
予告
子どもの頃、『銀河鉄道999』が好きだった。
いや、好きだったという言い方が正しいのかは分からない。
物語をどこまで理解していたのか、ほとんど覚えていないからだ。
ただ、怖かった。
そして、美しかった。
鉄郎は母親を機械伯爵に殺される。
それなのに、機械の身体を求めて旅に出る。
子どもの僕には、それがどうにも理解できなかった。
母親を殺したものと同じ身体に、なぜなりたいのだろう。
死なないから。
強いから。
壊れにくいから。
大人になった今なら、理由はいくらでも並べられる。
けれど、たぶん、もっと単純だったのだと思う。
機械の身体は、魅力的だったのだ。
怖いものは、醜いとは限らない。
むしろ本当に怖いものほど、美しいのかもしれない。
メーテルが、そうだった。
長い髪。黒い服。何を考えているのか分からない目。
子どもの僕には、なぜあんなに美しい女性が鉄郎を旅へ連れていくのか分からなかった。
分からないまま、美しいと思っていた。
松本零士の絵には、そんなものがたくさんあった。
美しくて、よく分からなくて、その奥に、とても残酷なものが隠れていた。
永遠の命も。
機械の身体も。
宇宙を走る列車も。
欲しくなるように描かれているのに、手に入れた先が少し怖かった。
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あれから四十年以上が経った。
僕たちは、まだ鉄の身体にはなっていない。
けれど人間は、ずいぶん機械に近づいた。
心臓を機械が助ける。
見えなくなったものを人工のレンズが補う。
失った歯や関節を人工物に替える。
それは人を救うために生まれた技術だ。
ありがたいと思う。
僕だって、必要になれば迷わず頼るだろう。
そして身体だけではなくなった。
顔も変えられる。
皺を消し、輪郭を変え、昔なら生まれつきだと思っていたものまで選べるようになった。
若くいたい。
美しくいたい。
長く生きたい。
それを笑えるほど、僕は立派ではない。
鉄郎が欲しがったものと、案外それほど遠くない。
ただ、僕たちは一つだけ勘違いしていたのかもしれない。
人間が機械になるというのは、
身体を鉄に取り替えることだと思っていた。
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今、僕の手の中には一枚の黒い板がある。
薄く、滑らかで、ほとんど無駄がない。
指で触れれば世界中につながる。
知らないことを教えてくれる。
行きたい場所へ連れていってくれる。
昔の写真を探してくれる。
会わなくなった人の近況まで教えてくれる。
時々、この黒い画面を見ながら、メーテルを思い出す。
もちろん、似てはいない。
長い髪もない。
黒い服も着ていない。
それでも、なぜだろう。
美しくて、便利で、こちらがついていけば迷わなくてすむところが、少し似ている。
昔、電話をかけるには番号を覚えていた。
友人の家へ電話すると、本人ではなく父親が出ることがあった。
受話器の向こうから低い声で、
「はい」
と言われる。
その一言だけで背筋が伸びた。
本人をお願いします、と言うだけなのに、妙に緊張した。
道もそうだった。
一度間違えて、次に覚えた。
曲がる場所にはコンビニがあり、少し先には赤い看板があり、その向こうに細い道があった。
道の名前など知らない。
けれど、身体が覚えていた。
今は住所を入力する。
青い線が現れる。
僕はその線の上を走る。
曲がる理由を知らない。
さっき通った店の名前も覚えていない。
それでも目的地には着く。
便利になった。
本当に便利になった。
だから僕は長い間、
何も失っていないと思っていた。
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そして、AIが現れた。
知らないことを訊けば教えてくれる。
長い文章を短くしてくれる。
散らかった考えを整理してくれる。
自分では思いつかなかった言葉まで差し出してくれる。
僕も使っている。
かなり使っている。
文章を書く時にも使う。
自分の考えを投げると、僕より僕らしい文章が返ってくることさえある。
最初は面白かった。
次に、便利だと思った。
そして最近、
少しだけ怖くなった。
道を覚えなくてもよくなった。
電話番号を覚えなくてもよくなった。
漢字を思い出さなくてもよくなった。
知らないことを、知らないまま考え続けなくてもよくなった。
とうとう、
自分が何を考えているのかまで、
訊けるようになった。
四十八歳になった僕は、スマートフォンの画面を開いた。
AIの入力欄でカーソルが点滅している。
何を書いてもいい。
たぶん、かなり上手に答えてくれる。
僕は指を動かした。
――僕は、何を失ったんだろう。
そこまで入力して、止まった。
なぜ止まったのかは分からない。
ただ、その質問だけは、
まだ訊いてはいけない気がした。
それまで機械に答えさせたら、
失ったものの名前まで、
機械に決めてもらうことになる。
文字を消した。
画面も消した。
黒くなった硝子に、男の顔が浮かんだ。
目がある。
鼻がある。
口がある。
皺もある。
白くなった髪もある。
もちろん、
まだ人間の顔をしていた。
たぶん。
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子どもの頃、僕は鉄郎を応援していた。
機械の身体なんかいらない。
人間のままでいい。
そう思っていた。
あの頃の僕は、
人間が機械になる順番を、
間違えていたのかもしれない。
身体が最後なのだとしたら。
僕たちはその前に、
いったい何を預けてきたのだろう。
画面をもう一度つければ、
きっと答えは返ってくる。
僕は、つけなかった。
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これは未来の話ではない。
昔見た漫画の話でもない。
そして、
まだ、
奪われた記憶の話でもない。
その少し前の話だ。
予告。