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夏のりんごと陰の国21

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    本編(21/21)

    21.

    ビビアーチェは何か言わなくてはと思った。
    三日月も何かいいたげに唇を開いたので、先を制するために、口からことばが転がり出た。
    「この国にはあたしがもっと必要なのじゃない?」
    「まいったな…そうだよ。君さえよければ、この国のがもう呪いに怯えなくていい場所になるまでここに来てほしい」
    「消えるまで?」
    ちょっとばかり不満をこめて三日月を見つめ返す。真っ黒な目は、明るくなった月光を受けて静かに輝いていた。ビビアーチェの鼓動は、少し落ち着いたけれど、今度はその光に、締め付けられる様に痛んだ。
    三日月がそっとビビアーチェの手を握っていた手を離し、もう一度こんどは静かに重ね合わせた。ビビアーチェの指先がぴくりと震えた。三日月の顰めっ面みたいな不思議な笑顔で胸がいっぱいになって目をそらせなかった。
    「まだ君は若いし、世界だって広い」三日月は静かに続ける。その一言一言が、まっすぐすぎて、胸に刺さる。「今すぐ返事を決めなくてもいい。来年でも、その次でもいい。だけど、もし君が許してくれるなら、これから先も、毎年じゃなくていい、君の好きなときに、この国へ帰ってきてほしい」
    ビビアーチェの胸の奥で、何かがじんわりとほどけていく。
    「そしていつか君が『ここが帰る場所のひとつだ』と思ってくれたら嬉しい」
    三日月は、まるで大事な秘密を渡すみたいに、そっと言った。月明かりの中で、彼はほんの少しだけもっと明確に笑った。
    ビビアーチェは、しばらく何も言えなかった。胸がいっぱいで、息が苦しくて、でも苦しいのにうれしくて、どうしたらいいのかわからない。
    やっとのことで、唇をひらく。
    「あたし、三日月さまからちゃんとした言葉をもらっていないから、何も答えられないわ」
    考えながら、ビビアーチェが慎重に返事をすると、目の前の男性から苦笑が返って来た。
    「今のは、わたしの精一杯の求婚だったんだけど」
    と、これには頭に来た。ビビアーチェはいつかのようにつんと唇を尖らせる。
    「全然結婚を申し込まれてる気がしないわよ。だいたい、それってあたしが太陽の子だから? 三日月はあたしのことどう思っているの?」ちょっとばかり不満をこめて三日月を見つめ返す。真っ黒な目は、相変わらず微かな月光を受けて静かに輝いていた。ビビアーチェの鼓動は、少し落ち着いたけれど、今度はその光に、締め付けられる様に痛んだ。
    「あたしの言ってる意味、わかるでしょう?」
    「もちろん、君自身に惹かれている。そうじゃなきゃ、申し込んだりしない」
    三日月が浮かべているのは、またも苦笑だ。ほんの少し安堵したものの、ビビアーチェはこの人は本当に恋の意味が分かっているのかと、心の中で首を傾げた。
    そのとき、まだ自分の中で渦巻いている寂しさと、不安がかちっと音を立てて、ひらめいた。
    「お願いがあるんだけど、いいかしら。毎年あたしをまた誘拐して」
    「ビビアーチェ!」
    三日月は慌てて制してきたが、いい考えだと思ったので、ビビアーチェは引き下がらなかった。
    「そして、その間に、あたしが自分で選ぶようになりたいの。だめ?」
    全く、と弱り切った様につぶやく声が聞こえて来て、三日月が真剣にビビアーチェに申し込んでいたことがようやく感じられた。ビビアーチェは握られたままになっていた手の指にかすかに力をこめる。
    三日月は、あきれたように、でもどうしようもなく優しくて穏やかな光を宿して目を細めた。
    「迎えに行くよ」
    その答えに、ビビアーチェの胸がまた大きく鳴る。
    「笛の音が聞こえたら、今度はちゃんと玄関から出てきてくれるか?」
    「もちろん」
    この何日間ですっかり笑顔の柔らかくなった領主は、繋がれた二人の指先を眺め、ゆっくりと表情を緩めた。もう一度かがんでビビアーチェと目を合わせ、悪戯っぽく微笑む。
    「……君が選んでくれるまでに、君の納得する素敵な求婚の言葉を考えておくよ」
    その笑顔に、もう半分は心が盗まれそうになったことは、まだ秘密だ。


    翌日、ビビアーチェは慌ただしく陰の国を出ることになった。フロリアンとマシーノに別れを告げて、真っ黒な馬の引く馬車に乗り込む。ティニーは御者として家まで送ってくれる役目を言い付かっていたので、我が家の玄関先までさよならを言わずにすみそうだ。けれどアウトナに一言もなく帰ってしまうのことが残念でならなかった。
    「アウトナにちゃんと伝えておいてね。来年も会いにくるからって。あなたが約束を破っても、勝手に通路を通ってくるんだからね、三日月」
    ビビアーチェは勢いよく言って、ちょっと生意気すぎたかな、と思ったのだが、フロリアンはなにも言わずに立っていたし、ティニーは笛を掲げて援護までしてくれている。三日月は約束は守ろう、と言ってくれた。
    「それから、今度は君の父上に挨拶をするよ。二度と誘拐はしない」
    戻ってくると約束したせいなのか、呪いが解けたせいなのか馬車はすんなりと陰の王国を抜け出したのだが、揺れる馬車の中で、ビビアーチェは何度かこの真面目くさった三日月の言葉を思い出して、おかしくなってしまった。


    翌年も、その次の年も、毎年、ビビアーチェは夏の三日月の夜には、太陽の贈り物の木の下で立っている。
    今度は攫われるのではない。ビビアーチェが自分からあの国に行くために。また笛の音が迎えにくるのを待って。


    おしまい。

     
     
    小説をそれぞれ、または一緒に書いている二人組です。 カゲ:ファンタジー、ミステリー中心。恋愛要素強めです。 団長:内省的な現代小説が中心。

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