昭和、渋谷で、恋をしたり 1-13 |初めての別れ話
初めての別れ話
1983年9月。
夏奈恵の部屋でキスをして、それでも先には踏み込めなかった夜。思い出すたびに虚しさがこみ上げ、ついたため息の数だけ想いは募った。
そして9月のある午後。大学のキャンパスの池のほとりで、ついに私は和美に別れを告げた。
和美も予想はできていたのだろう。驚いた様子は見せなかったが、それでもゆっくりと涙を流した。
その涙を見て、罪悪感が芽生えた。勝手なものだった。
和美とはキス以外にも、いろんな初めてを経験した。後にも先にもないような胸の高ぶりを共有し、終わりはないと思い込んでいた。
けれど、こんなにもあっけなく終わりを迎えると、淡い思い出は滑稽なものへと変わっていった。
思えば、ずいぶん恥ずかしいことも言った気がする。青春の真っただ中を酔いしれていた。
酒と同じ。冷めればなんてことはない。
でも、それだけでは割り切れない思いがくすぶった。勝手だったかもしれないが、和美に別れを告げた日だけは、そんな反省に心を沈めた。

2回目の「おはよう」
和美と別れた翌日だったが、プラネタリウムに行けば夏奈恵の姿を探していた。もっともっと夏奈恵のことを知りたかった。
そして、夏奈恵を誰もいない客席で見つけた。
初めて会った日のように投影機の側に立ち、星に吸い上げられるように真っ直ぐ立っていた。解説台では佐藤さんが上映の準備をしていた。
遠慮する必要なんかないはずなのに、佐藤さんの姿を見た瞬間、足を踏み入れてはいけない気がした。
「おはよう」
「おう、早いな」
夏奈恵から声をかけられ、つづいて佐藤さんも気の抜けた声を届けてくれた。
私は遠くから、届くか届かないかわからないくらいの声で挨拶をすませ、客席から逃げ出した。
そうしてグッズ売り場で息を整え、棚の整理をしていると、まもなく夏奈恵がやってきた。
「おはよう」
2回目の「おはよう」は、少し怖かった。
「ああ、うん……」
「『ああ、うん』じゃないでしょ。挨拶くらいちゃんとしなよ」
「したんだけど、聞こえなかったかな……」
「しても聞こえなかったら意味ないじゃん」
「まあ、そうなんだけど……」
自然に振る舞えない自分に苛立った。
それでも夏奈恵は、売り場にあった子供向けの星座表を手にすると、いつもと変わらない様子で話をつづけた。
「溝口さんはイルカ見たことある?」
「本物の?」
「そう」
「ないけど……」
「見にいかない?」
「え?」
「イルカの写真を部屋に置きたいの。だから自慢のカメラで撮ってよ」
やっと夏奈恵の顔を見ることができた。
二つ返事だった。
そして私はアルバイトが終わると、そのまま渋谷駅近くの「カメラのドイ」に向かい、奮発して新しいレンズを買ったのだった。
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かつて存在したカメラのドイ渋谷店は、現在のタワーレコード渋谷店のすぐそばにありました。リンクをクリックするとマップが表示されます。

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