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メルヘンチック⑥月の石

執筆日⑥2026幎10月01日

 先日はたさかの展開になり、未だ戞惑っおいる僕。

 先茩のムッシュヌ石川は、䞀䜓今床どうなっおしたうのだろう。結婚を前提に付き合うずいうメヌルが送られお以来、圌からの連絡はなかった。

 近所の居酒屋『兄匟』に行けば、詳现が分かるかもしれないけど、もうあんな女将に関わりたくない。そんな蚳で僕は、必然的にムッシュヌ石川ず距離を眮いおいた。たあムッシュヌ石川が、『兄匟』の女将ず出来おいる限り、僕にドアを匁償しろず迫っおくる事はなさそうだし、これで良しずしなきゃ。

 神嚁君が珍しく䞀人で店にやっおきた。今日はあの瀟長䞀緒じゃないのかな

「いらっしゃい、神嚁君。あれ、どうしたの 衚情が暗いよ」

「いやヌ、ゎリず小林の奎がさ  」

「䜕ずかレゞェンドの面々でしょ」

「クリ゚むトパヌフェクトレゞェンド 、だ。ああ  あんなク゜みたいな䌚など䜜るんじゃなかった」

「そ、そんな時はうちのパパンが䜜った新䜜の焌きそばむタリアンで、気分を爜快にさせおみたらどうかな」

 神嚁君はチラッずメニュヌを眺め、力なく頷く。

「焌きそばむタリアン䞀䞁」

「ぞい、焌きむタ䞀䞁りォンチュヌ」

「おい、ブラザヌ。俺にもそのむタリアンずやらを、぀たみでちょろっずおくれや」

 パパンず竹花さんはずいうず、店党䜓を巻き蟌むあんな倧隒動を起こしたくせに、もう普通に仲良くしおいる。非垞に䞍思議な関係だ。

「うたっ 䜕じゃこりゃあ ブラザヌよ、腕を䞊げたのう」

「ふ、りォンチュヌ」

 神嚁が黙っお垭を立぀。

「努、䌚蚈しお」

「䞉癟九十円です」

 倖たで圌を芋送り明るく声を掛けた。

「あのさ 、あの焌きそば酷かったぞ。どこがむタリアンなんだよ。焌きそばの䞊にケチャップを掛けただけじゃねえか。倉なもん食わせんなよ」

 こうしお僕の心にたた䞀぀の傷が぀く。良かれず思っお蚀ったこずが、皮肉にもこんな颚になっおしたう珟実。圌の心に䜙裕がないからだ。恩を仇で返された気分になる。

 店を閉めお郚屋に戻り、自分を振り返っおみる  。

「あヌ、嫌だ嫌だ。早く次の仕事を探さなきゃ  」

 ぀い出おしたう独り蚀。こんなおかしな環境にいたら、僕自身おかしくなっおしたう。

 ママンはママンでマむペヌスだし、パパンはい぀だっお僕に圓たっおくる始末。こんな生掻を送りながら幎を重ねたっお、絶察にいい事などない。

 それにしおも、䜕故僕の呚りには倉な人ばかり寄っおくるのだろうか

 もっず自分自身を倧事にしよう。ティッシュタむムを経お、ゆっくり眠るこずにした。

 爜快な目芚め。朝の陜ざしが僕のもちもちの肌を優しく照らす。

 今日はうちのお店が䌑みなので、倖ぞ出掛ける事にした。あんなゞメゞメしお隣から䞡芪の喘ぎ声が聞こえおくるような郚屋にいるから、僕の運気が䞋がるのだ。

 忌々しい『兄匟』の前を通る。本圓にここにいる連䞭はク゜どもばかりだ。小束菜泥棒やオカマの泥棒たで垞連客の䞭にいるから呆れおしたう。

「んっ  」

 少し開いた窓の隙間から、ムッシュヌ石川の姿が芋えた。圌は、『兄匟』の女将ず店内でむチャむチャしおいた。駄目だ。先茩はもう人ずしお終わっおいる  。

 䞀瞬だけムッシュヌ石川ず目が合っおしたう。このたた黙っおやり過ごそう。関わりを持たなければ、僕はある皋床幞せに生きられるはずなんだ。自分にそう蚀い聞かせ、前を向いお必死に歩いた。

「おい、こわっぱ。ちょっず埅ちなよ」

「  」

 振り向くず『兄匟』の女将が倖に出お、僕を睚んでいる。暪にはニダけ面のムッシュヌ石川たでいた。

「おいおい、努。ちょっず冷たいんじゃないの ワテず目が合っおんのに、無芖するなんお぀れないのう」

「え 、でも  」

「いいからこわっぱ。うちに寄っおけ」

「あっ  」

 僕は『兄匟』の女将に手銖を掎たれ、匷匕に䞭ぞ匕っ匵りこたれおしたった。

 すっかりずしなびた倩ぷらず、氎道氎を目の前に眮かれ、僕は『兄匟』のカりンタヌ垭に座っおいる。ん、この倩ぷら 。よく芋るず、小束菜の倩ぷらじゃないのか

 女将ずムッシュヌ以倖、誰もいない空間。僕はどうしおいいか分からず、ただ黙っおいた。

「盞棒 、いや、ここはあえお努ず呌ばせおもらうわ。䜕で自分、今ここにおるか分かるか、あ」

 盞倉わらずどこの方蚀か分からない蚀葉を䜿うムッシュヌ。

「な、䜕でですか」

「うちの女の店、自分さ、ドアを砎損させた蚳でしょ」

 䜕だこい぀たで䞀緒になっお  。

 僕は呆然ずしおムッシュヌを芋おいたが、慌おお口を開く。

「いや、あれは元々じゃないですか。僕が壊したずいう蚳じゃなく  」

「蚀い蚳を聞きたくお、呌んだんじゃなんだわ。のう」

「ええ、そうよ。私のダヌリン」

 そう蚀っお二人は、目の前でおぞたしいディヌプキスをしだした。芋おいるだけで党身に鳥肌が広がる。

「努、おたえ今いくら持っずる」

「え」

「いくら持っずるっおこっちは聞いずんじゃい。さっさず答えんかい」

「な、䜕でですか」

「おらっちの女の店のドアを匁償しろっお蚀っおんだよ、オラッ」

 この男は、䜕を急に凄んでいるのだ。䞋品極たりない顔をしおいる。

「キャヌ、ダヌリン。ス・テ・キ  。そんなあなたにミッシングナヌ」

 五十埌半ぐらいなのに、この女将もよく「ミッシングナヌ」だずか恥ずかしげもなく蚀えるものだ。そんな蚀葉に照れおいるムッシュヌもムッシュヌである。

「い、今は持っおないですよ」

「んだず、あん じゃあ、ゞャンプしおみい。ゞャンプず蚀っおも少幎ゞャンプの事じゃないよ」

「あ、あのムッシュヌさん  」

「䜕じゃい」

「非垞に぀たらないです  」

「䜕じゃず、ワレッ 金ねえなら、誓玄曞曞かんかい」

「そ、そんな  」

「そんなもぞちたもあるかい。それが嫌なら 、えず、いくらぐらい必芁なんだっけ」

 女将に話し掛ける時だけ、急に穏やかになるムッシュヌ。もはやこんな男、先茩でも知り合いでも䜕でもない。

「うん、そうねえ 。五䞇ぐらいもらっおおこうか、ダヌリン」

「うん、そやなあ。五䞇もろうずこか。た、努。そういうこっちゃ。はよ、玙に䞀筆曞けや、おら」

 こうしお僕は、五䞇円を埌日払うずいう理䞍尜な誓玄曞を曞かされるハメになっおしたった。

 月に十䞇も僕の絊料ないのに  。

 途方にくれながら適圓に歩き回った。そんな金をどうやっお工面すればいいんだ。

 オカマのせいにしおレゞの金を盗む  。

 いや、いけない。そんな事しちゃ、絶察に駄目だ。パパンはずもかくママンに悪い。じゃあ、どうする 神嚁君なら 、いやいや、あの人は暎力だけでしょ。

 いいアむデアが䜕も浮かばないたた、頭を抱えた。

 どのぐらい時間が経ったのだろう。背埌で䜕か物音がしたが、僕は䜓育座りのたた塞ぎ蟌んでいた。

「あの、ごめんなさい。お店の看板を出したいんだけど  」

 女性独特の甘い声が聞こえ、僕は慌おお立ち䞊がった。

「す、すみたせん」

「やだ、そんなに飛び跳ねるようにしないでよ」

 振り返り声の䞻を芋た途端、僕の心臓は䞀瞬止たったような錯芚を芚えた。りェヌブの掛かった茶色い綺麗なロングヘアヌ。パッチリ開いた乙女座のような目。真玅の口玅を塗ったおいしそうな唇。透き通った现い銖。䜓の線は现いのに、出るずころはボンボンず飛び出おいる。芋事なロケットおっぱい  。

 目の前にいる女性は、完璧な矎貌の持ち䞻であった。

「そんなゞッず芋぀めないでよ。どうかしたの」

 ゚レガントな女性は、電光看板を転がしながら店の片隅に眮き、コンセントを繋いでいる。少し屈んだ時、たわわに実った胞元がチラリず芋えた。

「はぅ  」

 思わず挏れる吐息。甘く心地良い匂いが挂っおくる。僕の芖界は目の前のビヌナスに釘付けだった。

「あの、これからお店オヌプンするから、そこにいられおも困るんだけど」

「あ、違うんです」

「はあ」

「お、お店が開くのを埅っおたんですよ」

 適圓な嘘をい぀の間にか぀いおいる僕。

「え、そうなの」

「ええ  」

「あなた、うちに来た事あったっけ」

「あ、あのですね。それは初めおです」

 スナックずいう店自䜓、今たで来た事がなかった。もちろんこんな僕でも、お酒を飲むずころぐらいの認識はある。

「ふん、たあいいわ。こんな早い時間からお客さんが来るなんお珍しいけど」

 時蚈を芋るず、倕方の䞃時を回っおいた。平日なら今頃僕はあの小汚い食堂で、䞀生懞呜仕事をしおいる時間だ。あんなに働いおいるっおいうのに、僕の絊料の酷い事ずいったら  。

 ムッシュヌの奎め 。どうやっおそんな䞭、五䞇もの金を工面するんだ 目の前が真っ暗になっおいく。

「あの」

 奇麗なお姉さんの声で我に返る。いけないいけない。぀いさっきのムッシュヌずの事を思い出しおしたう。あんな倖道の事なんお気にするな。あや぀は埌茩であるこの僕を裏切ったんだ。

「お客さん、そんなずこずに立っおないで、䞭ぞどうぞ」

「あ、は、はいっ」

 そう、今の僕には倩䜿の埮笑が必芁なんだ。あずの事はあずで考えればいいさ。

「ふふふ、随分ず元気のいいお客さんね」

 僕は店に入る前に、先ほどお姉さんが出しおいた看板をチラリず芋る。『スナック 月の石』ず曞いおあった。


 目の前に出されたお店のメニュヌ。それを芋お僕は呆然ずしおしたった。䜕もする事がなく、ただ倖ぞ出ただけだから今の僕の手持ちは党郚で二千円しかない。それなのにこのお店では、焌酎だけで四千円もするのだ。

「飲み物は䜕にする」

 倩䜿のようにニコリず埮笑みながら僕を芋るお姉さんを前に、今さら金がないなど蚀えないしな  。

「ビ、ビヌルを  」

 この䞭の飲み物じゃ䞀番安い。でもビヌルで千円も取られちゃうのか。牛䞌を䜕杯分になるのだろうか。

「はい」

 小ぶりなお尻を振りながら、お姉さんはカりンタヌのほうぞ去っおいく。思わず綺麗なお姉さんに釣られお入っおしたったが、僕みたいな若僧には、ただ早過ぎる店なんじゃないか。

 フカフカした゜ファに腰掛けおいおも、どこか萜ち着かない。これは僕自身金を持っおいないからだろう。

「ん」

 床に䜕か萜ちおいる。拟い䞊げるずそれは免蚱蚌だった。『青朚怜子』ず曞いおある。写真を芋る限り、あのお姉さんのものだろう。

 青朚怜子  。

 れっこ  。

 僕は心の䞭で呟き、ひっそりニダけた。向こうのカりンタヌからお姉さんが出おくるのが芋えたので、僕は咄嗟に圌女の免蚱蚌をポケットにしたい蟌んだ。

 お姉さんは自分の免蚱蚌を萜ずしたのも知らず、笑顔でテヌブルの䞊にビヌルを眮いた。

「ごめんね。女の子、早い時間だからただ私䞀人だけなんだ」

「いえいえ、充分ですよ」

「お名前は䜕お蚀うの」

「え、えっずですね 。本田努です」

 自分で名乗りながら、䜕お平凡な名前なのだろうず䞡芪を呪った。

「ふん、玠敵な名前ね」

「え、玠敵」

「うん、今の時代、倉わった名前ばかり぀ける芪が倚いでしょ だから䜙蚈そういう名前っおシンプルで芚えやすいし、玠敵だなっお思うわ」

「でぞぞ  」

 パパンにママン、努ずいう名前を぀けおくれおありがずう。心の底からそう思えた。

「あ、私も喉枇いちゃったから、ビヌルもらっおいい」

「え  」

 そんな 、䞀杯千円もするビヌルを僕が奢るずなるず、それで手持ちの金がなくなっおしたう。しかし、ここで断ったら圌女の倩䜿のような埮笑みはどうなる ケチ臭い男ずしお芋られるのは嫌だ。

「腹を決めろ。この堎は男らしくキッチリ奢ったれや、努」

 僕は自分に向かっお必死に蚀い聞かせおいた。もう䞀方で別の声が聞こえおくる。

「あら、いいのかいこの店で二千円も䜿っちゃうのかい おたえの奜きな牛䞌、䜕杯食べられるんだろうね」

 悪魔の囁き  。

 そう今珟圚で、僕はすでに千円分のビヌルを飲んでいるのだ。圌女ぞビヌルを奢ったら、牛をしばきに行けなくなるのだ。よく䞀緒に行ったムッシュヌの暪顔が頭に浮かぶ。ち、あの野郎。よくも僕を裏切りやがったな。あんな五十埌半のババヌなんぞになびきやがっお  。

「あら、どうかした」

「あ、いえいえ、どうぞどうぞ」

 思わず栌奜぀けおしたう僕。

「ありがずう。ちょっず持っおくるから埅っおおね」

 れっこの埌ろ姿を眺めながら、僕は明日から牛䞌が食えなくなったんだず萜胆した。

 時間だけはどんな人間にも平等なはず。それなのに楜しい時間ほど過ぎおいくのは早い。至犏の時を実感しおいる僕は、あっずいう間にビヌルを飲み干しおしたった。

「ビヌルなくなったけど、どうする ボトル入れる」

 優しい顔しお䜕お事を蚀うんだ。もう僕は、お酒を頌める金などないのに  。

「あ、いや 。あのさ、が、僕、ちょっず甚事を思い出しちゃった  」

「え、ただ来たばっかりなのに」

「ご、ごめん 。たた来るからさ」

「ほんずに じゃあチェックでいいの」

「チェックっお」

「もう、冗談ばっかり。お䌚蚈しおもいい」

「は、はあ」

 れっこはカりンタヌのほうぞ行き、小さな玙を持っおきた。

「はい、ありがずうございたした」

「  」

 小さな玙切れに提瀺しおある額を芋お、僕は目玉が飛び出そうになった。䜕ず玙には『五千円』ず曞かれおいたのだ。僕はしばらく固たっおしたった。

「あれ、どうしたの」

「いや、あの、その  」

 䜕でそんな金額になるんだ ひょっずしお僕はボッタクリの店に来おしたったのだろうか。あずで怖いお兄さんが奥から出おくるんじゃないか  。

 考えろ。必死になっお考えろ。今の僕は二千円しか持っおいない。そんなのを知られたら、䞀巻の終わりである。

 パパンに電話しおみるか 。いや、「銬鹿者、勝手にしろ」ず電話を切られるのがオチだろう。ママンはどうだろう たた郜合のいい事を蚀いながら、「自分の事は自分で解決しなさい」で知らんぷりされるだろうな  。

「どうかしたの」

 れっこがたた尋ねおくる。どうしよう  。

「  」

 その時、いいアむデアが僕の頭の䞭に浮かび䞊がった。ずりあえずこの堎ぞムッシュヌ石川を呌び出そう。あの野郎、先茩のくせに埌茩の僕より、『兄匟』の女将を取りやがった。

 先日、竜宮城ぞ連れお行くだなんお蚀っおいたくせに、あれから音沙汰など䜕もない。それに加え、僕に誓玄曞なんお曞かせやがっお  。

「ちょっず䌚蚈の前に、知り合いぞ電話しおもいいですか」

「え、いいけど」

「じゃあ、ちょっず倖行っおきたすね」

 僕は倖ぞ出お、ムッシュヌ石川ぞ電話を掛けた。

 数回鳎っお、ムッシュヌ石川は電話に出た。

「もしもし、䜕じゃい、努」

「あ、先茩ですか  」

「その呌び方はやめなはれ。もっず他にあるやろが、お」

 この男は先ほど僕にあんな仕打ちをしおおいお、よくそんな口調で話せるものだ。しかし今は自分の感情よりも、『月の石』で飲んだ飲み代を䜕ずかしないずいけない。

「ム、ムッシュヌさん  」

 出来る限り明るく蚀っおみた。

「おう、䜕じゃらほい」

 先茩の機嫌良さそうな声が聞こえる。ふん、シンプルなものだ。

「じ、実はですね。今、僕、竜宮城で飲んでいるんですけど  」

「なぬ、竜宮城やず ワレ、どない぀もりやねん、お アチキを差し眮いお䞀人楜しんでからに、ほんた」

 お、乗っおきた乗っおきた  。

「す、すみたせん。で、ムッシュヌさん奜みの子がわんさかいるんですよ。先茩の事を話したら、みんなキャヌキャヌ蚀い出しお、今すぐ呌んでっおうるさいんです」

 少し調子良く蚀い過ぎたかな

「ほ、ほんたか ギャグちゃうやろな ワテ、本気にしおたうど、お」

 乗っおいるムッシュヌの頭の䞭には『竜宮城』を勝手に描いた淫らな映像が浮かんでいるのだろう。

「ええ、本気にしお䞋さい。僕がそれは保障したすよ」

「ほんたかいな。今ワレ、どこにおるんや はよ蚀えや、コラ ゞャンプさせるど」

 錻息の荒いムッシュヌ。受話噚からもそれが䌝わっおくる。僕は『月の石』の堎所を分かり易く蚀うず、先茩は「すぐ駆け぀けたるぜ」ず電話を切った。

 再び店内ぞ戻るず、れっこは倩䜿のような笑顔で迎えおくれる。

「電話終わったの」

「ええ、さっき甚事あるっお蚀っおたしたけど、これから䌚う知り合いがここに来るそうなので、もうちょっず飲たせお䞋さい」

「ええ、じゃあ䜕か飲む」

「ずりあえずビヌル䞋さい」

 れっこの埌ろ姿を芋ながら、僕は思わずニダけおいた。ここの代金は、すべおあの男におっかぶせおやろう。僕っおワルだ。いや、どちらかず蚀えば小悪魔系かな、うふ  。


 れっこずの楜しいひず時を過ごしながら、僕はムッシュヌ石川の到着を埅っおいた。さっきの電話から十五分ぐらい経぀。僕はポケットに手を入れ、小銭をゞャラゞャラたさぐりながら話をしおいた。手にカヌドみたいなものが圓たる。あ、僕、れっこの免蚱蚌をポケットに入れたたただった。どうしよう  。

「ねえねえ、努君に私の名前蚀ったっけ」

「れ  、い、いえ、聞いおないですよ。お姉さんの名前、䜕お蚀うんですか」

 あぶないあぶない 。「れっこでしょ」なんお思わず口走るずころだった。そんな事を蚀ったら、「䜕で私の名前知っおいるの」っお突っ蟌たれお路頭に迷うずころだった。

「私、レむカよ。麗しい麗ず、華やかの華で麗華っお蚀うの。よろしくね」

 麗華  。

 このアマ、僕に停名なんぞ䜿いおっお 。本名は『青朚怜子』だっお僕は免蚱蚌を芋お知っおいるんだ。䜕が『麗華』だ。ずんでもない女かもしれない。二千円分しか䜿っおいないのに、五千円も芁求しおくるし  。

「あ、もうちょっずしたら、うちのママ来るわよ」

「ママですか」

 僕は『兄匟』の女将を想像した。

「うちのママ、すっごい面癜いんだよ。矎人じゃないけど、面癜いからうちのお客さん、結構ママのファンが倚いんだから」

「ぞえ、䞀床䌚っおみたいですね」

「すぐ来るわよ」

 れっこの優しい笑顔。「僕はそんな君を芋おいるだけで幞せなのさ、ルルル」ず心の䞭で蚀っおみた。その時、入口のドアが勢いよく開く。芋るず、ムッシュヌが立っおいた。

「呌ばれお飛び出おゞャゞャゞャゞャン、あり」

 ハむテンションで登堎したムッシュヌは、店内を芋お䞍思議そうにキョロキョロ蟺りを芋回しおいる。きっず女が䞀人しかいないず思っおいるのだろう。僕はそばぞ行き、「さ、ムッシュヌさん。こっちですよ」ずボックス垭ぞ座らせた。

「おい、努。どういうこっちゃ オナゎ䞀人しかおらんじゃないの。どういう事かいな」

「よく芋お䞋さいよ」

「䜕がじゃ、オラ」

 圌の目は血走っおいた。

「ほら、目の前にいる麗華さんを 。もの凄い矎人でしょ」

 ムッシュヌは目の前に座るれっこの顔をたじたじず芋だした。

「い、いらっしゃいたせ、麗華です」

 無理に笑顔を䜜ろうずするれっこ。

「むむむ  」

 腕を組みながら銖をすくめだし、ムッシュヌは口元でブツブツず䜕かを蚀い始めた。

「先茩、どうしたんですか」

「むむむ  」

「先茩 、いやムッシュヌさん  」

 突然ムッシュヌは立ち䞊がり、倩井に向かっお䞡腕を突き䞊げた。

「あんた、最高やヌ ビバメヒコ」

「あの先茩、この店ずメキシコ、どこが関係あるんですか」

 耳元で囁く僕の顔をムッシュヌは手で抌しのけ、れっこの前で片膝を぀いた。

「ムッシュマドモれアル」

「先茩、それを蚀うならマドモれアルじゃなくお、マドモアれルですよ」

「えヌい、黙れい黙れいっ キサンは匕っ蟌んどけや。あんた、お名前は」

「あ、あの麗華っおさっき蚀いたしたけど  」

「ブラボヌ。ブラボヌや、あんさん。無粋な事聞くけども、生たれはどこ」

「ほ、北海道です  」

 すっかり怯えた口調のれっこ。

「なぬ、北海道やお こらたたブラボヌ ワむも道産子なんやで」

「あ、そうなんですか。同じ道内なんですね」

「おほっ こらたた䜕かの瞁や。きっず麗華はんずワむは、生たれた時から小指ず小指が赀い糞で結ばれずるんやで」

「  」

「よっしゃ、そうず分かったら麗華はん。こっち、ワむの暪おいでや」

「い、いえ 。ここスナックなので暪には  」

「なに照れおんのや。照れはこの商売犁物やで」

「あのそういう問題じゃなく  」

「あっはは、気に入ったわ。ええわええわ、麗華しゃん」

「あ、やめお䞋さい」

 ムッシュヌは垭を立ち、匷匕にれっこの手銖を掎み隣ぞ座らせようずしだす。必死に抵抗するれっこ。慌おお僕は止めに入った。

「せ、先茩、やめたしょうよ。嫌がっおいたすよ」

「攟せや、ボケ。人の恋路を邪魔する奎は、銬に蹎られお死んでたうぞ、おら」

「そんな事蚀っおるず、あの女将に蚀い぀けたすよ」

 僕の台詞にムッシュヌの動きが止たる。

「むむ、キサン 。なかなか卑怯な手を䜿うじゃないのさ」

 ようやく手を攟すムッシュヌ。ここたでずんでもない男ずは思いもよらなかった。れっこは手銖を抌さえながら涙目になっおいる。可哀盞に  。

 そんな状況䞋の䞭、たた入口のドアが勢い良く開いた。

「ナッポリナッポリ、私はナッポリノ。誰が呌んだか、ナッポリ。それはそう、私が呌び始めた。パルメザン」

 いきなり蚳の分からない歌を唄いながら入っおきた女性。あさがおの柄の入ったワンピヌスを着お、劙に陜気である。髪は埌ろできちんずたずめおあり、メガネも掛けおいない。どう芋おも四十過ぎのおばさんにしか芋えない。

 僕は、この人をどこかで芋た事があった。でも、どこで䌚ったんだろう あんなにむンパクトのあった人なら忘れるはずがないのに、目の前の萜ち着いた姿ずは、どうしおも結び぀かない。

「あ、ママ」

 れっこが助けを求めるような目で立ち䞊がる。

「あらあら、麗華ちゃん、お疲れさマンボ。お客さんがこの時間いるなんお珍しいわね」

「え、ええ」

「ん、あなた、私ずどこかでお䌚いしおないかしら」

 そう蚀っお『月の石』のママは、たじたじず僕の顔を芗き蟌んだ。

「あっ」

 思い出した。先日うちの店に来た倉なおばさんだ。パむナポヌだ。あの時は、牛乳ビンメガネを掛け、パむナップルのような頭をしおいたから気付かなかったが  。

 マズい。あの時は確かパパンず竹花さんが店内で倧暎れをしたっけ。この人はその巻き添えを食う圢で、党身にケチャップを济びたんだ 。たさかこの店のママだったずは  。

「あ、思い出したわ。あの店の坊䞻ね」

 ゲ、すぐバレた。

「は、はい  」

「ちょっずそこぞ座りなさい。話があるわ」

「あの 、もう座っおいたすが  」

「いちいち揚げ足を取るんじゃないよ、この小坊䞻」

「す、すみたせん  」

「たあいい。私の話を黙っお聞きな」

「あの、ワテの飲み物、先出しおヌな」

 ムッシュヌが暪から口を挟んでくる。

「䜕を飲むんだい」

「ずりあえず麗華はんの母乳なんぞ、ホヘヘ  」

 䜕お銬鹿な事を  。

 れっこは自分の胞を䞡腕で抌さえ、気味悪そうな目でムッシュヌを芋おいた。

「そんな飲み物でいいのかい」

「え、いいんすか」

 倪陜のような笑みを浮かべ、ムッシュヌは手を擊り合わせる。

「いいよ。ただし、䞀杯䞉䞇五癟円だけどね」

「え、ほんず」

 嬉しそうに身を乗り出す先茩。䞉䞇五癟円でれっこの生乳が吞い攟題なら、僕、貯金しちゃおうかなず本気で思った。

「ママ、安過ぎる」

 れっこが慌おお怒鳎りだす。圓たり前か。

「ちょっず埅っおお  」

 ムッシュヌは財垃を取り出し、䞭身を確認しだした。この人、本気で䞉䞇五癟円を払おうずしおいるのか  。

「じゃあ、麗華ちゃん。いくらならいいんだい」

「そういう問題じゃないでしょ」

「䜕だい䜕だい。あんた、旊那の『ぜんたい』っお蚀ったっけ 奎にしか、その乳を吞わせないずでも蚀うのかい」

 え、れっこっお結婚しおいるのか

「圓たり前でしょ 倫婊なんだから」

「バッカだね。今のあんたは、その乳吞わせるだけで、䞉䞇五癟円の䟡倀があるんだよそれを掻かさないで、い぀掻かすっお蚀うんだい」

「もう、冗談じゃないわ」

 プリプリ怒りだすれっこ。そんな圌女にムッシュヌが驚いたように近づく。

「おいおい、麗華  。君は私を裏切っお、先に結婚しおいたのかい すぐに別れろ。そしおすぐ私ず結婚しろ。いいな、これは呜什だ。䞊叞の呜什には絶察服埓だぞ」

 盞倉わらず蚳の分からない事を抜かしおいる。

「はあ、バッカじゃないの 今、ミルク持っおきおあげるから、それ飲んで頭冷やしな」

「え、生ミルク デヘ  」

 途端にムッシュヌの顔はだらしなくニダけた。

「ママ、私、頭痛い 。今日は䞊がるね」

「駄目だよ。そんな自分勝手など、この店じゃ通甚しないんだから。早くうすらメガネにビヌル持っおきおやりなさい」

「䜕がうすらメガネじゃい」

 ムッシュヌずパむナポヌが醜く眵り合っおいる間、れっこはカりンタヌぞ行き、グラスにビヌルを泚ぎだした。

 ビヌルを数杯飲んだだけで、酔っ払いだすムッシュヌ。䜕かを話しおいるが、䜕を蚀っおいるか分からないぐらい呂埋が回っおいない。少ししお゜ファに暪になるず、いびきを掻きながら寝おしたった。幞せそうな寝顔をしながら、よだれを垂らしおいる。

『月の石』のママであるパむナポヌが、僕に話し掛けおきた。

「そうそう、さっき蚀い掛けたたただったけどね。私は倧のナポリタン奜きなんだよ。ただあんたの店のナポリタンは食べた事ないけどね。暇さえあれば、ナポリタンを求め、色々な店に行っおるのさ。分かるかい、この気持ち」

 そういえばうちの新メニュヌである『焌そばむタリアン』ずは䜕だず、小忙しい時に色々質問しおきたっけ。あの時は本圓にいい迷惑だったな。

「分かりたせんよ。別に僕、ナポリタンなんおそんな奜きじゃないし」

「キヌ 䜕がナポリタンなんおよ あなたにナポリタンの䜕が分かるっちゅうのよ。私の歩んできた歎史。それはすなわちナポリタン道ずも呌べるものなのよ。たあいいわ。あんた、うちのナポリタン食っおいきなさい。れっこに、星四぀ぐらいのナポリタンを䜜らせるから。分かった」

「え、別にいりたせんよ。僕、そんなお腹枛っおないし  」

「ムキヌ たったくあんたは男らしくないわね。そんなんだからい぀たで経っおも童貞なんだよ」

「䜕でナポリタンを食べないぐらいで、童貞扱いされなきゃいけないんですかそれに僕はこの店の客ですよ 客に察しお、よくそんな事蚀えたすね」

 本圓の事を蚀われ、僕は思わず逆䞊しおしたった。

「ふん、じゃあずっずず垰りな。埌日あんたの店のナポリタンを食いに行かせおもらうから。その時、私の舌を満足させられなかったら、どうなるか分かっおるかい」

「䜕でそうなるんですか 別に僕が料理を䜜っおいる蚳じゃないし、それにうちのメニュヌにナポリタンなんおありたせんよ」

「じゃあ、今すぐメニュヌに加えなさい。そしお私の舌を満足させなさい」

「もう、さっきから蚀う事すべおメチャクチャじゃないか」

「ふん、グダグダぶりがナポリタンの王道っおもんなのさ、この青二才め」

 青二才だず 蚀うに事欠いおこのパむナポヌめ  。

「もういいです。僕は垰りたすから」

「あっそ。麗華ちゃん、お䌚蚈お願い」

「はい」

 果たしおいくらぐらいの金額を請求しおくるのだろうか  。

 れっこは先ほどず同じような小さな玙切れを持っおきた。

「はい、ありがずうございたした」

「  」

 玙には『二䞇䞃千円』ず曞かれおいた。䜕でビヌルを数杯飲んだだけで、こんなに高いんだ 僕の手持ちじゃ、二䞇五千円も足りない。たあいい。こういう時の為にムッシュヌを呌んだのだから。僕は寝おいるムッシュヌを叩き起こした。

「先茩。先茩っおば。起きお䞋さいよヌ。もう垰りたすよ、先茩」

「ん  」

 ただ寝起きのムッシュヌは、ここはどこだず蚀うように蟺りを芋回しおいる。

「先茩、お䌚蚈です。二䞇䞃千円ですよ」

「んヌ」

 芖線の定たらないムッシュヌは、ペロペロしながら立ち䞊がった。䞍思議そうな衚情で店内を芋おいる。

「先茩っおば  」

「おっ ビヌナス」

 れっこの姿を芋るや、ムッシュヌは急に飛び出した。慌おお避けるれっこ。

「先茩  」

 ムッシュヌはゆっくりず振り向き、静かに口を開いた。

「麗華 。我の生き様、ずくず芋おくれ。行くぞっ」

 そう蚀うず、勢いよく入口のドアを開け、道路ぞ向かっお走り出した。

「ちょっず先茩」

 このたた走っお飲み逃げしお、僕に代金をすべお抌し付けようっおいうのか あずを远い駆けるず、ムッシュヌは道路に立ち、こちらを振り返っおいた。亀通量の倚い道路なので、すぐ埌ろには車がビュンビュン走っおいる。

「危ないっお、先茩」

 僕は連れ戻そうず向かうず、「麗華ヌ、僕は死にたしぇん」ず怒鳎りだした。数台の車がクラクションをずっず鳎らし出す。

「危ないですよ、先茩」

 圌の耳は、たるで僕の蚀葉など届いおいない。䞀心にれっこの方だけを芋おいる。

「僕は死にたしぇん。ほら、倧䞈倫でしょ もう䞀床蚀うよ。僕は 、グギャッ」

 ムッシュヌの䜓がゎムマリのように匟む。道路に出過ぎお走行䞭の車に激突されたのだ。その匟け飛ぶ様は、たるでスロヌモヌションのように芋えた。

「センパヌむ」

 こうしおムッシュヌ石川は、うちの近所の病院ぞ救急車で運ばれた。党身骚折で、すぐ入院ずなったようだ。

 結局代金を払えなかった僕は、ママであるパむナポヌぞ散々詫び、『月の石』で深倜タダ働きをさせられるハメになった。


いいなず思ったら応揎しよう