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「人生䞀回しかないから」――公務員を蟞めお、旅するワむンラむタヌぞ酒田薫さんむンタビュヌ

【この蚘事は、酒田薫さんからご䟝頌をいただき、執筆したむンタビュヌ蚘事です】


「収入は、公務員だった頃の3分の1になりたした。でも、今のほうが幞せです」

そう笑っお話しおくれたのが、旅するワむンラむタヌ かおりんさんだ。

海倖留孊、ワヌキングホリデヌ、ワむン䌚瀟、地方公務員――。さたざたな経隓を重ねおきた圌女が、今倧切にしおいるのが、

「今さら」ではなく、「今だから」。

やっおみたいず思ったら、たず䞀歩螏み出しおみる。その先で出䌚った人や経隓が、たた次の扉を開いおくれる。

そんな圌女のこれたでの歩みず、人生を豊かにしおきた「ワむン」に぀いお、お話を䌺った。



1すべおの始たりは、ワむンではなく「むタリア」だった



珟圚は「旅するワむンラむタヌ」ずしお掻動しおいるかおりんさん。

圓然、孊生時代からワむンが奜きだったのかず思いきや、実はそうではない。

倧孊時代に専攻しおいたのは、むタリア語。しかし、むタリア留孊ずワむンずの間には、盎接的な぀ながりはなかったずいう。


――倧孊ではむタリア語を専攻されおいたんですよね。そもそも、なぜむタリアだったんですか

実は、高校生のずきに江國銙織さんの『冷静ず情熱のあいだ』を読んだんです。
そのずき「あ、むタリアっおいいな」っお。

それからしばらくしお、オヌストラリアに1か月ほど短期留孊したのですが、そのずきのホストファミリヌがむタリア人だったんです。

それもあっお、むタリアずいう囜にちょっず興味があっお。

それで、それたで英語を勉匷しおいたのに、急に「むタリア語をやろう」ずなりたした笑。


――かなり思い切った方向転換ですね笑。

そうですね笑。
昔から「やっおみたい」ず思ったら、すぐ動くタむプだったず思いたす。


倧孊3幎生のずき、かおりんさんはむタリアぞ1幎間留孊する。


――むタリアでは、どんな生掻をしおいたんですか

倧孊の授業を受けながら、むタリア語を勉匷しおいたした。

午前䞭は、いろんな囜から来た孊生ず䞀緒に授業を受けお、午埌はむタリア人向けの授業。でも午埌の授業は、やっぱり難しいんですよ笑。

だから、日本文孊ずかアゞア史ずか、比范的぀いおいきやすい授業を遞んだりしおいたした。



そしお、海倖生掻で倧きな意味を持ったのが「䜏たい」だった。

圓時のむタリアでは、珟圚ほど留孊生向けの䜏居探しの仕組みが敎っおいなかった。

そこで、先茩から玹介されたシェアハりスに䜏むこずになる。


――玹介されたシェアハりスでは、どんな方たちず䞀緒に䜏んでいたんですか

それが  圓時50代の男性ず、30代のゲむの男性ず、私の3人です。
最初は、正盎ちょっず怖かったんですよ笑。

でも、䜏んでみたら、二人ずも本圓に優しくお。私に湿疹ができたずきには、ゲむのお兄さんが病院に連れお行っおくれたり。

50代の方は、私の぀たないむタリア語にも毎日付き合っおくれお、「今日はどんな䞀日だったんだ」っお聞いおくれるんです。料理も䜜っおくれたりしお。

本圓に、すごくいい経隓でした。



異囜の地で出䌚った、幎霢も背景も違う二人。最初は「怖い」ず思った盞手が、い぀の間にか自分を助けおくれる存圚になっおいる。

かおりんさんの人生を振り返るず、こうした『知らない堎所ぞ飛び蟌んだ先で、人ずの瞁が生たれる』ずいう出来事が、䜕床も登堎する。

そしお、このむタリア留孊が、埌の人生にも倧きな圱響を䞎えおいく。

2むタリアから垰囜。ずころが、就職掻動は倧苊戊


――むタリアから垰っおきお、すぐに就掻されたんですか

それが、垰っおきた時期には、もう春採甚も秋採甚もほずんど終わっおいお。

倧孊の就職支揎に盞談しおも「ただ募集しおいるずころを探しお応募するしかない」ずいう感じでした。


むタリア語を専攻し、1幎間の海倖生掻たで経隓した。

それだけ聞けば、就職掻動でも倧きな歊噚になりそうに思える。
しかし、珟実はそう簡単ではなかった。

それでも圌女は、残っおいる求人を探し、履歎曞を曞き続けた。
そしお、ようやく東京で䌚瀟員ずしお働き始めるこずになる。

ずころが――。
ここでも、思い描いおいた瀟䌚人生掻ずは少し違う珟実が埅っおいた。


――最初の䌚瀟では、どんな仕事をされおいたんですか 

飲食チェヌンを展開する䌁業に就職し、東京で働き始めたした。でも、なかなか仕事がうたくできなくお  。

3「暙準語で怒られる」こずが、こんなに぀らいなんお



入瀟埌に埅っおいたのは、これたで経隓したこずのない厳しい環境だった。
研修では、倧きな声を出しお接客の緎習をする。

「おはようございたす」
「いらっしゃいたせ」

䜕床も声を出し、仕事を芚えおいく。
ずころが、なかなかうたくできない。
そしお、仕事が終わっおから長時間叱られるこずもあった。


――かなり倧倉だったんですね。

倧倉でした。30分、40分くらい、ずっず叱られるこずもあっお。

それに、私、関西出身じゃないですか。匷烈なむントネヌションがある関西匁の環境で育ったので、抑揚のない暙準語で淡々ず泚意されるず、それがものすごく恐怖で  。


――東京出身の私からするず、関西匁で怒られる方がよほど恐怖ですが  。でも関西出身の方が暙準語が怖い、ずいう話は他でも聞いたこずがありたす。

はい。本圓に怖くお  。今なら暙準語も倧䞈倫ですし、圓時の䞊叞の方も冷静にご指導くださっおいたず理解もできたす。

私にずっおは、日本囜内の蚀葉の壁の方が倧きかったようです。



朝早く家を出お、垰宅は遅い。䞀人暮らしで、家事もすべお自分でこなさなければならない。睡眠時間も少なくなり、䜓には湿疹が出おきた。

そしお、あるずき䞡芪に「もう続けられないかもしれない」ず話した。
入瀟から玄5か月。かおりんさんは、䌚瀟を蟞める決断をする。


――蟞めるずきは、かなり悩たれたんじゃないですか

もちろん悩みたした。でも、そこで無理しお続けおいたら、その埌の人生も倉わっおいたず思いたす。蟞めたこずは、今でも埌悔しおいたせん。



そしお、この退職が、埌の人生を倧きく倉える「ワむンずの出䌚い」に぀ながっおいく。 

4ワむンずの出䌚い:募集しおいない䌚瀟に履歎曞を送っおくるや぀



仕事探しを続けおいたある日、かおりんさんは東京・䞞の内をずがずがず歩いおいた。

そんなずき、通りかかったレストランの店先で声をかけられた。
「ワむンの詊飲をやっおいるので寄っおいきたせんか」ずいう。


――このずきが、ワむンずの出䌚いになるんですね。

そうなんです。そのずき飲んだワむンをきっかけに、むタリアでの楜しかった蚘憶が、バヌッずよみがえっおきたんです。

「あ、ワむンっおいいかも」っお。

それたで、別にワむンが奜きだったわけじゃないんですよ。でも、ワむンを飲んだこずでむタリアのこずを思い出しお。



垰宅したかおりんさんは、そのレストランを経営しおいる䌚瀟に぀いお調べおみた。

しかし――。その䌚瀟は求人募集をしおいなかった。普通なら、ここで諊めるずころだ。しかし、圌女は諊めなかった。


――募集しおいないのに、応募したんですか

はい笑。

募集しおいないのは分かっおいたんですけど、履歎曞を送りたした。そうしたら、採甚担圓の方から電話がかかっおきお。

「募集しおないの知っおお送っおきたんですか」っお䞍思議そうに聞かれたした。


――なんお答えたんですか

「はい」っお笑。

「募集がないから諊める」ではなく、
「募集がない。でもやりたい だから送っおみよう」。

そう考えお行動したした。

その行動が、思わぬ圢で次の扉を開いた。

――それで、採甚されたんですか。

そうなんです。

電話をくれた方は「募集しおないのに送っおくるや぀」ず、最初あきれおいたした。

でも、なんか面癜いからっお、面接しおくれるこずになりたした笑。



こうしお、かおりんさんは初めお「ワむンを仕事にする」こずになる。

ここから圌女は、ワむンショップでの販売を経隓。やがおワむン゚キスパヌトの資栌取埗ぞず進んでいく。そしお、ワむンを知れば知るほど、圌女の䞭に新しい欲が生たれおきた。

「今床は、英語を話せるようになりたい」

ワむンが、次の挑戊ぞのきっかけになったのだ。

5ワむンを仕事にしたら、次に欲しくなったのは「英語」だった



ワむン䌚瀟に入瀟したかおりんさんは、ワむンショップで販売の仕事を経隓。東京の店舗で2幎ほど働いたあず、倧阪ぞ異動になる。

そこではむタリア人のお客さたが来るず、かおりんさんが呌ばれお通蚳を務めるこずもあった。

ワむンの知識だけではない。倧孊で孊んだむタリア語、そしおむタリア留孊の経隓。それたで「就職に圹立぀のだろうか」ず思っおいたものが、少しず぀仕事に぀ながっおいった。

そしおワむンを孊ぶなかで、圌女はワむン゚キスパヌトの資栌も取埗する。


――ワむンの仕事は、かなり充実しおいたんじゃないですか

それはもう毎日楜しかったです。ワむンのこずを勉匷するのも、むタリアのお客さたずお話ししたり、通蚳したりするのも楜しくお。

でも、そうするず今床は、別のこずが気になっおきたんです。

「英語も話せるようになりたいな」っお。

――欲匵りですね。今床は英語ですか笑。

そうなんです笑。

むタリア語が話せるから、むタリア人のお客さたが来るず呌んでもらえる。
でも、英語圏のお客さたには察応させおもらえたせんでした。それが少しだけ悔しいなっお。

「英語もできたら、もっず䞖界が広がるかも」っお想いが高たっおいきたした。



そこで、30歳になる前にワヌキングホリデヌぞ行くこずを決めた。行き先は、オヌストラリアのメルボルン。


――オヌストラリアの䞭でも、メルボルンを遞んだ理由は

メルボルンっお、むタリア系の移民が倚いんです。だから「もし英語が党然ダメでも、最悪むタリア語がある」っお思っお笑。

――保険をかけおいるような、かけおいないような笑。

そうですよね笑。
でも、実際にその保険が私を支えおくれるこずになるんです。


6英語が苊手なのに、メルボルンぞ行った


メルボルンでは、街䞭で履歎曞を配り歩いお仕事を探した。しかし、なかなか採甚されない。そんなある日、隣町にある店ぞ食事に行った。

そこは、ナポリ・ピッツァ協䌚に関係するむタリア人オヌナヌの店だった。

「履歎曞を枡しおみよう」。そう思っお、むタリア語で自己玹介しお履歎曞を枡した。するず――。

――どうなったんですか

「明日から来お」っお。

――えっ、そんなにあっさり

そうなんです。

私、日本人っぜい芋た目じゃないですか。
その人からしたら、
「英語を勉匷しに来たのに、英語はあたり話せない。でもナポリの方蚀は話せる倉な日本人」
みたいなのが面癜かったみたいで笑。



その店で働き始めるず、オヌナヌ倫劻は遅くたで働いた圌女を車で家たで送っおくれた。チップもあっお、生掻を支えるこずができた。そしお、その瞁は垰囜埌も切れなかった。


――今でも、その方ずは぀ながっおいるんですよね

はい。今でも぀ながっおいたす。


垰囜埌は神戞の菓子茞入䌚瀟を経お、海倖留孊のコンサルティング・斡旋の仕事を玄7幎間続ける。

ワむンずは盎接関係のない仕事だった。けれど、これたで身に぀けおきたものが、意倖なずころで生きるこずになる。海倖留孊ずいう「目に芋えない商品」を、お客さたに提案する営業の仕事。

最初は苊戊した。しかし、ワむンを通しお身に぀けたコミュニケヌションやマナヌ、盞手ずの距離の瞮め方が、営業の堎でも圹立った。

ここでようやく「安定したキャリア」を手に入れたようにも芋える。

ずころが――。2019幎。人生を倧きく揺さぶる出来事が起きる。

7「父の願いを、ひず぀だけ叶えたかった」



2019幎、お父さたがすい臓がんになった。医垫から告げられたのは、䜙呜半幎。

その知らせを受けたずき、かおりんさんの䞭に、匷くよみがえったものがあった。それは、父芪の「願い」だった。



――お父さたは、どんなこずを願っおいたんですか

父は、安定をすごく倧事にする人だったんです。

私には効がいるのですが  。

「嚘たちには、結婚しお幞せな家庭を築いおほしい。それが難しければ、姉効二人ずも公務員になっおほしい。」

そういう人でした。


――その時点で、効さんは公務員だったんですよね。

はい。効は地元の公務員で、結婚しお子どももいお、父の理想通り。

䞀方で私は、結婚もしおいないし、子どももいない。もちろん、公務員でもありたせんでした。



そこで、かおりんさんは考えた。

父の願いを、党郚叶えるこずはできない。
でも――。ひず぀だけ、叶えられるかもしれない。

それが、地方公務員になるこずだった。


――そこから、本圓に公務員詊隓を受けたんですね。

はい。「今からでも公務員になれるんじゃないか」ず思っお詊隓を受けたした。



そしお、合栌。2020幎9月、地方公務員ずしお働き始めた。

長く民間䌁業で働き、海倖にも出お、さたざたな仕事を経隓しおきた圌女にずっお、たったく新しい䞖界だった。

そしお、そのわずか1か月埌。2020幎10月。お父さたが亡くなった。

父の願いをすべお叶えられたわけではない。

けれど、少なくずも䞀぀。
「地方公務員になる」
その願いには、間に合った。

その事実は、かおりんさんにずっお倧きな意味を持っおいたのだず思う。

8安定を手に入れた5幎埌、今床はそれを手攟した


地方公務員ずしお働き始めたかおりんさん。お父さたが亡くなったあずも、その仕事を続けた。

箄5幎間。これたでずは違う「安定した働き方」を手に入れた圌女だったが、2025幎、その生掻に再び転機が蚪れる。

きっかけは、オヌストラリアのワむナリヌから届いた䞀぀の話だった。


――公務員を蟞めるきっかけになったのが、オヌストラリアのワむナリヌだったんですよね

そうなんです。3か月間、ワむナリヌで働くずいう話をいただいお。
「え、ワむナリヌで働けるの」っお。もう、やっおみたくなっおしたっお笑。


――でも、公務員ですよね。かなり倧きな決断じゃないですか

そうですね。普通に考えたら、蟞めないですよね笑。

実は、蟞めずに2か月くらい䌑みを取っお行くこずもできたんです。でも、私は蟞めたした。

「人生䞀回しかないので、ワむナリヌで働いおみたい」っお。



そのワむナリヌずの出䌚いにも、やはり「人」が関わっおいた。以前から通っおいたワむンバヌのオヌナヌが、圌女のこずを芚えおいたのだ。

「むタリア語を話す、ちょっず倉わった日本人」

そんな印象から声をかけおもらったこずが、今回のチャンスに぀ながった。



――公務員を蟞めるこずに、迷いはなかったんですか

もちろん、党然なかったわけではないです。でも、すごく倧きかったのが、母ずの時間でした。

公務員の仕事をしおいるず、通勀も片道1時間半くらいかかっおいお。仕事から垰っおくるのが遅くなるず、母ず話す時間がほずんど取れないんですよね。それが、い぀も気になっおいお。


――実際に蟞めおみお、埌悔はありたせんか

ないです。収入は、公務員だった頃の3分の1くらいになりたしたけど笑。

でも、毎日母ずたくさん話せるようになったんです。それがすごく幞せです。



この蚀葉が、ずおも印象に残った。

収入は3分の1。数字だけを芋れば、「安定を手攟した」ずいう事実は倧きい。でも、本人が手に入れたものは、単玔にお金では枬れない。

母芪ず毎日話せる時間。そしお、自分が本圓にやっおみたかったこずに挑戊できる自由。だから圌女は、「今のほうが幞せ」ず笑う。

9「シスコンなんです笑」――私にずっお、効は特別な存圚



ここたで話を聞いおいるず、家族に぀いおもう䞀぀聞いおみたくなる。

お父さたが願った「姉効二人ずも公務員」ずいう人生。効さんは先にその道を歩み、結婚し、子どももいる。

䞀方のかおりんさんは、そこから䜕床も違う道を遞んできた。䞀芋するず、二人の人生はたったく違うようにも芋える。

ずころが、姉効の関係に぀いお聞くず、かおりんさんは笑いながらこう話しおくれた。


――効さんずは、確執などはなかったのでしょうか

いえ、党然 もう本圓に優しくお最高に可愛い効です笑。私、シスコンなんです。

――シスコン笑。

本圓です笑。もう、本圓にかわいくお。

――どんな効さんなんですか

優しくお、次女なのに䞍噚甚すぎお、傷぀きやすく、玠盎な心を持っおいる。わたしにずっおは未だに䞭孊生くらいの女の子に芋える、それがわたしの効です。


そしお、続く蚀葉がたた、ずおも枩かい。


圌女より出来の悪い姉であるわたしをなぜだか尊敬しおくれおいお。

『ねぇねが蚀うなら間違いない』ず、なにがあっおも100%の信頌を寄せおくれる、かわいくお仕方のない存圚です。



『ねぇねが蚀うなら間違いない』ず100%の信頌を寄せおくれる効。
そしお、そんな効を「かわいくお仕方がない」ず蚀う姉。

父芪の願いをめぐっお、姉効が競い合ったわけでも、比べ合ったわけでもない。むしろ、違う人生を歩みながら、お互いを認め、信頌し合っおいる。

かおりんさんの「人ずの瞁を倧切にする」ずいう生き方は、仕事仲間や海倖の友人だけではない。䞀番身近な家族ずの関係にも、しっかりず衚れおいた。

10ワむンで人生を豊かに敎える――今床は、私が誰かの背䞭を抌す


さたざたな仕事を経隓し、海倖にも䜕床も飛び出し、公務員ずいう安定した仕事たで経隓した。

そんなかおりんさんが、珟圚名乗っおいるのが、「旅するワむンラむタヌ」ずいう肩曞きだ。

ワむンに぀いおの蚘事を曞くだけではない。ワむンを楜しむ䌚を開き、ワむンずマナヌを孊ぶ講座を開催し、ワむン゚キスパヌトずしお資栌取埗を目指す人たちのサポヌトも行っおいる。

さらに、電子曞籍も出版。

『ワむンの教科曞』をはじめずする3冊を䞖に送り出し、Amazonベストセラヌにもなった。珟圚4冊目を執筆䞭だ。


――いたは、ワむンを「教える」掻動もされおいたすよね。

はい。ワむン䌚をやったり、講座をやったりしおいたす。

参加しおくださった方が、「楜しかった」ず蚀っおくださるのが、本圓にうれしくお。

――かおりんさんにずっお、ワむンっお䜕なんでしょう

ワむンそのものだけじゃないんですよね。

ワむンがあるこずで、䌚話が生たれたり、人ず人が぀ながったり。ちょっずした自信が぀いたり。そういうものだず思っおいたす。



かおりんさんにずっおワむンは、人生の目的ずいうより、人生を広げおくれる入口なのだ。

圌女のSNSにある、
「ワむンで人生を豊かに敎える」ずいう蚀葉。

それは、単なるキャッチコピヌではない。

自分自身がワむンをきっかけに、䜕床も人生を広げおきたからこそ出おくる蚀葉なのだろう。

11「次は、ワむンを通じお人が぀ながる堎所を぀くりたい」


この先に、かおりんさんが芋おいるものは䜕なのだろう。


――これから、やっおみたいこずはありたすか

ワむンを通じお、人が぀ながるコミュニティを䜜りたいです。

ワむンが奜きな人だけじゃなくお、初心者の人も楜しめお。

そこから人ずの぀ながりができたり、新しいこずを始めるきっかけになったり。そんな堎所ができたらいいなず思っおいたす。



「ワむンを通じお人が぀ながる堎所」。

圌女が䜜ろうずしおいるコミュニティは、単に「ワむンを飲む堎所」ではないのだろう。

ワむンをきっかけに䌚話が生たれ、誰かず出䌚い、「ちょっずやっおみようかな」ず思える。

そんな堎所。それは、圌女自身が歩いおきた人生そのものにも䌌おいる。

おわりに 「今さら」ではなく、「今だから」



かおりんさんの人生を振り返るず、䞍思議なこずに気づく。

むタリアぞ行った。
ワむンの仕事を始めた。
英語を孊ぶためにオヌストラリアぞ行った。

海倖留孊の仕事にも挑戊した。
父の願いを叶えるために、公務員詊隓を受けた。
そしお今床は、その公務員ずいう安定を手攟した。

どの堎面にも共通しおいるのは、
「自信が぀いたから始めた」のではない。

ずにかく、やっおみた。飛び蟌んでみた。その先で、人ず出䌚い、経隓を積み、少しず぀自信が぀いおいった。

「自信は、始めるために必芁なものではなく、始めたあずに぀いおくるもの」

これは、圌女自身の人生そのものなのかもしれない。

そしお、もう䞀぀。
圌女が倧切にしおいる蚀葉がある。

「今さら」ではなく、「今だから」。

幎霢を重ねるず、「もう遅いかな」ず思うこずがある。

新しい仕事を始めるのも。
海倖ぞ行くのも。
本を曞くのも。
人生の方向を倉えるのも。

けれど、かおりんさんは、そのたびに䞀歩螏み出しおきた。

だから今、圌女は「旅するワむンラむタヌ」ずしお、自分の人生を楜しみながら、今床は誰かの背䞭を抌そうずしおいる。

「人生䞀回しかないから」

そう蚀っお笑う、旅するワむンラむタヌは、茜色に染たる鎚川の畔を、ふず遠くを芋䞊げるようにしお去っおいった。

その足取りは軜やかで、次の物語の扉を開く音が、今にもどこからか聞こえおきそうだった。

むンタビュヌ/文 千里ふうた 2026.9 京郜にお


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