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『マシな倜空の䞋で』第5章マシな倜空の䞋で

    【第4章はこちらから】


    【第5章マシな倜空の䞋で】

    「玅茶ですか 普通に矎味しかったですよ」

    私のあっさりずした䞀蚀が萜ちた瞬間、カりンタヌの向こう偎で䞀ノ瀬さんは、この䞖の終わりでも目撃したかのような顔をしお、倧きく、そしお深い溜息を吐き出した。

    「いや、そんなありきたりな感想じゃなくお  。もっずこう、ディテヌルずいうか、詳しくずいうか」

    「詳しくっお蚀われおも。そもそも私は玅茶に詳しくないので、いただいたのが䜕の皮類かも分かっおなくお  。すっきりしおいお、飲みやすかったなっおこずくらいしか  」

    私の正盎な、あるいは身も蓋もない感想を聞くやいなや、䞀ノ瀬さんのスむッチが入ったのが分かった。

    圌はカりンタヌに身を乗り出し、それたでの浮䞖離れした静かな雰囲気はどこぞやら、堰を切ったように喋り始めた。以前、棚の隅で芋かけたあの粟密な秀や、本の間に挟たっおいた執拗なたでの茶葉のメモの意味が、今、猛烈な勢いで繋がっおいく。

    「あれはアヌルグレむず蚀っお、ベルガモットの粟油で着銙したフレヌバヌティヌの代衚栌です。ベヌスは䞭囜茶やセむロンティヌですが、僕が枡したのはキヌマンをベヌスにした、スモヌキヌさず華やかさが共存する配合のものです。柑橘の銙りはリラックス効果が絶倧で、今のあなたのように緊匵状態にある人には最適なんです。それから抜出時間 沞隰盎埌の100床の熱湯を䜿い、茶葉がゞャンピングする察流を蚈算しお、䞀番雑味が出ない3分ちょうどで匕き䞊げるのが鉄則で  」

    「  あの、䞀ノ瀬さん。ちょっず情報量が倚すぎお、私のキャパシティを完党に超えおいるんですけど」

    あたりの早口ず熱量に圧倒されながら、私はなんずか蚀葉を挟んだ。普段のぶっきらがうな圌からは想像も぀かない豹倉ぶりだ。

    「芁するに  私に合う玅茶を、䞀ノ瀬さんが遞んでくれたっおこずですよね」

    「え、いや、たぁ  そうだけど。なんおいうか、そういうのでもなくお  。淹れ方のプロトコルが正しく実行されたかどうかが重芁で  」

    途端に声が小さくなり、䞀ノ瀬さんは泳ぐように芖線を逞らした。真鍮の名札が、照明を反射しおわずかに揺れる。よく芋るず、耳の端が少しだけ赀い。照れ隠しにごにょごにょず呟く姿は、冷培な叀曞店の店䞻ずいうより、自分の「奜き」を理解しおほしくお堪らない、玔粋な少幎のようだった。

    「本圓に、ありがずうございたす」

    私は思わず笑顔になった。完璧な定型文の笑顔ではなく、心の底から蟌み䞊げおきた、圢を敎えおいない笑みだ。

    「初めお来た時は、無愛想でちょっず倉わった人だなっお思っおたんですけど  。䞀ノ瀬さんっお、ツンデレなだけだったんですね」

    「は ツンデレ 違いたす、心倖です。やめおください」

    䞀ノ瀬さんは顔を背けたが、私は構わず蚀葉を続けた。

    「これからも、よろしくお願いしたす」

    「え よろしくっお  。あなた、匕っ越すんじゃないんですか」

    今床は圌が驚く番だった。県鏡の奥の瞳が、これたでにないほど倧きく芋開かれおいる。

    「匕っ越す いえ、匕越したせんよ」

    「だっお、動くなら今、ずか決意がどうずか蚀ったから  。おっきり、別の街ぞでも行くのかず」

    「あはは それはあくたでタむミングの話ずいうか、私の気持ちの敎理が぀いた䞀歩ずいうか。いきなり今の仕事を蟞めお『本圓の自分探しの旅』に出る、なんお倧それたこずは、完璧䞻矩の私にはハヌドルが高すぎたす。だから、働きながら、この街で今埌のこずをゆっくり考えおいこうかなっお」

    「  そういうこず」

    䞀ノ瀬さんは拍子抜けしたように、深く息を吐いた。その衚情には、ほんのわずかだけ、安堵したような色が混じっおいるように芋えた。

    「だから、ここにもたた遊びに来たす。そんなに寂しがらないでくださいね」

    私は少し悪戯っぜく笑っお芋せた。

    「誰が寂しいなんお蚀いたした 勝手に解釈しないでいただけたす」

    「たたたた。私ず䞀ノ瀬さんの仲じゃないですか」

    「そんな仲になった芚えもなる予定もありたせん」

    「でもこれからのこずは誰にも分かりたせんよ䞀ノ瀬さんにも私にも」

    「いや、僕には分かりたす。だからもう来なくおいいですずいうか、来おも店に入れたせんから」

    䞀ノ瀬さんはそう蚀っお、逃げるように棚の敎理を始めながら、背䞭越しに小さな声で聞いおきた。

    「  で、次はい぀来るんですか」

    「え、もう来なくおいいっお蚀ったばかりじゃないですか」

    「それはそれ、これはこれです。あなたが次にどんな『マシな遞択』をするのか、この店にある本たちが知りたがっおるんですよ。  僕じゃなくおね」

    盞倉わらずの蚀い草に、私は思わず噎き出した。

    圌は棚から䞀冊の、背衚玙すら剥がれかけた分厚い本を取り出し、カりンタヌに眮いた。

    「これ、次はこれを読んでみたらどうですか。あ、おすすめじゃありたせんよ。単なる『提案』です。拒吊暩は100パヌセントあなたにありたす」

    私はその本を手に取っおみた。タむトルは色耪せお読めなかったが、ペヌゞをめくるず、手曞きの泚釈や、誰かが線を匕いた跡が無数に残っおいた。

    「  これ、䞀ノ瀬さんの本ですか」

    「さあ、誰のだったかな。でも、その線は、か぀おその本を読んだ誰かが『ここが僕の正解だ』ず勝手に決めた跡です。あなたが読むずきは、その線を無芖しおもいいし、䞊から新しい線を匕いおもいい」

    私は、そのボロボロの本の感觊を掌で確かめた。
    誰かが決めた正解をなぞるのではなく、誰かの跡を参考にしながら、自分だけの線を匕いおいく。
    それは、今の私にずっお、䜕よりも魅力的な挑戊に思えた。

    「わかりたした。次は、この本の感想を持っおきたす。玅茶の感想も、今埌はもっず語圙力を鍛えたすから」

    「  期埅せずに埅っおたす」

    䞀ノ瀬さんはそう蚀っお、再び県鏡を抌し䞊げた。そのレンズの奥で、圌の瞳が初めお私を、䞀人の「読者」ずしお、そしお「自分自身の人生を遞び始めた人間」ずしお、真っ盎ぐに捉えた気がした。

    「じゃあ、今日はこれで」

    「はい、ありがずうございたした」

    背埌から飛んでくる䞀ノ瀬さんの䞍噚甚な声を背䞭で受け止めながら、私は店を出た。

    石畳の路地を抜け、ふず芋䞊げた倜空には、い぀もより星が明るく瞬いおいる気がした。

    完璧䞻矩が治ったわけではない。劇的に人生が倉わったわけでもない。

    明日もたた、私は満員電車に揺られ、オフィスでフォントのズレを気にするだろう。

    けれど、この間たでの私ずは違う。自分で遞んだ玅茶の銙りず、自分で遞んだ䞀冊の絵本。そしお、少しだけ玠顔を芋せおくれた䞍噚甚な店䞻ずの䌚話。

    私の目の前には、昚日よりもずっず「マシ」な倜空が、どこたでも広がっおいた。

    埌日談ぞ続く──────

     
     
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