巣の中の本箱③……極私的『星の王子さま』読解
巣箱(前回に続き、巣の中の本箱を略してみました)には、思い出コーナーも作りたい。ぼくと一緒に歩いてくれた本たちの居場所だ。
月並みだけど、『星の王子さま』(サン・テグジュペリ 内藤濯訳 岩波書店)は、置いておきたい。中学の終わりか、高校の初めころに読んだ時は、「なんでこんなものがいいんだろう?」って思った。あまりにも当たり前で、普通のお話しにしか感じなかった。
ある時、ふと気がついた。
「あっ、あーっ、ぼくらはみんな星の王子さまなんだな」と。
その時に、ぼくの『星の王子さま』観は決定してしまった。高校2年のころだったと思う。それはつまりこういうことだ。
ぼくら一人ひとりは宇宙空間に浮かぶ星と同じ。
いつも一人ぼっち。
自分の気持ちを、本当に分かってくれる他者はいない。
だって、ひとつの星にひとりっきりしかいないんだから。
これが『星の王子さま』のグロク(=認識)、そのⅰ。(「認識」=グロクは、また次の話・笑)
それでも人は、自分を星の王子さまだとか、王様だとか、うぬぼれやだとか、点灯夫だとか思っている。誰かとの関係性の中で、自分の存在を証明している。自分ひとりしかいない星なのにね。
でも本当は、みんな自分で自分のことをそう思い込んでいるのに過ぎないんだ!
これが『星の王子さま』のグロク、そのⅱ。
一人ひとりが星なのであれば……と、ぼくの思いは勝手に膨らんでいく。
近くにあるのに、暗くて見えない星がある。
すごく遠くなのに、明るくてすぐそばに感じる星がある。
冷たい光を放つ星がある。
暖かさを感じる星がある。
星はもう無くなっているのに、光だけが届く星がある。
光はないのに、そこに確実にある星がある。
すっごい勢いで近づいてくる星、遠ざかる星がある。
全然見えていなかったのに、衝突の衝撃でその存在を知る星……。
とにかくいろんな星がぼくの周りを飛び交っている。
……そんな人がいるじゃないか!
なーんだ。そういうことなんだ、と思った。
いろんな星が、ぼくから見える距離や角度によってその存在を変えていく。それだけの話だ。そしてそれが人間のことなんだ。
だとすると、人間関係はすべて星間引力の働きだと考えれば、納得できる。
ぼくの周りの人間関係はすべて一人一星の惑星図に変換された。
これが『星の王子さま』のグロク、そのⅲ。
「気がついたら、君の星に衝突していたのだ」的なことを言って、口説いた人がいたような、いなかったような(笑)。何か、すごく使わせてもらったような気もする(笑・笑)。
高校生で、こんなことを考えているなんて軟派な野郎だな。
これをネタに学校祭で何かやったような気もする(演劇部所属)。
あまりの恥ずかしさに封印された記憶のひとつ。
でも、あの時の、ほんの思いつきの極私的『星の王子さま』解釈で、人生をずっと渡っていくなんて、あのころのぼくは思ってないよね。
ぼくは今でも、ぼくの周りにいる人たちを一人一星の惑星図として観察している節がある。
えっ? 人生を決めた一冊? 『星の王子さま』が?
いやいや、そんな、それはあまりに恥ずかしい。
イタい、イタすぎる。
たぶん、次回は「認識する」を「グロクする」といまだに言わせてしまう犯人について書くのだと思う。
この調子だと終わらないぞ、巣箱シリーズ。
あにはからんや、巣箱シリーズはここでいったん終わります。よろしければ、読書記録26だったと思います。
