
漫画写楽 エピソード9/10 相撲絵・武者絵に見えた写楽のクセ
エピソード9です。

■ 筋書き・概要
写楽の作品のなかに、役者絵とは異質な二つのジャンルが存在する。相撲絵と武者絵だ。第三期に描かれた大童山の相撲絵(数え年7歳で体重十九貫、約七十一キロの怪童力士)と、第四期の武者絵「紅葉狩り」——これらは田中英道の北斎説にとって、重要な傍証となっている。
彼はまず武者絵に注目する。写楽の武者絵と、北斎の武者絵を並べると、人物の脛(すね)の描き方に顕著な類似がある。特定の筋の表現の仕方、骨張り方の角度——これは彼が「絵師のクセ」と呼ぶ、無意識に繰り返される筆の癖だ。西洋美術史においても、絵師の同定はこうした無意識のクセを照合する「モレッリ法」によって行われる。田中はまさにこの手法で写楽と北斎を結びつけた。
相撲絵の大童山については、別の観点から興味深い指摘がある。写楽の大童山には「ほのぼのとした愛敬」があると評される。これは役者の醜さを容赦なく暴いた大首絵の写楽とは異なるトーンだ。しかし北斎漫画の人物表現には、コミカルな愛らしさと鋭い写実が共存している——これもまた、写楽と北斎が同一人だという文脈で読むことができる。
■ 演出とトーンキーワード
田中英道(『写楽は北斎である』祥伝社の著者)が拡大鏡で写楽の武者絵と北斎の武者絵を比較している場面。画中に二枚の絵を並べ、脛の描き方を赤丸で囲んで照合するシーン。別コマでは土俵上の大童山が愛嬌たっぷりに立っており、その横に北斎漫画の人物が並ぶ。「同じ手だ!」という発見が、あなたにもできるだろうか。浮世絵木版画調に学術調の図版パネルを挿入。墨・朱・藍の江戸色調。
謎、ミステリー、照合、筆のクセ、証拠の筆跡、カラフルでドラマチック、未来的でクラシックなストリーミング。写楽の自信と冒険心。
■ 豆知識
本稿では、2項目に関し、基礎知識を補強しておきます。
🔴大童山の相撲絵: 東洲斎写楽の「大童山土俵入」(だいどうざん どひょういり)は、寛政6年(1794年)11月頃に制作された大判錦絵の三枚続作品です。 写楽の短い活動期間(1794年5月〜1795年1月)の中で、役者絵に続いて描かれた初の相撲絵として知られ、写楽が残した約140点の作品群の中でも異色の一枚です。中央に描かれるのは、当時7歳(数え年8歳)の「怪童」大童山文五郎(本名:塩野文五郎)。出羽国村山郡長瀞村(現・山形県東根市)の百姓の息子として生まれ、幼少時から異常な巨体で知られました。7歳で身長約120cm、体重約71〜80kg、腹回り109cmという驚異的な体格で江戸・両国の回向院での勧進相撲に登場。実際の取り組みはせず、土俵入りだけを披露して江戸っ子を熱狂させました。
🔴武者絵「紅葉狩り」: 東洲斎写楽の武者絵「紅葉狩」(もみじがり)は、寛政6年(1794年)11月頃の作品で、能・歌舞伎の演目「紅葉狩」を題材とした一枚です。信濃・戸隠山で紅葉狩りに興じる美女(実は鬼女・更科姫)が、平維茂(これもち)と壮絶に戦うクライマックスシーンを描いています。写楽らしい鋭い動きの捉え方と、ダイナミックな構図が特徴で、役者絵とは異なる武者絵の躍動感が魅力。鬼女の荒々しい表情と維茂の勇ましい姿が、紅葉の背景に映え、写楽の第3〜4期の多様な作風を示す貴重な作品です。シカゴ美術館所蔵。