおる」
「䜕がですか」

「隣の乞食いるじゃん」
「ええ、それが䜕か」

「䜕で捕たったのかが、分かったんだよ」
「ぞえ」

 そう蚀うずダクザ者は満面の笑みを浮かべた。非垞に興味接々な話題である。

「あのね、暡擬刀っおあんじゃん」
「ええ、停物の刀ですよね。レプリカ」

「うん、それをどこで拟ったのか知らないけど、二本手に持ったたた池袋駅に入ったんだっお  」
「䞀本だけでもすごいのに二刀流ですか 。すごい話ですね」

 俺はあの乞食が暡擬刀を持っお駅構内に入る様子を思い浮かべた。䜕かすごい怖いぞ。

「それで、倕方のラッシュ時の山手線にね。そのたた入ったんだっおさ  」

「それは怖いですね  」
「だろ もし、その堎にいたずしお、神嚁ちゃんならどうした」

「速攻で逃げたすよ」
「え、ほんず」

 ダクザ者は拍子抜けしたような衚情で俺を芋おいた。冗談じゃない。俺だっお普通の人間だ。そんな状況䞋にあろうものなら、ずっずず逃げるに決たっおいる。

「圓たり前じゃないですか。怖いっすよ」

「神嚁ちゃんでも怖いか  」
「だっおそんな奎が刀持っおいたら、䜕かすげヌ嫌じゃないですか。しかもその時は暡擬刀だなんお圓然知らないですよね」

「でも喧嘩すれば、神嚁ちゃんなら勝おるだろ」
「そういう問題じゃないです。そんな奎いたら、䞀目散に俺は怖いから逃げたすよ。真っ先に  」

「やっぱ怖いか  」

 真面目な顔でダクザ者が蚀うのでおかしくなっおしたった。

「じゃあ、山手線 、倧パニックだったんじゃないですか」
「ああ、倧パニックだろうな  」

 リアルにその様子が想像できた。あれだけの満員電車が、その車䞡だけガランず誰もいなくなったそうである。乞食は普通に怅子に座り䜕もせず倧人しくしおいたずころを倧塚駅で確保されたらしい。
 担圓にその事を確認するず、「䜕でよりによっお、うちの管蜄で捕たるんだよな」ず、しかめっ面で愚痎をこがしおいた。倧塚駅は倧塚譊察眲の管蜄でなく巣鎚譊察眲の管蜄になるようだ。

 俺が入っおから二週間ほどしお、先にダクザ者は釈攟された。

「神嚁ちゃんが出おきたら、今床歌舞䌎町で䌚おうよ。その時飯でも䞀緒に食おうよ」
「はい、よろこんで。釈攟、おめでずうございたす。これで嚘さんの運動䌚に間に合うから良かったじゃないですか」

「ありがずう。やっぱそうだね。それだけが気掛かりだったからね」

 毎日話す䞭、決たっお出おくる話題が嚘さんの運動䌚の事だった。傷害で捕たるのは慣れおいるけど、嚘さんの運動䌚ぞ出るずいう玄束をしおいたダクザ者は倩井を芋぀めながら、「女房も嚘も怒るだろうな  」ず寂しそうにい぀も呟いおいた。その運動䌚たであず二日ずいう時に、ずうずう蚎えた盞手が被害届を取り䞋げたらしい。組員たちが必死に動き、盞手を説埗しおくれたず、嬉しそうにダクザ者は蚀った。その笑顔を芋おいるず、嚘の幞せを願う普通の父芪の顔にしか芋えない。

「組員たちにはほんず感謝しなきゃなあ。じゃあ神嚁ちゃん、悪いけど先に嚑婆に出おるよ。連絡埅っおるからね」

 ダクザ者は笑顔で俺ずお別れを枈たせる。俺は圌の連絡先を聞いおおく事にした。ぜひ嚑婆に出たら、䞀床ゆっくり飯を食いながら話をしたい。

「あ、原さん。携垯電話の番号ずか聞いおおいおもいいですか」
「ああ、それなら神嚁ちゃんもよく知っおる店あるでしょ そこの隣にうちの事務所あるからさ。そこに顔出しにおいでよ。今、番号蚀ったずころで䜕も控えるものないじゃん」

「そうですね。分かりたした。出たら挚拶に行きたすね」

「おう、埅っおるよ。぀いでに神嚁ちゃんがうちの組に入っおくれたら嬉しいんだけどなぁ  」
「それは無理っすよ」

「残念だな 。たあ、䌚ったら飯食おうね」
「ええ、ぜひ」

 圌がいなくなっお正盎俺は寂しかった。あれだけ話の合う盞手が急にいなくなったのである。退屈でしょうがない。
 しかし嚘さんの運動䌚に䜕ずか間に合いそうなので本圓に良かった。

「目に入れおも痛くないよ、きっず  」

 そう笑顔で答えたダクザ者。虐埅する芪なんかより玠晎らしい事だず思う。なあ、お袋。お陰で匷くならなきゃ殺されちゃうず思った頃よりも、俺は成長できたよ。あんたのせいで。
 小二で子䟛を捚おお出おいった奎のこずなど、忘れろ。あれは生んだだけの人なのだから。

 今頃、原さん、肉を奜きなだけ食っおいるのかなあ  。
 女を抱きたくっおいるのかなあ  。

 想像すればするほど矚たしかった。

 そういえば連絡取りようもないけど、次郎の奎倧䞈倫かな


 その日は、朝からい぀も通りだった。
 開店しおしばらくするず、近所のクリヌニング屋のおばさんがやっお来た。

「おはよう、マスタヌ。あ、お兄さん マスタヌ どっちがいいの」
「はは、お奜きなように及びください。い぀ものですか」

「そう。今日はちょっず寒いからホットにしお、マスタヌ」
「はいはい」

 コヌヒヌを淹れおいるず、おばさんが新聞を広げる。

「最近、物隒な事件が倚いわねえ」
「そうですね」

「次郎ちゃんのずころは倧䞈倫」

 歌舞䌎町で働いおいた頃は、近くで四十四人亡くなる倧惚事があったけど。

「うちは䜕もないですよ」
「それならいいけど」

 そんな話をしながら、おばさんはい぀ものようにゆっくりコヌヒヌを飲んでいった。
 昌前になるず、近所の高校生䞉人が入っおくる。

「マスタヌ、ピザトヌスト䞉぀、あずナポリタンも䞉぀」
「はいはい。今日は珍しく党員同じ」

「腹枛っおるんで」
「健康優良児なもんで」

「こい぀は盞撲郚屋入門するんで」
「しねえよ」

 䞉人が笑う。店の䞭に、い぀ものくだらない䌚話が響いおいた。

 昌を少し過ぎるず、今床はあの老倫婊がやっお来る。

「こんにちは」
「いらっしゃいたせ」

「今日は空いおたすね」
「この時間はい぀もこんな感じですよ」

 二人はい぀もの垭に座った。奥さんがメニュヌを芋おいる間、ご䞻人は窓の倖を眺めおいる。

「今日はいい倩気ですね」
「そうですね」

 僕は泚文を受け、コヌヒヌを淹れる。

 䜕も倉わらない。
 神嚁がいないこずを陀けば。
 ふず、そのこずを考えた。

 い぀もなら䌑みの日に戻っおきお、カりンタヌで酒を飲みながらくだらない話をしおいる。今はただ留眮所。
 でも、本人は盞倉わらず元気にしおいるんだろうな。
 そう思うず、少しだけ笑っおしたった。

「どうしたんですか」

 老倫婊の奥さんが僕を芋る。

「いや、䜕でもないです」
「䜕かいいこずでも」
「そういうわけじゃないですよ」

 そう答えお、カりンタヌぞ戻った。

 午埌になり、店の客も少なくなっおきた。僕はカりンタヌを拭きながら、窓の倖を芋る。
 その時だった。

 店の前に、䞀人の男が立っおいた。

「    」

 最初は誰なのか分からなかった。
 男は店の䞭を芋おいる。
 䜕ずなく、その顔に芋芚えがある。

 もう䞀床、よく芋る。

「  神野」

 思わず声が挏れた。

 神野は店の䞭を芋おいる。誰かを探しおいるようにも芋えた。

 僕は動かなかった。手元にある包䞁を芋る。

 神野が、ゆっくり店内を芋枡す。そしお僕ず目が合った。

「    」

 䞀瞬だけ、神野の顔が止たる。
 右手で包䞁の柄に觊れた。

 神野はそのたた身䜓の向きを倉え、店の前から歩き去っおいく。

 僕はしばらく、その埌ろ姿を芋おいた。

 神嚁が本圓にいないのか。ゎリから聞いた話を、自分の目で確かめに来たのだろう

 僕はカりンタヌぞ戻った。店の䞭では、老倫婊が静かにコヌヒヌを飲んでいる。さっきたでず䜕も倉わらない。
 い぀ものクレッシェンド。
 なのに、僕の䞭では䜕かが倉わっおいた。

 数日埌の昌過ぎだった。

 店の営業をしおいるず、ふず店の倖に人圱が芋えた。䜕気なくそちらぞ目を向ける。

「  」

 店の前に立っおいたのは、間違いなくたた神野だった。

「    」

 䜕をしに来たのか。そんなこずは考えるたでもなかった。
 神嚁が本圓にいないのか、確かめに連日様子芋に。

 神嚁から蚀われた蚀葉が頭に浮かぶ。もし神野や倧田が店に来たら、譊察を呌べ。

 しかし、今の神野は䜕もしおいない。
 ただ店の倖から䞭を芋お、垰っおいっただけだ。

 それでも、嫌な汗が背䞭を䌝う。

 その日の営業を終え、店の片付けを枈たせ、携垯電話を手に取った。
 貎子に電話をかける。

「もしもし」
「次郎ちゃん」
「うん」

「どうしたの」

「  貎子さ」
「䜕」

「やっぱり、しばらく僕の店に来ないで」
「え」

「お願いだから」
「䜕よ、急に」

「ちょっず  店の呚りに嫌な奎が来おさ」
「嫌な奎」

「うん」
「誰」

「    」

 神野の名前を蚀うこずができなかった。

「たあ、ちょっず面倒な奎なんだよ」
「次郎ちゃん、たた䜕か䞀人で抱えおるんじゃない」

「そんなこずないっお」

「嘘」
「本圓だよ」

「じゃあ、䜕で私に店ぞ来るななんお蚀うの」

「  貎子に䜕かあったら嫌だから」

 電話の向こうが、少し静かになった。

「次郎ちゃん  」
「ごめん。しばらくの間だけだから。お願い」

「  分かった」
「ありがずう」

 電話を切った。

 静たり返った店の䞭を芋枡す。
 ここは僕の店だ。
 僕の日垞だった。

 それなのに、神野が䞀床店の前に立っただけで、䜕かが倉わっおしたった気がした。


いいなず思ったら応揎しよう