
24.だしとうま味の話
だしは、なぜこんなにおいしいのか ― うま味を見つけた日本人と、湯気の向こうの話
前回は、たばこ産業が“疑い”を売っていた、という少し重い話でした。作られた不安のあとは、予告したとおり——台所に戻って、湯気の立つ、たしかなものの話を。今日は、毎日の、あの一杯。味噌汁と、その底にある「だし」の話です。最後は、いつもの「だから、整える」に着地します。
味噌は、とくだけ
正直に言うと、わが家の味噌汁は、たいそうなものではありません。夕食のときに、だしをとって、味噌をとくだけ。朝には作りません。夏場は、傷みが心配なので、頻度そのものを少し落とします。作りたてを、その日に飲みきる。ただ、それだけ。
でも、この“だしをとる”というひと手間が、じつはすごい歴史と、すごい科学を、しれっと背負っている。今日は、その話です。
だしの、あの“何か”の正体
昆布とかつお節でとっただし。飲むと、しみじみ「おいしい」と感じますよね。でも、あれは甘くも、しょっぱくも、酸っぱくもない。……あの“何か”は、いったい何なのか。
じつは長いあいだ、その“何か”には、名前がありませんでした。甘い・すっぱい・しょっぱい・苦い。舌が感じる味は、この四つだと考えられていて、だしの、あのふくよかな味は、その枠に、うまく収まらなかったんです。
その“名もなき味”に、はじめて名前をつけた人がいます。
うま味を、見つけた日本人
1908年(明治41年)、東京帝国大学の化学者、池田菊苗(いけだ・きくなえ)。彼は、家族がひいてくれた昆布だしを口にして、ふと思ったそうです。「この味は、四つの基本の味の、どれとも違うぞ」と。
そこで彼は、昆布を大量に集めて、その“おいしさのもと”を、化学の力でつきとめようとします。そしてついに、その正体をつかまえた。グルタミン酸——アミノ酸の一種でした。彼は、この味に「うま味」と名前をつけます。世界ではじめて、“五番目の味”が、科学の言葉になった瞬間でした。
面白いのは、この「うま味(umami)」という日本語が、そのまま世界共通の言葉になっていること。sweet、sour、salty、bitter——そして、umami。長いあいだ「日本人の思い込みでは」と半信半疑に見られていたのが、2000年ごろ、舌でうま味を感じる仕組みが実際に見つかって、ようやく、名実ともに“第五の味”として認められました。台所の一杯から始まった話が、世界の教科書を書き換えた——なんだか、誇らしい話じゃないですか。
昆布とかつお節が、“かけ算”になる理由
もうひとつ、昔の人の知恵に、うなる話があります。
だしをとるとき、昆布“だけ”より、昆布とかつお節を“合わせる”ほうが、うんとおいしくなる。これ、気のせいではなくて、ちゃんと理由があるんです。
昆布のうま味は、さっきのグルタミン酸。かつお節のうま味は、イノシン酸という、別の成分。この二つは、いっしょになると、うま味が足し算ではなく——かけ算のように、ぐっと強くなる。「うま味の相乗効果」と呼ばれる、れっきとした現象です。(干ししいたけにも、また別のうま味成分があって、精進だしが深いのは、これも一因です)
日本人は、この“かけ算”を科学が説明するよりずっと前から、経験だけで知っていて、「合わせだし」として使いこなしていた。……先人は、やっぱりすごい。梅の回でも、塩の回でも、発酵の回でも、私は同じことばかり言っている気がします。
ここから、少しだけ“検証”の話
さて。うま味の正体が「グルタミン酸」だと分かった翌年、それを調味料にして売り出したのが、あの「味の素」です。つまり、化学調味料(うま味調味料)の始まり。ここで、あの“うま味”は、昆布から離れて、工場で作られるようになりました。
で——ここが、このnoteらしい、大事なところ。「化学調味料は、体に悪い」。そんな話を、聞いたことがある人は多いと思います。私も、なんとなくそう思っていました。でも、いざ調べてみると、これが、そう単純ではないんです。
いわゆる「中華料理店症候群」——外食のあとに頭痛やだるさが出る、というあの話。もとは1960年代、一通の投書がきっかけでした。ところが、その後にきちんと行われた実験では、ふつうの量を口にして症状が再現される、という結果は、はっきりとは出ていません。公的機関の評価でも、通常の使い方なら安全とされています。むしろ近ごろは、あの騒ぎには、当時の“よその国の食べ物”への偏見も混じっていたのでは、と指摘する声もあります。
……これ、前回のたばこの話と、じつはきれいに裏返しなんです。たばこは、「まだ疑わしい」という作られた疑いで、体に悪いものを守った。いっぽう化学調味料のほうは、「危ないらしい」という作られた不安が、事実以上に、ひとり歩きした。向きは逆でも、根っこは同じ。私たちは、「誰が、何を根拠に言っているか」を確かめないまま、空気で判断してしまう。——ここは、正直に書いておきたかったところです。
それでも、私は昆布とかつお節でとる
じゃあ化学調味料でいいじゃないか、と言われそうですが——私は、やっぱり、昆布とかつお節でだしをとります。
でもそれは、「体に悪いから避ける」のではありません。だって、いま書いたとおり、そこは白黒はっきりしていない。私が自然のだしを選ぶのは、もっと単純な理由です。そのほうが、丸ごと、好きだから。
昆布とかつお節でとっただしには、うま味の“純粋な一点”だけでなく、素材そのものの香りや、海のミネラルが、まるごと溶けています。それに、鍋の前で、湯気を眺めながらだしをとる、あのゆっくりした数分が、私は好きなんです。効率だけなら、粉をひとさじで済む。でも、その“ひと手間”ごと、暮らしに入れておきたい。——これは、体にいい・悪いの話ではなく、私の、ただの好みです。
不安であおられて避けるのでも、便利さで丸ごと任せるのでもなく、中身を知ったうえで、自分で選ぶ。前回の最後に書いたことと、まったく同じですね。
わが家の、だしのとり方(気負わずに)
とはいえ、毎日きっちり、なんてやっていません。私のやり方は、拍子抜けするほど雑です。
前の晩、水に昆布を一枚、放り込んでおく(うちは、買ってきた湧き水で)
翌日の夕方、火にかけて、沸く直前に昆布を上げる
かつお節をひとつかみ入れて、ふっとひと煮立ちさせて、こす
塩気は、海の精。味噌をといて、火を止める
これだけです。時間がない日は、煮干しを何本か水にほうり込んでおくだけの“水だし”でも十分。だしパックを使う日だってあります。大事なのは、完璧にやることじゃなくて、続くこと。 がんばらない。整活の、いつもの結論です。
もし市販のだしを選ぶなら、ここでも一手。裏返して、原材料を見る。 「かつおぶし、昆布、いわし煮干し」くらいのシンプルなものもあれば、いろいろ足されたものもある。どちらが正解、という話ではありません。ただ、中身を見て、自分で選ぶ。それだけで、台所は少し、自分のものになります。
だから、整える
一杯の味噌汁。その底には、うま味を見つけた人の誇らしい歴史と、先人の“かけ算”の知恵と、そして「危ない/安全」の、作られた噂話まで、ぜんぶ溶けている。
湯気の向こうにあるのは、けっきょく、いつもの結論です。作られた不安に、あおられない。便利さに、丸ごと預けない。中身を知って、そのうえで、自分の“好き”で選ぶ。
今日も、夕方に、昆布を一枚。難しいことは、何もありません。
だから、整える。
次回は、その“うま味”の相棒——毎日の食卓を、黒い一滴で静かに支えてきた「醤油」の話を、やわらかく。あの色と香りが、どうやって生まれるのか。台所の話を、もう少しだけ続けます。

※ひとこと(念のため)
味噌汁も、だしも、塩分を含みます。減塩が必要な方は、味噌やだしの量で調整してください。
化学調味料(うま味調味料)を避けるかどうかは、私の個人的な好みの話で、“体に悪いから”という意味ではありません。合う・合わないや感じ方には、個人差があります。
手づくりのだしや味噌汁は、とくに夏場、作りおきをせず、その日のうちに。傷みのサインがあれば、無理をせず。
参考
うま味の発見(池田菊苗、1908年、昆布からグルタミン酸を抽出し“うま味”と命名/翌1909年「味の素」発売)/うま味インフォメーションセンター・味の素グループ 歴史資料 ほか
うま味の相乗効果(昆布のグルタミン酸 × かつお節のイノシン酸/かつお節のイノシン酸=小玉新太郎、干ししいたけのグアニル酸=國中明)/うま味関連の学術・解説資料
“第五の基本味”としてのうま味と、うま味を感じる仕組み(受容体)の発見(2000年前後)/関連研究
いわゆる「中華料理店症候群」とグルタミン酸ナトリウムの安全性評価(通常量では症状の再現が確認されていない/米FDAは GRAS〈一般に安全と認められる〉と評価)/米国FDA ほか公的機関資料
「発酵・麹・味噌の選び方」は〈腐るのと、発酵するのは、じつは同じこと〉、塩の話は〈その農薬、もとは“神経ガス”だった〉〈塩とマグネシウム〉、“作られた疑い/不安”は〈疑いを、売っていた人たち〉の回もあわせてどうぞ。