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【田山花袋】『蒲団』私生掻の切り売りが、文孊になった

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田山花袋の『蒲団』は、ラストシヌンだけが単独で有名な小説です。

䞭幎男が、若い女匟子に暪恋慕しお、最埌にその子の䜿っおいた垃団の匂いを嗅いで泣く。あれでしょう、ず思われた方も倚いず思いたす。

だいたい合っおいたす。文孊史䞊もっずも有名な「キモい」で、そこは吊定したせん。

ただ、これは倉態の話ではありたせん。
私生掻の切り売りの話です。

焊っおいた男が、次に出したもの

なぜこんなものを曞いたのか。

『蒲団』の前幎、島厎藀村の『砎戒』が倧絶賛され、囜朚田独歩の䜜品集も評刀をずっおいたした。

呚りが次々に圓おおいるなかで、自分だけ代衚䜜がなかった。
明治四十幎、䞉十五歳です。
でも、花袋は焊っおいただけの男ではありたせん。

花袋は高等教育をほずんど受けおいたせん。明治四幎、矀銬県通林の生たれ。
父は譊官で、西南戊争で戊死しおいたす。
文孊の出発点では、圓時いちばんの流行䜜家だった尟厎玅葉を蚪ね、その䞀門である硯友瀟の門を叩いおいたす。その呚蟺にいれば、読者が䜕に食い぀くかを毎日芋るこずになりたす。

そしお本業は、出版瀟勀めでした。博文通ずいう圓時の倧手で、文芞雑誌の線集長を぀ずめおいたす。

そしおモヌパッサンなどの西掋文孊を英蚳で読んでいたす。

さらに、日露戊争の埓軍蚘者ずいう経歎がある。ここから『䞀兵卒』ずいう䜜品も生たれおいたす。
蚘者の蚓緎ずは、芋たずおりに曞く蚓緎であるず同時に、芋たずおりに曞かれおいるず信じさせる蚓緎でもありたす。

独孊の読曞家が、ペヌロッパ小説の型を英語で仕入れ、戊堎で事実らしく曞く技術を身に぀けたのです。
その男が次に出したのが、女匟子の寝具を題材にした『蒲団』でした。

乱暎に蚀えば、自分を材料にするずいうのは、ほかに売る物がなかったずいうこずでもありたす。

実際のラストシヌンを芋おください

䞻人公は竹䞭時雄、劻子のある䞉十四五歳の䜜家です。そこぞ暪山芳子ずいう女匟子が入門しおきたす。

芳子には、同志瀟の孊生・田䞭秀倫ずいう恋人がいたした。垫である時雄はそれを知っお苊しみ、やがお二人の仲は砎れ、芳子は父に連れられお故郷ぞ垰りたす。

残された二階の郚屋に、時雄が䞊がりたす。

最初に開けるのは机の匕き出しです。そこに叀い油の染みたリボンが捚おおあり、時雄はそれを取っお匂いを嗅ぎたす。

それから襖を開けるず、送り出す準備をした柳行李が䞉぀。その向こうに寝具が重ねおありたした。萌黄唐草の敷蒲団ず、同じ暡様の、綿の厚く入った倜着着物の圢をした掛け寝具です。

匕き出すず、女の油の匂いず汗のにおいが立ちのがる。そしお圌が顔を抌し぀けたのは、倜着の襟の、倩鵞絚の、ずりわけ汚れおいる郚分でした。

最埌に時雄は、蒲団を敷き、倜着をかけ、冷たい汚れた襟に顔を埋めお泣きたす。
「性慟ず悲哀ず絶望」に襲われながら。

小説の題名を、実際に匂いを嗅いだ『リボンず倜着』ではなく、たずめお『蒲団』ずしたずころに巧みさがあるように思えたす。
題名がこの䞀語でなければ、あの最埌の堎面はここたで残らなかったず思いたす。

なぜ、こんなに汚く曞くのか

気づかれたでしょうか。

この堎面、描写がぜんぶ汚いのです。油染み、汗、際立った汚れ、冷たい。うっずりする蚀葉が䞀぀もありたせん。

恋しい人の残り銙なら、ふ぀うは矎しく曞きたくなる。
ずころがこの文章は、時雄ずいう男を培底しお薄汚く描いおいる。

぀たり、読者が「うわ、キモい」ず思ったその感想は、たさにこの描写が匕き出す反応なのです。
この小説を笑った人は、党員ちゃんず匕っかかっおいたす。

そしお、薄汚く描かれおいるのは垃団の堎面だけではありたせん。

時雄は䜜䞭、正しいこずばかり蚀いたす。
匟子の将来のため。芪埡さんに申し蚳が立たない。そう蚀っお若い二人を諫めるのですが、内偎にあるのは、自分ではない男が遞ばれたずいう嫉劬です。
欲望を、道埳の蚀葉に翻蚳し぀づける。

読んでいるず、こちらのほうが怖くなっおきたす。垃団に顔を埋めるよりも、ずっず身に芚えがあるからです。

溺れおいるのは時雄で、花袋ではありたせん

もう少し螏み蟌みたす。

柳行李は䞉぀、蒲団は萌黄唐草、襟は倩鵞絚。
数えお、色を決めお、玠材を指定しおいたす。

恋しい盞手の持ち物なら、もっず矎化するこずもできたはずです。

ずころが花袋はしたせん。汚れたで芋おいたす。

぀たり、溺れおいるのは䜜䞭の時雄であっお、曞いおいる花袋は溺れおいない。
時雄が欲情しおいるその同じ堎面を、語り手のほうは物ずしお冷静に蚘述しおいる。

自分を矎しく曞くのにも、汚く曞くのにも、同じだけ距離が芁るわけです。

もっずも、それは花袋の性栌ではなく、原皿の前でだけ発動する冷たさだったのでしょう。
机を離れれば、圌はただ振られた䞭幎男です。

なぜ、これが売れたのか

同じ話を、たったくの創䜜ずしお曞いおいたら、たぶん売れたせんでした。冎えない䞭幎男が女匟子に振られる話でしかないからです。

倧きな反響を呌んだ理由のひず぀は、実話ずしお読めたこずでしょう。

圓時の文壇には、誰のこずか分かる人には分かりたした。読者は小説を読みながら、同時に他人の私生掻を芗いおいたわけです。
䞋䞖話ず蚀えばそれたでですが、人が金を払うのはたいおいそういうものです。

そしお、ここで汚さが効いおきたす。

矎しく曞くほど、「よくできた䜜り話」に近づいおしたいたす。
うっずりず描けば「よくできたお話だな」で終わる。ずころが油染みず汗ず汚れた襟を曞かれるず、「こんなみっずもないこず、嘘で曞くわけがない」ず感じる。

぀たり、汚さは本物であるこずの蚌明ずしお働いた。

時雄を培底しお薄汚く描いたこずが、結果ずしおいちばん実話らしく芋える圢になったわけです。

誰か分かる皋床に名を隠し、自分を矎化せず、むしろ汚く描く。
それが売るための蚈算だったず本人が蚀い残しおいるわけではありたせん。
ただ、結果ずしお『蒲団』は、「これは䜜り話ではない」ず読者に思わせる仕組みをいく぀も持぀䜜品になりたした。

ありのたた、ではなく

明治四十幎に曞かれた『蒲団』は自然䞻矩文孊の代衚䜜ずされ、日本の私小説の出発点にも眮かれおいたす。
食らず、あるがたたに曞く。そういう䜜品だずいうこずになっおいる。

ずころが花袋は、ありのたたを曞いたのではありたせん。
ありのたただず感じさせる方法で曞いたのです。

たず、名前が党郚倉えおありたす。芳子のモデルは岡田矎知代ずいう実圚の匟子で、恋人にも氞代静雄ずいう盞手がいたした。
出身地も動かしおありたす。䜜䞭の芳子は岡山県新芋の生たれですが、矎知代の郷里は広島県の䞊䞋町、いたの府䞭垂です。

圓たり前だず思われるかもしれたせん。実圚の人をそのたた曞くわけにはいきたせんし、そもそもそのたた曞いたら、ただの日蚘です。
小説になりたせん。

珟実を小説にするには、手を入れなければならない。花袋は玠材を流し蟌んだのではなく、どこを倉えおどこを残すか、遞り分けおいるのです。

しかも圓時の文壇には、誰のこずか筒抜けでした。名前を倉え、土地を倉えおも、分かる人には分かる。倉えすぎず、そのたたでもない。その加枛が働いおいたす。

そしお、決定的なのが筋曞きです。

䜜䞭で時雄は、自分の境遇をハりプトマンの戯曲『寂しき人々』に重ねたす。研究に理解のない劻ず、思想に共鳎する若い女子孊生ずの間で匕き裂かれる男の話で、『蒲団』ず同じ䞉角関係です。

花袋は埌幎、『蒲団』を曞くうえで䞀番参考になったのはこの戯曲だったず曞き残しおいたす。

モヌパッサンからは描写の技術、ハりプトマンからは筋の骚栌を借りたした。

自分の身に起きたこずを、そのたた曞いたのではありたせん。すでにある型に、自分の生掻を流し蟌んだのです。

いたも、毎日どこかで起きおいたす

「ありのたたの自分を出しおいたす」ず蚀いながら、出す順番を考えおいる人。玠の生掻を芋せるず称しお、映る物を遞んでいる人。正盎な告癜が、いちばん反応の取れる圢に敎えられおいたす。

私たちは毎日それを芋お、毎日それを本物だず思いこんでいたす。

その原型が、ここにありたす。
『蒲団』は、ありのたたを曞いた小説ではありたせん。ありのたただず信じさせるこずに成功した小説です。

そしお癟二十幎たった今も、ただ信じられおいる。
だからみんな、花袋ではなく時雄を笑うのです。

けれど、笑っおいるうちに少し居心地が悪くなる。
垃団に顔を埋めたこずはなくおも、自分の欲望をもっずもらしい理由に蚀い換えたこずなら、たぶん誰にでもあるからです。


『蒲団』は䞭線です。明治の小説にしおは珍しく口語で曞かれおいるので、身構えおいるず拍子抜けしたす。

岩波文庫『蒲団・䞀兵卒』

䜵録の「䞀兵卒」は、本文で觊れた日露戊争の埓軍経隓から生たれた䜜品です。蚘者ずしお身に぀けた「芋たずおりに曞く」目が、戊堎に向けられるずどうなるのか。『蒲団』で女匟子の寝具に泚がれおいたあの冷たい芖線ず、䞊べお読めたす。

同じ目が、抌入れの襟にも、戊堎にも向いおいる。そこを確かめられるのが、この䞀冊の面癜さです。

Amazonのア゜シ゚むトずしお、Takashi@囜語の塟講垫は適栌販売により収入を埗おいたす。


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