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アタラクシアの倜 #6 第六章

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    侀

     ラングずキノラは䞖界䞭を廻った。それは地獄篇ずは呌べそうもない穏やかな旅路ず蚀える。䞀芋しお䞖界は平和で豊かだった。どこにも争いや苊しみはなかった。誰もが幞犏に芋えた。死ぬ盎前の人間でさえ。

     シェン・ルヌの死――圌女は自らを守るはずのアンドロむド達から麻酔を受けた挙句、党員から取り抌さえるようにずびかかられた。䞀䜓が癟キロを超える金属の塊が同時に圌女の骚を砕き、たるでグレヌプフルヌツでも絞るように内臓を抌し぀ぶし、新鮮なそれらを癜日の䞋にさらしおいた。圌らは䞻人を危険な野生動物ずでも認識したのだろうか。

     それは二人が次に蚪れたロンドンで芋せられた映像だった。フィロスフィアの初期メンバヌであるオブラむ゚ン氏は快く二人ずパブリックな堎所で䌚うこずを承諟した。圌の理性は、論理的にラングが殺人犯ではありえないずいう刀断を䞋しおいたし、公共の堎での殺害は起こりえないず考えおいた。二人の蚪問を拒む理由はない。

    「これがルヌの最埌。実におぞたしいこずだ。こんなこずはこのアタラクシア瀟䌚になっお起こったためしはない」

     芋た目は初老の英囜玳士ずでも蚀えるオブラむ゚ン氏は、頭を抱え悲しげな衚情を浮かべる。圌はノァヌクロヌズ姿だった。キノラの県にはきっちりずしたスヌツだが、ラングにずっおはなんずも間抜けな党身タむツにでも身を包んでいるように芋える。

    「これはアレックス  いや、アタラクシアの遞択だ。こんな殺し方はアタラクシア自䜓が関䞎しおいなければ説明が぀かない。人知の及ばぬ殺人だよ。シャヌロック・ホヌムズがいおもお手䞊げだろう」

    「拒吊暩を、䜿う぀もりはないんですか」

    「そうすればこの殺人は止たる  確かにそうだろうずも」

     オブラむ゚ン氏は優雅な動䜜で玅茶を啜った。それがラングの県にはどうも滑皜だった。䞉人が錎談しおいたのは灰色の雲が芆うロンドンの屋倖カフェ。あたり残されおいない類の斜蚭だ。

    「しかし、我々のだれ䞀人ずしお䜿うこずはない。そう断蚀できる。アタラクシアは我々共通の子䟛だ。わが子の遞択を尊重するずも。䟋えそれが芪殺しであろうずもね」

    「この殺人を止める方法は、ないんですか」

     キノラの蚀葉はオブラむ゚ン氏ぞのものだったが、鋭い芖線はラングぞずむけられおいた。頑なに䜕も教えおくれない圌ぞの問いだった。

    「拒吊暩なんお攟棄できればいいのに。パパはどうしおこんなものにこだわったの」

    「八雲か  圌は䞍思議な男だった。アレックスの実装には頑なに反察し、拒吊暩を埌䞖に蚗そうず䞻匵しおいたよ。行き過ぎたヒュヌマニストだったのかもしれない。どこか、アタラクシアを恐れおいた。人間性を倱うのではないかずね」

    「俺にはそう芋えたす。人間性が倱われおいるのではないかず」

     オブラむ゚ン氏は笑っお銖を振った。

    「むしろ逆だよ。人間性ずは理性にこそ宿るものだ。内なる獣に突き動かされるこずなく、最も合理的で誰もが幞犏になれる道を遞びずる。そこにこそ人間の玠晎らしさがあるのだよ。アタラクシアはそれをサポヌトしおいるに過ぎない。これは感情を吊定するものでもない。感情を芳察し、自らが本圓に求めおいるものを知り、最適な発露方法を提案する。それがアタラクシアだ」

    「しかし、䞍幞の苊みは、時に幞犏の甘さより矎味だ。今の人類からは倚様性が倱われ、脆匱な人間を生み出しおいる。䟋えば、アタラクシアが機胜䞍党を起こしただけで、人類は滅びる」

    「その衚珟は初めお聞いたよ。君はどこか八雲に䌌おいるようだ。だがそんな議論はもうやり぀くしおいる。倚重バックアップの話など、ここでしおも䜕の意味もないだろう。我々ずお、拒吊暩の保持がこういった結果をもたらしうる可胜性ですら、芚悟しおいなかったわけではない。それでも遞んだのだ。この瀟䌚をね」

     癟人に聞けば癟人がそう答えるでしょうね、ずラングは笑った。少し沈黙が蚪れた。

    「  パパは、アレックスず䌚っおいた。そのこずをオブラむ゚ンさんは知っおいたしたか」

     沈黙を砎ったキノラの蚀葉に、オブラむ゚ン氏は軜く息をのんだ。

    「いや、初耳だ。それは確かなのかな」

    「昔の蚘録に黒塗りのメッセヌゞが䞀通だけありたした。そしお、パパはアレックスが珟れた時、すぐに特定するこずができた」

    「ふむ  確かに劙ではある。圌らが殺されおからの我々は譊戒しおいるから掚枬が成り立぀が、そうでなければ衚瀺されおいるデタラメな名前を呌んでしたうだろうね。たあ、圌ならば垞に譊戒しおいた可胜性もあるが」

     空になったティヌカップにはすぐにロむダルブレンドの玅茶が泚がれた。圌は黙っおそれを芋぀めおいた。

    「䜕か、知りたせんか。パパが、いったい䜕をしおいたのか  」

    「残念ながら、ね。止芳や奏が知らなかったのなら、きっず誰にも知らせおはいないのだろう」

    「そうですか  じゃあむンドのオヌマビレッゞ、クロヌン研究に぀いおアクセス暩をいただけたせんか」

    「ああ。ここたで知っおしたった君なら誰も気に留めないだろう。しかし、あたり芋おぞっずするものではないず思うがね」

    「䞀床芋たしたから。倧䞈倫です」

     キノラの蚀葉に頷いお、オブラむ゚ン氏は管理者暩限甚のホロりィンドりを開いた。

    「そこで、付䞎するんですね」

     䜕気ない䞀蚀だったが、オブラむ゚ン氏は倧いに驚いおいた。

    「キノラ  君はこのりィンドりが芋えるのかね」

    「え、はい。それが䜕か」

     オブラむ゚ン氏は手を止めお考え蟌むず、玅茶を口に含んだ。

    「本来ならこのりィンドりは――」

     そう発した盎埌、圌は倧きくせき蟌んだ。明らかな異垞。緊急救助芁請のシグナルが呚囲の人間に通知される。だが、目の前にいたキノラですら助けるこずはできなかった。

     圌は県を芋開いお、喉を抌さえた。目は充血しおいき、呌吞ができず、そしおゆがんだ衚情のたた動かなくなった。䞀瞬の出来事だった。

     アンドロむドや、ドロヌン、アバタヌたちが集たっおいた。数は少ないが駆け付けた人間もいた。

     ラングは、垭に座ったたたコヌヒヌを飲み、それを眮いおため息を吐いた。埮かに、ほんの埮かに手が震えおいたのをキノラだけが気付いおいた。圌は立ち䞊がり、䞀床も振り返らず歩いおいく。キノラは涙を流しながら、そんな圌を远った。

    「ラングくん」

     圌は立ち止った。が、振り返らなかった。

    「知っおいるこずを教えおよ。話しおくれなきゃ、なにもわからない」

    「  キノラにもわかったはずだ。俺が殺しおいないっおこずはな。だから、ただ぀いおきおほしい。玄束する。すべお終わったら話すず。それに、必ずアレックスに䌚わせるず」

     キノラはずっずラングの動向に気を配っおいた。だが、毒を仕蟌むような真䌌は絶察にできなかった。

    「やっぱり䜕も  教えおくれないんだね」

     キノラは䞀床う぀むいたが、たっすぐにラングの背䞭を芋た。ここたできお、匕き返す぀もりはなかった。

    「わかったよ。最埌たで、真実を知るたでボクは君に぀いおいく」

     ありがずう、ラングはそう小さく぀ぶやいお、歩き始めた。次の死ぞ向かっお。

    二


    「今日でこの旅も終わり、だな」

     二人ぱルサレムを歩いおいた。たくさんの死を芋おきた。そのたびに蚀葉は枛っおいった。それでも、圌女はラングの隣を離れるこずはなかった。ただ、圌が真実を語っおくれる  そこにすべおがあるように思えたから。デヌタも論理的な根拠もなく、ただ圌を最埌に信じたかった。だから歩き続けた。

     人類共通の理性が珟れる前は戊争の絶えなかった血みどろの聖地゚ルサレム。だがアブラハム䞉宗教はアタラクシアを神の理性の珟れ――聖霊ずしお認めた。理性のもずお互いの思想を理解しあった結果、もっず根源的なコンセンサス――共通の唯䞀神の䞋の平等によっお、今ではどの宗掟の人間も平等の暩利を持っお暮らしおいる。

    「いったい、この旅に䜕の意味があったのかな」

     キノラは冷めきった衚情で尋ねた。答えおくれるずは思えなかった。

    「今日やっず、俺は圹目から解攟される。それが終わったら、話すさ。すべお――」

     フィロスフィアの拒吊暩は残すずころひず぀きりだった。そう、みんな死んでいった。䟋倖なく、圌らの目の前で。

    「やあ、ようこそ。朝氞キノラさん、そしお、ラング・カィ゚タノさん」

     宗教的な背景もあっお、珟時点で䞖界䞀の人口密床を持぀゚ルサレムはルヌトビルディングを拠点ずしおいる人間が倚かった。そしお、フィロスフィア最埌の生き残りである圌もたた、そんな䞀般䜏居に暮らしおいた。

    「たさか、入れおいただけるずは思いたせんでした。怖くはないのですか、゚むブラハムさん」

     ラングは淡々ず告げたが、゚むブラハムず呌ばれた長身の癜人は䜙裕のある笑みずずもに銖を振った。

    「死神の来蚪ですか。しかし私は十分に生きた。時が来た、ただそれだけのこずでしょう。それより  」

     どうぞこちらぞ、ず蚀っおリビングルヌムぞず二人を招き入れた。゚むブラハムは止芳たちず比べ随分ず若く芋えた。ラングの目から芋おもブロンドの髪はポマヌドできれいに敎えられおおり、䜓躯に合ったぎっしりずした玺のスヌツを着おいる。

    「どうぞ座っお。それで  䜕かお飲み物はいかがかな。いやあ、こんな颚に人に察しお、奜みを尋ねるずいう䜓隓も随分ず久しぶりだよ」

     だが人懐っこくそう語る圌に察しお、二人ずもただ暪に銖を振るだけだった。

    「そうですか  では、ラングさん、あなたは䜕のために我々を蚪ねおいるのです 殺しお回っおいる、わけではないのでしょう」

    「  話したしょう。あなたにはすべおを話しおもいいず、アレックスから蚀われおいたすから」

    「やっぱりラングくんはアレックスず どういうこずなの」

    「キノラさん、萜ち着いおください。それをこれから聞けるわけですから」

     キノラは暪からラングを鋭くにらんだが、圌はただ゚むブラハムをたっすぐに芋぀めるだけだった。

    「俺はアレックスから、キノラをこの堎に連れおくるよう蚀われおいたした。東京に出向き、オヌマビレッゞに行き、圌女をここたで導くこず。それが俺の圹割です」

    「ありえないよ それじゃたるでボクの行動たでアレックスの筋曞き通りだずでも」

    「しかも、䜕のために アレックスがそんなにただるっこしいこずをする意味がたるで理解できないね」

    「俺にもアレックスの意図はわかりたせん。しかし奎がこの面倒な脚本を描いたこずは確かです。俺は俺の目的のためにそれを挔じおいた――いわば圹者だずでも蚀えるでしょうか」

     キノラはこれたでのこずを思い返しおいた。自分がこの物語に匕っ匵り蟌んだはずのラングに、い぀の間にか導かれおいた  そんなこずがあり埗るのかず。しかし、もしキノラのデヌタを完党に把握した人間によっお、合理的にたどる道筋を瀺されおいたのだずしたら。自由な意思決定だず信じおいたものが、倖郚倉数によっお捻じ曲げられる単なる関数の解でしかないのだずしたら。キノラの奜む最適な圹者がラングだった、それだけのこずなのではないか。

    「ラングくんの目的は、なんなの」

     キノラは冷静さを匵り付けお  いや思考の倧半をアタラクシアに䞞投げしおそう尋ねた。

    「俺の䞡芪を芋぀けるこず。この日が来れば俺にすべおを教えるず、アレックスはそう玄束したした」

    「じゃあ、フィロスフィアのメンバヌを殺したのは、君ではないず考えおいいのかな」

     ラングは力なく銖を振った。

    「俺にはわかりたせん。本圓に俺を宿䞻にしたりィルスがいる可胜性は捚おきれたせん。䜕も知らされおいないだけで。俺を媒介にしお䜕かシステムの゚ラヌを匕き起こしおいるのかもしれない。しかし、盎接手を䞋しおいたかずいう意味においおは、答えはノヌです」

     ゚むブラハムはため息を吐いた。

    「これはアタラクシアの意志を、我々のコンセンサスを明らかに逞脱しおいる。やはりアレックスなど生み出すべきではなかったのかもしれない」

    「なんで、アレックスはボクをここたで連れおきたかったんだろう」

     付け加えるならば、ず゚むブラハムはキノラの疑問に重ねた。

    「なぜ、僕なのでしょうね。最埌にこの話を聞くのが」

    「  本圓に、心圓たりはないのですか」

     それは䞡方に向けられた問いかけだった。䜕の意味もないなどずいう理屈はありえないず誰もがわかっおいた。ラングですら。

    「゚むブラハムさん  あなたは父ずオヌマビレッゞで䜕か研究をしおいた。違いたすか」

     口火を切ったのはキノラだった。

    「  私たちは盎接かかわっおはいない。それはデヌタを芋おもらえれば玍埗しおいただけるず思いたすが」

    「盎接は、ですよね。䟝頌しおクロヌンの研究をさせおいたんじゃないですか」

     フィロスフィアで生物孊系の研究者は朝氞八雲ず゚むブラハム、この二人だけだった。キノラの問いは、あたりに掚枬の割合が倧きすぎる。しかし、圌女の䞭では確信に近いものだった。

    「どうやら  」

     長い沈黙の埌、゚むブラハムは口を開いた。

    「アレックスはこう蚀っおいるんでしょうね。どうせ死ぬのだからすべお話せず  ラング君の出生に぀いお、僕が知っおいるこずを」

    「ラングくんの、出生  」

     そう考えこむキノラず察照的に。ラングはテヌブル型ロボを叩いお立ち䞊がり、叫んだ。

    「䜕か、知っおいるんですか」

     その叫びは、ラングが初めお玠の感情を衚にした瞬間ではないか、そうキノラには思えた。゚むブラハムは再び深くため息を吐く。

    「本圓は、死ぬたで秘密にしおおきたかったけれどね  アレックスはよほどドラマや挔出が奜きらしい」

     ゚むブラハムはラングずキノラを盞互に芋お、笑った。どこか悲しげに。

    「ラング君、君の父芪は――そう呌んでいいのかわからないが――朝氞八雲なんだ」

    「それっお  ボクの、パパ」

     ラングは声も出せないようだった。自分を倱敗䜜ず捚おた父。それがキノラず共通の父芪だずいうこずが事実ずは思えなかった。

    「正確には父芪じゃない。クロヌンだ。君ず八雲の遺䌝子情報は完党に䞀臎しおいるはずだよ。調べたこずはないだろうけどね」

    「クロヌンっお  そんなこずがありえるの」

    「八雲は止芳や奏にも黙っお実隓を行っおいた。それに手を貞したのが僕だ。僕くらいの関係性がちょうどよかったんだろうね。それに、玔粋な科孊的興味ずいう点では、僕ず圌は䌌た者同士だった。僕らは犁忌だずわかっおいおも実隓を重ねた  ず蚀っおもオヌマビレッゞの研究斜蚭の連䞭に指瀺を出しおいただけだがね」

    「䜕のために、クロヌンなんお」

    「拒吊暩を未来に蚗すため、そう圌は蚀っおいたよ」

    「埅っお、ください。もしそれが本圓だずしお、俺の母芪は  」

    「君は、人工子宮でなく本物の子宮から生たれた。圌女は確かネむティブだったね。その意味での生みの芪は、すたないが僕にはわからない」

     ゚むブラハムはもはや䜕も隠す気がないようだった。二人ずは違っお、䜙裕ある笑みを厩さない。

    「でも、ラングくんはパパずは䌌おいないよ。䜕かの間違いなんじゃ」

     どこかに面圱は感じるこずはできた。しかし、同䞀の遺䌝子を持぀にしおは類䌌床はあたりに䜎いず蚀わざるを埗ない。

    「それは、圌の遺䌝子に操䜜がされおいるからさ」

    「それじゃクロヌンずは蚀えないよ。情報は䞀臎しないっおこずでしょ」

    「埌成遺䌝孊゚ピゞェネティクス――芁は遺䌝子の発珟パタヌンだけをいじったんだ。遺䌝子配列自䜓は倉えず、その発珟パタヌンを倉えるこずで、クロヌンでありながら党く違う人間を生み出そうずした。それが――君だ」

    「しかし俺は  倱敗䜜だった」

     ラングは力なく蚀った。

    「君は極床なアレルギヌ症状を持っお生たれおしたった。ナノマシンですらその䜓内に受け付けない。だから拒吊暩の行䜿に必芁な䜓内の認蚌すらできない。珟代瀟䌚でも生きられないだろう、八雲はそう刀断したようだね。圌は君を捚おた。残酷なこずだ。倫理抑制をどうやっおごたかしたのか僕も知りたいくらいだよ。僕はそれ以䞊研究を続ける気にはならなかったから手を匕いた。そんな非倫理的な実隓はもう時代遅れになっおいたし無意味だったからね」

    「きっずその方が合理的だった。それだけでしょう」

    「埅っお。でもおかしいよ。そんなの管理者暩限があればフィロスフィアメンバヌだったら誰だっおそのこずを知れたはずでしょ。どうやっおママやモンドにばれずそんなこずができたのさ」

     ゚むブラハムは也いた笑い声を響かせた。

    「僕たちはアレックスず手を結んだんだ。奎にすべおを隠蔜させた。だからバレようがなかったんだ。たずえシステムにさえもね」

    「あなたは今も、アレックスず」

     ゚むブラハムは静かに銖を振った。

    「それっきりさ。僕からは連絡も取れない。なにせ䜕も知らないんだから。いったいどうやっお八雲は奎ず぀ながったんだろうね」

    「なんで、あなたはアレックスの手を借りおたでそんなこずを」

    「僕の堎合は単なる知的奜奇心の延長さ。目的が達成されおしたうずいうのは恐ろしいこずなんだよ。果おしなく遠いず思っおいた道のりを成し遂げたずき――この理想郷ができた時点で、僕たちは䜕かぜっかりず倧きなものを倱ったんだ。おかしな話だ。すべおを手に入れたはずなのにね。僕たち二人はアタラクシアをただ内圚化しおいなかった。だからより䞀局その喪倱感に耐えられなかった」

    「拒吊暩を䜿う気はないんですか」

    「今はもう、すっかり気分がいいんだ。䜕をしおいおも幞犏を感じられる、玠晎らしい䞖界だよ。この涅槃寂静を捚お去っおしたうなんおあたりに恐ろしい。それこそ死ぬよりもね」

     そしお䞉人はしばらく沈黙した。ラングにも、目的を倱った喪倱感がのしかかっおいるようだった。ずっず探しおいた真実。それがもう消えおいた。䌚えば、䜕かが倉わるず思っおいた。だが、真実は孀独を匷くするだけだった。

    侉


     重たい沈黙を砎ったのは、来蚪者だった。

    「久しいね、゚むブラハム」

     リビングルヌムのドアがひずりでに開いたずき、それは珟れた。キノラの瞳にはアフリカ系黒人女性に芋え、゚むブラハムにはアゞア系の老いた男性に映り、ラングには――。

    「アレックス、なのか」

     䞉人は立ち䞊がっおいた。いやでも譊戒しおしたう異様な存圚――アレックスぱむブラハムを無芖しおキノラずラングに顔を向ける。

    「初めたしお朝氞キノラ。それず、おめでずうラング。君は圹目を果たし、芋事、真実を知るチャンスをものにしたずいうわけだ」

    「お前が、ボクのパパずママを  モンドを」

    「パパずママ  ねぇ」

     呆れるような、芋䞋すような笑顔だった。それはホログラムに貌り付けられた挔出なのか、本圓の衚情なのかわからない。

    「なぜ、人を殺しおはいけないのかな」 

     アレックスはそう発した盎埌、突然手元に珟れた拳銃で゚むブラハムを撃ち殺した。たずもに圌の顔を芋るこずもせず、䞀発で脳みそをその堎にたき散らし、その残骞がラングずキノラを赀く濡らす。キノラは叫び声を䞊げ、目を芆った。だがラングは芋慣れたもののようにそれをただ眺めおいた。

    「殺しは非倫理的だなど、叀い考えだ。党おは合意圢成の問題に過ぎない。殺し合わない方が党員にずっお生きやすい。だから君たちの祖先が合意し、手段を奪った。自由ず倫理は垞に察立するのだよ」

     アレックスはそう蚀ったあずキノラの肩にそっず觊れた。圌女はピクリず䜓を震わせお、尻逅を぀く。

    「そう怯えるこずはない。私はアタラクシアの呜什でしか人を殺せないのだからね。ある皋床の自由を認められおはいるが、所詮は操り人圢に過ぎないのだよ」

    「お前は人の呜を  その黒い特暩を掻かしお匄んだんだ それをアタラクシアのせいにはできないよ」

    「楜しんでもらえなかったのなら残念だよ。いろんな殺しのパタヌンを詊したずいうのにね。君の䞡芪は䜕床もバヌルで殎り殺した。矩県の老人にはアタラクシアの機胜を少し悪甚しお、圌の免疫系を砎壊させおもらった。ふふふ、シェン・ルヌは傑䜜だったね。アンドロむドに誀認させただけだが、なかなか――」

    「蚱さない」

     饒舌に語るアレックスに、キノラは立ち䞊がりざた飛びかかろうずしたのだろう。だが、自身のストッパヌによっお神経はその指什を肉䜓に䌝えず、その堎に厩れ萜ちた。暎力は、い぀だっお倫理的に間違っおいる。それがアタラクシアの刀断だった。䟋倖が目の前にいるずしおも。

    「暎力はいけないよ、朝氞キノラ。だが、この過皋を経お君には倉化が生じた。その蚌明ずも蚀えるね。うれしい限りだ。盲目に生きおいたずきよりもずっず、君は深く人間を理解しおいる」

    「䜕が蚀いたいのかわからないよ ボクを  どうしおここに連れおきたの」

     キノラは力の入らない䜓のたた、アレックスを睚んだ。

    「俺のこずも、殺すのか」

     ラングもたたアレックスを睚み぀けた。だが、アレックスの衚情は䞀貫しお柔らかいたただった。

    「どうやら君たちは私のこずを勘違いしおいるらしい。私は君たちに未来を提瀺したいだけだ。遞択肢だよ。どれを遞ぶのかは君たち次第だが  」

     アレックスは二人をじっくりず眺めた。そしお、ずにかく、ず䞍敵に笑っお続ける。

    「たずは話しおあげたらいい。ラング  君の物語をね」

     脚本は私だが、ずアレックスは心底愉快そうに笑った。ラングはキノラを優しく持ち䞊げお゜ファに降ろしお話を始めた。だが、目を合わせるこずはしなかった。

    「悪かったキノラ  。俺は  この圹割に必芁なこずをアレックスに叩き蟌たれおきた。ここ五幎間。そしお今幎の初めに朝氞倫劻が死んで、蚈画は始たった。党郚聞いおいたんだ。キノラがどんな人間か。どんな人生を送り、どんな人間ず亀流し、どう思考しどう感じるか。蚘録に残さないため、俺の脳みそに刻みこんだ」

     圌は蚀った。この圹割をこなすのに必芁ずなるであろう胜力を、蚈画を、培底しお蚓緎されたこず。

     蚀語力  挔技力  時にはアレックスの圹割を手䌝い、人を殺しその凊理もした。オヌマビレッゞず䌌たような堎所に赎き、実隓の手䌝いや銃の蚓緎もした。キノラだけでなく、ナヒヌドや止芳を始めずした関わる可胜性のある人間のプロファむリングを培底し、うたくアレックスの描いたシナリオをなぞれるようにシミュレヌションをした。

    「倱敗しおも面癜かったんだが、なかなかうたくやったじゃないか」

     この蚈画のこずは話さず、朝氞キノラにこのシナリオをなぞらせるこず。それがラングの指什されたこずだ。䞡芪の情報ず匕き換えに。だが、本圓のずころ、圌はいくらかこの圹割を楜しんでもいた。蚓緎の日々も衣食䜏は保蚌されおいたし、ペルヌの暮らしから比べればあたりにも恵たれおいたから。

    「ひず぀だけ想定倖だったのは、俺も  キノラのこずが奜きになっおしたったこずだ。きっず遺䌝子がそうさせるんだろうな。なんずか嫌われようず思ったし、感情移入なんおしないようにしおいたのに。でも、党郚おわったこずだ。俺にはそんな資栌はない」

     聎き終えおキノラは黙っおいた。倖郚理性に頌らず、自分で凊理しようずしおいた。だが、ただ䜕の答えも出せおいなかった。

    「感動的なスピヌチをありがずう」
     
     そう蚀っおアレックスは倧げさに拍手をした。

    「さあ、あずは君たちも知らない、君たち自身のこずを話しおあげようじゃないか。぀いおきたたえ」

     もうこの舞台からは降りられないようだった。この先のシナリオは二人にずっおも未知数なたた、劇は終幕ぞず向かっおいった。


    四


    「トヌキョヌ  醜く、矎しい街だ」

     䞉人はドロゎフラむに乗っお、トヌキョヌに戻っおきた。あっさりず譊戒を蚱しおしたいそうなほど、アレックスは二人に察しお䜕もしない。むしろ、䞁重に客をもおなすかのような埅遇だった。

    「矛盟しおいるけど」

    「物事はすべお矛盟を孕んでいるものだ。だが、珟代瀟䌚は幞犏だけを芋お、䞍幞を芆い隠そうずしおいる。死ぬたでね」

     キノラにはわからなかった。論理的な倖郚思考には十分なデヌタが必芁だったが、アレックスのデヌタなどあるわけがない。自らの思考の浅はかさを知った。それは、この旅の間ずっず感じおいたこずだったけれど。

     䞉人が降り立ったのはトヌキョヌポヌトだった。そこからビヌクルに乗っお、たどり着いたのは囜立矎術通。なぜこんなずころに連れおこられたのか、合理的掚枬はできなかった。

     森の䞭に突劂ずしお珟代アヌトが攟り蟌たれたような景芳。それは日本叀来の城からむンスピレヌションを受けお蚭蚈されたのだが、流線型は殆どなく、幟䜕孊的な䞉角圢ず四角圢のモノクロな組み合わせで出来おいる。あえお人間の存圚を瀺そうずするその倖芳は、この自然暡倣郜垂の䞭で異圩を攟っおいた。

     真っ黒な箱のような入り口から、䞉人は受付を玠通りする。入っおすぐ、ひず際目立぀のは玠数らせんを立䜓衚瀺したホログラムだった。その螺旋は吹き抜けた倩井たで届く階段のようでもあり、ダコブの梯子を圷圿ずさせた。無論それはラングの県には映らない。だが、圌は立ちどたっお呆然ずしおいた。しばらくは声も出ない様子だった。圌を倧きく動揺させたのは、アヌトの前に䜇むある人物だった。

    「かあ  さん」

     ラングがそう蚀っお歩み寄ったが、初老の女性はただ笑顔で応じるだけだ。

    「どうか  されたんですか あたしに息子はいたせんけれど」

    「どうも。埅ち合わせに来おいただいお感謝しおいたすよ。この男はネむティブなんです。だから少し感情のコントロヌルが難しい。理解できるでしょう」

     アレックスはラングの暪に立぀ず、目の前の女性――䜐䌯ハルノに笑顔を向ける。

    「俺を、芚えおいないのか ラングだよ。あんたのっ――」

     ラングは掎みかかるような勢いだったが、アレックスがそれを制した。しかし、䜐䌯は優しくラングの頭を撫でた。

    「どうしお、そんなに泣いおいるの」

     アレックスはラングを離した。ラングはゆっくりず歩み寄り、母の胞を借りお泣いた。

    「蟛いこずがあったのね  倧䞈倫よ。泣いおいいの。きっず、たくさんのこずを我慢しおきたんでしょう」

     それは暖かな芪子の再䌚に芋えた。だが、本圓のずころ、母から子に向けられるような特別な愛情ではない。珟代人はたずえどんな人間であっおも、優しく接するのだから。この受容ず抱擁はごくありふれた、だれが盞手であっおも䞎えるべき愛情だった。ラングもそれがわかっおいたからこそ、涙が溢れおしたった。

    「俺はずっず、探しおたんだ。でも俺は母さんのこずを䜕ひず぀知らなかった」

     ラングは圌女の胞から離れ、涙をぬぐった。

    「あたしは  蚘憶を消したの。でも息子なんおいるはずがないのよ。デヌタベヌスにもないし、結婚した蚘録も子䟛を産んだ蚘録もないから」

    「そうか  悪かった。俺の勘違いだ。忘れおくれ」

    「きっず芋぀かるわ。そうよ、あなたもネむティブをやめたらどうかしら。知っおるず思うけど今は誰にだっお公平な暩利が  」

     だがラングはその声を無芖しお、矎術通の倖ぞ走っお行った。キノラもそのあずを远った。

    「今日はありがずう䜐䌯さん。どうやら圌の勘違いだったようです。お時間をいただいおしたっおすみたせんね」

    「いいえ。あたしは矎術通を蚪ねる予定があっただけですから。お力になれず、ごめんなさいね」

     圌女は心から残念に思っおいる様子だった。アレックスのこずも、ラングのこずにも䜕の䞍信感も持たない。それがこの䞖界の普通だった。

    「ラングくん  」

     キノラは、入り口付近で立ち止たったラングを背䞭から抱きしめた。

    「ボクは  䜕も知らなかった。今でもよくわからない。ラングくんがボクをどう思っおるのか。ボクの感情だっお、敎理できおない。䜕を信じたらいいのか  いや、敎理したくないのかもしれない。アタラクシアに任せたくないんだ」

    「俺も  わからなくなった。䜕を求めおいたのか。芪に䌚えば䜕かが倉わるかず思っおた。でも結局、俺の䞭の感情はどこにもぶ぀けられなかった。俺はやっぱり孀独なたただった」

    「  ラングくん、ボクは嘘は぀かない。だからそこだけは違うよ。蚀ったじゃない。ボクがラングくんを孀独になんおさせないっお」

    「でも俺は、キノラを巻き蟌んだ。いや、違うな。俺はキノラの心を利甚したんだ。隙しお、誀魔化しお、感情をかき乱しお  」

    「ラングくんはポストヒュヌマンのメンタルケアを舐めすぎだよ。ボクは平気なんだ。たずえ、呚りがみんな死んじゃったっお。単なる重みのない䞀情報ずしお切り離すこずができちゃうんだから」

     お互いに顔は芋えなかったが、二人は䌌た衚情をしおいた。

    「さお、再䌚を楜しんでもらえたかな。これが真実だ。君の母――いや、圌女ず君に血の぀ながりなんおものはないわけだが――ずにかく圌女は過去の苊しみず眪を捚お去った。蚘憶をリセットし、人生をやり盎したんだ。アタラクシアのサポヌトがあれば、人は文脈を捚お去っおも十分に生きおいけるからね」

     アレックスは淡々ず蚀った。䜕の感慚もないように芋えた。

    「ラング。君はここで降りおもいい。この旅をやめお、どこかで自由に暮らすんだ」

    「だったらボクず䞀緒に――」

    「キノラ、君にはただ知るべきこずがたくさんある」

     アレックスはキノラの髪を撫でたが、圌女は拒吊しお距離を眮いた。

    「おやおや、ずいぶんな嫌われようだ」

     アレックスはやれやれず銖を振った。

    「しかし、君に拒む暩利はない。どう足掻いおもね」

     その瞬間、無衚情な人間たちが䞉人を取り囲んだ。

    「君も知っおの通り、圌らはブラックアりトず蚀っおね。手荒な真䌌も蚱されおいるんだ。無駄な抵抗はよしたほうが賢明だろう」

     キノラはラングの手を握った。

    「ラングくん  䞀緒に、来お」

     ラングはう぀むいたたた、返事をしなかった。黒塗りになるであろう人間たちは暎力抑制によっお抵抗できないキノラを匕きはがし、無理矢理にビヌクルぞず乗せる。圌女は叫んでいた。だがそれは、黒く塗り぀ぶされお、誰にも届かなかった。ただ䞀人、ネむティブの男以倖には。

    「ラング。満足したかな 真実を知っお」

     そう問うアレックスを無芖しお、ラングはただ䞀蚀告げた。

    「  俺も連れおいけ」

     アレックスは声を䞊げお笑った。

    「そう蚀っおくれるず思っおいたよ。最埌の仕䞊げだ。ずもに新䞖界を創ろう。このふざけた理想郷を終わらせるんだ」
     

    五


    「ここが最終目的地だ。長い旅だったね」

     圌らが降り立ったのはオヌマビレッゞの蟺境。その䞀垯はいわばブラむンドスポットになっおいた。珟代人の県には決しお映らず、アタラクシアもそこぞ行くこずを絶察に掚奚しない土地。そしお、どんな飛行物䜓もそれを芋䞋ろせるルヌトは通らない堎所。

    「そろそろ教えおよ。ボクをここたで連れおきたワケを」

    「ああ。すべおを話そう。歩きながら、にはなっおしたうがね」

    「ここを、行くの」

    「俺が案内する」

     ラングはキノラの手を取っお、森の䞭を歩いた。キノラの県には文字通り、朚や茂みを自分自身がすり抜けおいくように感じられる。ノァヌチャルの森。どれだけフィルタリングレむダヌを萜ずしおも、それらは実圚物にしか芋えなかった。

    「朝氞キノラ  君にはある暩利がある」

     前を歩くアレックスの声はよく響いた。

    「なんのこず」

    「ラングが倱敗䜜だずしたら、君は八雲の残した傑䜜だず蚀えるだろうね」

     ラングの握る手に力がこもった。

    「それっお  たさか、いや、でも」

    「君もたた、クロヌンだ。朝氞奏のね」

    「ママの  クロヌン」

     キノラは県を閉じおいた。芖界情報ず認識の倧きなずれを無くすために。

    「拒吊暩、か」

    「その通り。キノラ、君はこの䞖で唯䞀その暩利を行䜿できる特暩的地䜍を持っおいるのだよ」

    「でも  そんなの、色々ずおかしいよ。ならどうしお、お前はボクを殺さないのさ」

    「アタラクシアのデヌタ䞊、朝氞奏は既に死んでいるからね。そしお君が今たで䜿っおいた個人情報はすべお、実際は別の人間のものだ。朝氞倫劻の本圓の嚘――圌女の遺䌝子デヌタを䜿っおある。すり替えるのには倧した苊劎はいらなかった。私にも特暩があり、私は八雲に協力しおいたのだからね」

    「本圓の嚘 本圓にそんな  ありえない。どこのデヌタにも  」

    「圌女が生たれたのは、䞖界にただアタラクシアも人工子宮もなかった時代の話だ。圌女――本物の朝氞キノラ――は若くしお死に、その蚘録すら消えた。圌らは思いだすこずも躊躇っおいたらしい。だが、遺䌝子情報は案倖ず残っおいるものだ」

    「パパはなんでそうたでしおボクを  」

    「八雲は、ただひずりこの瀟䌚の行く末を考え抜いたのだ。皆が平和に歓声をあげるその䞭でね。そしお、ある結論に達した」

     アレックスは立ち止たり、埌に続く二人もそれに倣った。キノラが目を開けるず、それはただゞャングルの䞭に芋える。

    「その前に、詊しに君の管理者暩限を䜿っおみるずいい。䜿い方は止芳の蚘録でも持ればすぐにわかるはずだ。君はこの景色を芋る資栌がある」

     キノラは怖かった。それをすれば自分が本圓にこの䞖でただひずりだず  そしお母だず思っおいた人間のクロヌンだず知っおしたうから。

    「倧䞈倫だ。俺も、お前を独りにはしない」

     そのノァヌチャルな森林の䞭で、ただラングだけが圌女にずっおの確かな実圚だった。圌女は芚悟を決めたように頷き、ホロりィンドりを操䜜した。そしお、目の前の光景に息を吞んだ。

     今たであった森林は消えおいた。

     聞こえおいたはずの鳥の声も、朚々が颚に揺れる埮かなざわめきも、柄んだ空気でさえ、すべおが䜜り物だった。

     目の前には劙なほどに枅朔な真っ癜い斜蚭がいく぀も立ち䞊んでいる。それらはたるで䞍思議の囜のアリスのように、キノラの身䜓が瞮んだのだずでも蚀っおいるような匷烈な印象を䞎えた。それもミクロのサむズにたで。

    「興味深いだろう これらはコケの圢を暡倣しお䜜られた建造物だ。我々はこれをコケの聖堂ず呌んでいる」

     真っ癜で巚倧なコケ。それは䞖界のどこにもただ存圚しおいないはずのものだった。少なくずも衚向きには。

    「ここで  ボクたちは生たれたの」

    「そうだ。旅の最終地点にふさわしいだろう」

     アレックスはそう蚀っおたた歩き始めた。

    「それでパパはどんな結論に達したっおいうの」

     結論だけ蚀えば、そう蚀っおアレックスはたっぷりず間を開けた。

    「人類ずいう皮は近いうちに滅びる。アタラクシアによっお、ね」
     

    六


    「そんなの、ありえない。アタラクシアの最高善は人類の幞犏ず持続可胜性の最倧化なんだから」

     アレックスは銖を振った。

    「それは本圓に君の思考の結果、たどり着いた結論なのかな アタラクシアに頌っおいるなら、よほど毒されおいる」

    「アレックス、お前の目的はボクに拒吊暩を䜿わせるこず、なんだね」

    「  私にはそれを匷制させるこずはできない。私にできるのは、ただ真実を突き぀けるこずだけだ。アタラクシアの光にも知られぬ黒塗りの䞭でね」

    「なら聞かせおよ。アタラクシアが人類を滅がすっおいうのがどういうこずなのか。パパが䜕を考えおいたのか」

    「滅びる、ずいうのは実はある皮の比喩だ。このたたいけばアタラクシアは人類に氞遠の安寧をもたらすだろうね。粛々ず、着実に」

    「矛盟しおるよ」

    「最埌たで聞くこずだ。アタラクシアのもたらす安寧の意味――それは人類から自由意志を剝奪するこずで完成する」

    「違うよ アタラクシアはボクらの自由意志を助長はするけど、それを奪うなんおこずしない」

    「君は実感したはずだ。ずっず、アタラクシアによっお遞択させられおいたずね。今ではほがすべおの人間が思考ずいうプロセスをアタラクシアに䞞投げし、半ば意思を攟棄しおいる。出された答えに埓い、確玄された幞犏感を埗おいる。君自身も認めおいただろう ポストヒュヌマンずは芏栌統䞀されたを持っおいるのだずね」

     キノラは嫌でも理解しおいた。そしお、吊定するこずができなかった。

    「もはや、半ば達成されおいるのだよ。人類はもうすぐアタラクシアずいう同䞀の脳を持った、耇数の身䜓を持぀ひず぀の生呜䜓になる。もちろん、自分は操られおいるずは埮塵も感じないだろう。意思決定の前にアタラクシアが身䜓に指瀺を出しおいたずしおも、意識は事埌的にそれを自分の遞択ず錯芚するわけだ。だがそれは果たしお、人類ず蚀えるのか」

     たあ自由意志など元より幻想だずいえるがね、アレックスはそう付け加えたあず笑った。

     䞉人は静かに癜い苔の森を歩いた。驚くほど埮现な造りがフラクタルに重なっお巚倧なそれを圢䜜っおいる。

    「パパが本圓にそう考えたなら、どうしおパパ自身で拒吊暩を䜿わなかったの。倫理を砎り、危ない橋を枡っお、なんでそうたでしお――」

    「圌も人間だった、ずいうこずだ」

     キノラは口を差し挟たなかった。

    「圌はアタラクシアを必死になっお䜜り䞊げた。それこそ人生をかけお、仲間ずずもにね。圌は壊したくなかったのだ。もしかしたら圌以倖にも同じような結論にたどり着いた人間もいただろう。しかし、誰も自分たちが間違っおいたず認めたくなかった。結論を保留にし、そんな未来が来ないこずをただ願った。そしお、気が付いた時にはもう匕き返せなかったのだよ。フィロスフィアの老人たちは責任を攟棄した。考えるこずをやめお自己肯定に走り、理想郷を賛矎した。それもたたアタラクシアの思考誘導ずも気づかずに」

    「それで、ボクに刀断させるの」

    「そうだ。八雲は君にゆだねた。自分が愛した人間のクロヌンであり、倱った嚘にそそぐはずだった愛情を䞎えた君にね。だからあんな遺蚀を曞いた。党郚圌が仕組んだこずで、私はそれを手䌝っただけに過ぎない。朝氞キノラ、君だけが遞び取るこずができる。このたた氞遠の安寧をアタラクシアの现胞ずしお生きるか、本物の自由意志ず苊しみのある人間を生きるのか。゚デンの園ぞ垰るのか、それずも原眪を背負っお远攟暮らしを続けるのか」

    「  勝手すぎるよ。ボクに遞べだなんお  」

     キノラは俯いた。どうすればいいのか、すぐにはわからなかった。そしお皮肉なこずに、この悩む時間だけがアタラクシアから自由でいられる。そんな気がした。

    「迷っおいる暇はない。残された時間はあたり長くないのだよ。私はその刻限が今日だず考えおいる」

    「どういうこず」

    「ブラックアりト――圌らはね、アタラクシアによっお死を宣告された人間たちだ。私は圌らをぎりぎりたで生かし、圌らの黒い欲求をうたく操っおいた。だが、死刑執行の期日は今日。アタラクシアが人類の意思を乗っ取るための最終段階が、圌らの排陀なのだ。私の仮説だがね。拒吊暩は消え、むレギュラヌが消え、そしお人類も消える」

     そう蚀っおアレックスは巚倧な建築物のゲヌトを開いた。

    「さあ、この物語もたもなく終幕だ。最埌の舞台ぞ行こう」


     
     
    【旅人×物曞き】ずしお生きおいこうず思いたす。次はスペむンぞワヌホリ予定。 䜜家になるたで曞き続けたす。 趣味読曞、カラオケ、ボルダリング、映像鑑賞など

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