
手乗り文鳥ポワロの事件簿①『ポワロとコーヒー』【第三章 甘い残香】
志賀県警本部・鑑識課。
証拠袋が机の上に整然と並んでいた。
その中に、「金虎食品」と印字されたコーヒー豆の袋がひとつあった。
「分析結果、出ました」
科捜研の担当者が報告書を差し出す。
本田は数値に目を走らせた。
「カフェイン量、通常の倍以上……だが、それだけじゃ死因にはならねぇな」
「他にも検出されています」
「これだ」
本田はルーペ越しに小さな数値を指さした。
そこには、微量の毒性成分の文字。
「危険なんですか?」
長谷部が尋ねた。
「十分にな」
「匂いは残るんですか?」
本田は報告書から目を上げた。
「多少は残るらしい」
「らしい?」
「科捜研の見解だ」
本田は報告書を閉じた。
「毒殺で間違いない」
*
その報告が日子根署に届いたのは昼を過ぎた頃だった。
刑事課の机に戻った香川の前に、長谷部が立っていた。
書類の束を抱え、額にうっすら汗がにじんでいる。
「先輩、金虎食品の中山ですが、出張というのは嘘でした。
昨日から会社にも自宅にも戻っていません。
携帯も依然として電源が入らず、現在も所在不明です。
逃走した可能性が高いと思われます」
「……やっぱりな」
香川は腕を組み、静かにうなずいた。
「金虎食品、過去に問題は?」
「三年前に産地偽装のうわさが出てたそうです。でも記事にはならなかったとか……」
長谷部は書類の束から一枚の記事を抜き出した。
「あと、こんな記事も見つけました!」
「よく見つけたな」
「ネット検索ですよ。意外と色々出てきます」
「時代だな……」
「なるほどな」
香川はつぶやいた。
*
志賀県警本部・鑑識課の証拠保管室。
本田が押収した袋を机の上に並べた。
「これが全部だ」
香川の肩からポワロがふわりと降りた。
机の上をゆっくり歩き、袋の前で立ち止まる。
そして、ひとつの袋の端を、こつ、こつ、とつつき始めた。
本田が眉を上げた。
「またそこか」
「あの朝も同じ袋をつついてた」
香川が静かに言う。
「チチッ……チチチッ!」
長谷部が眉をひそめる。
「先輩、それ、本当に匂いなんですか?」
「さあな」
香川は袋を見つめた。
「でも、こいつは何か気になってるらしい」
香川は本田を見た。
「そこだけ調べ直せ」
「袋の端か」
「ああ」
「……科捜研に回す」
*
その日の夕方。
日子根署へ戻った香川は、窓の外へ目を向けた。
日子根湾の向こうに、金虎食品の倉庫が見えている。
「なあ、ポワロ」
「チチッ」
「こんなもんじゃ終わらねぇ気がするんだよな」
文鳥は答える代わりに、静かに羽を休めた。