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Photo byaska_aska

「自我」 肉体と魂の狭間にて。


    ぼくは蛍族である。
    クソ暑い夏だろうが台風の雨風に晒されようが凍えてからだが冷え切る寒さの冬であろうと家の外で煙草を吸う。
    今の時期はとても良い。昨夜は星がよく見えて多少蒸し暑くはあったけど煙草を咥えて道路まで出てみると暗い夜道に一筋の淡い緑色の光が飛んでいた。
    ホタルだ。
    本の少しの間ホタルは飛んで道の脇の草木に止まり光るのを止めたが夜空を見上げると星ぼしはまだまだ瞬いていた。

    🌙皆さまこんばんは♪
    たまにはこんな書き出しで始めてみました。今回は自我について考えて向き合ってみようと思います。
    我思う故に我あり。
    さて、自我とは何なのか、
    自我は幸せを邪魔するものなのか。
    どう向き合い付き合うのがいいのか。
    これはぼくの思考の旅路。正解ではありません。それぞれの自我との付き合い方の参考になれば幸いです。ざっくばらんに思いつくまま書いてみたいと思います。


    ワタシがワタシであること。


    〈私〉はいつ〈私〉になったのだろうか。
    名前を呼ばれ振り向いたのは何時だったか。
    フロイトの弟子、西洋哲学者心理学者のラカンは「人間に始めて自我が形成されるのは幼少時、鏡を見た時だ」と言う。
    西洋オカルティズムの巨人、シュタイナーは人間と他の生命の違いは自我だと言う。

    植物はエーテル体。
    動物はエーテル体+アストラル体。
    人間はエーテル体+アストラル体、それに加えて自我を持つ。

    ぼくはヨガをするにあたってヨーガ・スートラというヨガの聖典を読んだ。
    そこにはヨガの目的は
    〈自我と真我を一つにすること〉とあった。

    ぼくが自我を意識するようになったのはこの時、41歳の時だった。
    ヨーガ・スートラには役割的自分と本当の自分は違うと記されていた。この役割的自分が自我なのである。



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    〈私は・・・〉
    に色々と入れてみてほしい。
    ヨガジェネレーションさんより引用。



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    入れてみた。



    自分で〈私〉はこうであると思っていること。
    または自分は〈他者からこう思われたい〉と思っていること。
    これはワタシのもの。
    これはワタシのやりたいこと。
    自我は様々な経験と感情と思考を経て
    自分像というものを作り上げている。
    家族、学校、塾、習い事、サークル、友人、会社(今思うと新人研修とかほんと他者意識の注入だなあ)、客、隣近所、通勤中や街なかでの視線、本、SNS、ブログ

    が、しかし、


    それは本当の自分ではなく


    他者との関わりにおいて作り上げられた
    自分なのだ。

    では、本当の自分とは・・・

    魂
    ハイヤーセルフ
    真我

    いろんなジャンルで大体このような言葉で語られる。
    ここでぼくも勘違いしていたことなのだが、
    魂やハイヤーセルフというのは


    自分固有のものではないのではないか?


    魂、ハイヤーセルフは各人にそれぞれあるものだと思っていたが、

    その領域に達することが出来たら
    既に〈ワタシ〉は〈ワタシではなく〉
    他者との本当の他者との共有空間、共有意識となっているのだ(集合意識体と呼んでいいと思う、ヌーソロジーでは持続空間、本当の奥行き等と呼ぶ)。


    そう境界線がなくなった世界にて魂を《私の魂》と考えるのは自我なのであろう。魂に霊性に《私の》というのは無いのである。自分達が自我基準に思ってるものとは全然違う存在であろう。


    ハイヤーセルフという言葉もセルフとあるから勘違いの元になってるかもしれない。




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    自我の肥大とともに頭が重くなるのも頷ける。
    読んでくださる皆様も書き出してみてほしい。
    欲求の塊なのである。


    現代社会で生きていく以上、肉体というものを持っている以上、〈ワタシ〉であること。自我を持つことは必然。
    ぼくのnoteに来る皆様は現世を生きているのは魂の修行のためだと理解している方が多いと思うが、ぼくもそうだと思う。
    一神教、文明社会、唯物論、それらの登場は民族的集合意識から自我を発達させて、個を確立させるためだった。
    今ぼくらは十二分に自我が育った世界にいる。これからはこの自我と元々の霊性を合わせ持って行く時代に辿り着いた。

    大事なのは如何に自我を
    現代社会の荒波の中で
    軽くしていくか。
    削ぎ落としていくか。
    その感情や思考、欲求が
    どこからやってきているのかを見つめること。
    瞑想でもいいし、書き出してもいい。

    洗いざらい取っ払って
    本当の自分の場所、本当の自分の魂、本当の他者の魂を見つけた時、自我をうまく育てて
    より良くこの時代を生きていけるのだ。

    自我と魂、ハイヤーセルフを、そしてそれに多大に影響を与える他者との関係を、日々日々見つめる毎日である。


    以上、最近日々考える「自我」について思うところをざっくばらんに書いてみました。「自我」なかなかの難しさ。自分であるがゆえの難しさ。。。
    ヌーソロジーではもっともっと深く自我を掘り下げているのですが、取り敢えずは読書中なのでこの辺で。



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    ヌーソロジー提唱者半田広宣氏と
    その伴侶である春井星乃氏(臨床心理士、カウンセラー)
    による対談本。心理学、哲学、カバラを駆使していくつかの映画を題材に時代と自我を読み解いていく。
    めちゃ面白いです!オススメ🌟


    AYAさんの中学生の娘さんは既に気づき始めた!😳



    石垣島のkayokoさん✨
    母親が作った〈役割〉を放り捨てて幸せを手に♪







    😳おまけ雑学「鏡について」😳

    鏡像空間、幼児期の自我の生成など
    鏡について考える事が多いせいか
    このような記事に出会った。

    鏡に映る世界は左右反転ではなく
    前後が反転しているだけ。



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    脳の空間認識で左右反転しているように思ってる。


    (ぼくは左中指が腫れてるのでよく分かるが、鏡の中で腫れてるのも左中指なのだ。)
    ↓こちらのリンク先で詳しく!面白いです♪




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    鏡に映る文字も前後反転するが
    クリアファイルだとそのまま映るらしい・・・
    不思議🌟
    こちらの画像はakmagazineさんのツイートよりお借りしました。



    💫💫💫

    ぼくは蛍族だ。
    昨夜も煙草を烟らせながら道へと出てみる。
    ホタルの光を探してみた。
    今夜は雲が多く星は少ない。
    半月の光が煌々と夜空を照らしている。
    昨日飛んでいたところにホタルを見ることはなかった。
    煙を口から吐き出しながら、少し歩く。
    あっ!
    ホタルだ!!
    また、ホタルの一筋の光が暗がりの中
    淡い緑の筋を描いていた。
    少し飛ぶと住宅の生け垣にホタルは止まり光を消した。
    ぼくも煙草の火を消して家の中へと戻っていった。



    💫💫💫💫💫💫


    9月23日秋分の日に記す。


    なんの脈絡もない蛍と自我でした🤣
    ご一読ありがとうございました!




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    余分な自我を取り払った先に・・・





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    下の記事より




    ネドじゅんさんもご参考に〜🌟







    以上です!

    ナマステ✨

     
     
     
    神奈川出身、沖縄移住6年の後、鹿児島大隅半島にて生息。 ヌーソロジー研究中! 《ものの中》へ行ってみたいと思いつつ、ヌーソロジー的な《他者》との関係性を実感に落としたい🌟∞🌟 勿論、noteを書いているのはTERUTERUという自我です。どうぞ宜しく💫

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