
【短歌】人生のどの場面での湖が好きでしたかと問うための旅
こんにちは。
前回に引き続き、湖をテーマに制作した短歌と、私が最近考えていることを書こうと思います。
話の内容的には前回と繋がっているので、前回の記事を貼っておきます。
こちらも読んでくださると嬉しいです。
最近のテーマ
私は歴史が好きで、中学生の頃から興味を持ち続けている人物がいます。
その人の人生が何かと湖に縁があるので、私は湖に憧れをもっています。
最近は、私の中のそういう事象を短歌にしたいと思うようになり、そのようなテーマで短歌を制作しています。
春休みの一人旅
私はこの春進級するにあたり、戦国時代がご専門の先生のゼミに入ることになり、かねてより興味を持っていたその人について学べることになりました。
そして、春休みを利用して、その人ゆかりの地へご挨拶をするような気持ちで行ってみようと思い立ちました。
以前も訪れたことのあるその街は、その人が晩年を過ごした地であり、大きな湖が近くにあります。
私はその湖や、居城であった城跡、古戦場などを訪れる計画を立て、先日行ってまいりました。
今回の記事からは、しばらくその旅行のことも織り交ぜながら書いていこうと思っています。
憧れの湖を見る
今回の旅行では様々な場所を回ったのですが、やはりその湖を近くで見たいと思っていたので、初日の昼頃に湖畔を訪れてみました。
とても天気がよく、ほぼ人もいなかったのでのびのびとできて、気持ちのよい時間でした。
私は憧れていた湖を目の当たりにして、もったいないくらいゆっくりと過ごしました。
その水を触ってみたり、写真を撮ったり、ベンチに座っておにぎりを食べたり、湖を見ながらぼーっとしたり。
今回の記事の写真はその際にカメラで撮影したものです。
せっかくなのでここにも1枚貼っておきます。

私が興味を持っているその人が、人生で最後に見た湖はこの湖なのだろうと思うと感慨深くて、しばらく物思いにふけってしまいました。
私がその人の人生の中で最も関心がある時期は、晩年の頃です。
でも、本人的にはどうだったのだろうなとふと思いました。
誰しも、「この時は楽しかったな」とか、逆に「この頃は辛かったな」みたいな感覚があると思うのです。
その人の人生になにかと隣り合わせていた湖のうち、いつのどの湖がその人の心に残っただろうと湖の前でぼんやり考えました。
私には知る由もないことですが。
短歌 人生の
人生のどの場面での湖が好きでしたかと問うための旅
こちらは4月5日の東京新聞の東京歌壇の欄に掲載していただきました。ありがとうございました。
旅行に行く前の私は、その場所に行ったら少しはその人に近づいた気がするのではないかと期待していました。しかし実際訪れてみると、正直なにも感じ取れずなにも分からなくて、ひとり湖の前で寂しくなりました。
難しさを抱えて
私は現代人として、時代や立場がゆえであっても、生涯で数多の人を殺めたであろうその人の行いを軽率に肯定できないし、好きだとは言えない、と思ってきました。
ですが、好きという気持ちのみでここまで来たのも確かなのです。
私はその人に興味を持った時から今日まで、自分のこのような気持ちに決着をつけることができていません。難しさを抱えたまま過ごしてきました。
でも、私をここまで突き動かす情熱だけは真実なのではないかと思います。
私はその人のことを知りたい、という気持ちでここまで来た。だから自分のその情熱を信じて、分からないなりにこれからもその人のことを考え続けるしかないのではないか。という気がしました。
分かりきっていることのような気もしますが、湖を前にゆっくりと考えていたらそう思えてきて、なんだか満たされた気持ちになりました。
だから、何も分からなくて寂しくなったけれど、来た甲斐はあったのだと思います。
歴史に多く登場するこの大きな湖の静けさには、そういう力があるのだと思いました。
私は今後も難しさと睨み合っていきます。肯定だけが好きの形ではないと思いたいからです。
そして、私がその人への気持ちを短歌にすることは、私なりの向き合い方の一環として今後も続けようと思います。
そういう決意の旅であり、短歌なのかもしれません。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
次回も引き続き、旅行のこと、その人のことなどがテーマの記事になる予定です。
また読んでくださると嬉しいです。