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【うつ】ほんとうの私とつながる(覚書)

    また母の話かと思うと、最近は自分でもうんざりするようになりました。

    いまちょっと整理したいことがあるので、上手くまとまるかどうか分かりませんが、吐き出す感じて書いておきます。

    母は、子供時代からの寂しさと、夫から愛されない寂しさから、子どもに愛を求めようとしていたんだろうと思います。

    母に絡まれた子供の私は、大好きな母のために喜んで尽くそうとしました。

    母にとっての私は、愚痴を聞いてくれて慰めてくれて、時にはストレス解消のサンドバッグ代わりにもなってくれる好都合な子供だったのでしょう。

    だけど、子供の私の自由はありませんでした。親に甘えて要求を満たして貰ったことは全くありませんでした。

    私と母は、親子の役割が逆転していました。

    子供らしい子供時代を送れなかった私は、生き生きした感情を失いました。

    本音の自分はどこへ行ったか、気がつけば手繰り寄せられないほど遠くに行ってしまっていました。

    かくあるべき理想の自分、真面目で謙虚で努力家で、どんなに困っても泣き言一つ言わない、そんな人として生きてきましたが、そんな自分はやはり嘘っぽいのです。


    傷ついている人は、ありのままの自分では愛されないという誤解があります。

    本当の自分を隠しているから誰とも親密になれず、結果として愛されなくなります。

    傷ついている人は愛されようとするほど愛されないという矛盾を抱えることになります。


    ところで、自己啓発系の人とスピ系の人は真面目で立派なことを言いますよね。

    インナーチャイルドが傷ついている人特有の向上心とか理想主義があると思います。

    「変わりなさい」「救われますよ」

    こういった変わりたい願望と救済されたい願望は、傷ついている人にはとても訴求力があり、じっさい自己啓発系とスピ系は非常に人気があります。

    と言っても、私自身も変わりたい願望と救済されたい願望を苦しいほど握りしめていた時期がありました。

    自己啓発にもスピ系にも、はまりはしませんでしたけど。

    傷ついている人は、愛されるために真面目で立派な理想の自分になろうとして力を尽くしますが、その努力の方向は自己否定を助長するだけで、本当の自分との繋がりは断たれたままになります。


    本当の感情と繋がること。

    傷ついている私には遥かな道程でした。


    降り積もった怒りばかり出てきて、本当の感情にはなかなか辿り着けませんでした。

    それが最近やっと出来るようになったら、余分なところに入れていた力が抜けて、素直な私が顔を出しました。

    私はただ母に甘えたかった。要求を満たしてほしかった。

    それが子供の私の、母に対する本当の気持ちなのでした。

    母を支えるしっかり者の私は、愛されるためにつくった偽物の私なのです。


    甘えられなかった寂しいチャイルドの自分は、ずっと助け出してくれるのを待っていたのでしょう。

    このチャイルドこそが本当の自分で、この子こそが自分の中にある信じられる健康な部分なんでしょう。

    この子の声を聞くことで自分の道を間違うことも無くなるでしょう。

    私はずいぶん長いこと迷子になっていました。


     
     
    パーソンセンタード表現アートセラピーファシリテーター/心理カウンセラー/新聞社編集局を経て、2007年、京都から石垣島に移住/西表島でのワンネス体験、八重山のオバアとの二人暮らしや大自然、20年の闘病生活を経て復活した体験記をつづっています/岡山県倉敷市出身

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