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擬䌌の母⑭

執筆日⑭2026幎9月26日土


 巣鎚譊察眲を出た。倖の空気が劙に軜く感じた。

 神嚁はい぀もの神嚁だった。留眮堎に入れられおいるずいうのに、面䌚宀ではい぀もず倉わらない口調で俺に話しかけおくる始末。緊匵感の欠片もないずいうか。

 ゆっくり歩きながら駅ぞ向かう。電車に乗り、喫茶店クレッシェンドぞ戻る途䞭、色々考えた。
 マシンガントヌクのように僕ぞ返す暇もなく話し続けた神嚁。䜕でメヌルを送れたのかずいう質問には誀魔化された気がする。
 そしお残り数分の時間では、ひたすら神野や倧田がもし店に来たら譊察ぞ電話しろなんお本圓に無茶苊茶だ。譊察に捕たっおいる人間が、譊察を呌べずアドバむス。たあ圌があそこたで蚀うからには、確かに譊戒は必芁かもしれない。

 時蚈を芋る。ただ店を開ける時間には間に合う。そのたた店ぞ向かった。

 い぀もの道。い぀もの景色。
 けれど、ここには神嚁がいない。
 きっずお枅めなんお蚀いながら、塩でなく砂糖なんおぶち撒くから眰が圓たったんだ。

 店の前たで来る。俺は鍵を取り出した。シャッタヌを開ける。店内に入り、電気を぀ける。

 昚日たでなら、神嚁がいるのが圓たり前だった。そうでもないか。䌑みじゃないず来れない距離だもんね。

 僕は店の䞭を芋回した。そしお、い぀ものように営業の準備を始める。
 やるこずは䜕も倉わらない。
 開店時間になった。入口のドアを開けた。
 い぀もの日垞が、店の䞭ぞ流れ蟌んでくる。

「いらっしゃいたせ」

 最初の客が入っおきた。
 僕はい぀ものように声を掛けた。

「䜕飲みたす」

 客が泚文する。コヌヒヌ豆を挜く。コヌヒヌカップをカりンタヌぞ眮いた。

「どうぞ」

 それからしばらくしお、クリヌニング屋のおばさんが入っおきた。

「兄さん、今日はホットね」
「はい。少々お埅ちを」

「最近、急に寒くなったからねえ」
「そうですね」

 い぀もの垭に座るおばさん。
 僕は豆を挜いた。

「そういえば兄さん、あの男の人は今日は来ないの」
「男の人」

「ほら、よくここでりむスキヌ飲んでる  」
「ああ、神嚁君」

「そう、その神嚁さん」
「今日は来ないですよ」

「そうなの。い぀もいるから、おっきりお店の人かず思っおたわ」
「お客さんですよ。同玚生でもありたすけどね」

「そうだったの」
「ええ」

 おばさんは笑いながらコヌヒヌを飲む。

「じゃあ、い぀もミヌト゜ヌス食べおるのも」
「お客さんです」

「随分よく食べるお客さんね」
「そうなんですよ」

 僕も笑った。しばらくしお、高校生䞉人組が入っおくる。

「マスタヌ、ミヌト゜ヌス倧盛り」
「普通盛り」
「今日は倧盛り」

「駄目」
「䜕でだよ」

「高校生が昌からそんなに食べたら眠くなるだろ」
「関係ねえじゃん」

「うヌん」

「マスタヌ、最近ケチになったんじゃね」
「前からです」

「そうだっけ」
「ええ、今日からサンドむッチ倧盛りフェスティバルは、䞭止せざるを埗たせんね」
「マスタヌそれは堪忍しおくださいよ」

 䞉人が笑う。
 い぀ものやり取りだった。

 僕はミヌト゜ヌスを䜜り始めた。鍋を火に掛け、麺を茹でる。

「マスタヌ、今日あの人いないの」

 䞀人が聞いた。

「あの人」
「ほら、怖そうな人」

「神嚁君」
「そうそう」

「今日は来ないよ」
「䜕で」
「さあ」

 僕は゜ヌスを皿に掛けた。譊察に捕たっおいる最䞭だなんお蚀えやしない。二十二日ず具䜓的な日にちを蚀っおいたけど、どこからそんな根拠出おくるのだろう

「マスタヌ、゜ヌスこがれおるっお」
「倱瀌したした、お埅たせ」
「いただきたす」

 䞉人はい぀ものように食べ始めた。

 昌を過ぎるず、老倫婊がやっお来た。

「こんにちは」
「いらっしゃいたせ」

 い぀もの二人。奥さんがトヌストを泚文し、ご䞻人がコヌヒヌを頌む。
 知子が生きおいおずっず䞀緒にいたら、こんな倫婊になりたかった。

「今日は少し遅かったですね」
「病院に寄っおたの」

「そうだったんですか」
「䞻人の薬を取りにね」
「なるほど」

 僕はコヌヒヌを淹れた。

「はい、どうぞ」
「ありがずう」

 ご䞻人は黙っおカップを口に運ぶ。奥さんはトヌストを食べながら、窓の倖を眺めおいた。

 午埌になるず、客足が少し萜ち着く。カりンタヌを拭いおいるず、ドアの鈎が鳎る。

「いらっしゃいたせ」

 入っおきたのは、芋慣れない男だった。

「コヌヒヌ」
「はい」

 男はカりンタヌ垭に座った。僕は豆を挜く。

「ここ、前からやっおるの」
「はい」

「この蟺、昔はよく来おたんだけどね」
「そうなんですか」

「久しぶりに通ったら、ただあったから」
「ありがずうございたす」

 コヌヒヌを出す。

「どうぞ」
「いただきたす」

 男は䞀口飲んで、店の䞭を芋回した。

「萜ち着く店だね」
「そうですか」

「うん。こういう店、最近少ないから」
「ありがずうございたす」

 男はしばらくコヌヒヌを飲んでいた。その埌も、䜕人かの客が入っおきた。

 コヌヒヌを泚文する人。トヌストを食べる人。ミヌト゜ヌスを泚文する人。い぀もの䞀日ず倉わらない。
 ただ、い぀もの堎所に䞀人いない。

 倕方になり、クリヌニング屋のおばさんが垰っおいく。

「じゃあ、たた明日ね、兄さん」
「はい。たた明日」

 高校生䞉人組も垰っおいった。

「マスタヌ、明日は倧盛りな」
「普通盛りね」
「絶察だからな」
「はいはい」

 ドアの鈎が鳎る。
 店内が静かになる。
 僕はカりンタヌを拭いた。

 時蚈を芋る。
 ただ閉店たでは少し時間がある。

 その時、ドアの鈎が鳎った。

「いらっしゃいたせ」

 顔を䞊げる。

「  時ダン」

 盎暹だった。

「やあ、盎ダン。いらっしゃいたせ」
「䜕だよ、その客みたいな挚拶」

「お客さんでしょ」
「たあ、そうだけどさ」

 盎暹は笑いながらカりンタヌの怅子に座る。

「腹枛った」
「䜕食べる」

「ピザトヌスト」
「はいよ」

「あずコヌヒヌ」
「珍しいな。い぀もアむスじゃん」

「今日はホット」
「寒いから」
「そうそう」

 盎暹は笑った。僕はパンを取り出し、具材を乗せおいく。

「時ダン、最近どうよ」
「どうっお」

「店」
「普通だよ」

「儲かっおる」
「党然」

「だろうな」
「䜕だよ、それ」
「いや、䜕ずなく」

 盎暹はたた笑った。僕はピザトヌストを焌き始めた。

「はい、お埅たせ」
「おお、うたそう」

 盎暹は䞡手で皿を受け取るず、すぐに䞀口食べた。

「熱っ」
「だから気を付けおっお」

「うめえ」
「そう」

「うん。やっぱここのピザトヌストうたいわ」

 盎暹は二口、䞉口ず食べおいく。

「そういえばさ、時ダン」
「ん」

「この店、ずっず続けろよ」
「䜕で急に」

「䜕ずなく」
「䜕ずなくか」
「うん」

 盎暹は笑っお、たたピザトヌストを食べた。

「そうだ、神嚁は」

 手を止める。

「今日は来ないよ」
「䜕で」

「さあ」
「ふヌん」

 盎暹はそれ以䞊聞かなかった。たたピザトヌストを食べ始める。

「  うたいな、これ」
「さっきも蚀ったよ」

「䜕回食っおもうたいんだよ」
「そうですか」
「そうだよ」

 盎暹は笑っおいた。劙に明るかった。僕は䜕も聞かなかった。圌の母芪の症状も。病院のこずも。退院のこずも。

 ただ、目の前でピザトヌストを食べおいる盎暹を芋おいた。


 鉄柵越しに芋える倉わらぬ芋飜きた颚景。

 隣の䞀宀は問題児郚屋ず呌ばれおいた。
 通垞では留眮の䞭に入るず、みんな仲良くしようずするものである。䜕故なら぀たらない事で喧嘩をしたりむザコザを起こしたりするず、留眮所だけじゃなく刑務所に送られる可胜性が倧になるからだ。だからみんな暇぀ぶしも兌ね、ずにかく話をするか昌寝をする。

 暪が䜕故問題児郚屋ず呌ばれるかは、その名の通り問題児で困ったちゃんだからだ。珟圚は䞀名しか䞀宀にはいない。こい぀は公務執行劚害で捕たったらしいが、銬鹿なので䞀ヶ月以䞊もここにいる。䞉床の飯を食べ終わるず元気になるのか、い぀も倧声で叫びだす。

「俺の家族に連絡しろヌ、譊察 俺の家庭を壊す気か、譊察 どういう事だ、譊察」

 こんな感じで十五分はずっず鉄栌子越しに吠えおいる。始たるずたたかず俺たちは倧笑いした。

 䞀日に食事埌、䞉回。これが圌の日課になっおいる。

 ある日、隣の䞀宀にもう䞀人の奎が入っおきた。䞀宀に入るなんお、䞀䜓どんな奎だろう 俺ずダクザ者は、色々奜き勝手に想像をしお話し合った。そんな䞭、声が聞こえおくる。

「担圓さん、座っおればいいんでしょ」
「ん」

「俺、ここに座っおいればいいんだよね」
「ああ、䞭で倧人しく座っおろ」

「うん、うん 。俺、ここに座っおればいいんでしょ だ、駄目」
「駄目じゃない。そのたた、座っおろ」

「担圓さん、立っちゃ駄目なんでしょ」
「うるさいぞ、おたえ。五番、倧人しく座っおろ」

「うん、うん 。座っおればいいんだよね だ、駄目」
「うるせえっお蚀っおんだろ 少しは黙っおろ」

「座っおればいいんでしょ 駄目」

 俺ずダクザ者は、お互い顔を芋合わせお倧笑いした。䞭にいるずほが自由がないので退屈だった。でも、ちょっずした退屈しのぎになりそうだ。おかしな奎が入っおきたものである。

 五番  。

 この日、新たな芁泚意人物が俺たちの仲間に加わった。

 同宀の若い自衛官は幎を聞くず、ただ二十歳だった。い぀も䞡膝を抱えおうずくたり、䌚話に参加しようずもしない。

「䜕をしお、ここに来たの」

 そう優しく聞いおも、䞀切答えようずしなかった。ある日、その自衛官に面䌚があった。面䌚時間は十五分。しかし、圌は五分もしない内に戻っおきた。

「どうしたの 劙に早かったじゃん」

 暗い衚情の自衛官に声を掛けるず、泣きそうな顔になり少しず぀話し出した。

「お袋が面䌚に来お、おいおい泣かれたしお  」
「捕たっちゃったもんはしょうがねえじゃんよ」

「いえ 、そうじゃなくお 。ああ  、もう 、自分は終わりです  」
「䜕を倧袈裟な 。䜕があったんだよ」

「実は、初めおの倖出で浮かれおいたんです  」

 圌の浮かれる気持ちは非垞によく理解できた。入ったばかりの新人自衛官はすぐ教育隊ぞ配属される。そこで自衛隊の基本的な蚓緎や勉匷などをする蚳であるが、圓然教育期間ずいう名目なので芏埋はうるさい。
 䞀ヶ月間駐屯地の䞭だけでの生掻を匷芁され、䌑みなのに倖ぞ䞀床も出られないなんお事もざらにあるのだ。

 ノッポの倧田に壊された俺の栌闘技人生。その前の自衛隊時代を必然的に振り返っおしたう。

「分かるよ。初めおの倖出っお嚑婆だっお、みんな陜気になるもんな」

「酒を飲んで池袋の駅でフラフラしながら、携垯の写メで女のスカヌトの䞭をパシャッお撮っお『゚ヘヘ  』っお笑っおいるず、気付いたら駅員に䞡脇を抱えられお、ここにいたした  」
「圓たり前だろ 銬鹿か、おたえは」

「でも、パンツは写っおなかったんですよ スカヌトの䞭で真っ暗で  」
「そういう問題じゃねえよ」

「隊の誰䞀人も僕のずころに来おくれたせん 。もう終わりです 。ああ、人生、真っ暗です  」

 本圓にどうしようもない奎である。こんな銬鹿に囜は皎金を払っおいるのだ。

「神嚁ちゃんよ」

 ダクザ者が声を掛けおくる。

「どうしたした」
「自衛隊っおよ。普段は連垯だ責任だっおギャヌギャヌ隒いでいるけどさ。結局こういう時になるず、本性っお芋えるよな」

「  ず蚀うず」
「俺の堎合、傷害でここに入った蚳よ。酔っ払っお盞手殎っお蚎えられおさ。で、呚りの仲間はさ、匁護士は圓たり前だけど、色々動き回っお出来る限り早く俺を出そうずする蚳ね。もちろん面䌚だっお毎日誰かしら来るし、差し入れもたくさん持っおくるしね」

 確かにそうだ。本圓の窮地の時に知らんぷりをする連䞭なんお仲間でも䜕でもないし、日頃の連垯責任の意味がたるでない。

「いいっすねえ 。俺なんお怜事に目を぀けられちゃっおるから、こんな小䟿刑なのに、最初の数日間嫌がらせで接芋犁止でしたからね。その間、誰か面䌚に来たっお䞀人も䌚わせおもらえたせんから。先日同玚生が来おくれたしたけど」
「だっお神嚁ちゃんはアルバむトだっお蚀い匵っおんだろ」

「たあ、圢匏䞊は  」
「神嚁ちゃん芋おバむトだっお思う奎はいねえよ」

 そう蚀っおダクザ者は倧笑いした。

「たあ、そりゃそうですけどね 。でも叩いおも誇りを出さなきゃ、俺は䞍起蚎になりたすからね」
「そうだな。それにしおも僕ちゃん、元気ねえよな」

 二十歳の自衛官の事をダクザ者は「僕ちゃん」ずい぀も呌んでいた。

「たあ、自衛隊っお偉そうな事を蚀っおおも口先だけの奎ら倚いですからね」

 過去自衛隊に所属しおいた俺は、嫌っおほどあそこの実態を知っおいる。

「ほんず自衛隊なんかよりダクザ者のほうが、断然生き方が栌奜いいよ」

 哀れみの県差しを向けながら、ダクザ者は蚀った。それに関しおは本圓に同感だず思った。ダクザずいう組織そのものに぀いおは倧嫌いだけど。
 同宀のダクザ者は䞀日数名もの面䌚に来おくれる人間がいる。圌を䜕ずかしようず同じ組員が色々ず動き回り、元気づけに来るのだ。

 それに匕きかえ自衛官の子には先ほどのお袋さんが䞀床来ただけである。臭いものにはフタをする自衛隊。

 臭かろうが仲間の為に動くダクザ。ダクザ自䜓は嫌いであるが、栌奜良く生きおいるずいう点では、どちらがそうかずいえば明癜だ。こんなこずを堂々ず蚀うず、たた誀解されるんだろうな。

 そんな若い自衛官の男は、十日もせず釈攟が決たる。結局面䌚に来おくれたのは、お袋さんだけだった。

「おい、十五番」

 寝転びながら挫画を読んでいた俺に、留眮の担圓が声を掛けおくる。

「䜕すか」
「出ろ、取調べだ」

 やった。心の䞭で倧きくガッツポヌズをずる。俺は刑事に呌ばれ、取調べを受けに行く。これが䜕を意味するかずいうず、毎日朝に二本しか吞えないタバコが奜きなだけ吞えるのだ。

 俺はりキりキしながら檻の扉をくぐる。留眮所を出る際、手錠を掛けられ、さらに瞄で瞛られる。その状態で生掻安党課の取調宀に向かう。
 二宀を出お、䞀宀を通り過ぎる途䞭、俺は新参者の倉な奎をチェックした。

「おい、䜙所芋すんな。真っ盎ぐ歩け、十五番」

 堅い性栌の担圓は、真面目な顔で蚀っおくる。

「いいじゃねえの、堅い事抜かしおんじゃねえっお」

 さっきの倉な奎はいるかな 䞀宀を芋お、俺は驚いた。パッず芋、ただの乞食にしか芋えなかったからである。髪の毛はすっかり犿げ䞊がり、耳の䞊の郚分しか残っおいない。その郚分もずっず颚呂に入っおいないせいか、サリヌちゃんのパパのようにボサボサに逆立っおいた。

「ほら、さっさず歩け」

 ただ若い担圓は乱暎に抌しおくる。俺は䞀瞬立ち止たり、ゆっくり睚み぀けた。

「おいおい、担圓さんよ。倧人しく俺が笑顔でいるんだから、あんたそういう真䌌すんなよ。嚑婆に出たらよ 。おたえなんぞ  」
「な、䜕だ、キサマ  」

 若い担圓の顔が青ざめる。さすがにここで暎れるのはマズいよな。俺はすぐ癟䞇ドルに倀する䜜り笑顔をした。

「ほらほら、早く行かないず、刑事さんに怒られたすよ。担圓さん  」
「あ、ああ  」

 根性ももねえのに譊察ずいう立堎なだけで、無理しお粋がっおいるからだよ。あたり偉そうな態床すんな、屑野郎。俺は心の䞭でほくそ笑む。たあ、こんな堎所で本圓に揉めおも意味がない。今床は䜜り笑顔でなく、自然ず埮笑んでいた。

 い぀ものように取調べが始たる。

「たず、おたえは歌舞䌎町の  」
「ねえねえ、刑事さん」

「䜕だ」
「昚日蚀っおた䞉囜志ず日本の繋がりがあるずかっお話 。あれっお  」

「おうおう、それか やっぱりおたえも気になっおいたか。ちょっず埅っおろ」

 出川刑事は嬉しそうに二枚の癜い玙を持っおきお、地図を曞き出す。䞭囜の䞉囜志時代の地図を䞁寧に曞いおいるようだ。ぞたくそな地図。この人は絵を描く才胜ないくせに、䞀生懞呜なずころが倧奜きだ。これで今日もいい退屈しのぎができる。

 䞍思議なもので取調べ䞭は党通犁煙のはずの譊察眲が、ここだけはタバコを吞っおもいい堎所になる。法埋䞊そうさせるように定められおいるらしい。だから生掻安党課の刑事たちもドサクサに玛れ、タバコを吞いに色々やっおきた。
 その䞭には俺は捕たえる際、土朚の栌奜をした刑事もいる。

「土朚の刑事さん」
「䜕だ、その蚀い方は」

 土朚刑事は顔を真っ赀にしお怒鳎りだす。

「だっお俺をパクる時、その栌奜をしおたじゃないですか」
「仕事だからだ」

「䞀぀質問いいですか」
「䜕だ」

「あの栌奜、どこで着替えたんすか タオルたでわざわざ汚しお銖に巻いお  」

 俺はそこたで蚀うず、぀い吹き出しおしたった。

「うるせえ」

 乱暎にタバコを揉み消すず、土朚刑事は取調宀を出お行っおしたう。

「おい、神嚁」

 目の前の出川刑事が睚み぀けおくる。

「䜕ですか 十五番じゃなかったでしたっけ、俺」
「あんた若い奎をいじめるな」

「はい、すみたせん  」

「おい、おたえが本圓はあの店のオヌナヌなんだろ アルバむトなんお惚けやがっお」

 隣に立っおいたメガネを掛けたカマキリみたいな顔をした刑事が睚み぀けおくる。別におたえが俺の担圓じゃあるたいし、䜕をそんなに匵り切っおいるのだ

「いえいえ、俺は週に䞀床のアルバむトですっお。小説を曞くネタにしたかったっお䜕床も蚀っおるじゃないですか。たったくし぀こいなあ」
「䜕が小説だ、銬鹿野郎」

「あれ、信じおくれないんですか 俺のパ゜コンあったでしょ あれの䞭身を調べれば、『川越デクレッシェンド』や『でっぱり』ずいう小説の䜜品のデヌタが本圓にあるでしょうが。あれ、俺が本圓に曞いたんですよ 『打突』なんお原皿甚玙換算するず、八癟枚以䞊曞いたんすよ」

「ふん、䜕が小説だ」
「嘘じゃないですっお。あずで読んでおいお䞋さいよ。感想埅っおたすから」

 はたから芋れば、取り調べの最䞭だずいうのにお互い䞖間話をしおいるかのようなのどかな颚景に芋えるだろう。

「だいたい裏ビデオなんお売りやがっお」
「違いたすよ」

「じゃあ、䜕を売ったず蚀うんだ」

 劙にし぀こいカマキリ。もしここが譊察眲の䞭でなく、こい぀が刑事じゃなかったら、問答無甚でぶっ飛ばしおいるだろう。

「裏です」
「同じだろうが」

「同じじゃないですよ。ビデオはビデオデッキじゃないず再生できないし、はプレむダヌじゃないず再生できたせんよ」
「舐めおんのか、キサマ」

「刑事盞手に舐めおどうするんです」
「こんな猥耻なものを囜䞭にばら撒いお恥ずかしいず思わんのか」

「たったくそれに぀いおは思いたせん」
「䜕だず」

「だっお逆に聞きたすけど、日本党囜にレンタルビデオありたすよね」
「それがどうした」

「どのビデオ屋も倧きく分けお二皮類のビデオしか眮いおたせん。さお、䜕ず䜕ですか」
「䜕だ 早く答えろ」

「アダルトかそうじゃないか。そうですよね」
「だから䜕だ」

「蚀い換えれば、それだけニヌズがあるから眮く蚳ですよね」
「それずおたえの裏ビデオず䜕の関係がある」

「ありたすよ。だっお男にはある意味必須のものじゃないですか、っお。刑事さんだっお男だからそれは分かるでしょ」
「ああ、だから䜕だ」

「すべおの男が女を抱ける蚳じゃないんですよ。そりゃあ金を出せば颚俗だっおあるし、いくらだっお抱けたすよ。でも金がない奎はどうなるんです」
「゚ロビデオを芋ればいいだろうが」

「ええ、それで枈たない奎が痎挢や匷姊などをする蚳です」
「理屈ばっか蚀っおんじゃねえぞ」

「理屈かもしれたせんが、法埋っおそもそも人間の䜜った理屈の集合䜓じゃないですか。普通のにはモザむクっおものがありたすよね それっおその法埋っおもんが勝手に刀断しおけしからんっおモザむクを掛ける蚳ですよね。お囜事情で勝手にそうするのは仕方ないずしお、女のあそこを実際に芋た事ない奎はどうするんですか」
「知るか」

「ええ、知ったこっちゃないですよね。でも、そういう連䞭が犯眪に走りやすい傟向にあるず思うんですよ」
「そんなもんはただの屁理屈だ」

「屁理屈ず刀断するのは自由ですけど、俺たちは必芁悪な事をした蚳になるんです」
「ふざけるな」

 カマキリは顔を真っ赀にしお顔面をピクピクさせおいた。吹き出しそうになるのを堪え、俺は続ける。

「ふざけおたせんよ。犯眪の抑制にはなっおいるはずです」
「だからっお犯眪は犯眪だ」

「モザむクを倖したものを売っおるからですよね。じゃあ、刑事さん。モザむクっお䜕ですか」
「けじめだ」
「けじめっお䜕ですか」

 小銬鹿にしたように蚀うず、カマキリは俺の胞倉を぀かんでくる。慌おお出川さんが間に入った。

 その時、隣の取調宀から怒鳎り声ず共に机を叩く音が聞こえた。

「おい、名前はっ キサマ、名前はっおさっきから蚀っおんだろ」

 たるでテレビドラマに出おくるような取調べ。䞀䜓隣の奎は䜕をしたんだろうか

「暪、すごい凶悪犯でも入っおきたんですか ちょっず芗かしお䞋さいよ」
「駄目だ。倧人しく座っおろ」

「ちぇ、ケチだな」
「うるさい、黙っおろ。そうそう、おたえ、䜕か飲むか コヌヒヌでいいだろ」

「いや、コヌラがいいです」

 出川刑事はムスッずした衚情で俺を芋る。カマキリは今にも぀かみ掛かりそうな衚情で睚んでいた。実際に戊ったら、簡単にこの銬鹿のメガネを割れるんだけどな  。

「十倍の料金ずるぞ」
「どうせここにいたんじゃ、自匁ずタバコがなくなった時ぐらいしか䜿い道ないですからね。党然構いたせんよ。十倍でも、二十倍でも 。それでコヌラが飲めれば俺は䜕だっおいいですよ。」

 匷がりでも嘘でもなかった。この䞭にいるずどうしおも炭酞が飲みたくなっおくる。欲を蚀えばマりンテンデュヌかメロン゜ヌダ、もっず欲を蚀えばメロヌむ゚ロヌが飲みたい。しかしメロヌむ゚ロヌはずっくに売っおないしなあ。炭酞のすごいや぀で喉を思い切り刺激したいのである。

「たったく  」

 呆れ顔の出川刑事。怒ったようにカマキリはタバコを灰皿に抌し付ける。こんな短気な性栌で、よく譊察が勀たるものだ。

「頌みたすよ。留眮に戻るず、炭酞飲料飲めないじゃないですか。お願いしたすよ」

「 たく、しょうがねヌな 。俺の奢りだ。感謝しろよ」

「え、奢っおくれるんすか」
「圓たり前だろうが わざわざコヌラ買うからおたえの金を取りに来ただなんお、留眮の人間に蚀える蚳ねえだろが 。感謝しろよ、この野郎」

「圓たり前じゃないですか。俺はい぀も感謝しおたすよ。出川刑事さんのほうぞ足向けお寝られないですからね」
「嘘こけ 俺がどの蟺に䜏んでいるのかも知らんくせに 。調子のいい野郎だ」

 出川の刑事はブツブツ蚀い぀぀もズボンのポッケから小銭を取り出し、郚䞋のカマキリにコヌラを買っおくるように呜じる。

「あ、メガネの刑事さん」
「䜕だ」

「できればこの階の自販機じゃなく、二階にあったペプシの五癟がいいです」

 留眮所から生掻安党課の取調宀たで連行される際、俺は目ざずく自動販売機の品をチェックしおおいたのだ。

「おたえなあ  」
「だっお、どうせ飲むなら量が倚いほうがいいでしょ」
「しょうがねえな 。買っおきおやれ」

 苊虫を朰したような顔でメガネ刑事カマキリは取調宀を出お行く。譊察をパシリにしお、しかも奢らせるコヌラは栌別にうたかった。

 隣ではずっず怒鳎り声が聞こえおいた。非垞に気になる。䜕時間経っおも「おたえの名前は」の繰り返しだった。

 昌になるず食事の為、䞀床留眮所に戻される。先に取調宀を出た俺は、さり気なく隣の郚屋を芗く。その瞬間危なく吹きだしそうになった。
 なんず䞀宀の乞食が取調べを受けおいたのである。圌は自分の名前さえも満足に蚀えないようであった。なるほど、刑事もこれじゃおこずる蚳だ。

 今日は月曜日。昌飯時に担圓が明日の自匁を泚文するか聞きに来る。明日はカレヌラむス。うたくないがそれでもほずんどの人間が頌む。
 䞀宀は問題児集団扱いで、自匁の泚文すら聞いおもらえない。自業自埗だから黙っお食パンを霧るしかないのだ。

 昌飯を喰い終わり再び手錠を掛け取り調べに向かう途䞭、俺は䞀宀の乞食に話し掛けた。

「おい、五番。五番  」
「ん、ん 。立おばいいの 立おばいいんでしょ」

 乞食は鉄栌子の前たで来た。

「おい、十五番。勝手に話をするな。五番、おたえはちゃんず座っおろ」
「明日はカレヌだよ  」

 俺はボ゜ッず呟く。その途端、乞食の反応が倉わった。鉄栌子にしがみ぀き、「カ、カレヌ  」ず倧声を出しながら興奮しだした。

「おい、五番。倧人しく座っおろ」
「担圓さん、明日はカ、カレヌ カレヌだよね 違う だ、駄目 カ、カレヌ  」
「うるせえ、座っおろ」

「カ、カ、カレヌ 。だ、駄目 カレヌ  」
「いいから座っおろっおっ」

「座っおいればいいんでしょ カ、カレヌ  」
「うるさいっ」

 そんなやり取りを芋お、俺は笑いながら取調宀ぞ向かった。
 この日、五番はずっず明日はカレヌなのかず担圓に尋ねおいた。「カレヌ」ずいう単語をこの日だけで、千回は叫んだんじゃないだろうか。亀替で代わる担圓も、みんな、さすがにうんざりしお無芖を決め蟌んでいる。
 同宀のダクザ者は俺に笑いながら尋ねおきた。

「ねえ、神嚁ちゃん。䜕で圌は、カレヌにあんなこだわるんだろ」

 䜕故カレヌなのか すぐピンずくる。

「䟋えばですけどね。歌舞䌎町ずか繁華街っお、残飯にしおも結構いいものがあるじゃないですか」
「そうだね」

「でもカレヌっお結局のずころ、残飯でも液䜓だから生ゎミず混じっおしたう。よっお圌らは、カレヌラむスずいうものをちゃんずした圢で食べた事がないず思うんです。だからあれだけのこだわりがあるんじゃないですかね」
「そ、そうか 。なるほどな  」

 ダクザ者も玍埗した衚情で隣の郚屋の方向を芋おいた。

「担圓さん、明日はカ、カレヌ カレヌだよね 違う だ、駄目」

「  」

 もう誰も圌の台詞を聞いお笑う人間はいなかった。軜い冗談の぀もりで蚀った台詞。埐々にそれは俺の心を重くしおいる。

 朝の運動でタバコを吞っおいる時、五番の乞食ず隣になった。乞食はタバコを吞いたそうにこっちを芋おいたから、俺は吞いかけのセブンスタヌをあげようずした。乞食は手を震わせながらタバコを取ろうずする。

「おい、十五番。駄目だ。芏則で他人にものをあげおはいけないんだぞ」

 融通の利かない担圓が泚意をしおくる。

「いいじゃねえっすか。タバコの䞀口や二口ぐらい」
「駄目だ。芏則で駄目ず決たっおるんだ」

 乞食は物欲しそうな顔で、ゞッず俺のセブンスタヌを眺めおいた。

「可哀盞に 。圌だっおタバコぐらい吞いたいだろうにな」

 俺は独り蚀のように嫌味を蚀いながら、担圓を睚み぀けた。みんなの吐き出す煙をただ眺めるだけの乞食。俺はただ半分も吞っおいないかったが、すぐにタバコを揉み消した。

 その日の昌飯時は、うるさくお堪らなかった。䞀宀の乞食が、ずっず鉄栌子にぞばり぀き、「カレヌ、カレヌ  」ず千回ぐらい叫んでいた。

「明日はカレヌだよ  」

 からかい半分で蚀った台詞。圌にずおも悪い事をしたみたいで心が痛む。

「担圓さん。俺の金からでいいから五番にカレヌラむスをくれおやっおよ。頌むよ」

 いたたたれなくなり俺は担圓に声を掛けた。

「駄目だ。気持ちは分かるけど、それは蚱可できないんだ  」
「俺の金をどう䜿おうず自由じゃねえか。な、頌むよ」

「悪い 、本圓に芏則で犁止にされおいるんだ。すたない」

 担圓も力になれず、非垞にすたないずいう衚情をしおいた。これ以䞊は、䜕を蚀っおも倉わらないか  。

「カ、カレヌ  」

 初めは笑っお聞いおいたが、䜕だか乞食がずおも哀れに思えた。ここを出たら、奜きなだけカレヌラむスを奢っおやろう。できもしないくせに、そんな事を考えおいた。


いいなず思ったら応揎しよう