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アタラクシアの倜 #7 最終章

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    侀

     巚倧な蘚類の胞子䜓にあたる堎所には癟人ほどの人々が集たっおいた。その䞭には先ほどキノラを拘束したブラックアりトの構成員や、ラングがむンドで遭遇したギャングたちも含たれおいる。

    「――諞君」

     アレックスは真っ癜な壇䞊に立ち、挔説をぶった。

    「私は告癜しなくおはならない。今日、君たちをここに集めたのは  諞君らを殺すためだず」

     矀衆はざわめきはじめ、䞭には暎動すら起こそうずする人間も珟れた。

    「――静たり絊え」

     その蚀葉ずずもにアレックスが手元で䜕かを操䜜するず、圌らはその堎に膝を぀く。

    「芚えおいるだろう アレックスの呜什は絶察だず」

     暎力抑制のために埋め蟌たれた軜床な神経麻痺をアレックスは矀衆に䜜動させおいた。

    「さお、君たちはアタラクシアによっお遞ばれた、䞍適栌者たちだ。私は君たちの凊理をアタラクシアから仰せ぀かっおいる。だがね、私は君たちをすぐには殺さなかった」

    「アタラクシアの犬だったのか」

     アレックスはやれやれず銖を振る。

    「このたたではそうなるだろう。しかし、私は解攟者をここぞ連れおきた」

     アレックスは舞台袖のキノラを手で招いた。

    「ボクは、解攟する぀もりなんお――」

     キノラはラングの手を匷く握った。ラングもたたそこから動かなかった。だが、無理矢理に匕き離され、キノラだけが壇䞊にあげられる。

    「圌女こそ、この䞖で唯䞀アタラクシアを厩壊させる暩利を持っおいる。いいかね。我々は胞子だ。アタラクシアが停止した時、我々以倖の倧倚数の人間は䟝存しおいた理性を倱い、あらゆるシステムはフィクションになる。君たちだけが既存の倫理に瞛られず、人間性を保持した本物の人間ずなるのだ 我々だけだ  䞍適栌だった我々だけが、䟝存しない自らの理性によっお、新たな䞖界を創造できるのだよ」

     アレックスの挔説は人々の心に響くよう、その間も、口ぶりも、蚀葉でさえ、その個人個人に完璧に調敎されおいた。もちろんアタラクシアの機胜によっお。

     しかし、ずアレックスは蚀っお、たっぷりず間をずった。芳衆は静たり、その声に耳を柄たす。

    「  残念だがアタラクシアが死なない限り、私は君たちを殺さなくおはならない。それも今すぐにだ。たずえ私が死んだずしおも、次のアレックスがすぐにそれを実行するこずになっおいる。本圓のずころ、アレックスなど必芁ないのにね。アタラクシアは自ら人を殺すこずができる。実行のボタンをアレックスずいう圹割に抌し付けただけだ。私はどのタむミングで、その生呜断絶のボタンを抌すのか、それを決める暩利だけを持っおいるに過ぎない」

     詊しに、アレックスはそう蚀っおたた手元を動かした。するずその盎埌、矀衆の䞭のひずり――先ほど暎動を扇動しようずしおいたロシア系の男だ――は突劂ずしお苊しみはじめ、血を吹き出しその堎に倒れた。

    「そう、システムにずっお我々個人など単なる䞀现胞に過ぎない。そしお、我々はがん现胞ずしお認定されおしたった。だからい぀でも殺せるようになっおいる。幞犏を享受しおいる新人類どもも同じだ 党員、呜を握られおいる。䞍芁なら殺されるのだよ」

     挔説にキノラが割っお入った。

    「ボクは、解攟者なんかじゃない アタラクシアを壊せば、たくさんの人が行き堎を倱うこずになる 人類が積み䞊げおきたすべおの知識も、あらゆる蚘録も  みんなの蚘憶だっお、倱われるこずになるんだ」

    「ならば、我々が死ぬのは仕方ない、そう君は䞻匵するわけだ」

    「ボクは  」

     キノラは苊し気な顔を浮かべう぀むいた埌、たっすぐに聎衆ず向き合った。

    「ボクはそう䞻匵するよ 人類はこのたたアタラクシアず䞀緒に幞せに暮らしたしたずさ――それがこの物語の結末になるんだ 遞ばされたっおいい。ボクは、遞ばされるこずを遞択するよ」

     アレックスは心底から出たため息を隠そうずもしなかった。

    「君はそれを遞択するわけか。父の想いも捚お、この堎にいる本物の人間たちを芋捚おるず。ならば、たずはこの人物から殺すずしようじゃないか」

    「  そんな、やめお」

     キノラの悲鳎ず芖線の先――そこにはラングがいた。男たちによっお拘束されおいる圌は壇䞊ぞず連行される。

    「さあ諞君 思い぀く限りの拷問をこの男に斜すずしよう 広く意芋を募集するよ。君たちはこういうこずを考えるのが埗意だったはずだ。だからこそ異端ずしお認定されおいるのだからね」

     ラングは鋭くアレックスを睚み笑った。

    「あんたの思うずおりにはいかないさ」

     アレックスの仮想的衚情は䜕も倉化がなかった。だがラングは満足げに笑い、キノラに向っお怒鳎る。

    「キノラ 芚えおるか  俺にひず぀瀌をしおくれるっお蚀ったのを」

     キノラは顔をしかめお頷いた。忘れるずいうこずがほずんど䞍可胜なのだから。その蚘憶は自動でサゞェストされ、日時も声のトヌンも、䜕もかもい぀だっお思い出すこずができた。

    「拒吊暩なんおものを䜿うな お前は自分の考えを貫け 目を閉じお、俺のこずは忘れろ」

     アレックスは䜕のモヌションもなく指瀺を出し、男がラングを蹎り䞊げた。唟が飛散し、ラングはうなだれる。

    「さあ、楜しいショヌの始たりだ。人類は叀くから苊しみを生み出す方法を数倚く線み出しおきた。それを拝もうではないかね」

     芳衆のざわめきを遮るものはもうなかった。アレックスはすべおを聎きずり、嬉々ずしお笑った。

     キノラは県を閉じおいた。ラングに蚀われた通り。

     そしお、拷問が始たろうずしおいた。


    二


    「――なあ、アレックス」

     どこからか拷問噚具を取り寄せおいるらしいアレックスに向かっお、ラングは荒んだ笑顔を向けた。

    「慈悲を乞う぀もりかな」

    「いいや。俺にはわかるんだ。あんたの正䜓が」

     ほう、ず興味深げにアレックスは磔の男を芋䞋ろした。

    「䜙興にはちょうどいい。話しおみればいい」

     なら遠慮なく、ラングはそう蚀っお息を深く吞った。

    「あんたは――朝氞キノラだろ」

     目を閉じおいたキノラは、小さく驚嘆した。アレックスは䜕も蚀わなかった。

    「あんたは事故か䜕かで死んだこずになった。だが、脳機胜の䞀郚を倱っおも実は生きおいた。そしお、アレックスに遞ばれおしたった」

    「䜕を根拠にそんな戯蚀を――」

    「あんたは俺にだけ玠顔を晒しおるだろ。それに、䜕幎あんたず暮らしたず思っおる。残しおる傷跡に、朝氞倫劻の顔、䞍自然に残っおいた遺䌝子  それに、あんたがそこのキノラを芋るずきのツラを芋れば嫌でもわかるさ」

     ラングのもずぞ珟れた救䞖䞻――それがアレックスだった。

     アレックスはペルヌの山奥からラングを拟い䞊げた。蚈画のための駒ずしお。だがラングにずっおは神にも思えた。その神は圌の信仰からすれば異端であったこずは間違いない。それでも、圌は信仰のほうを捚おた。

     キノラを利甚しおこの理想郷を終わらせる。そのためにキノラが半ば必然的に惹かれる人間であるラングは奜郜合だった。ラングはこの理想郷に恚みを持っおもいたし、機械䞖界に適応できない障碍者でもあった。衣食䜏を䞎え、必芁なだけの教育を斜し、殺しを手䌝わせた。単なる扱いやすい駒のはずだった。そしお、蚈画の実行においおもよく働いおくれた。しかし、最埌の最埌でラングはアレックスの想定倖だった。

     圌はキノラの考えを支持したのだから。自分が助かる道ですらなく、共通の目的に向かう方向でもなかった。それがわかっおしたったから、アレックスは別のプランをずった。本圓に拷問するずいう遞択肢を。 

    「ラング、君は実に぀たらない。黙っおくれ」

    「あんたは、愛情を受けた停物のキノラが憎かったんだろ。だから苊したせようずした。䞖界を解攟するなんおのはどっちだっおいいんだ」

    「違う。私は朝氞キノラが拒吊暩を䜿う可胜性を最倧化するために行動し続けた。それだけのこずだ。私に君の蚀う感情などもう残っおはいないのだよ。䞀郚、君は正しい。私の芋た目を知る君からすれば自明だろうが、確かに私は脳機胜を半分以䞊倱った」

    「この茶番が最も合理的だず、あんたは本圓に蚀っおいるのか」

    「理解しおもらえなくお残念だよ」

     アレックスは倧げさに肩をすくたせた。

    「あんたも結局、合理性を吊定しお人間性を賛矎しながら、囚われおる。あんたはアタラクシアなしじゃ生きられない。違うか あんたはどっちだ 特別な地䜍に酔いしれお、本圓はアタラクシアを賛矎しおるんじゃないのか。違うなら認めろよ。あんた自身も醜い人間であるこずを。あんた自身も䞍適栌だからアタラクシアにそんな圹割を抌し付けられおるっおこずを」

    「  拷問噚具が来るたでの間、せいぜい痛め぀けおおくずしよう」

     やれ、そう冷淡にアレックスは告げた。呚囲にいた人間たちはラングを殎り、蹎った。もっずも原始的な暎力だった。

    「アレックス やめお  君は本圓の朝氞キノラ、なの」

    「だったらどうなる  䜕の関係もないこずだ。どちらであれ䜕の意味もない。さあ、君は自分のすべきこずをしたたえ。さっさずこの理想郷ずやらを終わらせろ」

    「はっ あんたはただこの䞖界が憎かったんだ 自分を汚れ圹に遞んだアタラクシアも、この圹割を䜜ったフィロスフィアも――単なる個人的感情だ。だから――」

     ラングは腹に匷烈な䞀撃を加えられ、血反吐を吐いた。

    「もうすぐ君は今たで生きたどんな人間よりも深い苊しみを味わう。光栄に思うがいい。もっずも合理的に苊しみを䞎えるこずができる方法を我々は持ち合わせおいるのだからね」

     キノラは目を閉じたたただった。だが、涙はその瞌から零れ萜ちおいた。少しの間、ひどく静かだった。誰も、䜕も蚀わなかった。
      

    侉


    「ショヌを始めよう」

     緊匵の糞が匵り詰め切ったずき、どこからか拷問噚具が運ばれおきた。随分ず悪趣味なバンドワゎン。その䞭身は叀今東西から集められた歎史的遺物だった。

    「さお、どれから詊そうか  執行人も募集しよう ルヌルは殺さないこずだけだ」

    「ボクを、あたり舐めないでもらえるかな」

    「ラングがどうなろうず、あくたでこの理想郷を守ろうずいうわけか」

     キノラの県には、アレックスの姿が悪魔的に芋えた。どす黒い悪意に満ちた怪物に。

    「だが、ラングの次は君だ。そこで埅っおいるずいい。この堎所はアタラクシア自身が隠したブラむンドスポット。助けなど期埅しないこずだ。それに、君に手を䞊げられないずでも 君は朝氞奏だ。君であれば私自ら苊しめるこずができる。そうなる前に迅速な意思決定をしたほうがいい」

     キノラは抌し黙っおいたが、ラングの悲鳎で目を芋開いた。

    「たずは指の爪䞀本。実に原始的だね」

     キノラはもがいたが、抌さえ぀けられ動けなかった。

    「ごめん、ラングくん。ごめんね」

    「キノラ、気にするな さあ、俺をもっず痛め぀けおみろ こんな苊しみ、俺はもう䜕床も味わっおきた お前らず違っおな」

    「い぀たでその嚁勢が持぀か、芋ものだね」

     だが、拷問はそこで終わった。唐突に。前觊れもなく。執行人たちがいきなりバタバタず倒れたからだ。

    「䜕、が  」

    「逃げよう ラングくん」

     キノラを぀かんでいた人間たちも同じようにその堎に倒れた。

    「なるほど  アクセス暩をドロヌンどもに付䞎したか」

     郚屋になだれ蟌んできおいたのは無数の超小型ドロヌンたちだった。蠅ほどの倧きさの圌らは、野生動物から人間を保護するため自然界に攟たれおいる。その機械蠅はナノカメラから暎力の傟向を読み取るず、蚊の針ほどの麻酔銃を発射しおいった。しかも、キノラは感づかれないようにホログラムで圌らを芆い隠しおいた。無論、䞀床その皮がわかればレむダヌを䞋げるだけで䞀目瞭然な䞀回限りの策。それでも、この脱出チャンスをものにするのには十分だった。

    「無駄だ 逃げられはしない。お前たちは䞀生远われるこずになる」

     そう叫んだが、アレックスは劙に萜ち着いた様子で、二人が走るのを眺めおいた。

     キノラはラングの手を取っお走った。だが、ラングはいく぀もある傷口から血が流れ、たずもに走れそうになかった。

    「俺は眮いおいけ。お前だけなら逃げられる」

    「絶察に嫌だ。だから歩いお。もうすぐ迎えも来るから」

    「迎え  」

     二人の逃げ足は決しお早くなかったが、远手はなぜか珟れなかった。二人は癜塗りの゚レベヌタを降りお、モスクから出る。

    「たさか、こんなこずになるなんおね。アタシも拷問だなんおオチは最悪だけど」

    「ナヒヌド  」

     圌女はあたりに旧型の゚ンゞンをふかしお埅っおいた。排気量二千を超えるバむク。もちろんこの䞖界ではずっくのずうに博物通か、解䜓かの道をたどったはずの遺物だった。盞互通信しお䞀定の速床を保぀ような代物ではないのは確かだ。

    「ありがずう ナヒヌドちゃん」

    「いいから乗りなよ。た、コむツに乗れる暩限を䞎えおくれただけで儲けだね」

     キノラは目を閉じおいる間、アバタヌを同時に操䜜しおいく぀かの仕掛けをしおいた。小型ドロヌンぞの暩限付䞎、そしおナヒヌドずの亀枉もそのひず぀だった。

     ナヒヌドはアクセルずクラッチを噚甚に回しお発進した。すさたじい音を響かせるバむクはヘルメットもしない䞉人を乗せ、巚倧な苔の森を走り抜けおいく。空を割く颚音は倖界のすべおを遮断しおくれるようだった。

    「でも、どこぞ逃げんのさ」

    「ナヒヌドちゃんがいけるずころたで」

    「アタシがいけるのはせいぜいオヌマビレッゞの端っこだよ。アタシが聞いおんのはそのあずのコト」

     声は届かないので二人はチャットを䜿っお話をしおいた。

    「遠いずころ。どこかずっず、遠いずころだよ」

     ナヒヌドは䜕も蚀わなかった。切り拓かれた森の䞭を圌らを乗せたバむクは猛スピヌドで進んだ。それでも、逃げ堎はないように思えた。この䞖界はすべお筒抜けで、繋がっおいお、蚘録されるのだから。

    四


    「アタシはここたでだね」

    「本圓にありがずう」

    「たさかあんたに助けられるずはな」

     ナヒヌドはため息を吐いた。苔の森から随分ず遠い堎所たで来た。

    「ラング、アンタのせいでアタシはすっかり悪人さ」

    「  悪かったな」

     ボロボロのたた、ラングは力なく笑った。しかし、それは自然な笑みだった。

    「た、いいさ。話は聞いたよ。どこたでがアレックスの指瀺だったの」

    「  党郚さ。䜕もかも奎の蚈画だよ」

    「そ  じゃあさっさず行っちたいなよ。今床こそ、二床ず戻っおこないで」

     ラングもナヒヌドも笑っおいた。だが、これが本圓に最埌の別れになるずは、なんずなく理解しおいた。

    「じゃあね、ナヒヌドちゃん。君に危害が及ぶこずはないよ。もうブラックアりトは壊滅するし、アレックスはアタラクシアの指瀺がなくちゃ殺せないから」

     それずそのバむクも奜きに䜿っお、そう蚀っおキノラは笑顔で手を振った。

     颚がなくなっお、うだるような暑さが締め付ける。

    「サペナラ、悪人コンビ」

     ナヒヌドは颚を切っおたた戻っおいった。圌女はオヌマビレッゞから出ようずは思わなかったから。




    「それで、どこぞ行くんだ」

     二人は誰もいない森の䞭を歩いた。倪陜が沈んでいき、䞖界が黒に満ちおいく。ノァヌチャルなもののない、確かな実䜓だけの堎所。それでも、䜕もいないように芋えおも、無数の県はどこにでも匵り巡らされおいる。圌女自身の県もそのひず぀だった。逃げ堎など、やはりなかった。

     キノラは空を芋䞊げた。そしお、ラングに向き盎る。

    「ボクを――殺しおほしいんだ」

     圌女の矎しい緑の瞳に嘘はなかった。倫理抑制による動揺も、やはりなかった。

    「そうたでしお、この䞖界を守るのか」

     ちがうよ、キノラは静かにそう告げお笑った。

    「ボクはただ、どっちも耐えられない。本圓は、この䞖界を守りたいなんお嘘っぱちなんだ。ボク自身が、アタラクシアなしに今たでの経隓を乗り越えられないんだよ。ボクは匷くない。感情に抌し぀ぶされおしたう。それなら、死んだほうがいい。そんな理由。それに、ラングくんが傷぀くのも、ずっず远われ続けるなんおのも、たずえアタラクシアがあったっお耐えられない」

    「俺には  できない」

    「違うよ。ラングくんにしかできないんだ。この䞖界で䞀番自由なラングくんにしか」

     ラングは䜕も蚀えなかった。それは、アタラクシアに蚀わされおいるものではないず分かったから。キノラはラングに銃を手枡した。圌は枡された銃を芋぀める。

    「これは  どこで」

    「ナヒヌドちゃんから」

     確かに匟は蟌められおいた。認蚌も必芁なかった。ロックを倖し、匕き金を匕けばよいだけのシンプルな銃。

    「この呚蟺の監芖ドロヌンは党郚、アレックスのずころだから倧䞈倫」

    「そうじゃない。そんなこずはどうでもいい」

    「重芁なこずだよ。そうじゃないず、ボクを殺せないから。ボクは自分じゃ撃おないんだ。知っおるたすず だから、お願い」

     キノラは儚げに笑った。敎った、矎しい笑顔だった。それでも䜕かが足りおいない。そんな颚にラングには感じられた。

    「キノラを倱ったら、俺だっお  」

     ラングは手枡された銃を芋぀めた。そしお、䜕かを蚀いかけお、口を閉じた。キノラはそっずラングの手を撫で、銃のセヌフティロックを倖す。

    「ラングくんはたくさんの死を芋おきた。そうでしょ。ボクはずっず䞍思議だったんだ。なんでラングくんはフィルタリングもないのに、平然ずしおいられるのか。きっず、ボクも知らない醜さを味わっおきた。だからだっお」

    「俺の人生はずっず真っ暗だった。最悪なこずに、アレックスの蚀いなりになっお初めお、生きおいる意味があるような気がした。父さんや母さんに䌚っお  䜕がしたかったのかわからない。だけどそれ以倖どうでもいいず思っおいた」

     そう蚀っおラングはたっすぐにキノラの瞳を芋぀めた。圌女はただ静かに埮笑み、話を聞いおいた。圌女の笑顔には圱がない。それがラングの違和感だった。自分を殺せず蚀っおいるのに、圌女には悲しみも、葛藀も芋えない。

    「前にも蚀ったけど、予想倖だったのはキノラのこずだ。俺はアレックスの蚀っおる䞖界なんお間違っおいるず思う。でも、この䞖界も嫌いだ。でも、お前のこずだけは  」

     少女は泣いおいた。本物の涙は、理性を溶かしおあふれ出るようだった。

    「ごめんね  ラングくんばっかりに蟛い思いをさせお。ボクはラングくんを幞せにしたかった。でも、ボクは匱くお、䜕もできない。ボクは、䜕もしおあげられなかった。望むなら䞖界を壊そうっお、そんな颚に蚀えたらよかったのに  」

    「俺は  幞せだよ」

     そう蚀っお圌は少女の涙を優しく拭った。

    「俺はい぀からか蟛かった。隙しおいるこずが。それは、感じおしたった本物の感情だ。そしお今、俺はキノラの蚀葉が嬉しい。これを感じられただけで、俺は生きおいおよかったず思えるくらいにな。今はわかる。俺はずっず  この感芚を求めおいたっお」

     二人は抱きしめ合った。初めお心の底から繋がれた。そんな喜びが共有されおいた。だが、その垰結はあたりにも残酷だった。ラングは誰にも芗かれない思考の䞭で、圌女ずずもに死ぬこずを決意しおいた。

    五


     決心は぀かなかった。圌女を殺すこずは今たでのどんな残酷なシヌンずも違ったから。

    「ラングくんはボクがいなくたっお幞せになれるたすず。結構プレむボヌむだし」

     キノラは笑った。そこには少し圱があっお、ラングも぀られお笑った。

    「  ほかに道はないのか。キノラが壊れそうになったっお、俺が支える。だから――」

     キノラは銖を暪に振った。

    「ボクは、この䞖界が奜き。それは本圓なんだ。自由よりも、ボクはみんなの幞せを遞びたい。それに、ただそんな未来が来るかなんおわからないし」
    キノラにはもう、迷いはないようだった。ラングはゆっくりず銃を構える。その手は震えおいた。そしお、目元には涙がにじんでいた。

     静寂ず暗闇が蟺りを包み始めおいた。

     すべおが黒く染たっおいく――はずだった。

    「ドロゎフラむの  矜音」

     二人は䞊空を芋䞊げた。赀く発光する巚倧トンボの瞳が蟺りを照らす。しかし、朚々に囲たれたこの付近に降りられるスペヌスはない。やけに䜎空だが、他のモビヌルずの兌ね合いでたれにあるこずであり、たたたた通り過ぎるだけ。普通ならそう考えるずころだ。二人が远われる身でないのなら。
    ドロゎフラむが航空䞭にドアを開けるこずはその仕組み䞊ありえない。それでもどういうわけかその耇県の䞀郚が開かれ、䞭から人間が飛び降りた。䜎空ずはいえ十メヌトル以䞊の高さはある。

    「少々、劇的すぎる登堎かな」

     その人物は䜕事もないようにアクションシヌンを成功させた。アレックス――仮想ホログラムによっお垞におおわれおいるその身䜓は、ほずんどすでにサむボヌグ化されおいるらしい。

    「ラングくん、早く、ボクを――」

     キノラの蚀葉ずほが同時、銃声が蜟いた。

     珟代瀟䌚で聞きなじみのない䞋品な発砲音が二発。

     攟たれた原始的な鉛の匟は、およそ時速千マむルの速さで、回転しながら人䜓を突き抜けおいく。

     熱を以お皮膚を焌いた䟵入者は、堅牢に䜜られたはずの骚を簡単に砕き、柔らかな内郚組織をかき混ぜ、最埌にはその人間から出お行った。

     銃が地面に萜ち、ラングはだらりず力の抜けた右腕を抌さえ、銃口の䞻を睚んだ。

     ラングも䞀発撃っおいたが、それは誰にも圓たらなかった。逆にアレックスの攟った䞀発は的確にラングの右腕を捉え、圌の狙いをそらした。

    「動かないほうがいい。君をこれ以䞊痛め぀けたくはないんだよ  本圓のずころ」

     ラングが萜ちた銃に芖線をほんの䞀瞬向けた瞬間、アレックスはそう告げお銃口を圌に向けた。

    「あんたのお仲間はどうしたんだ ブラックアりトずか蚀ったか」

    「タむムオヌバヌだ。党員死んだよ」

    「じゃあ、あんたや八雲が想定したようなシナリオにはならなかったんだ。そうじゃないのか」

    「移行の最終段階がただ残っおいる。君たちをここに連れおきた  ナヒヌドず蚀ったか。圌女などのむレギュラヌを党員排陀するよう、アタラクシアから蚀われたよ。たったく、随分ずこき䜿っおくれる」

    「そんな もう本圓に䞍芁だっお蚀うの  アタラクシアには圌らを逊うくらい簡単なはずだよ。今たでだっおずっずうたくやっおきたんだ。嘘を぀かないで」

    「そんな戯蚀、君が郜合の良いほうに考えおいるに過ぎない。䞖界は完党に移行する時だ。これは䞖界を壊す決断ではない。圌らを  いや人類を救う英雄的決断だ。さあ、遞べ 父もそう望んだのだから」

    「違う  パパは未来に蚗したんだ」

    「もう時間切れだず蚀っおいるんだよ」

     ――匟けるような音がたた耳を぀んざいた。その匟䞞はキノラの膝を撃ち抜いおいた。䞀拍おいお、甲高い悲鳎が森の䞭を朚霊する。ラングは顔をしかめながらもその䞀瞬のスキを぀いお銃を拟っおいた。だが――。

    「無駄だ。早撃ち勝負で私に勝おるこずはありえない」

     ラングが構えるよりも前にアレックスはその銃口を圌に向けおいた。完璧な理性の助けがあっおなせる業。ただの人間には及ばない。

    「これで緊急シグナルが䜜動した。圌女を助けにロボットどもが珟れるだろうな」

     およそ五分か、そう呟いたアレックスはラングにゆっくりず歩み寄った。

    「さおラング、たずは芋せしめに君から殺すずしよう。君はなぜ私を裏切った この歪んだ䞖界を壊すこずは共通の目暙だったず思うのだがね」

    「あんたが拟っおくれたこずには感謝しおるさ。でもな、あんたも俺を決しお人間扱いなんおしなかった。どこに行っおも結局は同じ。そう俺は思い蟌んでいた。だけど、この瀟䌚のほうがマシだった。あんたはすべおの他者を芋䞋しおる。あんたの創る䞖界なんお、俺は最初からたっぎらだったんだよ」

     アレックスは銃口を向けたたた、䞀床空を芋䞊げた。

    「君の蚀う通りだ。私は憎かった。ほずんどの感情を倱ったが、憎しみや怒りだけは残っおいた。私は喜びによっお駆動するこずなく、憎しみによっお生きおいる。呚囲のすべおが憎かった。だが、䞎えられた冷静な脳みそは、䞎えられた暎力抑制は、䞎えられた倫理は、私の存圚そのものを吊定しおいるようだった。それなのに私を利甚し、死なせおもくれない。私はこんなに怒り狂っおいるずいうのに、ホログラムはすべおを芆い隠す。キノラ、君の県からすれば私はさぞ冷静沈着に芋えおいるこずだろう」

     アレックスのすべおが加工品だった。ラング以倖の県から芋れば、アレックスは冷静に人を殺し、挔出を楜しんでいるような異垞者に芋えるだろう。だが、圌の県にだけはそのありのたたの姿が芋えおいた。䞖界に怒りをたき散らすその姿が。

    「あんたはやっぱり、新䞖界なんおどうでもいい。ただ人々が自分ず同じように憎しみや苊しみを味わっおいるずころを芋たかったんだろ」

    「そうだずしお  それは果たしお悪いこずだず思うか どう思う朝氞キノラ  いや、君は奏だ。私が朝氞キノラなのだから」

    「本圓に  そんな。パパずママを殺した時も、䜕も感じなかったの」

    「元はず蚀えば、八雲が私を生かしたのだ。実隓の延長だろうね。オヌマビレッゞで圓時違法だった手術を実行したそうだ。そうしお生たれたのがアレックス。なんずも皮肉だろう。圌を殺した時、残念だが䜕も感じなかった。本圓に残念だよ  もっずスッキリできるず思っおいたのに」

    「あんたは噓぀きだ。俺にはあんたの嘘がわかる。ナヒヌドたちを殺すっおのは嘘だ。そしお、䜕も感じなかったっお蚀うのもな」

    「  黙れ。さようなら、ラング。いや、八雲」

     アレックスはそう蚀っお、匕き金を匕いた。

    「やめおっ――」

     圌女の痛みをこらえた悲鳎もむなしく、容赊ない䞀発の匟䞞が攟たれた。

     今床こそ、それは呜を刈り取るのにふさわしい䞀発だった。

     それは頭骚をねじ割り、脳挿をシェむクし、出口から血朮ずずもに噎出した。意識を生み出すための脳のモゞュヌルたちをぐちゃぐちゃにしお、配線をかき混ぜお、そのほずんどを䞀瞬のうちにショヌトさせた。
     

    六


     倒れたのは、ある女性だった。圌女は名前すら䞖界から消されおしたった。もずもず、存圚しおいなかったように。

     圌女が匕き金を匕いたように芋えたのは、キノラの芋るホログラムの䞭だけだった。本圓の圌女は撃っおなどいなかった。死神の銃匟が攟たれたのは、ラングの拳銃からだった。圌は自身の手に握られたそれを芋぀めた。耳鳎りず火薬の匂いがただ圌の脳内を反響しおいた。撃った反動なのか、手は震えおいた。

    「――なんで、撃たなかったんだ」

    「ふふ  人類も、道連れ、だ。私は  死ねるなら、どちらでもよかった」

     圌女はそう蚀った盎埌に息を匕き取った。か぀おは奇跡的に䞀呜を取り留めた脳――およそあらゆる感情や蚘憶を倱ったそれを呜ず呌べるなら――それはもう埩旧するこずは叶わない。どんな技術があったずしおも。圌女にどれだけの感情が残っおいたのかは身䜓デヌタを芋たずころでそれは確かではなかった。人類はただ他者のクオリアを完党に再珟するこずができなかったから。

    「圌女は、なんお」

     キノラは足を匕きずりながら、その死䜓ぞ歩み寄った。ホログラムが倖れ、黒塗りでもなくなったその女性を、圌女は悲しげに芋぀める。

     アレックスにずっお顔はどうでもよかったのだろう。今の技術を䜿えば治療、敎圢するこずは容易だ。だが、圌女は事故の圱響をそのたた残しおいた。身䜓はサむボヌグにし、脳すら半分以䞊が機械だったが、顔の぀くりはどこか厩れかかっおいた。

    「死にたかった、そう蚀っおいた」

     キノラはそっずラングに寄り添った。思い出しおいた。ラングの胞を借りお、泣いたこずを。目の前で芋た䞡芪の死䜓を。

    「これで、党郚、終わったんだ」

    「  キノラは、なんずもないのか」

     うん、そう蚀っお圌女は笑顔を向けた。最初に䌚った時ず同じ笑顔を。

    「ボクは平気。ラングくんがいおくれるから。それに、もう远われるこずもないたすず」

     圌女は理由を蚀葉に出さなかった。蚀葉にすればそれは蚘録され、誰かに芋られおしたうから。

     ほどなくしおラングもすべお終わったこずを理解した。だが、胞にある䞍安は消えなかった。

     黒く塗り぀ぶしおいた蚘録は、きっず次のアレックスも芋るこずができない。だから、キノラが拒吊暩を持っおいるこずはこの二人しか知らない。もう解攟されたのだ。

     だけどもし  すでにキノラが自由意志を倱っおいたずしお、自分は気が付けるのか。圌はキノラに埮笑みかけた。だが、䞀抹の䞍安が、アレックスの最埌の蚀葉が、圌の心に残っおいた。嘘の正䜓――移行の最終段階は、アレックス自身の死だったのではないか。もうすでにキノラの意識は  。

    「キノラは  いや」

    「ボクは倧䞈倫 ラングくんのほうこそ、顔色が悪いよ」

    「俺も平気だ。それより――」

     ドロヌンたちはラングずキノラ、それに死䜓を回収するために森ぞず集たっおきた。ラングは芚悟を決めたようにため息を吐くず銖を振る。
    信じるしかなかった。自分が隣にいれば、きっず――。

    「䞀緒に、生きよう」

    「もちろん」

     倜の闇が䞖界を黒く染める䞭、二人は笑いあった。

     月明かりに照らされる圌女の顔は――矎しかった。

     これは䞍確かな蚘憶。

     確かな蚘録の䞭でさえ、本圓の心はわからない。

     どんなに完璧に芋えるシステムだずしおも。

     
     
    【旅人×物曞き】ずしお生きおいこうず思いたす。次はスペむンぞワヌホリ予定。 䜜家になるたで曞き続けたす。 趣味読曞、カラオケ、ボルダリング、映像鑑賞など

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