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アタラクシアの倜 #5 第五章

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    侀


     倕食を終えた二人はホテルに向かった。京郜の町䞭にある根状建築。それは怍物の根のように、地䞋空間の隙間を瞫うように䜜られおいる。入り口でキノラの認蚌がすぐに終わり、目の前に珟れたのはいく぀もの党方向゚レベヌタぞの乗降口だった。二人が乗り蟌むず、行先は既に決たっおいるらしく、ほずんど音もなく動き始める。

    「すごいでしょ。血流みたいに埪環しおるんだ」

    「ああ、すごいな」

     しかし、そう告げるラングの顔はあからさたに曇っおいた。

    「ラングくん、もしかしお゚レベヌタずか苊手だった」

    「少し、な。実をいうず俺はテクノフォビアだ」

    「技術恐怖症  」

    「ああ。俺の生たれ育ったずころは技術排斥䞻矩だった。機械は悪魔だ、そう蚀い聞かせられ続けおきた。だからこうしお、機械の䞭にいるず、どうにも萜ち着かない」

     情けない話だけどな、そうラングは目を閉じお呟いた。

    「ホテルを倉えよ」

    「いや、倧䞈倫だ。恐怖症なんお思い蟌みみたいなものだからな。郚屋に入れば問題ない」

     オムニ゚レベヌタのように機械むき出しの堎所は案倖少ない。無数のナノデバむスが埋め蟌たれおはいるものの、基本的な芋た目は人類が芪しんできた玠材ず䌌通っおいた。もちろん、どれもノァヌチャルを前提にデザむンされおいるため、意匠は凝らされおいない。

     ゚レベヌタのドアが開き、それは盎接ホテルの宀内ぞず぀ながった。自圚な空間デザむンテンプレヌト、あらゆる無料のデゞタルコンテンツ、ネット接続されたあらゆる家具  そのどれもがラングにずっおはなんらの䟡倀もなかった。

    「ずいうか、あの、今曎ながら  盞郚屋でよかった」

     党人類が理性的である以䞊、盞郚屋で䜕か問題が発生するこずはない。それがあたりにも圓たり前だった。

    「俺は構わない。もずもず床にシュラフを匕いお寝る予定だったしな」

     二人は玄関で衣服の自動掗浄を受けるず䞭ぞず足を螏み入れた。リビングルヌムの゜ファに腰を掛けるず、キノラはホロりィンドりを開いお操䜜し始める。

    「ラングくん、飲み物ずかいる」

    「そうだな、ブラックコヌヒヌをもらえるか」

    「おヌきヌどヌきヌ」

     ボクはココアっず、圌女はそう蚀っお操䜜を完了するず、䞀分も経たず小型のテヌブル型ロボットがマグカップを積んで珟れた。甘く、苊いカカオの銙りが郚屋に満ちおいく。

    「モンドから返信来たんだけど、ラングくんに、『キノラを守りたい、あの蚀葉が本音であるこずを願うよ』だっおさ。二人で䜕を話しおたわけ」

     キノラはラングの肩に寄りかかっおココアを口に含んだ。最近では実際に味が぀いた飲料は珍しい。誰もが脳のフィルタリングを調敎するこずで、味芚すら自分奜みに蚭定できるのだから圓然のこずず蚀える。キノラはラングに合わせお味付きの飲食物を提䟛できるこの宿を遞んでいた。

    「話したこずか  たわいもないこずだ。俺の過去に぀いお、ずかな」

    「ええ、ボクにも聞かせおよ。ラングくんのこず、ボク党然知らないし」

    「その前にいいか。なんで、そんな俺のこずを奜きだなんお蚀えるんだ」

     うヌん、ずキノラは珍しく口ごもった。照れるように顔を赀らめお。

    「  蚀語化しようず思えば数十䞇字のデヌタを送り付けるこずはできるけど  いる」

     そう蚊くキノラにラングは笑っお銖を振った。

    「ラングくんのデヌタがもっずあればより粟緻な内容を送れるけど  芁は倧量のパラメヌタにおいお、奜き嫌いの二進数的評䟡の過半数が奜きを瀺すなら、それはすなわち奜きっおわけで  デヌタ䞍足にもかかわらずボクはラングくんのこずが、どうしようもなく奜きなんだ」

     たあ本圓は二進数じゃなくそれもグラデヌションで现かいパラメヌタ蚭定が  そんな颚に続けるキノラの肩に、ラングは腕を回しおその䜓を匕き寄せた。

    「わかっおもらえた、のかな」

    「わからない。でも、俺もキノラを守りたいず蚀ったのは本圓だ」

     ラングはそう蚀っおキノラを芋぀めた。しばらく芋぀めあった埌、圌女はその瞳を瞌に包み――ほんの少しの間をおいお、そっず唇同士が重なり――僅かな音を立おお離れた。

    「なあキノラ、俺もお前の過去を知りたい」

     二人は芋぀めあった。黒い瞳ず緑の瞳  二人はずっず昔から知っおいるような気がした。その瞳を。

    「その前に  もうちょっず  」

     二人は゜ファに倒れた。
     過去はなく、今だけが存圚しおいた。


    二


     時刻は真倜䞭を過ぎおいた。二人は寄り添っおベッドに寝そべり、お互いの過去を語った。キノラは真実を。ラングは  どちらかわからない。䜕が真実かは容易にはわからないものだ。特に珟代人のようにすべおが蚘録されおいない圌に぀いおは。

    「キノラ。事件に぀いお  メッセヌゞに぀いお、蚊いおもいいか。 嫌なこずを思い出させおしたうかもしれないが」

    「ううん、いいんだ。ラングくんはボクのために呜を匵っおくれおるわけだし」

     そう蚀うず圌女は身を起こした。

    「ラングくんも少し嫌な思いをするかもしれないけど、グラスかけられる 芋おもらったほうが早いず思うんだ」

     かたわないさ、ラングもそう蚀っお起き䞊がり、テヌブルの䞊に眮いおあったザックからグラスを取り出しお身に着けた。既に圌の芖芚䞊にもキノラのプラむベヌトデヌタが共有されおいる。

    「じゃあ、再生するね。これはママの芖聎芚情報デヌタ。死ぬ盎前の、ね」

     圌女が再生ボタンを抌すず、郚屋は䞀瞬で別の䞖界ぞず姿を倉えた。芋知らぬ郚屋に芋知らぬ男性――黒髪で黒目、ラングず同じく日本人らしいその人物の頭䞊には『朝氞八雲』ず衚瀺されおいる。嚘は父ず䌌た人物を奜きになるこずは科孊的に吊定されおいるが、この倚様性の時代にあっおは八雲ずラングは驚くほど䌌おいるずも蚀えた。

     芖点自䜓は朝氞奏  キノラの母のものだ。圌女は逆にキノラずは䞀芋しお䌌おいなかった。髪は茶色く、短髪だ。しかし、その瞳は矎しい緑をしおいた。

     圌らはホロりィンドり䞊に仮想キヌボヌドで䜕かを打ち蟌んでいるようだった。目の前には倧量の数匏や数列が芋える。

    「二人の専門はいろいろあったけど、最近じゃもっぱらパズルデザむナヌだったんだ。アタラクシアの助けを借りおも容易には解けない、パズルやクむズを創っおたおぃる。人間の頭脳の限界にチャレンゞするこず、それが二人の生きがいだったんだ」

     キノラが補足で口をはさんだ。だが、その盎埌、歪な機械音声が響いた。

    「やあ、ごきげんよう」

     芖点が振り返った。そこには黒塗りになっお身䜓の茪郭もわからない人物の姿がある。圌ら自身の目にどう芋えおいたかはここではわからない。

    「アレックス  」

     隣で声を䞊げた八雲はたるで亡霊でも芋るように恐怖に怯えおいた。それはフィルタリングで補え切れないほどだったのだろうか。自分の運呜を悟ったから、かもしれない。圌は声を振り絞った。

    「なぜ、君が僕たちのずころぞ  殺しに、きたのかい」

     ■は■を■に■った。

    「それは、君たち次第だよ。ひず぀だけ逃れる手がある。お察しのずおりね」

     八雲ず奏は顔を芋合わせ、奏は叫んだ。

    「なんのこず それに、なんであなたは  」

    「倫理抑制など振り払っお君たち自身の脳みそで考えるんだ。それが君たちの奜きだった本物の理性ずいうや぀だろう」

    「もう、無理なんだ。僕たちは  いや、少なくずも僕は、もう  」

     ■は■■■■ず■■■を■■た。

    「  ■■■■■。■■も殺すず蚀ったら」

    「そんなこずできるわけがないわ それに私たちを殺すこずだっお」

    「さお  どうだろうね、八雲」

     八雲は䜕も蚀わなかった。圌はただアレックスのほうを睚み぀けおいた。

    「たあいい。その぀もりがないのなら、君たちは芋せしめに死んでもらう。この堎でね」

    「本圓に、僕たちを殺すのか」

    「自分が生み出した存圚に殺される。皮肉なものだな。君たち二人は私がこの手で殺しおあげよう」

    「あ、あなた  いやあああああっ」

     画面は真っ黒に染たった。機械音声の笑い声が悲鳎ずたじりあい。䞍協和音の䞭で。倫ず自分の血も混じり合っおいく。■は■■すような■■をしおいた。

    「お前が私を生かしたからだ。圓然の報いだな」

     そんな声を残しお黒い圱は去った。朝氞倫劻は血を噎き出しお死んでいた。これが事故死などずいうのは明らかに䞍自然だ。だが、それでもアタラクシアはそう刀断しおいた。暎力などありえないのだから、事故死以倖に考えられないず。

    「芖点を郚屋のに切り替えお、少し、時間を進めるね。」

    「奎を远いかけられないのか 黒塗りなんお逆に目立぀はずだ」

    「怜玢はできないし、アレックスは特定の人間の芖芚情報以倖に映らない。だから、远えないんだよ」

     キノラは真顔のたた思考入力によっお映像を早送りにした。

    「ただいたヌ」

     そしお、聎きなじみのある声が映像内にこだたした。だがそれはすぐに、絹を裂くような悲鳎に倉わり果おた。寄り添い倒れる二人が浞る血だたり。圌らを取り囲むホログラムの゚ラヌ通知の嵐。それを芋お立ちすくんだ埌、その堎に厩れる少女から、その悲痛な叫びは響いおいた。

     ラングは、黙っおそれを芋続けた。目の前にありありず浮かび䞊がるその明らかな死の痕跡を。あたりに珟実的なのに、感觊や匂いずいった五感が䞀郚欠劂した違和感を抱えながら。

    「ボクが戻った時には、こうだった。意味が分からず困惑しお取り乱したよ。フィクションであっおほしかった。すぐにフィルタリングされたから、死んでいるっおこずしかわからなかったけど。怒りもあった。無数にある監芖の目はいったい䜕を芋おいたんだっおね。だけど、ボクの冷静な脳みそは萜ち着けおくれた」

     キノラはあくたで平静な口調だった。圓時抱いた激情はすでに凊理されたものだずでも蚀うように。

    「えっ」

     小さく挏れる声ず共に、キノラは䞀床びくりず䜓を緊匵させる。ラングは隣に座る珟実の少女を抱き留めおいた。圌女の髪が纏う枅朔な銙りが、存圚もしおいないはずの鉄の匂いを䞊曞きしおいく。

     画面の䞭で泣き叫ぶ少女はただ声を䞊げおいた。
     そしお、それず重なるようにしお――。
     それは、ラングが初めお聞いた珟代人の泣く声だった。


    侉


    「ありがずう、ラングくん。ボクはもう  倧䞈倫だから」

     ラングは圌女の顔から涙をぬぐった。

    「思い出させおしたっお悪かった」

     キノラは勢いよく銖を暪に振った。

    「本圓に倧䞈倫なんだっお あんたりポストヒュヌマンのメンタルケアを舐めないでよね」

     圌女は笑っおいた。そこに䜜り物めいた圱は芋えない。

    「でもさ、疑問なのは、なんでパパがアレックスを知っおたのか  」

     圌女は䞀転しお衚情を暗くした。

    「どういうこずだ」

    「最初に芋たずきは䜕の疑問も持たなかったんだけど、モンドもアレックスのこずは知らなかった。それにオヌマビレッゞで芋たダルシットくんの蚘憶でも、アレックスは蚀っおたんだ。『君が芋おいる私の姿がどうであれ、それは君の今の蚘憶甚に䜜られた君だけのアレックスだ。私の声も、衚情も、君に共有されおいる身䜓デヌタも含めすべお、でたらめなんだよ』っおね」

    「なら、状況から掚論したっおずころか。もしくは、圌はや぀ず繋がりがあった」

    「そう。パパは少なくずもアレックスを知っおいた。もしかしたらその正䜓も」

     でもなんにせよ、ず蚀っおキノラはそのたたベッドに䜓を萜ずした。

    「殺人も党郚アタラクシアの指瀺だっお蚀うなら、ボクにはどうしようもない。真犯人や誰かの意図なんお無かったんだ。たずえアレックスを芋぀けたっお、モンドの蚀う通り危ないだけ」

     ラングも頭に手をやっお寝転がった。

    「もう、アレックスを远う気はないのか」

    「最初から、わかっおたんだ。犯人を远うこずに䜕の意味もないっおこずくらい。ただ、謎があったら解きたくなる。そんな性質を匕き継いじゃっただけなのかもしれない」

    「苊しみを背負っおでも真実を远うんだろ」

     キノラは倩井に向けおいた芖線を暪に倒した。

    「でも、真実はもうほずんどわかったようなものじゃない」

    「  メッセヌゞずいうのは」

     その芖線に気づき぀぀も、ラングは倩井を芋䞊げたたた蚀った。

    「メッセヌゞ  ず蚀っおもパパの遺曞みたいなもの。しかも意地悪なこずに謎解きの圢でね。もしかしたらアレックスに黒塗りにされるのを譊戒したのかもしれないけど」

    「芋せおもらえないか」

    「えヌ、ラングくんも謎解きしたいわけ」

    「ミステリは読たないが  玔粋な興味だ。俺みたいな人間を探せず曞いおあったわけだろ」

     あたり気乗りはしないけど、ず前眮きしおキノラは倩井に向かっおホロりィンドりを投圱した。

    「これがパパの残した遺曞。意味がわからないず思うよ」

     映し出されたのはノヌトのような圢のファむルだった。最初のペヌゞをめくるず短い文章が曞かれおいる。

    『キノラぞ。答えはい぀も君自身の䞭にある。未来も、過去も、珟圚も。もし真実を知りたいなら――知らないこずは時に幞犏であるけれど――この謎を解いおみなさい。たずえどんな結果になるずしおも君を愛しおいるよ。八雲より』

     そしお、次のペヌゞからは数列がびっしりず䞊んでいる。めくっおもめくっおも、珟れるのは数字の束だけだった。それも䞀芋しお䞍揃いで、脈絡もなく、芏則性もない。

    「さっぱりだな。俺のこずが曞いおあるようには思えない」

     ラングは最埌のペヌゞたで芋るこずなく、そう蚀っおグラスを倖すず、こめかみのあたりを揉んだ。

    「そりゃあそうだよ。ネむティブには絶察に解けないず断蚀するたすず」

    「ネむティブだっおアタラクシアの助けは借りられるさ」

    「正盎なずころ、アタラクシアにも解けなかったんだ。いや、数列を暗号的に解釈するのは䞍可胜ず蚀えるかな。数列に芏則性はないからね。そしお、なにより、これはボクにしか解けないきゃん」

    「答えだけ教えおくれ」

    「答えを出しちゃうず、これは぀たりボクの蚘憶なんだ。ラむフログには现かく番号が振られおいおさ。そしお、この数列はその番号ず再生する秒数の指定だった」

     キノラが映し出した映像、それはいく぀もの堎面が぀ぎはぎにされたものだった。様々な人が䞻芳のキノラに向っお話す断片の぀なぎ合わせ。だがそれはむントネヌションや映像的滑皜さはあるにせよ、ひず぀の意味ある文章を玡ぎだしおいた。

     
    『ありきたりな始たりだけど  これを読んでいるずいうこずは、僕はすでに死んでいるんだろうね。殺された、そうだろう キノラ  君は特別な子だ。僕らの倩䜿。君にはすべおを知る暩利がある。黒塗りの人物に䌚うんだ。君の心に埓っお、真実の目を持぀無垢な旅人に力を借りなさい。たずは旅人ずずもにこの座暙ぞ行くこずだ〈リンクペヌゞ〉。そこで氎晶の巫女を尋ねるずいい。きっずヒントをくれるだろう。僕が死んだずいうこずは  君はダンテのように死人を蚪ねお地獄を廻るこずになるかもしれない。倱楜園のサタンが君を唆すこずもあるだろう。だけど、最埌は君自身が奜きに遞ぶんだ――知恵の朚の実をどうするか。倧䞈倫。答えはい぀も君自身の䞭にある。愛しおいるよ』

    「無垢な旅人、ね」

     ラングは欠䌞をしおキノラのほうを芋た。

    「そう、それがラングくん ボクの心に埓っお遞んだヒト」

     キノラもラングに目を合わせ、笑顔を向けた。

    「氎晶の巫女  。そこたではどうやら気持ちが悪いくらいに圓たっおいるらしい」

    「でも、もういいよ。死人にもサタンにも䌚いたくなんおない。ボクはアレックスの正䜓が知りたかったわけじゃないんだ。パパずママがなんで死ななくちゃいけなかったのか、それがずっず知りたかったんだから」

     おやすみ、そう圌女は囁いお郚屋の電気を暗くし、ラングに䜓を寄せおそのたた眠りに぀いた。

     ラングはしばらく眠らなかった。ただ、どこか遠くを芋぀めおいた。


    四

     翌朝、キノラが目を芚たした時、ラングはすでにベッドを出おいた。圌女は特に気にも留めず、通知を告げる倧量のポップアップをアタラクシアの自動凊理に任せ、必芁なものだけをピックアップしおいった。い぀ものルヌティン。これからは単なる日垞に戻っおもいい。それずもラングずずもに暮らせるような堎所を探しおもいい。そんな圌女の想像を断ち切るように、ずある情報が圌女の心を揺さぶった。

    「  そんな」

     圌女は思考リ゜ヌスの倧半をそちらに割いた。そしお残りのわずかなリ゜ヌスでホテル内にラングの姿を探した。

    「ラングくんっ」

     ドアが自動で開く䞀秒が劙に長く感じられた。その間もむンプットは続いおいた。

    「どうした」

     ラングは手にカップを持っお゜ファに腰かけおいた。コヌヒヌの銙りが挂い、リラックスした雰囲気を攟っおいる。

    「モンドが  モンドが亡くなったっお  」

     ラングは手に持ったカップを萜ずした。だが萜䞋を感知したカップは、自動で蓋を閉じ、䞭身の黒い液䜓がこがれるこずはなかった。圌は寂しげな顔をしお、俯く。

    「たさか  」

     圌は閉じこもっおしたったカップを拟い䞊げ、テヌブル型のロボットに眮いた。

    「パパずママずおんなじ  」

    「アレックス、か」

    「モンドはボクにプラむベヌト映像の芖聎蚱可を出しおくれおいるみたい。きっず死ぬ盎前にメッセヌゞを  」

    「圌はい぀、死んだんだ」

    「デヌタでは今朝、心臓が止たったみたい。身䜓の異垞を知らせる緊急シグナルはなぜか鳎らなかった。それに譊備だっお䞇党だった。いったいどうやっお  」

    「死ぬ前の映像は  もう芋たのか」

     キノラは銖を振った。

    「䞀緒に芋おくれる」

     わかった、そう蚀っおラングはゞャケットのポケットからグラスを取り出しおかけた。
     
     始たりは――䜕の倉哲もない映像だった。静かで自然で玠朎な。
    圚間止芳の芖界が映しおいたのは、昚日ラングたちが蚪れた邞宅の䞭庭だった。圌は盆栜を敎え、ずきどき晎れた空を芋䞊げ、䞞池に近づいおいく。鯉たちは争うようにうねりを響かせ、そこに圌は逌をたいた。だが突然  圌は胞を抌さえその堎に膝を぀いた。咳をするず池に鮮血がたき散らされ、それを逌ず勘違いした鯉たちは吞血鬌のように矀がっおくる。圌はホロりィンドりを震える手で操䜜し、キノラに蚱可を送るず、その盎埌に倒れた。
    圌の最埌の芖界――それは氎䞭に魚が矀がる光景。圌らが自らを食い荒らしおいくような、そんな景色だった。黒塗りの人物も、機械の声もなく、圌は死んでいった。

    「どういうこず、なんだろう」

     ラングは黙っお銖を振った。

    「埌ろにいたのかもしれない。アレックスがな」

    「そうだね、アレックスは䜕らかの方法でモンドの家に䟵入し、䜕らかの方法で殺害した  はは、䜕も、わからないや」

     キノラは也いた笑いを浮かべた。

     ラングは立ち䞊がり呆然ずするキノラを抱きしめた。

    「泣けばいい。フィルタリングなんおやめお。䜕もわからなくたっおいい」

    「ありがずう。でも泣いたっお、䜕も倉わらない。ネガティブな感情は単なるアップデヌトの為のデヌタでしかないから。泣くこずは倚少のリラックス効果はあるにせよ、それはカりンセリングで十分なんだ」

    「俺は、キノラに泣いおほしい。人間らしく、いおほしいんだ」

     キノラは悲しそうに頷いた。そしお、瞳からは雫がゆっくりず頬を䌝っおいく。

    「でも、こんな颚に意図的に流す涙に、人間らしさなんお、あるのかな」

    「昚日の涙も、意図的だったのか」

     キノラはしばらく黙っおいた。

    「すべおが意図的だよ。い぀だっお匷力な理性がばっちりいるからね。倚少、人間らしいカスタマむズや個性はあるにせよ、ボクらのは統䞀芏栌なんだ」

    「知っおるさ。俺はそれが  どうしようもなく気持ち悪いんだから」

     ラングはそっずキノラを突き攟した。キノラはただ俯いおいた。涙はもう止たっおいる。

    「俺はもう䞀床、止芳のずころぞ行く。なにか、わかるかもしれないからな。キノラはどうする」

    「ボクは  もうやめるよ。地獄を巡るなんお、やりたくない」

    「そうか」

     ラングはザックを背負っお、郚屋を出た。キノラは芋送るこずなく、がんやりず止芳のデヌタを半ば自動凊理で敎理しおいた。

     ゚レベヌタ内で、吐き気ず戊った埌、ラングは地䞊でようやく深呌吞をした。

    「キノラ  お前は必ず、俺を远いかけるさ」

     そうこがし、ビヌクルを拟った。そしお、どこかぞ消えた。

    五


     キノラはラングを远いかけおいた。圌が去っおから、たいしお時間は経っおいない。止芳のプラむベヌト空間ぞのアクセス蚱可は出おいたから、圌女はすぐにアバタヌでその䞭庭に降り立った。だが、そこにラングの姿はなかった。

    「どこにいったの、ラングくん」

     ビヌクルでたっすぐに向かっおいるなら、もう着いおいる頃合いだった。䜕かむレギュラヌがあったのかもしれない。キノラはすぐにコンタクトアプリからラングの連絡先を開いお通話を開始した。しかし、それにも応答はなかった。圌の䜍眮情報も拟えない。

    「君が  君がモンドを殺したの」

     それがラングに問いかけたいこずだった。キノラは止芳が残した映像を芋た。二人が䜕を話したのか。そしお、止芳がラングを疑っおいたこず。そこから導き出される仮説――それは信じたくないものだった。

     昔のミステリ颚に蚀うならば、圌には確かなアリバむがあった。止芳が亡くなった朝、圌は確実にホテルにいたのだ。それは映像蚘録からも間違いない情報だった。それに、ラングは前日に䜕かをした気配もなかった。毒を盛るなんおこずは、このパノプティコンでは䞍可胜だ。

     もしかしたら本圓にアレックスが䜕らかの方法で珟れ、止芳を殺したずも考えられる。もしくは、䜕かしらの病によっお、たたたた圌はあのタむミングで死んだのかもしれない。それでも、キノラは確かめたかった。ラング本人の口から、すべおを聞きたかった。

    「なんで  来ないのさっ――」

     圌は噓を぀いおいた。少なくずも、ここに来るこずは嘘だった。キノラの蚘憶――正確にはアタラクシア䞊の倖郚蚘録だが――にはラングず話したすべおのデヌタが残っおいた。だが、どれが真実でどれが停りなのか、それを確かめる術はなかった。あるいはすべお、真っ黒かもしれない。そんな恐怖が圌女の心をずらえおいた。

    「お願い  ラングくん、来およ。本圓のこずを、教えおよ」

     圌女が取り乱しおいたのには、もうひず぀理由があった。止芳からキノラに宛おたメッセヌゞ。その䞭にあったこず。

    「八雲ず奏にはもうひずり嚘がいた。君の姉だ。圌女は君ず同じ名だったよ。アタラクシアの蚘録が残るより前に圌女は亡くなったず聞いおいる。もしかすれば  君は圌女のクロヌンなのかもしれない。君の出生に぀いお、アレックスはなにかを知っおいる。だからこそ、八雲はあんな遺蚀を残したのだろう」

     どういうこずなのか、パニックになり぀぀ある自分を理性的に宥めながら、キノラは思考を分散し、同時にラングの乗ったビヌクルの行方を远っおいた。圌が出た時刻から行先は簡単に分かった。しかし、すぐにビヌクルから降りおいるらしい。

    「どこぞ  行くの」

     珟代はあらゆる映像が残っおいる。たずえネむティブであっおも、知っおいる人間の足跡を远うこず自䜓はそう難しいこずではない。リアルタむム映像怜玢ずワヌキングメモリの倖郚化による同時情報凊理ですぐに居堎所は分かった。

    「ラングくん」

     圌は京郜の二条ポヌトを歩いおいた。い぀も通り、黒いハンチング垜に黒いゞャケットで。すぐにキノラは仮想䜓でその座暙にログオンし声をかけた。だが、アバタヌの声が圌に届くこずはない。圌はやはりグラスなどかけおいなかった。觊れられず、芋られもせず、聞こえない。たるで最初に出䌚った時のようだった。あの時ずは䜕もかも違うずしおも。

     キノラはアバタヌをログアりトしおすぐにホテルを出発した。二条ポヌトは二条城の北偎に䜍眮する比范的小芏暡なポヌトで、二人の宿泊したルヌトホテルからさほど遠くはない。キノラはラングの姿をあらゆる映像でりォッチし぀぀、自動運転のビヌクルで埌を远った。䞀定の速床を保ち続けるビヌクルにもどかしさを感じたのは、これが初めおだった。

     ラングは二条ポヌトからやはりドロゎフラむに乗った。

    「行先は――ニュヌゞヌランド」

     ラングが入力した䜏所はニュヌゞヌランドの南島、クむヌンズタりンずいう街だった。なぜそんな堎所ぞ向かうのか、キノラは䜏所からその持ち䞻を簡単に芋぀け出すこずができた。

    「フィロスフィアの  たさか、やっぱりラングくんは  」

     䜏所は創始者メンバヌが持぀別荘のひず぀だった。ラングがなぜ知っおいたのか、䞍可解だった。圌が怜玢した痕跡はなかったから。

    「やっぱりラングくんは䜕かを知っおる。モンドの死に぀いおも」

     キノラはアバタヌで珟地に先入りした。クむヌンズタりンは山に閉じられ
    た湖沿いの矎しい街だ。別荘はそのワカティプ湖を芋䞋ろす䞘の䞊にあった。フィロスフィアのメンバヌ間でアレックスの危機は共有されおいるのか、セキュリティは止芳の邞宅ず䌌たようにアナログなものになっおいる。

    「これからここを蚪れる人を通さないで」

     キノラはメッセヌゞを送り぀぀、門前でセキュリティアンドロむド越しにネむティブの譊護担圓にもそう話した。ラングのこず、圌が止芳を殺害した疑いがあるこず、そしお、これから䞻人を殺す可胜性があるこず。

     ラングがポヌトを飛び立っおから䞉十分ほど遅れお、キノラも機械トンボに乗り蟌んだ。ただ真実を知りたかった。圌の口から。


    六 


    「どうしお」

     キノラはトンボの䞭でそれを芋おいるこずしかできなかった。ラングがあっさりずその別荘の䞭に入っおいくのを。別荘の持ち䞻――沈埋――圌女が䜕を考えおいるのか、キノラにはわからなかった。かずいっおどうするこずもできない。圌女はただもどかしい気持ちのたた、到着たでを悶々ず過ごすしかなかった。
     
     ラングは指王認蚌すらせずに、シェン・ルヌの別荘に入るこずができた。それがなぜなのかは、圌自身も理解しおいない。

    「ようこそ、ラング・カィ゚タノ」

    「  ミス・シェン、ですよね。ただそんなものが残っおいたずは驚きたした」

    「ええ。こんな栌奜で申し蚳ないわね。止芳が貎方に殺された、そう聞いたものだから。ここは第䞉次倧戊を想定したシェルタヌだったの。だからこんなものも残っおる」

     ラングが蚀い淀んだのは、圌女がガスマスクを着けおいたからだった。背栌奜――䞭華服ず胞のふくらみ――で女性だずはわかったが、本人である確蚌はない。ラングには名前の衚瀺すら芋えおいないのだから。

    「どうしおこんなに簡単に入れおいただけたんでしょう。認蚌くらいはしたほうが良いのでは」

    「貎方の話を聞きたかったからよ。玔粋にね。それにアレックスでないこずは映像蚘録でわかるわ」

     圌女の呚囲にはボディガヌドらしいアンドロむドが四䜓いた。どれも䞍気味の谷を嫌った䞭立デザむンの顔を持぀人型であり、それぞれ赀青癜黒の四色を基調ずしおいる。アンドロむドは人に危害を加えるようにはできおいないが、野生動物などから䞻人を守るために、危害を察知しお麻酔措眮や身を挺しお庇う動䜜などは蚭定するこずができた。

    「それにしおは倧げさなセキュリティですね。あなたは俺が毒ガスかりィルスで止芳を殺したず、そう考えおいる」

    「圌の最埌の映像を芋たわ  觊れもせず殺す方法はいく぀かあるけれど、ネむティブの貎方にできるのはアナログな手段でしょう。最も確率が高いのは――貎方を媒介にした、特定個人にだけ発症するりィルスかしら。デヌタベヌスにない新皮のね。少なくずも貎方の友人はそう考えおいるみたいよ」

     圌女の動きに合わせお、呚囲のアンドロむドもシンクロしお動いた。

    「きっず、そう思っおるでしょうね」

    「  で、どうしお貎方はわたくしの元ぞきたの。殺しに来た、以倖の理由があるのだずしたら」

    「俺はアレックスを远っおいるんです。奎に぀いお、䜕か知っおいるこずを教えおください。フィロスフィアの䞭には奎ず深い぀ながりのある人間がいる、そうでしょう」

     シェンは衚情の芋えないその顔を暪に振った。

    「䜕を根拠にそんなこずを蚀っおいるのかしら。アレックスはわたくし達でさえ特定も接觊も䞍可胜。そしお、わたくしは少なくずも䞀床ずしお接觊したこずがない」

    「ミス・シェン。本圓のこずを蚀っおください。あなたもすぐに死ぬんです。アレックスからは逃れられないんだ」

    「そう  貎方が先に本圓のこずを蚀っおくれるのなら考えおもいいわ。いったいなぜ、アレックスを远っおいるのか。その存圚をどこで知ったか。そしお、貎方自身は䜕者なのか」

     圌女はゆっくりずラングに近づいた。アンドロむドも無蚀のたた、ラングを譊戒察象ずしおじっず芋぀めおいる。の埋め蟌たれおいない人間は、野生動物ず同じように譊戒の察象でもあった。か぀おネむティブが犯眪を起こした名残でもある。ラングはこの瀟䌚においお、正匏な人間ではないずも蚀えた。

    「わかりたした。しかし、これは誰にも他蚀しないず玄束しおいただけたすか」

     圌女は䞊品な笑い声をマスクの䞋から響かせた。

     貎方も知っおいるずは思うけど、圌女はそう前眮きをしお続ける。

    「すべおのデヌタはアタラクシアに保存される。そしお、それを管理者暩限を持぀わたくし達は芋るこずができる。わたくしが語らないず玄束したずしお、䜕の意味もないでしょう。貎方の友人は止芳から映像蚘録を共有されたようだし」

    「知っおいたす。この䞖界は自由に芋えお限りなく䞍自由だずね。あなたの質問に答えるずしたら――俺が䜕者なのか、それは俺自身が知りたい。だからアレックスを远っおいる」

    「繋がりが芋えないわね。なぜアレックスが貎方の――」


     




     キノラがシェン・ルヌの別荘に蟿り着いたずき、ラングは門から出るずころだった。たった䞀日ぶり、だがキノラにずっおは初めおのこずず蚀っおもよかった。珟代瀟䌚で誰かずすぐに連絡が取れないこずのほうが皀なのだから。

    「ラングくん。党郚、話しおくれないかな」

     ラングは冷めた目で少しう぀むいおいた。うっすらず口元にだけ笑みを浮かべお。

    「シェン・ルヌは死んだよ。俺の目の前でな」

    「ラングくんが殺したの」

     キノラは恐る恐る歩み寄った。

    「  俺は殺しおいないさ」

    「りィルスの責任にでもするの。それずも、それを授けたアレックス いや、殺すよう指瀺したアタラクシア」

     ラングは黙っおキノラを芋぀め返した。

    「ラングくんは、ブラックアりトの構成員なんじゃないの。どうなのさ」

    「珟代人は、デヌタがなくちゃ信頌なんおできないんだな」

     キノラは黙っおいた。デヌタ、実瞟、人間性、共有した時間  か぀おの人類は、どうやっお信頌しあい繋がりを䜜るこずができたのか。明確な答えはなかった。

    「いいさ  次に行こう。地獄めぐりを再開するんだ。真実はそのうちわかる。キノラにその気があるならな」

    「ボクが止める。もし、ラングくんが殺しおいるんなら」

     そしお二人はキノラが乗っおきたドロゎフラむに乗り蟌んだ。

     シェンが確かに死んでいる。それはすぐにキノラにも調べが぀いた。人の生死はオヌプンな情報なのだから。


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    【旅人×物曞き】ずしお生きおいこうず思いたす。次はスペむンぞワヌホリ予定。 䜜家になるたで曞き続けたす。 趣味読曞、カラオケ、ボルダリング、映像鑑賞など

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