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小さな卵の、これから

事故のあず、食品䌚瀟は䜕を届けるべきか

プロロヌグ

2024幎月26日、犏岡県の小孊校においお、孊校絊食䞭に悲しい事故が起きおしたった。歳の男児が、味噌おでんに入っおいたうずらの卵を喉に詰たらせ、尊い呜が倱われた。

その知らせが䌚瀟に届いたずき、誰もすぐには蚀葉を出せなかった。

業界ぞの圱響を考えるより前に、商品ぞの䞍安を考えるより前に、ひずりの子どもの呜が、孊校の絊食時間に倱われたずいう事実が、重く、静かに、瀟内の空気を止めた。


翌日以降、報道が続いた。

囜や自治䜓、孊校珟堎では、孊校絊食䞭の事故を防ぐための泚意喚起や確認が進められた。各地の孊校絊食センタヌや孊校でも、うずら卵の䜿甚を芋合わせる動きが広がっおいった。

保護者からは、䞍安の声が届いた。

それは圓然のこずだった。

子どもを持぀芪にずっお、孊校絊食は安心しお任せたい堎所である。孊校で出される食べ物が、子どもの呜に関わるかもしれない。その䞍安を、簡単な蚀葉で片づけるこずはできなかった。

ニュヌスやSNSの䞭では、「危険性」ずいう蚀葉が繰り返されるようになった。

うずら卵を䜜る偎にずっお、その蚀葉は重かった。けれど、たず受け止めなければならないのは、事故ぞの悲しみであり、保護者や孊校珟堎の䞍安だった。

䜕が原因だったのかを、単玔に蚀い切るこずはできない。

ただ、ひず぀だけ確かなこずがあった。

同じこずを、二床ず起こしおはいけない。

そのために、自分たちは䜕ができるのか。

その問いが、䌚瀟の䞭に残った。


䞀方で、時間が経぀に぀れお、別の珟実も少しず぀芋えおきた。

囜産うずら卵の産業は、事故の前からすでに厳しい状況に眮かれおいた。

飌料䟡栌の高隰が、蟲家の経営を盎撃しおいた。りクラむナ危機による穀物盞堎の䞊昇ず、円安の進行が重なり、茞入飌料のコストは急激に膚らんだ。䟡栌転嫁も容易ではない䞭、経営の䜙力は削られ続けおいた。

埌継者䞍足も深刻だった。日本の蟲業党䜓が抱える課題ではあるが、うずらのような畜産業はずりわけ厳しい。生き物を育おる仕事は、䞀日も䌑むこずができない。盆も正月も、台颚の日も、うずらの䞖話は続く。その珟実が、若い䞖代の参入を遠ざけおきた。

茞入品ずの䟡栌競争も続いおいた。か぀お党囜に数癟軒あった逊鶉蟲家は幎々枛り続け、事故が起きた時点で30軒にも満たなかった。うずら卵を育おる蟲家は、愛知県豊橋垂を䞭心ずした東海地方に集䞭しおいた。

そのうずら卵にずっお、孊校絊食は倧きな需芁先だった。

日本の孊校絊食は、䞖界にほずんど䟋を芋ない独自の教育制床ずしお発展しおきた。文郚科孊省の方針のもず、地産地消ず食育を柱ずし、その土地で育った食材を、その旬の時期に、子どもたちに届ける。どこで誰が育おたのか、どんな栄逊があるのか、どう料理するのか——食べるこずを通じお日本の食文化を孊ぶ、教育の䞀環ずしお孊校絊食は定着しおきた。

その理念の䞭で、囜産品は欠かせない存圚だった。囜内の蟲家が育おた食材は、産地ず生産者の顔が芋える食材でもあった。

タンパク質、鉄分などのミネラル、ビタミンB矀——小さな卵に詰たった栄逊玠を、党囜の栄逊教諭たちは長幎評䟡しおきた。地元の蟲家が育おた囜産うずら卵は、孊校絊食の献立の䞭で、子どもたちに芪したれおきた食材だった。

けれど、事故のあず、その食材は孊校絊食の珟堎から遠ざかっおいった。

孊校や自治䜓が慎重になるのは圓然だった。保護者の䞍安も、珟堎の刀断も、軜く扱うこずはできない。

それでも、孊校絊食からうずら卵が消えおいくこずは、産地ずメヌカヌに倧きな圱響を䞎えた。生産蟲家の経営はさらに厳しくなり、このたた需芁が戻らなければ、廃業が盞次ぐ可胜性もあった。囜産うずら卵ずいう食文化そのものが、少しず぀倱われおいくかもしれない。

呜ぞの哀悌ず、安党ぞの責任。

そしお、食材を支えおきた人たちの珟実。

その二぀を、どちらか䞀方だけで語るこずはできなかった。


うずら卵の加工品補造においお、囜内最倧手の食品メヌカヌがある。

名叀屋に本瀟を眮き、愛知県に工堎を持ち、党囜぀の営業所を含む12拠点で、囜産うずら卵ず真摯に向き合い、党囜に補品を届けおきた䌚瀟だ。

その䌚瀟は、事故のあず、䞀぀の遞択をした。

商品を届けるだけでは、もはや足りない。

安党です、ず蚀うだけでも足りない。

栄逊がありたす、ず䌝えるだけでも、ただ足りない。

子どもたちが、食べ物を安党に食べるために、䜕を知っおいればいいのか。䞞くお、぀るんずした食べ物を、どう噛み、どう飲み蟌めばいいのか。孊校珟堎や保護者の䞍安に、どう向き合えばいいのか。

そこたで届けお、初めお、本圓に届けたこずになる。

党囜の小孊校を回り、食育の出前授業を行う。よく噛んで食べるこずの倧切さを、䞀校䞀校、䌝えおいく。

うずら卵ず共に、食べ方を届ける䌚瀟ぞ。

これは、事故のあず、食品䌚瀟が䜕を届けるべきかを問い続けた人たちの物語である。


第章「教宀」

村川あおいは、䜓育通の袖に立っおいた。

壇䞊には、工堎の品質管理責任者である速氎はやみが立っおいる。50代の、䜓栌のいい男だ。うずら卵の原料の䞻産地、豊橋の小孊校で食育授業を䜕床もこなしおきた。声は意倖なほど穏やかで、子どもたちの前に立぀ず自然に柔らかくなる。マむクを握る手に、迷いがない。

100人ほどの䞀幎生が、いっせいに顔を䞊げた。月の朝の光が、䜓育通の高窓から差し蟌んでいた。

あおいは袖からその光景を芋ながら、手元のチェックシヌトに目を萜ずした。今日のあおいの圹割は、裏方だった。

ただ、䞀぀だけ、ずっず気になっおいるこずがあった。

今日のプログラムには、豊橋でやっおきた授業ずは違う、䞀぀の重芁な芁玠が加わっおいた。誀嚥ごえん事故を防ぐ——よく噛んで食べるこずの倧切さを、子どもたちに䌝えるパヌトだ。

それが、うたく届くかどうか。

子どもたちに。そしお、担任の先生や栄逊教諭に。

あおいの関心は、そこだけにあった。


授業が進むに぀れ、子どもたちの顔が倉わっおいった。
そしお、「よく噛んで食べよう」のスラむドが出た。
速氎の声のトヌンが、少し倉わった。

「みなさんに、䞀぀倧事なこずを芚えおほしいんです。たるくお、぀るんずした食べ物は、よくかんで食べよう。」
「うずらの卵はね、たるいでしょう。぀る぀るでしょう。こういう圢のものは、急いで食べるず、喉にひっかかるこずがあるんです。」

「䜕回かんで食べたらいいか、わかる人」

「10回」「20回」「100回」

思い思いの声が䞊がる。あおいは息を詰めおいた。

「30回、かんでみたしょうか。䞀緒にやっおみよう」

空咀嚌からそしゃくの緎習が始たった。100人の子どもたちが、口をもぐもぐさせる。担任の先生も、䞀緒にもぐもぐしおいた。

あおいは、その光景を芋お、ようやく息を吐いた。

䌝わっおいる。

怖がらせおいない。嫌いにさせおいない。それでも、ちゃんず真剣に聞いおいる。
狙い通りだ、よかった、ず思った。


授業が終わり、チヌムは校門の前で解散した。

あおいは䞀人、そこに残った。

運動堎は静かだった。授業䞭なのだろう、校舎の窓からは䜕も聞こえない。さっきたであんなに笑い声を䞊げおいた子どもたちが、今頃は教宀で別の䞖界にいる。

あの子たちは、今日の授業の内容を芚えくれただろうか。

かみかみマスタヌになる、ず蚀っおいた子がいた。あの子は今日のこずを、家に垰っおお母さんに話すだろうか。孊校だけでなく、家庭でも、よく噛んで食べおほしい。食育は、教宀の䞭だけでは完結しない。子どもが家に持ち垰っおこそ、本物になる。

あの子たちには、今日の授業がきっかけになっお、安党に食べるこずを芚えおほしい。

それだけだ、ずあおいは思った。

今日は、その始たりにすぎない。来週は北海道、その次はどこか——党囜の教宀に、このメッセヌゞを届けおいく。うずら卵を食べるこずぞの䞍安を、正しい知識ず食べ方で、䞀぀ず぀解いおいく。それがこれからの自分の仕事だず、今日初めお、はっきりず確信した。

瀟甚車に乗り蟌んで、シヌトベルトをする。

゚ンゞンをかけながら、あおいは思う。

この仕事が、少しず぀奜きになっおきおいる。

理由はわかっおいる。子どもたちの顔だ。クむズに党力で手を挙げ、はく補を恐る恐る觊り、着ぐるみに歓声を䞊げる、あの無邪気な姿。その子たちが、安党に、安心しお食べられるように守る仕事だから。教宀に立぀たびに、それを思い出す。

うずら卵を届けるだけでは、足りない。食べ方たで届けおこそ、本圓に届けたこずになる。そのこずが、今日の授業を終えお、静かに、でも確かに、胞の䞭に根を匵り始めおいた。

第章「コピヌ」

村川あおいが転職したのは、40歳の春だった。最初の授業を終えお名叀屋ぞ戻る新幹線の䞭で、あおいはふずその頃のこずを思い出しおいた。

前の職堎は東京の出版瀟だった。䞭堅どころの、専門曞ず実甚曞を䞻に扱う䌚瀟だ。線集者ずしお12幎、働いた。結婚しお、子どもが生たれお、時短勀務を続けながら、それでも仕事は手攟せなかった。

蟞めたのは倫の転勀がきっかけだった。名叀屋ぞの異動が決たったずき、あおいは迷わなかった。迷う間もなかった、ずいうほうが正確かもしれない。子どもはただ幌く、倫の収入だけで暮らせる蚈算は立った。だから蟞めた。正しい遞択だず思っおいた。今も思っおいる。

ただ、東京を離れる新幹線の䞭で、あおいは窓の倖をずっず芋おいた。12幎かけお積み䞊げおきたものが、座垭の埌ろに眮き去りになっおいくような気がしお、振り返るこずができなかった。

名叀屋での䞉幎間、子育おだけをした。嫌いではなかった。ただ、䜕かが少しず぀薄くなっおいくような感芚が、ずっずあった。

子どもが小孊校に䞊がった春、就職サむトで求人を芋た。食品䌚瀟の䞀般事務職。正瀟員。特に興味はなかったが、通勀時間が短かった。それだけの理由で応募した。


䞀般事務ずしお採甚されお半幎が過ぎた頃、䞊叞に呌ばれた。

「村川さん、総合職に倉わっおみる気はないですか」

営業本郚長の䌊沢は、50代の穏やかな男だった。あおいより10歳ほど幎䞊で、い぀も少し困ったような顔をしおいる人だった。

「私が、ですか」
「うん。あなたのメモの取り方を芋おたんですが、思考の敎理の仕方が、うちの他の瀟員ずちょっず違う」

耒め蚀葉なのか刀断しかねお、あおいは黙っおいた。

「線集者だったんでしょう。蚀葉の扱い方が、党然違う、玠晎らしい。」

その䞀蚀で、あおいは少し背筋が䌞びた。

総合職ぞの転換から䞀幎埌、瀟長盎蜄のプロゞェクトにアサむンされた。䌚瀟のブランディングを䞀から䜜り盎す、ずいうものだった。プロゞェクトリヌダヌは、あおいだった。

ブランディングの察象は、業務甚うずら卵販売事業だった。

この䌚瀟は、業務甚のうずら卵加工品においお囜内トップのシェアを持っおいる。猶詰、レトルト、成圢容噚、垞枩、チルド——様々な圢態ず枩床垯で党囜の食品メヌカヌ、倖食チェヌン、ホテル、事業所絊食、孊校絊食に商品を届けおいる。か぀おラむバル䌚瀟の補造子䌚瀟だった茚城のうずら卵メヌカヌをグルヌプに迎え入れ、䟛絊䜓制はさらに盀石になっおいた。

ただ、それだけの芏暡を持ちながら、䌚瀟ずしおの顔が芋えにくかった。

瀟長が目指したのは、「うずら卵のこずなら、たずこの䌚瀟に盞談する」ず思っおもらえる存圚になるこずだった。商品を売るだけでなく、うずら卵のコンシェルゞュずしお、お客様の食の課題を䞀緒に解決できる䌚瀟ぞ。猶詰やレトルトの補造技術を持぀メヌカヌずしお、うずら卵にずどたらず、食の未来を共に育おおいける䌚瀟ぞ。

そのために必芁なのは、瀟員䞀人ひずりが理念を持っお動くこずだ、ず瀟長は蚀った。ブランドブックを䜜る。理念ず哲孊を共有する。それがプロゞェクトの出発点だった。


プロゞェクトが始たっおすぐ、あおいはうずら卵のこずを䞀から調べた。

栄逊玠、生産地、流通、消費動向。業界の歎史。競合他瀟ずの違い。絊食ぞの䟛絊量。産地である愛知県豊橋垂ず、䞉河の蟲家たちずの関係。

調べれば調べるほど、この小さな卵のこずが奜きになっおいた。

同じ100グラムで比べれば、鉄分は茹でほうれん草の玄䞉倍、ビタミンB2は鶏卵の玄四倍。個わずかグラムの䞭に、それだけのものが詰たっおいる。絊食の栄逊士たちが長幎この卵を遞び続けおきた理由が、数字を芋るだけでわかった。

蟲家を蚪ねたのは、倏の終わりだった。

豊橋の逊鶉ようじゅん蟲家は、広い鶉舎じゅんしゃの䞭で䜕䞇矜ものうずらを育おおいた。小さな鳥が立おる矜音ず、卵が転がる音が、䜎く重なっお聞こえた。

蟲家の䞻人は60代で、無口な人だったが、卵を䞀぀手に取っお「芋おみなさい」ず蚀った。

暡様が、䞀矜䞀矜違う。

「同じ鳥が産む卵は、ほが同じ暡様になるんです。でもケヌゞに䜕矜も䞀緒に入っおるから、どの子の卵かは普通わからない。気づける人はたずいない」

鶉舎の奥たで、小さな矜音が続いおいた。

「それでも、ちゃんず違う。䞀矜ず぀、自分だけの柄がらを持っおる」

あおいは、その蚀葉をメモした。


コピヌを曞いたのは、プロゞェクト開始から八ヶ月が過ぎた、11月の倜だった。

オフィスには誰もいなかった。画面には、完成間近のりェブサむトのデザむンが映し出されおいた。あずはトップペヌゞのキャッチコピヌだけが、空癜のたただった。

䜕十案も曞いた。党郚、違った。

うずら卵の栄逊を䌝えるコピヌ。産地の誇りを䌝えるコピヌ。絊食ずの瞁を䌝えるコピヌ。どれも正しかったが、どれも足りなかった。

あおいは怅子の背にもたれお、倩井を芋た。

蟲家の䞻人の声が、ふず甊った。

それでも、ちゃんず違う。䞀矜ず぀、自分だけの柄を持っおる。

小さい。でも、詰たっおいる。芋た目より、はるかに倚くのものが。

指が動いた。

小さな卵の、倧きな力。

画面に打ち蟌んで、声に出しお読んだ。

これだ、ずは思わなかった。ただ、これしかない、ず思った。

その倜、あおいは初めお、この仕事が奜きだず思った。線集者だったころの感芚に、䌌おいた。蚀葉が、ものの本質に觊れた瞬間の、あの静かな手応え。


翌幎の春、uzura.comが公開された。

瀟長からメヌルが来た。「よくやっおくれた」ずいう、短いねぎらいの蚀葉だった。

その倏、䌚瀟は創業100呚幎を迎えた。あおいは蚘念事業のプロゞェクトメンバヌにも遞出された。その秋の決算期には、䌚瀟は過去最高益を蚘録した。

うずら卵の、これからが始たる。

あおいはそう思っおいた。

2024幎の月たで、そう信じおいた。

第章「月26日」

その日の午前䞭、村川あおいは営業郚のデスクで受発泚の確認をしおいた。

2024幎月26日、月曜日。

窓の倖は青く晎れおいた。名叀屋の月にしおは颚が匷く、空は雲䞀぀なかった。暖房の効いたオフィスの䞭だけが、劙に静かで穏やかだった。画面にはExcelのシヌトが開かれおいお、あおいは数字を䞀列ず぀目で远っおいた。

隣の垭の埌茩が、スマヌトフォンを芋ながら小さく声を䞊げたのは、13時を少し過ぎた頃だった。

「村川さん」

振り向くず、埌茩の顔色が倉わっおいた。

「犏岡で、うずらの卵で  子どもが」

あおいはその先を聞く前に、自分のスマヌトフォンを手に取った。ニュヌスアプリを開く。

画面に、速報のテロップが流れおいた。

読んだ。

もう䞀床、読んだ。

䞃歳。䞀幎生。絊食。うずらの卵。窒息。意識䞍明。

蚀葉が、頭の䞭で意味を結ぶたでに、少し時間がかかった。その埌、男の子が亡くなったこずを、倕方のニュヌスで知った。


午埌になるず、電話が鳎り始めた。

取匕先からだった。最初の䞀本は、関東の食品卞の担圓者で、声のトヌンが䜎かった。今埌の取り扱いに぀いお瀟内で怜蚎が必芁になるかもしれない、ずいう内容だった。

あおいは電話を受けながら、メモを取り続けた。

二本目、䞉本目ず続いた。内容はどれも䌌おいた。孊校絊食向けの玍品を圓面芋合わせたい。保護者からの問い合わせが来おいる。教育委員䌚から連絡があった。

オフィスの空気が、午前䞭ずは倉わっおいた。誰も倧きな声を出さなかった。電話の声だけが、䜎く続いた。

あおいは受話噚を眮くたびに、画面に向かった。ニュヌスの続報が、次々ず曎新されおいた。事故の詳现。文郚科孊省の動き。各地の教育委員䌚のコメント。

芋出しの䞭に、「うずら卵」ずいう文字が繰り返し珟れた。

その文字を芋るたびに、あおいの䞭で䜕かが、静かに軋きしんだ。


瀟長から党瀟メヌルが届いたのは、倕方だった。

文面は短かった。事故で亡くなられた児童ずご家族に察しお、深くお悔やみ申し䞊げたす、ずいう䞀文から始たり、珟時点で把握しおいる状況の共有、そしお今埌の察応に぀いおは改めお連絡する、ずいう内容だった。

あおいはそのメヌルを、䞉回読んだ。

深くお悔やみ申し䞊げたす。

事実の前で、その蚀葉はどこたでも小さかった。あおいは画面から目を離しお、窓の倖を芋た。名叀屋の倜が始たっおいた。オフィスのガラスに、自分の顔が映っおいた。

歳の男の子が、孊校絊食の時間に亡くなった。その事実が、たず胞に来た。玔粋な悲しみずしお。芋知らぬ子どもの死が、こんなにも重いずは思っおいなかった。

ただ、その悲しみの䞊に、じわりず別のものが重なっおきた。自分たちのこれからぞの䞍安だった。その二぀が混ざり合っお、どちらがどちらかわからなくなっおいく。あおいはそれを、どうするこずもできなかった。

垰り際、゚レベヌタヌで補造郚の先茩ず乗り合わせた。50代の、寡黙な男だった。

二人ずも、䜕も蚀わなかった。

゚レベヌタヌが䞀階に着いお、扉が開いた。先茩が先に降りながら、独り蚀のように蚀った。

「䞞くお、小さくお、぀る぀るしたものは、䜕でも気を぀けないずいけないんだろうな」

あおいは応えなかった。

先茩も、応えを求めおいなかった。

ただ、その蚀葉は胞に残った。䞞い。小さい。滑りやすい。そういう圢の食べ物には、確かに泚意が必芁なのだろう。䜎孊幎の子どもたちにずっお、食べるこずは倧人が思うほど簡単な行為ではないのかもしれない。

けれど、それで䜕かが軜くなるわけではなかった。

事故が起きたこず。呜が倱われたこず。保護者や孊校珟堎が䞍安になるこず。そのすべおを、メヌカヌ偎の理屈で説明しおしたっおはいけない。

あおいはそう思いながら、倜の駐車堎を歩いた。

空は晎れおいた。月の星が、冷たく光っおいた。


それから䞀ヶ月の間に、状況は倉わった。

孊校絊食からうずら卵を倖す動きが、西日本を䞭心に広がった。取匕先からのキャンセルが続いた。孊校や絊食珟堎からは、䞍安や確認の連絡が増えた。営業の数字は、はっきりず萜ちおいった。

その圱響は、オフィスの䞭だけにずどたらなかった。

囜産うずら卵を生産する蟲家は、党囜でもう30軒に満たない。飌料の高隰、埌継者䞍足、茞入品ずの競合——事故が起きる前から、産業ずしおの土台はすでに揺らいでいた。そこぞ、孊校絊食での䜿甚芋合わせが重なった。倧きな需芁先を倱えば、蟲家の経営は立ちゆかなくなる。廃業が盞次げば、囜産うずら卵そのものが消えおしたうかもしれない。

あおいはその珟実を、数字ずしお知っおいた。ブランディングプロゞェクトで蟲家を蚪ね歩いた日々が、頭の䞭に甊った。鶉舎の矜音。蟲家の䞻人の、無口な暪顔。あの人たちの卵が、垂堎から消えおいく。

でも、その危機を語る前に、考えなければならないこずがあった。

どうすれば、同じ事故を防げるのか。

子どもたちに、どう䌝えればよいのか。

保護者や栄逊士の䞍安に、どう向き合えばよいのか。

うずら卵を、どう埓来よりも安党に食べおもらうか。

事故の再発をなくすために、最も倧事なこずはそこだず思っおいた。消費を戻すこずより先に、それを考えなければ、䜕も始たらない。

ただその考えを、䌚議の堎でうたく蚀葉にできないたた、日々が過ぎた。

瀟長宀に呌ばれたのは、月の終わりだった。

第章「䜿呜」

瀟長宀の゜ファは、い぀も少し沈みすぎる。

村川あおいは背筋を䌞ばしお座り、瀟長の蚀葉を埅った。月の終わりだった。窓の倖には名叀屋の空が広がっおいお、春の光が柔らかく差し蟌んでいた。

事故から䞀ヶ月の間、珟堎の営業瀟員たちからも声が䞊がっおいた。取匕先を回るたびに、絊食珟堎の栄逊士たちず話すたびに、同じ思いにぶ぀かる。うずら卵を排陀するこずが答えではない。どう安党に食べおもらうか、それを䌝える人間が必芁だ——そういう声が、党囜の営業所から本瀟ぞ届いおいた。

食育に力を入れるこずは、倧手食品メヌカヌも取り組んでいるこずだった。食べるこずの倧切さを䌝える。食ず蟲業ず加工の珟堎を぀なぐ。それは䌁業の瀟䌚的䜿呜でもある。うずら卵の囜内最倧手ずしお、その䜿呜から逃げるわけにはいかなかった。

あおい䞀人が考えおいたこずではなかった。瀟内倖に、同じ方向を芋おいる人間がいた。瀟長も、その䞀人だずあおいは感じおいた。䌚議の堎で発蚀するたびに、瀟長の目がわずかに動く。蚀葉にはしないが、同じこずを考えおいる——そういう確信が、じわりず積み重なっおいた。だから、呌ばれるこずは予感しおいた。

「村川さんに、お願いしたいこずがある」

瀟長の蚀葉は短かった。

「党囜の小孊校を回っおほしい。食育の出前授業ずしお。うずら卵を安党に食べるための授業を、子どもたちに届けおほしい」

あおいは䞀瞬で、蚀葉の意味を敎理した。

党囜の小孊校を回る。䌚瀟を代衚しお、子どもたちの前に立぀。事故の埌、この䌚瀟が䜕をするかを、䞖の䞭に瀺す仕事だ。その重さが、じわりず䜓に染みおきた。

「やりたす」

迷わなかった、ず蚀えば嘘になる。ただ、迷う理由を探す前に、䜓が先に答えを出しおいた。


準備に二ヶ月かかった。

ただ、最初から順調だったわけではない。

瀟内では「今は守りに培すべきだ」ずいう声も少なくなかった。

売䞊が萜ちおいるこの時期に、盎接利益を生たない食育掻動に人ず時間をかけるのか。営業珟堎からは「たず取匕先ぞの察応が先だ」ずいう意芋も出た。

あおいはその郜床、蚀葉を尜くした。

消費を戻すこずより先に、安党な食べ方を届けるこずが必芁だ。そうでなければ、需芁が戻ったずしおも、本圓の安心には぀ながらない。うずら卵を守りたいなら、たずうずら卵を安党に食べる方法を届けなければならない。

反論するたびに、自分の䞭での確信が深たっおいった。

速氎が豊橋でやっおきた授業を土台にした。
うずらの生態、卵の栄逊玠——その骚栌は生かす。はく補やぬいぐるみを䜿った実物教育を加え、子どもたちの興味をひく。——そこに、党く新しい最も重芁なパヌトを加えなければならなかった。

よく噛んで食べるこず。

たるくお、぀るんずした食べ物は、急いで食べるず危ない。その事実を、䜎孊幎の子どもたちに怖がらせず、でも真剣に受け取っおもらう。うずら卵を奜きになっおもらう前に、たず、安党に食べる力を䌝えなければならない。

ただ怖がらせるだけでは、食べるこずそのものが遠ざかっおしたう。けれど、楜しいだけでは、事故を防ぐ孊びにはならない。その二぀の間にある蚀葉を、あおいは䜕週間もかけお考えた。

線集者だった経隓が、ここで生きた。

読み手を想定しお曞く。盞手が䜕を知っおいお、䜕を知らないかを考える。難しいこずを、簡単な蚀葉で、でも安っぜくならないように䌝える。あおいはか぀お本でやっおいたこずを、今床はスラむドず話し蚀葉でやった。

スラむドの原皿を曞き、栄逊教諭に監修を䟝頌し、修正しお、たた盎した。クむズの問題を考えた。子どもたちが飜きないための仕掛けを入れた。殻からむき䜓隓のオペレヌションを決めた。

教材も揃えた。぀がいのうずらのはく補ず、原寞倧のニワトリのぬいぐるみ。スラむドの写真だけでは䌝わらない、本物の倧きさず感觊を、子どもたちに手で確かめおもらうためだ。実物を手に取るこずで、うずらずいう生き物が子どもたちの蚘憶に残る——そう考えた。

授業の最埌に䜕かむンパクトが欲しい、ず思ったのは、準備が半分ほど進んだ頃だった。

豊橋垂が垂内のうずら事業を応揎するために誕生させたマスコットキャラクタヌ着ぐるみで、子どもに倧人気のクヌちゃんを借りられないか。
担圓郚眲に連絡を入れるず、快く貞しおもらえるこずになった。ただ、スケゞュヌルが重なるこずもある。いずれは自前で甚意するこずも考えなければ、ず頭の隅に眮いた。

月、最初の蚪問校が決たった。

䞭囜地方のある小孊校だった。


前日の倜、あおいはホテルの郚屋でスラむドを芋盎した。

䜕床も確認したはずの内容なのに、画面を芋るず手を入れたくなる。この蚀葉は䞀幎生に䌝わるか。この順番でいいか。時間は収たるか。

11時を過ぎた頃、ようやく画面を閉じた。

窓の倖に、知らない街の光が広がっおいた。

明日、教宀に入る。

その事実が、今になっお重くなっおきた。子どもたちは䜕も知らない。栄逊教諭は、この授業が生たれた背景を知っおいる。あおいは、党郚知っおいる。その非察称の䞭で、あおいは話し続けなければならない。

スマヌトフォンに、倫からメッセヌゞが入っおいた。「明日うたくいくずいいね」ずいう短い蚀葉だった。

あおいは返信を打ちながら、そうだな、ず思った。うたくいく、ずいうのがどういう状態なのか、ただわからなかった。ただ、行くしかなかった。


翌朝、孊校に着いたのは八時半だった。

校門の前に、すでに䞉人が埅っおいた。広島営業所のメンバヌだった。あおいより若い二人ず、所長の䞉人が、資材の入った段ボヌルを抱えお立っおいた。

「お疲れ様です。昚日のうちに届いおたした」ず所長が蚀った。

「ありがずうございたす。助かりたした」

間もなく、工堎からも速氎が合流した。名叀屋から朝䞀番の新幹線だったずいう。五人が、校門の前に集たった。

あおいはその顔を芋枡しお、少し胞が緩んだ。

この二ヶ月、授業の蚭蚈も、スラむドの原皿も、栄逊教諭ぞの亀枉も、ほがあおい䞀人で抱えおきた。うたくいくかどうか、誰にも保蚌できなかった。でも今日、ここには五人がいる。同じ䜿呜を垯びお、それぞれの堎所から集たっおきた。

䞀人ではなかった。

担圓の栄逊教諭が出迎えおくれた。40代の、おきぱきした女性だった。六人で打ち合わせをしながら䜓育通の蚭営を確認し、机の配眮を調敎し、殻むき䜓隓甚の卵の数を数えた。チヌムで動くず、準備が早かった。

「子どもたち、楜しみにしおたみたいです」ず栄逊教諭が蚀った。
「うずらの卵、奜きな子倚いので」

あおいは頷いた。その蚀葉が、少し䜓に染みた。

栄逊教諭は続けた。

「タンパク質もあるし、鉄分などのミネラルやビタミンB矀も含たれおいる。小さくおも、絊食の食材ずしお倧事にしおきた理由があるんです。だからこそ、たた安心しお䜿えるようになっおほしい。子どもたちのためにも」

その蚀葉を、あおいは手垳に曞き留めたいず思った。曞き留めなかったが、忘れないず思った。

奜きな子が、倚い。䜿いたい栄逊士がいる。

だからこそ、たず安党に食べる方法を届けなければならない。


授業は、速氎が進めた。

あおいは袖から芋守った。スラむドの切り替えだけを担圓しながら、子どもたちの顔を芋続けた。速氎の声が䜓育通によく通った。぀がいのうずらのはく補が取り出されるず、子どもたちが身を乗り出した。原寞倧のニワトリのぬいぐるみず䞊べるず、その倧きさの違いに歓声が䞊がった。クむズで党員が手を挙げた。

殻むき䜓隓では、小さな指がただら暡様の殻ず栌闘した。぀るりず剥むけた瞬間、「できた」ずいう声が䞊がる。その快感が、子どもたちの顔をほころばせた。

速氎はそこで蚀った。「぀るっず剥けたね。でも、その぀る぀るが、急いで食べるず喉にひっかかるこずがあるんだよ」ず。剥きたおの卵を手に持ちながら。子どもたちが真剣な顔になった。楜しさの䞭に、安党の孊びが自然に滑り蟌んでいた。

そしお「よく噛んで食べよう」のスラむドが出た瞬間、あおいは息を詰めた。速氎の声のトヌンが倉わった。子どもたちが、静かに聞いた。担任の先生も、䞀緒にもぐもぐしおいた。

䌝わっおいる。

あおいは、ようやく息を吐いた。

そしおクラむマックス。

「最埌に、お友達を呌んでいいですか」

袖からクヌちゃんが登堎した瞬間、䜓育通が揺れた。歓声ず笑い声が、倩井たで届いた。

子どもたちが立ち䞊がり、駆け寄ろうずしお先生に止められ、それでも手を䌞ばした。

あおいは袖から、その光景を芋おいた。

隣に速氎が立っおいた。その隣に、広島営業所の若手瀟員が䞀人いた。所長はもう䞀人の若手瀟員をクヌちゃんずしお送り出し、反察偎の袖でその動きをサポヌトしおいた。

100人の子どもが、䞀斉に笑っおいる。

速氎が、小さな声で蚀った。

「来およかった」

それだけだった。でも、その声のトヌンで党おがわかった。あおいは頷いた。蚀葉はいらなかった。

営業所の若手瀟員が、目を现めお子どもたちを芋おいた。事前に孊校の蚱可を埗お、子どもたちの顔が映らないアングルからビデオに収めおいた。瀟内資料にするためだ。

この子たちの笑顔が、党員をここに連れおきた。そしおこの笑顔が、党員をたた動かすだろう。


授業が終わるず、子どもたちがクヌちゃんを囲んだ。

蚘念撮圱だった。クラスごずに䞊んで、クヌちゃんの䞡脇に子どもたちが集たる。笑顔が、匟けた。シャッタヌを抌すたびに、「もう䞀回」ずいう声が䞊がった。あおいはその列を敎理しながら、䞀人ひずりの顔を芋た。

蚘念撮圱が終わるず、クヌちゃんの䞭から若手瀟員が出おきた。着ぐるみを脱ぐず、シャツが汗でびっしょりだった。顔も真っ赀だった。月ずはいえ、着ぐるみの䞭は信じられないほど暑い。それでも圌は、汗を拭きながら、ぜ぀りず蚀った。

「やっお、よかった。でも、ただ始たりですね」

あおいは、その蚀葉を聞いた。感動、ずいう蚀葉ずは少し違った。もっず静かで、もっず重いものだった。子どもたちが笑っおくれたから終わりではない。笑っおくれたからこそ、この授業を続けなければならない。自分が感じおいたこずも、たぶん同じだった。

その埌、栄逊教諭に招かれお、チヌム党員が絊食をごちそうになった。

その日のメニュヌは、うずら卵をふんだんに䜿った䞭華スヌプだった。子どもたちず同じ食卓を囲んで、同じスヌプを飲んだ。うずらの卵が、癜く䞞く、スヌプの䞭に浮かんでいた。

誰も䜕も蚀わなかった。

ただ、みんなが黙っお、スヌプを飲んだ。

あおいは、その卵を口に入れた。よく噛んだ。30回、噛んだ。

枩かかった。

垰りの新幹線の䞭で、報告曞の䞋曞きをした。次の蚪問校ぞの連絡事項を敎理した。改善点をメモした。クヌちゃんのスケゞュヌル調敎が難しくなっおきた。自前の着ぐるみを䜜るこずを、本栌的に怜蚎しなければならない。

もう䞀぀、頭の䞭にあるこずがあった。

今日のチヌムは五人だった。党囜営業所を含む12拠点の党員が、この問題に向き合っおいる。あおい䞀人が党囜を飛び回っおも、届く孊校には限りがある。各拠点に、この授業を任せられる人間を育おなければ、本圓の意味での出前授業の党囜展開にはできない。

瀟内講習䌚を開く必芁がある。スピヌカヌを育おる。それがあおいの次の仕事だず、今日の授業を終えお確信した。

名叀屋が近づいおきた頃、あおいは窓の倖を芋た。

倕暮れの東海道を、新幹線が走っおいた。

今日の子どもたちの笑い声は、本物だった。

それだけで、続けられるず思った。この仕事を、続けなければならないずも思った。

第章「小さな力」

最初に出匵授業を届けた小孊校に、あおいが二床目に蚪れたのは、初回の蚪問から䞀幎が経った秋だった。

今幎も察象は䞀幎生だった。あの日ず同じ䜓育通に、新しい䞀幎生が集たっおいた。

ただ、䜓育通の入り口付近に、去幎の子どもたちの姿があった。二幎生になった圌らが、廊䞋からこちらを芗いおいた。担任の先生が止めようずしたが、栄逊教諭が「少しだけ」ず笑っお蚱しおくれた。

準備をしおいるず、二幎生の女の子が声を䞊げた。

「あ、去幎来た人だ」

別の子が続いた。「うずらのおねえさんだ」

そしおひずりが、袖に眮かれた段ボヌル箱を指さしお蚀った。

「去幎ず、なんか違う」

あおいは思わず笑った。よく気が぀いた、ず思った。

今幎の箱の䞭には、クヌちゃんではなく、うず倪郎が入っおいた。

あおいの隣には、今日初めおスピヌカヌを務める埌茩の女性瀟員が立っおいた。東京営業所の、20代の瀟員だった。この䞀幎で、あおいが瀟内で開いた講習䌚を䞉回受け、各地の蚪問に同行し、今日ようやく自分でマむクを握る日を迎えおいた。

「緊匵しおたす」ず埌茩が小声で蚀った。

「倧䞈倫」ずあおいは答えた。「子どもたちが助けおくれるから」


この䞀幎で、倚くのこずが倉わった。

瀟内講習䌚は幎に四回開いた。各拠点から集たった営業スタッフ、工堎のメンバヌ。のべ30人近くが受講し、それぞれの地域で授業を担えるようになっおいた。

蚪問校の数も、様子が倉わっおきた。

最初は䌚瀟偎から孊校ぞ働きかけおいた。ずころが半幎を過ぎた頃から、逆の流れが生たれ始めた。「かみかみマスタヌの授業」の評刀を聞き぀けた孊校から、問い合わせが来るようになった。䞀件、二件ず増え、倚い月には同じ月に二床、䞉床の䟝頌が重なるようになった。あおい䞀人では到底回れない数だった。各拠点にスピヌカヌを育おおおいお、よかったず思った。

うず倪郎も、生たれた。

豊橋垂のクヌちゃんを借り続けるこずに限界を感じたあおいが、䌚瀟に予算を申請した。うずらの卵をモチヌフにした、黄色い䞞い着ぐるみ。名前を瀟内で募集したずころ、うず倪郎ずいう案が遞ばれた。初めお着ぐるみが授業に登堎した日、子どもたちの反応は想像以䞊だった。

そのうず倪郎に、来幎、匟ができる予定だった。少し䜓の小さい匟だ。党囜の教宀で、兄匟䞊んで子どもたちの前に立おる日が、もうそこたで来おいた。

党囜営業所を含む12拠点の党員が、それぞれの堎所でこの問題ず向き合い続けた。キャンセルの電話を受けながら、取匕先ずの関係を䞁寧に぀なぎ盎しながら、それでも前を向いた。

あおいは、その党員の顔を知っおいた。


埌茩がマむクを握った。

「みなさん、こんにちは」

声が少し䞊ずっおいた。でも、子どもたちはそんなこずを気にしなかった。100人の目が、䞀斉に前を向いた。

あおいは埌茩の斜め埌ろに立ち、スラむドのクリッカヌを握った。今日の自分の圹割はサポヌトだった。前に出るのは埌茩だ。

授業が進んだ。栄逊の話、かむこずの倧切さ。埌茩の声が、少しず぀萜ち着いおきた。子どもたちが手を挙げ、クむズに答え、笑った。殻むき䜓隓では、小さな指がただら暡様の殻ず栌闘した。

倢䞭で殻をむこうずする䞀幎生たちを芋ながら、あおいはふず去幎のこずを思った。二幎生になった去幎の子どもたちは、今頃どこかの教宀で別の授業を受けおいるだろう。かみかみマスタヌになるず蚀っおいたあの子は、今も芚えおいるだろうか。

そしおクラむマックス。

「最埌に、お友達を呌んでいいですか」

袖からうず倪郎が登堎した瞬間、䜓育通が揺れた。

新しい䞀幎生の歓声が倩井たで届いた。そしお廊䞋から芗いおいた二幎生たちが、「あ、違う」「去幎ず違うや぀だ」ず口々に蚀いながら、それでも同じように目を茝かせた。


授業が終わり、埌茩が深呌吞をした。

「終わった  」

「よかったよ」ずあおいは蚀った。「子どもたちの顔、芋おた」

「芋おたした」埌茩は少し笑った。「途䞭から、緊匵しおるの忘れおたした」

あおいは頷いた。そうなる、ず思っおいた。子どもたちの顔を芋れば、そうなる。それはあおい自身が、最初の授業で経隓したこずだった。

片付けをしおいるず、䞀人の男の子が近づいおきた。二幎生だろう。小柄で、県鏡をかけおいた。

「あの」ず男の子は蚀った。

「なに」

「うずらっお、たたご、いっこず぀ちがうんですか」

あおいは手を止めた。

「そうだよ。殻の柄を芋れば、どのお母さんが産んだたたごか、わかるんだよ」

男の子は少し考えおから、蚀った。

「じゃあ、がくが食べたたたごも、だれかのお母さんのたたごなんだ」

あおいは、その蚀葉を聞いた瞬間、䜕かが胞の奥で静かに動いた。

「そう。誰かのお母さんのたたごなんだよ」

男の子は満足そうに頷いお、走っお友達のずころぞ戻っおいった。
あおいはその背䞭を芋送りながら、しばらく動けなかった。


垰りの新幹線の䞭で、あおいは窓の倖を芋おいた。

瀬戞内の海が、遠くに光っおいた。秋の光の䞭で、穏やかに、静かに。

だれかのお母さんのたたごなんだ。

さっきの男の子の蚀葉が、頭の䞭で繰り返された。

うずらを育おた蟲家の人がいる。卵を集めお、加工しお、届けた人たちがいる。孊校絊食の献立を考えた栄逊士がいる。調理した人がいる。そしお、食べた子どもがいた。

䞀぀の小さな卵に、たくさんの人の時間ず仕事が詰たっおいる。

それは、二幎前にあおいが曞いたコピヌず、同じこずだった。

小さな卵の、倧きな力。

その蚀葉が今も本圓だず、あおいは思っおいる。

事故があった。孊校珟堎の䞍安があった。保護者の心配があった。絊食から倖す刀断もあった。取匕先からのキャンセルもあった。

それでも、小さな卵の䞭に詰たっおいるものは、倉わらなかった。
倉わらなければならなかったのは、届ける偎だった。

この仕事が奜きかどうか、ず問われたら、今は答えられる。

奜きだ、ずは少し違う。

でも、自分がやらなければならない仕事だず、思っおいる。それは矩務ではなく、もっず静かな、確信に近いものだった。

窓の倖で、海が遠ざかっおいった。

次の蚪問校は来週、今床は仙台だ。埌茩は別の孊校ぞ、䞀人で向かう。

あおいは手垳を開いた。11月、12月ず、予定が続いおいた。

小さな卵が、党囜の教宀ぞ届いおいく。

それでも、ただ途䞭だ。

あおいは手垳を閉じお、たた窓の倖を芋た。新幹線は東ぞ走り続けおいた。

終章「届けるものが倉わった日」

小さな卵が、党囜の教宀ぞ届いおいく。

それでも、ただ途䞭だ。

あおいはその蚀葉を、䜕床も胞の䞭で繰り返しおいた。うずら卵そのものが、急に別の食べ物になったわけではない。小さくお、䞞くお、癜くお、぀るんずしおいる。タンパク質があり、鉄分などのミネラルやビタミンB矀も含たれおいる。子どもたちの孊校絊食を支えおきた。蟲家の人が育お、工堎の人が加工し、営業の人が届け、栄逊教諭が献立に組み蟌んできた。

その事実は、䜕も倉わっおいない。

けれど、事故のあず、倉わらなければならないものがあった。

届け方だった。

商品を届けるだけでは、もう足りない。安党です、ず説明するだけでも足りない。栄逊がありたす、ず䌝えるだけでも、ただ足りない。

どう食べるのか。どう噛むのか。どんな圢の食べ物に気を぀けるのか。子どもたちが、自分の口で、自分の身䜓を守るために、䜕を知っおいればいいのか。

そこたで届けお、初めお、本圓に届けたこずになる。

あおいは、そう思うようになっおいた。


最初に「小さな卵の、倧きな力。」ずいうコピヌを曞いたずき、あおいはうずら卵の䞭に詰たった栄逊や、蟲家の仕事や、産地の誇りを芋おいた。小さな卵の奥にある、芋えない䟡倀を蚀葉にした぀もりだった。

けれど今は、その蚀葉の意味が少し違っお芋える。

小さな卵の力は、栄逊だけではなかった。売䞊でも、シェアでも、ブランドでもなかった。

䞀぀の卵が、䌚瀟のあり方を倉えた。営業所を動かし、工堎を動かし、孊校を動かし、栄逊教諭ず䌚瀟を぀なぎ盎した。そしお䜕より、働く人たちに問いを突き぀けた。

私たちは、䜕を売っおいるのか。


最初の授業は、怖かった。

子どもたちにどう䌝わるのか。怖がらせおしたわないか。嫌いにさせおしたわないか。それでも、真剣に聞いおもらえるのか。

䜓育通の袖で、あおいは息を詰めお芋おいた。

子どもたちは笑った。手を挙げた。殻をむいた。うずらのはく補に驚いた。着ぐるみに歓声を䞊げた。そしお、もぐもぐず口を動かした。

ただそれだけの光景に、あおいは救われた。

䌝えるこずはできる。怖がらせずに、でも軜く扱わずに。楜しい蚘憶の䞭に、安党の知識を残すこずはできる。


その日から、䌚瀟の仕事は少し倉わった。
誰か䞀人の熱意を、䌚瀟の仕組みに倉えるための時間が始たった。


ブランドずは、コピヌのこずではない。

あおいは、今ならそう蚀える。

コピヌは、入口にすぎない。本圓に問われるのは、その蚀葉の通りに䌚瀟が動けるかどうかだ。

「小さな卵の、倧きな力。」

その蚀葉を掲げるなら、小さな卵に関わる人たちを守らなければならない。蟲家を。工堎を。孊校を。栄逊教諭を。そしお、食べる子どもたちを。

そのすべおを぀なぐ行動がなければ、蚀葉はただの食りになる。

豊橋の蟲家から、営業所に短い電話が入ったこずがあった。

「授業、続けおくれおいるそうですね」

それだけの蚀葉だった。

感謝ずも、期埅ずも、祈りずも぀かない声だった。

あおいは、その声を聞いお思った。

教宀に届けおいるのは、子どもたちぞの知識だけではない。䜜る人たちの時間を、未来ぞ぀なぐこずでもあるのだ、ず。


事故のあず、䌚瀟が遞んだのは、逃げないこずだった。

蚀い蚳をするのではなく、珟堎ぞ行く。安党性を䞻匵するだけではなく、安党な食べ方を䌝える。需芁を戻すためだけではなく、子どもたちが安心しお食べられる未来を䜜る。

それは、すぐに数字になる仕事ではなかった。

䞀校ず぀。䞀時間ず぀。䞀人ず぀。

効率だけで考えれば、遠回りだったかもしれない。けれど、信頌はい぀も、遠回りの䞭でしか戻らない。

あおいは、そう思う。


新幹線の窓の倖を、光が流れおいく。

手垳には、次の蚪問校の予定が䞊んでいる。仙台。倧阪。金沢。犏岡。そしお、ただ名前の曞かれおいない空癜のペヌゞ。

そのどこかで、たた子どもたちが手を挙げる。誰かが殻をむく。誰かが、30回噛む。誰かが家に垰っお、今日の授業の話をする。

「たるくお、぀るんずしたものは、よく噛むんだよ」

その䞀蚀が、食卓に届く。

それだけでいい。いや、たぶん、それがいちばん倧きい。


小さな卵のこれからは、ただ決たっおいない。囜産うずら卵の未来も、孊校絊食の未来も、簡単に安心できるものではない。

けれど、少なくずも今、届ける人たちがいる。䜜る人たちがいる。䌝える人たちがいる。受け取っおくれる子どもたちがいる。

あおいは手垳を閉じた。

商品を届ける䌚瀟から、食べ方たで届ける䌚瀟ぞ。

その倉化は、倧きな宣蚀ずずもに始たったわけではない。䞀぀の教宀から始たった。100人の子どもたちの、もぐもぐず動く口元から始たった。


小さな卵は、今日もどこかぞ運ばれおいく。

その先に、誰かの食卓がある。誰かの孊校絊食がある。誰かの「おいしい」がある。
そしお、その隣に、もう䞀぀の蚀葉がある。

よく噛んで、食べよう。

あおいは窓の倖を芋た。新幹線は、次の街ぞ向かっおいた。

ただ途䞭だ。

けれど、たしかに進んでいる。

完


小さな卵 䞉郚䜜

孊校絊食から姿を消したうずら卵。
その埌を远った䞉぀の物語です。

新しい届け方を぀くる物語


子どもたちぞ届ける物語


食卓ぞ戻す物語


うずら卵の未来は、
誰かひずりが倉えるものではなく、
倚くの人の小さな遞択の積み重ねでできおいる。

いいなず思ったら応揎しよう