
AIの書いた文章ってなんとなくわかるし、読む気が無くなるよね。という話
ここ最近自分もAIを使って文章を書く機会が増えました。
そこでタイトル通りの話になるのですが、やっぱりAIを使った文章って
「あー、これAI使って書いた文章だなー」
とわかるんですよね。
それで思うこととしては、AIを使って書いた文章だなと思った瞬間読む気が無くなるという現象です。
これはきっと「別にAIを使って書いた文章じゃなくて、人の何かしらの生の声」を聞きたいから文章を見ている側面ってあって。
それがAIだと読み取れないから読む価値がないと判断するんじゃないかなぁと思ってます。
あとは、自分がそうだからなんですが、多分AIを使って文章を書くのがなぜなのか?
というと、「めちゃくちゃ楽」だから。
なんですよね。
つまるところ、楽して書いた文章を読みたいとは思わないという反発的な感情もあるのかもしれません。
まーこれは自分だけかもしれないですが。
骨子をAIに任せると、基本的にAIっぽい文章になる
自分はメインAIとしてClaudeを使っています。
このClaudeですが、Opusという高負荷×高水準なモードが有りまして、ここに色々と自分の書いた文章を読み込ませたり、色々と学ばせたうえで文章を出力させるとそれなりの文章を出してくれます。
多分、一年前とかだったらマジでわからないくらいの文章を出してくれるんじゃないですかね??
ただ、自分も色々と書かせてわかったんですが、最初からAIに文章を書かせると、AIっぽさがにじみ出る文章になっていきます。
これはちょっとした編集程度じゃ拭いきれないんですよね。
具体的にAIっぽい文章がどんなものかというと
やたらと読点(、)が出てくる
なんか変に馴れ馴れしい
パターンが固定化される
という3つが自分の場合は課題として出てきました。
AIを文章作成の相棒として使うには?
で、上記のAIっぽい文章というのは自分の場合だけかと思っていたのですが、どうやら読点とか馴れ馴れしさは他の人も共通する要素のようです。
多分ですが、現状のAIの行き着く先の「読みやすい文章」というのが大枠で決まっているんじゃないですかね。
なので、大体の場合は似たパターンに着地するんじゃないかなぁと。
で、そんな中でどうやったらAIと文章作成をしていくのか?というとポイントしては2つかなぁと思ってまして
全体構成は自分で作成する
文章の半分以上は自分で執筆する
この2つをすると、文章からAIっぽさがほぼ消えることが最近わかってきました。
一応理由を述べると、文章を半分以上書くとそりゃ当人が書いているので、AIっぽさが薄れるのは当然ではあります。
それ以上に、構成を自分で作成しているのと半分は自分が書くことによって、文章に「自分しか出せない熱」みたいなのが乗ると思うんですよね。
その補完にAIが作った文章が載ってきたとしても、あくまで補完であってメインではないから、伝わる印象がブレないのだと思います。
大分感覚的な話ではありますが。
そのAIで作った文章が、あなたの信頼残高を下げているかも
そんなわけで、下手にAIで作った文章を流すと、あなたの信頼残高はたまらないかもしれないですよー。
というお話でした。
別にこれは文章だけではなくて、サムネでも同じ事が起きていると思います。
デザインもめちゃくちゃ優秀になったとはいえ、やっぱりAIで作った画像って「AIで作ったな」とわかります。
多分、それだけで見る気を無くす人って一定数いると思うんですよね。
特にnoteみたいな「リアル感が受ける場所」だとその傾向って顕著な気がしてます。
まぁ、別にそういう人はそもそも対象外というならば、それはそれでいいのですが、自分としてはそういう「人の温かさ」みたいなものは大事にして行きたいなぁと思った次第です。
PS,とはいえ、AIを使ったものだけど気になる・目を引かれるものもあります。そういうものは多分、「一つの作品」になっていると思うんですよね。
そこら辺に関してはまた別日に考察してみようと思います。
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