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【創䜜倧賞2025受賞蚘】2026幎4月のあなたぞ

このnoteは、創䜜倧賞2025゚ッセむ郚門で双葉瀟文芞出版郚賞を受賞するたでの、制䜜秘話、䞭間遞考通過、受賞連絡、顔合わせ、授賞匏、打ち合わせ、等の党蚘録を蚘したレポヌト兌゚ッセむです。来幎、創䜜倧賞ぞ挑戊する誰かに届きたすようにず願っお曞きたした。長文(箄1䞇字)ですが、ぜひ、読んでみお頂けるず幞いです。


応募䜜が䞭間遞考を通過したこずを知ったのは、ただ倖の薄暗い明け方のこずだった。南半球の9月はちょうど冬があけた頃で、赀道盎䞋のここケニアも、朝晩は随分ず冷え蟌む。

目芚たしの6時半より1時間も早く目が芚め、垃団にくるたったたたむンスタの画面をがんやりず䞋から䞊ぞ抌しやっおいたら、Xのメッセヌゞ通知が画面にすべり蟌む。

「ねぇアナミさん䞭間残っおるよ」

途端に早たる錓動。しんず静たり返った寝宀に、䜓を脈う぀振動が充満しおゆく。


そこには玛れもなく、そのタむトルがあった。

*

2025幎が幕を開けた1月、䟋幎通り今幎の抱負を頭の䞭だけで衚明しながら、そうか、40歳になるのか、ずいうこずに思いを巡らせおいた。人生を80幎だずした時に、私は今、折り返し地点に立っおいるらしい。そう考えた途端、どこからずもなく焊燥感が、沞々ず蟌み䞊げおきた。

我歊者矅に生きおきた、ずいう自負はある。自分でなんずかしなきゃなんずもならない人生なんだ、ずいう珟実を突き぀けられた18歳のあの日から、たわりに期埅をしないように、自分の行動だけを信じお、前を向いお歩いおきた。猪突猛進は確かにそれなりに遠くたで導いおくれたけど、その道の途䞭で手攟しお、眮き去りにしおいったものもある。

そのひず぀が、曞くこずだった。高校生の頃、綿谷りさのむンストヌルに衝撃を受け、真䌌事で始めた蚀葉を綎るずいう行為。人生の様々なステヌゞで、蚀葉にた぀わるあらゆるこずに手を出しおきたけれど、そのどれもを、私は倧した圢にできないたた、蔑ろにしお誀魔化しおきた。


曞くこずに、腹を括りたい。新幎の抱負にそう付け加えお、慌ただしく始たった今幎の最初の月が終わる盎前、偶然芋かけたのは、ずあるnote。それは2幎前、匊瀟に蚘念すべき初のむンタヌン生ずしおむンドからはるばる参加しおくださった、ゆうこさんの蚘事だった。そこには圌女が利甚しおいる、パヌ゜ナル線集者なるサヌビスのこずが曞かれおいる。私だけの線集者。その響きにピンずきお、すぐさた問い合わせ、盎感の促すたた迷わず申し蟌んだ。

代衚のみずのさんず初回セッションを亀わした埌、私にあう線集者さんを遞んで぀けおくれる、ずいう流れだ。みずのさんの、「なぜ申し蟌たれたのですか」ずいう質問に私は、死ぬたでに本を出すこずが倢です、ず倧真面目に答えた。


創䜜倧賞、のこずを知ったのは奇しくも、パヌ゜ナル線集者に申し蟌んだ盎埌のこずだった。noteに登録したのは6幎前だが、その時だっお「曞き始める。」なんお勇たしいタむトルで開口したくせに、案の定、幎に1、2回しか曎新しない、蚀わば幜霊郚員ずしお现々ずやっおきた。゚ッセむで受賞を目指すには圧倒的に䜜品数が少なく、フォロワヌ数も匱小。そんな私でも、倧賞を受賞すれば本が出版されるかもしれないずいうチャンスに、胞が躍った。

なんずいうタむミングなんだろう、ずいちいち運呜じみたものを感じながら、私は担圓線集者ずなったみかんぬさんずの初セッションで、たずは自己玹介になるような䜕かを曞きたいんです、ず䌝える。さすがは線集者、情報のストックが豊富なみかんぬさんは、いく぀か玠敵だず思った自己玹介noteを匕甚しおくださり、それらを分析したり感想を蚀いあった。そこでざっくりず、私のこずを曞きながら、䜕か別の倧きなメッセヌゞがあるような文章にしたい、ずいう方向性が芋えた。


受賞䜜「セブンむレブンに憧れた少女がアフリカでデザむナヌになる話」はそうやっお、パヌ゜ナル線集者に぀いおもらっお曞いた第1䜜目だった。みかんぬさんずセッションをした3日埌の3月7日、息子を寝かし぀けた埌の倜の時間に、iPhoneのメモ垳を䜿っお曞き始めた。1週間ほどで党䜓をざっくりず曞き切り、そこから2週間ほど毎晩掚敲を重ね、3月26日にnoteに投皿。党䜓ずしおは、20日間ほどの執筆期間ずなった。


自分の半生を曞くにあたり、有名人でもない私なんかの人生を最埌たで読んで貰うには、䜕か確実に持ち垰っおもらえる感情を甚意しなければいけない、ずいうこずを終始意識しおいた。みなたで蚀うな、の゚ッセむの䞖界で、明確な結末の章を䜜り、これは䞀䜓なんの話だったのか、をあえお蚀葉にしたのは、その意図からだ。

双葉瀟の方にも蚀われたが、「ドラマでも普通はそうならない」ずいう堎面が随所にあるため、展開のドラマチックさずいう事実だけに感情が持っおいかれないよう、語り口から感情的な衚珟を限界たで削った。幌少期から珟圚ず、゚ッセむずしおは時間軞も倧分長いため、なるべく淡々ず曞くこずで読者の方の䜓感時間が軜くなるようにも意識した。

みかんぬさんからは、読者の感情ずしお流れが早すぎる堎所などを指摘しおもらった。「ここはもう少し、アナミさんの感情をしっかり感じたい」ずアドバむスをもらっお倉曎した震灜の郚分を、埌に双葉瀟の方に、「あの日の自分を思い出すようでした」ず蚀っお頂けた時は、思わず心の䞭でガッツポヌズをした。


しっくりずくる蚀葉が出おこなかったり、文章の流れの音感に字数が合わなかったり、事実の矅列ず内省のバランスが取れなかったりしお、苊しみながら蚀葉を足したり消したり倉えたりした。そんな私の姿を芋おみかんぬさんが、「そんなに思い詰めなくおも倧䞈倫ですよ、充分曞けおいたすよ」ず声をかけおくださる。でも私はその優しさに、「いや、突き詰めたいんです。苊しくおも、曞きたいんです」ずいうようなこずを衝動的に返しおいた。今ずなっおはあそこが、これたで越えられなかった“曞くこず”の壁を、はじめお越えた瞬間だったようにも思う。

それならずこずんやりたしょう、ず最埌たで、现かな埮調敎にも付き合っおくれたみかんぬさん。䞀連の執筆䜜業を終えた時、「アナミさんの文章は、たるで䜜品䜜りのようですね」ず蚀われたその蚀葉がずおも嬉しくお、今でも心に倧切にしたっおある。確かに、私にずっお文章を曞くこずず服を䜜るこずは、ずおもよく䌌おいおる。自分の思い描く圢に、少しず぀少しず぀、敎えおいく䜜業。その2mmの調敎はきっず誰に気づかれるものでもないけれど、そこにこだわるこずを怠らなかったずいう、自分には絶察に嘘を぀かない䞖界線。


創䜜倧賞期間党䜓を通じお、noteで寡䜜の私を遞んでもらうにはどうしたらいいのか、ずいうこずを客芳的に考え続けおいた。倧賞を受賞するずいうこずは、出版瀟の方に、本にしたら売れるず思われるこずであり、぀たり、䞖間から需芁のありそうな䜕か、である必芁がある。加えお゚ッセむで受賞し本になるずいうこずは、受賞䜜以倖も含めた耇数䜜が必芁であり、これたでにも骚のある文章がきちんず曞けおいる、もしくは、曞ける芋蟌みがある、のどちらかの保蚌を提瀺しなければならない。

私には、前者のオプションはなかった。残された可胜性は、この人はもっず曞けそう、曞けるネタがあっお筆力も悪くない、ず思っおもらうこず。そんな思いから、特に受賞䜜には、入れなくおも成立したけど敢えお入れた゚ピ゜ヌドがいく぀かある。期間䞭、合蚈3䜜を応募したけれど、これたでnoteで服䜜りの仕事のこずばかりを茉せおいたので、匕き出しのバリ゚ヌションを感じおもらえるよう、家族のこず、過去の自分のこず、をそれぞれ曞いお応募した。

*


みかんぬさんのメッセヌゞで䞭間遞考通過を知ったその朝、嬉しさが蟌み䞊げたのず同時に、少しの萜胆を感じた自分がいた。この期に及んでではあるが、他の2䜜も受賞䜜同様、真剣に挑んだ぀もりだったからだ。自分の人生を党郚詰め蟌んだ䜕かでしか通過できなかったのか、ずいうこずに少しがっかりし、そうなるず、これを逃すず私にはもう2床ずチャンスはないのかもしれないな、などず焊りも感じた。



䞭間遞考を通過した、党57䜜品を読んだ。読み終わった埌にうおおおおおず叫びたくなるほど良い䜜品がいく぀もあった。私のテむストではないけれどこれは売れそうだなあ、ず思うものもいく぀もあった。ず、同時に気づく。ここからはもう、運でしかない、ずいうこずに。圓然ながら、それぞれの出版瀟にカラヌがあり、探しおいるものがある。もっず蚀えば、力を入れたい分野があり、埗意な分野、劥協できない分野があっお、加えおそこに、今幎の䞊びも圱響しおくる。ここから先はもはや、良し悪しの話では到底なく、出版瀟の方々の奜みの問題であり郜合の問題であり、぀たり、運である。


ずころが私は、めちゃくちゃ運がいい。人生、運に救われ切り抜けおきたず蚀っおも過蚀ではないくらい、運がいい。昔䜏んでいたアパヌトが火事になっお私の郚屋だけ燃えなかったり、知り合いの矎容垫が行けなくなったからず代わりにタダでむンドぞ行けたり、雚季の真っ只䞭の倧事なむベントの日だけ晎れたりず、ずにかく運がいい。だからきっず、40歳のご耒矎に、めちゃくちゃ最䞊玚のラッキヌが舞い降りる、そんなゞンクスを心の䞭で思い描いおいた。


今幎゚ッセむ郚門での受賞を目指した人はきっず皆同じように、昚幎の唯䞀の倧賞受賞者、長瀬ほのかさんの投皿を舐め回すように読んだず思う。圓然私も長瀬さんの投皿をチェックし、期間䞭䜕䜜応募されたかずか、どのタむミングで投皿されたかずかたで確認し、質問箱も隅から隅たで読んだし、受賞報告のnoteはお守りのように䜕床も読み返した。

で、そこにしっかり曞いおあるのである。9月末日に受賞連絡がきた、のだず。そういうわけで、あたり寝぀けないたた迎えた9月30日、私は朝から゜ワ゜ワしながら携垯を握りしめおいた。受信箱を30分おきに開いおは、新着メヌルのない画面をズッず䞋にずらしお曎新するも、盞倉わらず創䜜倧賞の文字はない。日本の䌁業のおおよその就業時間内にメヌルを送るずしお、倕方5時たでだずしよう、぀たりケニア時間の午前11時をすぎる頃たでだずしお、いや、倚分いたどき7時くらいたでは働くでしょう、ずかなんずか仮定の話を䜜り䞊げながら、私はようやく午埌3時、芳念した。

3月、倫にパヌ゜ナル線集者を぀けるこず、創䜜倧賞に応募するこず、遞ばれたら本になるこず、そうなるず授賞匏に出るために私は是が非でも日本に垰るこずを宣蚀しお以来、集䞭しお曞いおいる週末なんかには、息子の面倒や家事を率先しおやっおくれおいた、倫。ナむロビの、盞も倉わらずタチの悪いたるで動かない枋滞にはたっおいた最䞭、助手垭に座っお黙っおいた私は半泣きの目で、「ねえ、ダメだった。」ず、運転垭の倫に告げた。

「君の人生の物語を、僕はちゃんず知っおいるから。今回じゃなくおも、い぀か、必ず本になるから。曞くのを、やめたらダメだよ。」ず倫は抱きしめおくれた。その足で、近所のレストランに残念䌚をしに行った。倖食を嬉しそうにする息子ずしょうもない冗談で笑わせようずしおくる倫を前に、私は、きっずこれからも倧䞈倫、ず思えた。



10月1日。今幎もあず、3ヶ月。創業7幎目にしお、初のオヌプンスタゞオぞの移行を蚈画した5月から遅れに遅れ、胃が軋む倜を䜕床も超え、ようやくグランドオヌプンが間近に迫っおいた。そこから翌週には2日間のポップアップ。その埌は久々の新䜜のロヌンチ。11月12月のケニアはクリスマス商戊ど真ん䞭で、オヌダヌや賌買が増え、囜内最倧玚のポップアップも控えおいる。バタバタしおいるうちに2025幎も過去ぞず箱詰めされおゆき、がんやりしおいるうちに、2026幎の創䜜倧賞だっお、あっずいう間にやっおくる。


その日も倫が運転する車の助手垭に座り、スタゞオ䜵蚭新店舗の買い出しぞ向かっおいた。チャむナ・スク゚アず呌ばれるその超倧型店舗は、日本のホヌムセンタヌのクオリティずデザむン性を4段階䞋げた䜕でも屋のような堎所で、日本ならこれはダむ゜ヌで買えるのに700円かよ、ずかぐちぐち蚀いながら、ないずないで困るのでしょっちゅう行く、圚ケニア倖囜人の埡甚達である。

ナむロビのレゞ事情は䞍可解で、フロアを芋枡せば10人くらい手持ち無沙汰のスタッフが暇そうに䞖間話をしおいるのに、レゞには2人のみで長蛇の列、みたいなこずがデフォルトである。盞倉わらず進たないレゞで、党おのSNSをチェックし終わっおも進んだ気配がなく、おもむろに、メヌルの受信箱を開く。創䜜倧賞「メデ、の郚分で芋切れたそのメヌルをタップするのず同時に、どこから出おいるのかわからない声をあげながら、私は膝から厩れ萜ちた。

双葉瀟文芞出版郚賞、の文字が目に飛び蟌み、私の教科曞のような存圚だった長瀬さんの埌釜であるこずを知ったあたりで、倉な声は悲鳎に近い声になっおいた。優しいケニアの人たちが「どうした、病人か」ず心配しおわらわらず駆け寄っおきおくれたのを、状況を悟った倫が恥ずかしそうに、倧䞈倫です、圌女は倧䞈倫です、ず匁明しおいる。胞元に銃を構えたミリタリヌ服の譊備員2人がゞリゞリず近づいおきたあたりで私はようやく、「私は倧䞈倫ですご心配なく」ず叫んで立ち䞊がり、お店の倖ぞ走り出た。昚日たで雚続きだったナむロビなのに、芋䞊げた空は雲ひず぀ない、快晎だった。



その日は倜たで浮かれた気分で過ごし、本圓にメヌルが来たんだっけず、䞍必芁に受信箱を開いおは確認しお倫に芋せ぀け、「どうも、著者です」ず蚀っおみせるを繰り返した。あたりに確認しすぎたせいで、どこかのタむミングで指が滑っおアヌカむブに入れたようで、受信箱にメヌルがなかった時には息が止たりそうだった。出発たで20日を切っおいたため、飛行機の倀段は既に䞊がりはじめおおり、その日の倜、すぐに航空刞を賌入した。


賌入しおから急に、もしかしたら間違いだったのではないか、ずいう䞍安がよぎりはじめる。仮に受賞者を゚クセルで管理しおいたずしお、1行読み間違っお私に連絡しおしたったのでは、などず、身に䜙る光栄を疑う䜙地はいくらでもあった。䜙談ではあるが、この話を受賞連絡をくださったnoteの平野さんにしたずころ、「そんなわけないじゃないですかヌあのメヌル、送るの本圓に緊匵するんですよ」ず心倖そうに蚀われ、そりゃそうだず、自分の無駄な自信のなさを恥じた。


受賞を玔粋に喜べたのは受賞連絡のあった圓日くらいで、翌日には、えも蚀われぬ䞍安が抌し寄せた。なぜ私が遞ばれたのだろう、もしかしたら私は2番目の候補で1番目の方が蟞退したから枋々遞んでくれたのだろうか、もしも実力以䞊に評䟡されおいお期埅に応えられなかったらどうしよう、等々。蚂正謝眪のメヌルが届かないずいうこずは、確かに私が遞ばれたようではあるのだが、その背景が党く芋えない䞊、䜕も公になっおおらず、私ず平野さんだけの亀換日蚘状態の䞭、たるで珟実味がなかった。


受賞した実感がはじめお湧いたのは、受賞発衚のプレビュヌ蚘事が送られおきた時だった。受賞者同士で亀流ができるよう、どなたが受賞され、䜕を曞かれたかわかるようにずいう、note瀟の蚈らいだ。緊匵しながら蚘事を開くず、今幎ぱッセむの受賞者が3人。䌚ったこずもないOLのミカ。さんず望月さんず、この結果を同じような想いで゜ワ゜ワしながら芋おいるのかな、ず思うず、秘密共犯者の心理ずでも蚀うのか、勝手にもう繋がりあっおいるような気分になった。それから双葉瀟文芞出版郚賞の受賞者が、私以倖にもう1人。恋愛小説郚門のYASUさんのお名前を拝芋しお、思わず声が挏れる。昚幎の受賞䜜品ずしお読んで号泣した゚ッセむを曞いた方ではないか。゚ッセむで去幎入賞しお、今幎小説で倧賞受賞っおどうゆうこずだよ、ずひずり勝手に衝撃を受けながら、そんな頌もしい同期がいるずいうこずに心匷さを芚えた。


もう䞀床芋よう、ず2床目に蚘事を開いた時、それたで空欄だった遞評が公開されおいるこずに気づき、はっず息を呑む。恐る恐る、自分の名前のずころたでいくず、先ほどたではなかった文字面が、そこには確かにある。


文字制限があるであろう䞭、無駄なく遞ばれた蚀葉で綎られたその文章は、遞評を超えお、私の人生をたるごず肯定しおくれる゚ヌルだった。ずっず、誰かに蚀われたかった蚀葉がそこに䞊んでいお、私はしばらく呆然ずしお、頬を䌝う涙を拭うこずもしなかった。遠回りばかりしながら、ひずり必死に戊っおきた぀もりの人生が、誰かに繋がる䜕かになれるかもしれない。かすかな、でも確かな茪郭を䌎った実感を、ようやく私は噛み締めおいた。


受賞を知っおから、぀たり日本に垰囜するこずが決たっおからの毎日は、文字通り分刻みで仕事をこなした。よりによっお近幎で最も忙しい月に、予定よりも2週間ほど時間をカットするこずになるため、あらゆるこずを前倒しに準備しお終わらせお行かなければならない。でもそのお陰で、䞍安や感傷に浞る暇もなく、あっずいう間に出囜の日を迎えた。

その日も結局倜12時たで仕事をし、3時間仮眠。空枯に向かう盎前、息子の郚屋のドアをそっず開け、すやすやず眠るもうすぐ4歳のおでこにキスをする。息子が生たれお以来、離れ離れになるのはこれが初めおのこずで、私がいなくお倧䞈倫だろうかずいう䞍安ず、母芪ずしお申し蚳ないずいう眪悪感にかられた。

「自分の倢のために、子どもを眮いおでも行くなんお、母芪倱栌よね」ず蚀った私に、倫は笑いながら、「僕のこず、舐めおる」ず返す。そうだった。倫は息子が生たれたその日から、育児は圓然2人でやるものだずいう姿勢で、い぀も私ず同じだけ息子ず向き合っおきた。付き合ったこずもない盞手ずノリで結婚した割には実にいい盞手にめぐり逢えたので、私はやっぱり、めちゃくちゃ運がいい。




10月23日。打ち合わせに先立っお、noteの方がお膳立おをしおくださり、note瀟で双葉瀟さんずの顔合わせがあった。副線集長のMさんず、担圓線集のTさん、それからnoteから2人同垭しおくださった。Mさんからは、線集郚12人党員で200䜜品以䞊を読んだこず、そこから最終候補に6䜜品残ったこず、その䞭の゚ッセむ䜜品の䞭から、満堎䞀臎で私の䜜品が遞ばれたこずが告げられた。凊理しきれない嬉しさのレベルであったため、脳内で小さな私が「これはお䞖蟞」ず連呌するこずで平垞心を保った。線集郚には20代から50代たで様々な幎霢の方がいらっしゃる䞭で、党おの幎霢局の方に響いた高い共感性を評䟡しお貰えた、ずいうこずだった。

案の定、過去のnoteもしっかり読んでくださっおおり、Tさんに、「アナミさんの゚ッセむはどこか文孊のようで、もしかしおこれたでに 曞かれおきた経隓がありたすか」ず聞かれ、目が最みそうになる。倧した圢にもなれず攟眮されおきた無数の蚀葉たちが、報われた瞬間だった。


私が、遞評が泣くほど嬉しかった旚を䌝えるず、担圓線集のTさんが曞いおくれたこず、それからTさん自ら立候補し担圓を買っお出おくださったこずをMさんが教えおくれた。あんなに凛ずしお矎しい蚀葉を綎っおくれたTさんが担圓であるこずがずおも嬉しく頌もしく、これから二人䞉脚で本を䜜っおいくこずが楜しみだ。


その埌note瀟で開催された亀流䌚では、お䌚いしたかった面々ずたくさんお話できた。OLのミカ。ちゃんに、䞀目あった瞬間から虜になった。なんなんだあのスヌパヌ魅力的な人間は。それから、受賞䜜の感想を曞いおくださった野やぎさん。人に初めお䌚った気にさせないのは才胜で、私はそういう人にい぀も憧れる。パヌ゜ナル線集者でお名前をお芋かけしおいたオギナカさんも想像通りチャヌミングな方で、倫が奜きすぎるずいう話で盛り䞊がった。

曞くずいう行為は孀独でずおも個人的なものだが、ゞャンルやテむストは違えど、同じ目暙に向かっお頑匵る実圚の方たちず亀流できる機䌚はずおも貎重なものだった。ここに名前を挙げきれないが、お話しおくださった党おの方に刺激を受け、確実に曞くこずぞのモチベヌションずなった。そしおこれこそが、創䜜倧賞が他のコンテストず倧きく異なる郚分であり、noteの皆さんの想いそのものだなぁず、盛り䞊がる䌚堎を芋枡しながら、あたたかな気持ちになった倜であった。


10月24日、授賞匏。恵比寿なんおOL時代に散々闊歩しおきた街なのに、たさかの道に迷っお予定よりも遅くの到着。既にたくさんの人が着垭しおいお、ひや汗をかきながら自分の垭ぞ向かうず、そこにはミカちゃん、そしお埅望の望月さんがいた。優しい雰囲気を纏った真顔でしれっずおもしろいこずを蚀う望月さんは圌女の文章そのもので、私たち3人は緊匵を誀魔化すように、終始ケラケラず笑いあった。

授賞スピヌチのトップバッタヌを切ったミカちゃんが、プロなのかず思うほど堎銎れしたおもしろいスピヌチを披露するので、䞀気に緊匵が高たる。でもきっず望月さんはほら、緊匵しおいるに違いないし、ずいう私の予想を芋事に裏切り、堂々ずおもしろいこず蚀っおのける望月さんに、私の緊匵は限界を振れ切っおいた。


眩しいほどのラむトに照らされ、予め甚意しおきた蚀葉を探る。驚くこずに、声が震えおいた。仕事柄、ステヌゞずか壇䞊には慣れおいたはずなのに、䞀䜓どうしおしたったのだろう。本を出すこずが倢だった、のあたりで、自分の目から涙が溢れそうになっおいるこずに気づき、うろたえる。「あれ、こんなはずじゃなかったのに 」ずいう心の声を、あろうこずかそのたたマむクに乗せおしたった。なんずか締めくくるも、せっかくの晎れ舞台に倧倱態を晒しおしたい、どうか誰も私のスピヌチのこずを未来氞劫芚えおいたせんようにず願いながら、ステヌゞを埌にした。


宣蚀通り忘れ去っおいたこのスピヌチのこずをはたず思い出したのは、昚幎の受賞者である青山ヱリさんの埌日談noteでのこず。特に心に残ったスピヌチずしお私の名前を挙げおくださっおおり、思わず倉な声がでた。でもそれを読んで初めお、胞がすく思いがしたのだ。そうか、そうだよな。私はあの日ただ、泣くほど嬉しかっただけなのだ。そうしおはじめお、私はあのスピヌチがずおも自分らしかったこずに気づき、合栌点をあげようずいう気持ちになれた。私だっお、ミカちゃんや望月さんみたいに気の利いたこずのひず぀やふた぀を蚀っお䌚堎を沞かせたかったけど、そうだった。私は䞇幎、センチメンタルで感極たっお生きる系の女なのだ。

授賞匏のレポヌトはもっず詳しく曞く予定だったけど、既に倚くの方が玠晎らしいレポを曞かれおいるので、出遅れた私の説明はもはや䞍甚ずなった。亀流䌚ず授賞匏を通じお最も感じたこずは、noteの皆さんの、創䜜倧賞にかける䞊々ならぬ想いである。昚日たでは名前も知られおいなかった垂井の人が、プロの䜜家ずなっおゆく。その倢物語のような過皋を、れロから芋぀め支える舞台裏にも、決しお知られるこずのない苊劎や思い入れがあるこずを、倚くのnoteやTalesスタッフさんずの䌚話で身に染みお感じた。この堎をお借りしお、創䜜倧賞運営に携わった党おの皆さたに、心からのお瀌をお䌝えしたい。このご恩は、ちゃんず出版され、ちゃんず売れお、創䜜倧賞の名前に貢献しおゆくこずで返したい。


授賞匏埌の亀流䌚では、お䌚いしたかった長瀬さんずYASUさんにも䌚え、チヌム双葉瀟ずしお3ショットも撮っお頂いた。長瀬さんには、昚幎の゚ッセむが圧倒的に玠晎らしすぎおぐうの音も出たせんでしたみたいなこずをお䌝えした。YASUさんは、昚幎゚ッセむで入賞した際にたわりの方に刺激を受けお小説を曞いたそうで、いや、そうだずしおも、それずこれず受賞するこずは別の話なわけだから、ず感銘を受けっぱなしだった。いやはや、私にも、よもや小説を曞くなんおこずが、できるだろうか。

ずかいうこずはさおおき、ここで双葉瀟の線集長、Sさんず初察面。ご挚拶をし、受賞䜜品の話なんかをしながら䞍意にSさんが、「私ね、鳥取のこずを曞かれたお話も、同じくらい奜きなんです。」ず蚀っおくださり、思わず飛び䞊がる。その話ずは、創䜜倧賞に応募し䞭間遞考に残らなかった別の䜜品のこずで、同垭しおいたTさんも「私もです」ず続いおくださった。

それは、必ずしもスポットラむトを济びる䜜品だけが良い䜜品なのでもなく、誰の目に觊れずずも、確かに存圚しおいる䜳品がたくさんあるこずのリマむンダヌでもあった。線集長のこの䞀蚀で、党おの䜜品に真剣に向き合った事実が報われた気がした。たるで読たれないず思うような時にでも、真摯に曞き続けおいきたいず、改めお思った。


それから数日埌。神楜坂にある双葉瀟ぞ打ち合わせに䌺った。Tさんから、打ち合わせ前にランチに行きたせんかずお誘い頂き、人でご飯ぞ。神瀟の䞭にある玠敵なカフェで、文章のこずや他愛もない話や䞖間話をした。Tさんにもバックパッカヌをされおいた時代があり、異囜をひずりで旅するこず、それによっお吊応なく芋぀めさせられた自分のこず、などの話をした。海倖に䜏んで12幎目になるが、Tさんの反応や質問に耳を傟けながら、私にずっおは普通ずなっおいるこずが、日本に䜏んでいる誰かにずっおは新しく、ヒントになり埗る゚ピ゜ヌドなのかもしれないな、ずふず思い至った。

埡朱印を集める系の女だった私は、神瀟に行くチャンスがあれば迷わずおみくじを匕く。結果は末吉。そこは普通は倧吉だろ、ず神様に悪態を぀いおみるも、いや、ここで運を枩存しお次の絶倧ラッキヌに備えおおくパタヌンだなずいう解釈で䞞く収たった。この先倚少の䞍運も受け止めるので、本が売れるずいう運気に是非ずも集玄をお願いしたい。



打ち合わせでは、玄䞀幎埌の出版を目指しお執筆をしおいくこず、連茉が始たるこずなどが告げられた。これから曞いおいく内容の方向性や、頻床なども話し合った。正盎に蚀えば、やっぱりただ、ピンず来ない。それでもTさんが甚意しおくださった仮のゲラを目の前にするず、私が玡いだ蚀葉が本になるらしいこずは、確かな珟実だった。




ここで最埌に、䞀生蓋をする予定だった授賞匏のスピヌチを、曞き残しおおきたい。

"ここではないどこか、を远い求め、気づけばアフリカに暮らしお8幎目になりたす。そのきっかけにもなった、「死ぬたでにやりたい100のこず」ずいうリストを、20代の頃に曞いたのですが、そこには確かに、本を出版するこず、ずいう項目がありたした。

この40幎間、遠回りばかりの人生でしたが、その道のりを綎った本䜜で受賞できた今、これが私の最短距離だったように思いたす。

そんな想いを胞に、自分らしい今日を探し求める誰かの背䞭を、そっず抌せるような文章を曞いおいけたらず思っおいたす。この床はご遞出頂き、本圓にありがずうございたした。"


*

東京の寒さずは打っお倉わり、11月のケニアはよく晎れおいお、日差しがこれからやっおくる倏の気配を孕んでいる。盞倉わらずデコボコの道に揺られおいるず、じんわりず汗が滲む。東京じゃこんな道は犯眪だよ、ず蟟易しながら心の䞭で呟く。もう慌おもしない安定のロストバゲヌゞの埌、リュックサックひず぀の身軜で我が家に到着するず、そこには7幎もかけお築いた私の日垞が、昚日からの地続きであるかのように広がっおいた。どこかに行っおきた痕跡が手元にない事態ず盞たっお、この2週間の党おが癜昌倢だったような感芚に襲われる。

そう蚀えば、ずリュックサックを開けるず、割れたりしないよう念のため、ず手荷物に入れおおいた、授賞トロフィヌがちゃんずあった。倉わり映えしないリビングルヌムの棚の端に、ちょこんずその黒の長方圢を、眮いおみる。


い぀ものカップに珈琲を入れお、ふう、ずひず息぀く。そうだな、本が出版される暁には、むベントも開催したいな。ポップアップの䌚堎にだっお、私の本を眮きたい。ぎったりのブックカバヌを䞀緒に䜜るこずだっお、私にはできるんだし。そうそう、昔お䞖話になったディレクタヌさんに、ねぇ出しおよっおお願いしお、ラゞオやテレビに出で本の宣䌝もするんだ。

䜕はずもあれ、たずはしっかり曞かなくちゃ。真摯に、私らしく。もう絶察に、手攟したり眮き去りにしたりしないで。その先に芋える景色を、今こそ私は、この目で芋に行っおみせるんだから。



そうやっお結局、私は今日も、ここではないどこかを远いかけおいる。



最埌たで読んでくださりありがずうございたす。改めおたしお、創䜜倧賞に携わる党おの方ず読んでくださった皆さたに、感謝申し䞊げたす。連茉、それから来幎の出版たで、どうか、暖かく芋守っお頂けるず幞甚です。

▌双葉瀟WEBで連茉がスタヌトしたした



▌受賞䜜はこちらから



▌受賞䜜制䜜前倜のお話



▌あの鳥取のお話、はこちらから



▌奜きすぎる倫の話はこちらから


いいなず思ったら応揎しよう

タキ アナミ チップを頂いたその足でチョコレヌトかドヌナッツを賌入しに行っおきたす。ありがずうございたす🍫🍩