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Photo byyukitaka_sawama

泥水に角砂糖を入れても珈琲にはならない。【随筆】

    これは、ついさっき友人との会話の中で、ふと口をついて出た言葉です。どういう意味だと思いますか。
    私は「当たり前だろう」と思いました。泥水は珈琲ではない。角砂糖も珈琲ではない。ならば泥水に角砂糖を足したところで、珈琲になるはずがない。
    ところが、泥水に角砂糖を入れたものを「珈琲だ」と言い張る人がいる。
    想像してみてください。茶色い液体の入ったコーヒーカップを手に、角砂糖をポトポトと落としている人。その光景を見て、あなたはそれを泥水だと断言できますか。
    少し迷った人も、「いや分かる」と思った人も、どちらも正しい。あれは珈琲であり、同時に珈琲ではない。
    要するに、中身がまったく違っていても、見た目が似ていれば人はそれを本物だと思い込む。
    泥水だと気付けない人は、液体ではなく言葉を信じている。気付ける人は、言葉ではなく中身を確かめている。
    本物か偽物かを見分ける方法は単純です。珈琲の香りを嗅げばいい。
    人は誰しも、偽物を見分ける力を持っている。もし角砂糖入りの泥水を啜ってしまったのなら、それは見抜けなかったのではなく、確かめなかっただけです。
    日常の中で当たり前だと思っているものがあるなら、一度「匂いを嗅いで」みてください。甘い香りがするかもしれないし、腐った匂いがするかもしれない。あるいは、何の匂いもしないかもしれない。
    そのとき、今まで見えていなかったものが、少しだけ姿を現すはずです。

    #創作大賞2026

     
     

    Saki

     
     
    読了した本の感想や、日常の記録など趣味をしたためていきます。

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