
ごきげんよう未遂
私が新卒で入社した会社は、日本の伝統文化を大切にする、何百年も続く老舗だった。
私のように特に芸事に秀でることもなく、「なんとなく面白そう」という理由で入社した社員が半分以上を占めていたが、中には華道や書道、茶道など、日本古来の芸事を極めた猛者も各部署にちらほら在籍していた。
彼らの日本語に対する美意識は本物で、オフィスでは時折、洋菓子のことをごく自然に「舶来品(はくらいひん)」と呼ぶ声が聞こえてくる。
絶対的な強制ではないものの、「美しい日本語を大切にしよう」という上品な空気が漂う職場だった。
そんな老舗に入社して半年が経った頃。
全体朝礼で、ある部署のベテラン女性社員が
「正しい日本語を使いましょう」と呼びかけた。社員同士ですれ違うとき、皆が当たり前のように使っている「お疲れさまです」という挨拶についてだ。
本来、「お疲れさま」も「ご苦労さま」も、目上の人が目下をねぎらう言葉であり、下から上へ使うのは正しくない。使うなとは言わないが、今一度、言葉の意味や背景を考えてみてほしい。とのことだった。
すると朝礼を仕切っていた部長が、
「まぁ、そうやな。俺も『お疲れさまです』から始まるメールをようもらうけど、俺は疲れてないのに決めつけないでほしい」
と、もはや日本語の美しさとは一ミリも関係のない感想を述べた。
部長の予想外の援護射撃により、社内はなんとなく「お疲れさまです」を言いづらい、生ぬるい空気に包まれた。
入社一年目の私にとっては大事件だった。上層部はいい。「お疲れさま」も「ご苦労さま」も自由にカードを切れる。困るのは、先輩とすれ違いざまの伝家の宝刀「お疲れさまです」を封じられた下っぱ社員だ。
せめて代わりの言葉を提示してクレメンス、、、
心の中で咽び泣きながら、私はとぼとぼとデスクへ戻った。
こうして挨拶難民となった私は、翌日から先輩社員とすれ違うたびに、
「決して悪気はございません、、、!」
という必死の形相で、無言のままぺこぺこと頭を上下に振るようになった。なんだか奈良の鹿になった気分だ。こちらがお辞儀を繰り返し、向こうが「お疲れさま」という名の鹿せんべいを差し出してくれた瞬間、
「ありがとうございます!!」
とかじりつく。やっと挨拶ができた。
しかし、エンドレスで鹿をやるのは精神的にきつい。向こうからの「お疲れさま」待ちは妙にそわそわするし、挨拶ひとつできないだけで仕事までぎこちなくなった気がした。
そもそも挨拶なんてもんは会話の潤滑油なのだから、本来の意味よりもコミュニケーション重視でええんじゃないか、というか、お疲れさまが禁止された世界てなんやねん、私はお笑いの企画に参加させられてんのか、という気持ちが次から次へと込み上げてくる。
だが、そんな正論を全体に問いかける勇気などあるはずもなく、私はまた静かに鹿に戻った。
よく分からない気疲れで尊厳が少しずつ削られた結果、その翌日からは「人によって使い分ける」というサバイバル術へ移行した。
同期とは小声で「おつかれい」と言い合い、体育会系の先輩には元気よく「お疲れさまです!」とぶつけてみる。案外普通に通じた。
どうやら、このルールを気にしているのは一部の社員だけらしい。とはいえ、クソ真面目な新入社員にとっては、「やる」という選択肢しかなかった。
問題は、例のベテラン女性社員だ。同じフロアなので、よくすれ違う。昨日は奈良の鹿戦法で挑んだが、どうにもしっくりこなかった。
私はあの先輩の問題提起を、こんなにも真剣に受け止めている。ちゃんと「お疲れさま」に代わる言葉を放ちたいし、それに何より、「私は教えを守ってちゃんとやってますよ」アピールもしたかった。クソ真面目大さじ1、こすさ少々。それが私だ。
必死に脳内辞書をひっくり返した結果、目上の人にも失礼に当たらず、あの美しいオフィスにもふさわしい言葉は、
「ごきげんよう」
ではないか、という結論にたどり着いた。
しかし、私は団地に生まれ、団地で育ち、小中高を公立一筋で生きてきた人間だ。休日は家族でイオンをぶらつき、たまに行くスシローが最高のご馳走だった我が人生において、「ごきげんよう」なんて言葉は一度も登場したことがない。
そんな気高い言葉を使いこなせる人間など、『カードキャプターさくら』の大道寺知世ちゃんくらいしか知らなかった。
全歴史が、私の背中を、押してくれない。
言葉は、人を選ぶのですね、ヨレンタさん。
そんな私の前に、くだんの女性社員が歩いてきた。
すれ違う、その瞬間。
言え、わたし!
「ご、ごきげんよぅ……っ」
恥ずか死。蚊の鳴くような声とは、こういうことを言うのだろう。最後には消え入るようなウィスパーボイスになっていた。奈良の鹿とはまた違う、自分の中の何か大事なものが削られた音がした。
だけど先輩は、私の決死の頑張りや背伸びを感じ取ってくれたのか、立ち止まってにっこりと笑って会釈を返してくれた。
そんなこんなで一週間のサバイバルが過ぎた頃。
結局、社内はいつの間にかうやむやになり、挨拶はいつもの「お疲れさまです」に戻っていた。
やはり代わりになる便利な言葉がなかったのもあるし、社員全員が「舶来品」を使いこなせるタイプではなかったのが幸いしたのだろう。
心身ともに本当に疲れた一週間だった。だけど、当たり前に使っていた言葉を改めて考え直すいい機会にはなったと思う。ついでに、自分の品格の現在地も知れた。
私は、これまでもこれからも、ごりごりの一般庶民だ。「ごきげんよう」は、あれ以来一度も使っていない。