
AI開発者が我が子に「お受験勉強」だけをススメない理由
昨日、車のトランクを整理してきたら、袋いっぱいのセミの抜け殻がでてきました👀
思い返せば去年のことです。
娘が公園でセミの抜け殻を見つけて興奮し、「あ、ここにも!ここにも!」と集め出したのを思い出しました。
そんな、アナログな遊びを我が家はよくやっています。
さて、一方で世の中は、止まらないAI時代です。
価値観が180度変わりそうな気配すら感じる世の中ですね。
そんなAI真っ最中の現代で、育児はどうあるべきでしょうか?
今日は、少し壮大で、でも僕たちが生きていく上で避けては通れない
「人間の思考の正体」と「AI時代の育児」
について、考えてみたいと思います。
そして、それを考え出すと、結局はこれがええんちゃうの?という、子育ての鉄則が見えてきた気がしました。

絶賛子育て中の僕は、育児に関する本を何冊か読んでいます。
すると、「語彙力は、その子供の知能と綺麗に比例する」という記載をよく見かけます。
「なるほど、確かにそういう側面あるよな」と思います。
自分の周りでも、賢い人は読者家の印象もあります。
興味を持ち調べてみると、そういう指摘は多くの研究者がしていると知ります。学術的にも確かなエビデンスがある傾向のようです。
以下のサイトは一例です。(とても読み応えのある記事です)
さて、僕はAI開発の会社を起業し、11年になります。今も経営しています。
AI、つまり人工"知能"開発という仕事をしていると、
「知能とは何か?」
「考えるとはどういうプロセスなのか?」
という問いを、自然と考える機会が増えます。
今日は、そのAI開発の現場で感じていることと、家に帰って父親として娘達に向き合う時の気づき。
この二つを掛け合わせて、僕なりに見えてきた「思考・直感・表現の方程式」と「AI時代の育児」について整理してみたいと思います。
少し長くなりますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
1.思考の正体は「関数」であり、「言葉」である
まず、そもそも「考える」とはどういうことなのか?
ここから紐解いていきましょう。
人間の脳みそが行っている活動を、究極までシンプルに数式化すると、中学校の数学で習った 「関数」 に辿り着きます。
y = f(x)
というものです。
中学生の頃を思い出すと、数学の先生が黒板に機械の絵を描いてこう言いました。
「関数というのは、
ある材料(x)を入れたら、
中で何らかの加工(f)がされて、
製品(y)が出てくる。
そういう装置のことや」
こんな説明でした。
これを人間に当てはめると、こうなります。
インプット(x):情報を見たり聞いたりする
アルゴリズム(f):脳内で情報を処理・思考する
アウトプット(y):言葉を発したり、行動したりする
この真ん中にあるf( )の部分。ここがまさに「考える」という行為の場所だと考えます。
では、このf( )を動かしている土台は何なのか?
結論から言うと、それは 「テキスト(言葉)」 です。
そうなんです。
脳の中は、基本的に言葉で処理されているのです。
よくよく考えれば、誰でも実体験のあることだと思いまます。
みなさん、考え事をするときは、頭の中で言葉を巡らせていること、ないですか?
知らず知らずのうちに、脳内で自分が自分と会話していることも多いと思います。会話をしているということは、つまりは脳内の思考はやはり言葉(テキスト)を使っているのです。
当然ながら、人間は、イメージ(画像など)だけで論理的な思考を積み上げることはできません。
「なぜならば」
「したがって」
「要するに」
という接続詞 を使って、初めて思考を深く、高く積み上げることができます。
よって、 「語彙力が高い = 思考のアルゴリズムが高性能である」 という図式は、概ね正しそうです。持ち合わせている「言葉の数」が、その人が世界を認識する「解像度」そのものになるからです。
ここが前半の一番重要なポイントです。
語彙力が、解像度を高める、すなわち、同じ事象を見ていても、より細かく分析、分類できるのです。そしてそれが、知性の高さに直結しているのです。
ちなみに、分類という言葉が出てきましたが、AI分野にて著名な東京大学の松尾教授は、著書にて「分けることができれば、分かっていると言える」と、知能の定義の一部を解説されていました。つまり、"対象の物事を分類することができれば、その対象を理解していると言える"とのことです。
だからこそ、子供の学力と語彙力には強い相関がある。これは間違いありません。
しかし、です。
「じゃあ、辞書を丸暗記して、テキスト情報だけを頭に詰め込めば、優秀な人間になれるのか?」
と問われると、僕は全力でNOと言いたいのです。

2.AI開発の現場で見える「テキストの限界」
ここで、僕の本業であるAIの話をさせてください。
今、世の中を席巻しているChatGPTなどの生成AI。これらは LLM(Large Language Model:大規模言語モデル) と呼ばれます。
その名の通り、真ん中に「Language(言語)」が入っています。
つまり、人類が作り出した膨大な「テキスト」を学習し、テキストで思考するお化けのようなAIです。
論理を組み立てる。文章を要約する。
この「テキスト処理」の領域においては、もはや人間は太刀打ちできません。
けれど、僕たち(弊社)が仕事で対峙している実際のビジネス現場は、そんなに綺麗な世界ではないんです。冒頭の関数で言えばxに当たる部分の話です。
例えば、商品の販売数予測のAIを作る時。そこにあるのは「言葉」だけではありません。
熟練スタッフだけが感じ取れる、来店する顧客層がなんとなく変わってきたという雰囲気(強いて言えば画像など)
売れる商品数と、天気の関係性(数値)
店舗のスタッフだけが感じ取れる「お客さん同士の会話や表情など」(強いて言えば音声や画像)
現場の皆さんは、マニュアル(テキスト)だけを読んで判断しているわけではないんです。
五感をフル活用して、「言葉になる前の生データ」を脳に取り込み、瞬時に判断しています。
今のAIの課題は、この「言葉になっていないカオスな情報」をどう扱うかです。つまり、xは多種多様だから厄介なんです。しかも、こういった雑多な情報群が予測精度なりのAIの性能に直結します。決して、テキストだけの思考では、泥臭い現実世界の問題は解決できないんです。
こういったことを日々体験していると、ある程度現実世界の複雑さとAIの限界も見えてきます。
これは、僕の仕事限定の話ではなく、AIが関わり始めている一般的な生活にも当てはまる話だと思うんです。
3.「理論」は、あとからやって来る
ここで、ちょっと心理の話をします。
マーケティングや行動経済学の世界では、定説になりつつある話ですが、
「人間は、直感で決定し、理屈で正当化する」
と言われています。
例えば、皆さんが何か高い買い物をした時を思い出してください。
「機能が優れているから」
「コストパフォーマンスが良いから」
と、もっともらしい理由(テキスト・言葉)を頭の中で並べ立てますが、実際には、商品を見た瞬間の 「なんとなくいい(画像・印象)」 という直感で、すでに腹は決まっていることが多いのです。僕自身も、実体験でそういう経験が多くあります。
脳科学的に見ても、インプットの8割は「視覚(画像)」 が占めていると言われます。
つまり、僕たちの脳内では、
・まず 「直感(野生)」 が決定を下し、
・その後に 「思考(理性・テキスト)」 という理屈担当者が出てきて、
・「なぜその決定をしたか」を後付けで説明しているに過ぎない、
という側面があるのです。
そう考えると、「テキスト(思考)」だけを鍛えても、その前段階にある「インプット(直感)」が貧弱であれば、正しい判断はできないということに気づかされます。
思考する余地すらない段階で、人間はかなりの物事を決めているのですから。

4.「野生」を取り戻す教育論
この話を、育児に落とし込んでみます。
いわゆる「お受験」的な、机にかじりついて行う勉強。
これは、
「テキストで読み(インプット)」
「テキストで論理を組み立て(思考)」
「テキストで正解を書く(アウトプット)」
という、完全なる テキスト・ループ の訓練です。
もちろん、これが不要だとは言いません。
語彙力は思考の深さを支える土台ですから、絶対に必要です。
しかし、それ「だけ」をやり続けると、どうなるか?
「AIの劣化版」
のような人間が出来上がってしまう恐れがあると、僕は思ってしまうのです。
なぜならば、テキスト処理ならAIの方が圧倒的に速くて正確なんですから。
なので、これからの人間に必要なのは、AIが苦手とする領域。
すなわち、
「言葉になっていない情報を、五感で感じ取る力」
ではないかと、強く思うのです。
外で遊び、転んで痛みを覚える。綺麗な夕日を見て感動し、友達と喧嘩して空気のまずさを肌で感じる。
こういった 「野生のインプット」 を脳に大量に浴びせること。
それによって、世の中の様々なカオスな情報に対処できるようになると思うのです。雑多な情報群をしっかりと向き合ってきることが、直感力を鍛える価値になると考えています。
こうやって磨かれる 「野生的な理性」、「直感」 こそが、正解のない現代社会で意思決定をするための羅針盤になるはずです。
そして、その直感で感じたことを、読書で培った 「言葉」 を使って、深く解釈し、意味づけしていく。時に、学術論文など、できる限り再現性が高くエビデンスのしっかりしたテキスト情報に向き合ったりすると、より論理力は高まるでしょう。
「野生の直感」×「知性の論理」
この掛け算ができる人間こそが、本当に「頭が良い」ということなんやないかな、と僕は思います。
5.アウトプットは「表現」であれ
最後に、アウトプットの話も忘れてはいけません。冒頭の関数の話に戻すと、yの部分です。
思考がテキストだからといって、アウトプットまでテキスト(メールやチャット)だけの世の中にはなり得ません。
人間は、AIではありません。
言葉というツールが発明される遥か昔から、表情で、声色で、身振り手振りで、あるいは絵や音楽で、意思を伝えてきました。
テキストは便利ですが、情報の「線」しか伝えられません。
対して、非言語のコミュニケーションは、感情の「面」や「立体」を伝えます。
「何を言うか(テキスト)」だけでなく、
「誰が、どのような熱量で、どう表現するか」
で、意味合いそのものや、相手の心への届き方はまるで変わります。
そしてそういった非言語による情報伝達の方法は、文字が発明される何万年も前から人類が培ってきたコミュニケーション手法なのです。
子供たちには、ただ正解を紙に書く力だけでなく、自分の感じた「直感」を、言葉はもちろん、絵でも、音楽でも、体全体を使ってもいいから、「表現するパワー」を持ってほしい。つまり、人間らしい豊かなyを持って欲しい。僕はそう強く願っています。
その為にはやはり、日々、泥まみれになりながら、泥臭い経験を積み重ね、様々な人と対話などする以外にないと思うのです。
まとめ
長々と書いてしまいましたが、ここまでお付き合いいただき有難う御座いました。
思考の土台 は「言葉」である。だから、言葉を学ぶことで、学力を含めた思考力は高まる。
けれど、世界そのもの は「言葉」だけになっていない。だから、五感(直感)を研ぎ澄ませてインプットする必要がある。
そして、人間としてのパフォーマンスは、その思考の結果をどれだけ豊かに 表現(アウトプット) できるかで決まる部分も多い。
AI開発の最前線にいるからこそ、逆に 「人間臭さ」 の重要性が骨身に染みています。
さて、そろそろセミの季節です。
我が家は、今年も子供と一緒に、理屈抜きのx、「野生のインプット」を体験すべく、セミの抜け殻集めなどに精を出すのでしょう。
今日も読んで頂いて有難う御座いました😃
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