
Lサイズのパンツを買った。
Lサイズのパンツを買った。
ここでいうパンツとは、平成の若者言葉みたいな、なんとも言い慣れないスカしたイントネーションの方のパンツではなく、正真正銘下着のパンツである。
昔痩せていたぽっちゃりさんは痩せていた頃の写真を必ず持ち歩いている、なんて検証があったが、例に漏れず私もその通りで、木の枝のようなボディーの頃の自分にしがみついている哀しきマントヒヒのひとりである。
木の枝時代のおしりと比べて、随分と大きくなってしまった。
見た目はすっかり薄汚れたタイヤのようだが、私のたったひとつの (ふたつの?) 大切なおしりだ。
このおしりを守る布だもの。
今までみたいにMサイズなんて訳にはいかず、今日も洗濯バサミに挟まれてだらしなく扇風機に揺られている。
扇風機からは綿埃が1本になって伸びていて、それを千切るともう1本出てくる。
力任せに引きちぎるも、綿埃は煙に巻くようにゆらゆらとこちらを見てくる。
手に巻き付けるようにふわふわとした蜘蛛の糸のような綿をふわりと載せると、中に1本の糸が絡まっていたことに気付いた。
そうか、この糸が悪さをしていたのか。
糸を人差し指に巻き付け、裁縫の玉留めのように三周ほど巻き付ける。
ひっぱる。
ずるり、と扇風機から1枚の古いハンカチが出てきた。
扇風機の一体どこにこんなハンカチが挟まっていたのだろう。
アイボリーといえばいいのか、薄汚れたベージュと呼べばいいかわからないハンカチは、なんだか埃っぽい匂いがした。
どこで失くしたかも覚えていない、けれど確かに見覚えのあるそのハンカチで、私はタラタラと垂れてくる首筋の汗を拭った。
じっとり湿った布の感触と、どこか懐かしい埃の匂い。
扇風機のぬるい風が前髪をかすめるたび、遠い日の記憶が一瞬だけ交差する。
……まあ、いいか。
畳んだハンカチをポケットに仕舞い、私は新しく買ったパンツの硬いタグがおしりに張り付くのを剥がした。
包み込まれるような圧倒的な安心感。
木の枝だった頃の私には決して味わえなかった、ゆとりのある優しさがそこにはあった。
Mサイズにすがっていた昨日の私は、もういない。
移動手段が競歩の話→