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Photo bydigcelery

【月刊身仕度3月号】眼鏡をかける少年

     自慢じゃないが、私はすこぶる眼が悪い。
    こんな事を書くと、

    「え?俺もめっちゃ眼悪いんですけど?お前視力なんぼなの?は?」

    とオラつきながら視力の低さバトルを仕掛けてくるような輩もいるであろう。だが安心してほしい。30年程の眼鏡人生の中で黒星がついたのは、自身の母親と職場の激ヤバ先輩との2戦のみである。

     一定の領域に達している眼鏡ホルダーであれば共感していただけるだろう。学校や職場などの新しい環境で、大型のサメを飼育している水槽のような厚さのレンズを見た時、眼鏡の縁に沿って剣豪に切り捨てられたかのような輪郭のズレを見た時、私達は思い出す。


     自分の眼がめっちゃ悪いことを。


     そして、どちらの眼がより悪いのか、白黒つけずにはいられないのである。そうして出会ってしまった2人の眼鏡と眼鏡が反射し、無限が生まれる。あとはどちらかが引き金を引くだけだ。

    「眼…悪いんですか?」

    …Bang…。

     先日、写真フォルダを眺めていたら、眼鏡をかけている長女の画像が出てきた。年中の中頃から小学1年生の終わり頃まで、斜視の矯正のために眼鏡をかけていたことをすっかり忘れていたのだ。日本の保険制度は素晴らしいもので、こどもはほとんど無料で眼鏡を装備させてもらうことができた。私は正直なところ弱視が遺伝してしまったのだと思い、

    「やっぱり眼鏡になっちゃったな〜。これから一生眼鏡なんだろうな〜。眼鏡買うのとか受診とかめんどくさいな〜。」

    などと考えていたが矯正治療は2年程度であっさり終了し、彼女の眼鏡人生は一旦幕を閉じた。


    え?俺ってちゃんとこういうのしてもらってました?

    と不安になったが、医療は日進月歩なのである。

     ここまで自分の視力が悪くなったことについて心当たりがないこともない。ひとつは幼少期に太陽を直視するというチキンレース的な癖があったことである。今調べたら、網膜が熱で損傷し一過性または永久的な視力障害が生じるらしい。
    こわすぎる。

     もうひとつは小学4年生まで住んでいた家の自室のテレビが、眼鏡からほぼ0距離だったことである。南小で1番スマブラが強かった私は、3人のネス(レベル6CPU)を倒すためにテレビの画面に眼鏡の鏡面を擦り付けながらマリオを操作していた。

     小学校低学年ですでに通常の視力検査が不可能であったため
    「視能訓練士がCの書いてある紙を回しながら1歩ずつ近づいてくる視力検査」
    を経験しており、大変に恐ろしかったことを記憶している。高校生くらいからは視力の低下も緩やかになり、時にはコンタクトレンズ(-8.00D)を装着したりして、結局は眼鏡に落ち着いている。

     「サングラスとかつけてみたいなー」

     などといった好奇心程度の羨ましさはあれど、特に不便を感じることもない。むしろあの日、幼稚園の教室で、
    「たくみくん、今日から眼鏡だからみんな気を付けてね!」
    という先生の言葉を聞いた時、教室の中心になったような感覚を覚えている。やはり、眼が悪いことはかっこいいのである。
     不便を被った事象を強いて挙げるとするならば、風呂や銭湯で眼鏡を外せないこと、サウナに入るのが危険なこと、眉毛を剃るのが激ムズなこと、眼鏡を購入するときに眼鏡を外すので勘で選んでいること、くらいなものである。

    あと、サングラスとかつけてみたい。


    #身仕度 #エッセイ
    #創作大賞2026 #エッセイ部門

    この作品はエッセイ集『月刊身仕度』に掲載されています。  
    本誌(完全版)はpixivで公開しています。

    本誌はこちら  
    https://www.pixiv.net/users/121086459

     
     
    山形県に住んでいます 三十四歳の乙女座です 九月十三日生まれです エッセイを書いていま す

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