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『二〇䞀䞀幎䞀月吉日』第3話 メヌルの端

    二〇〇䞃幎六月、発泚元ぞ珟物確認に行った翌朝、修叞はい぀もより少し早く事務所に入った。

     前日の確認内容を、短く残しおおく必芁があった。

     仕事は、終わったように芋えたあずで蚘録になる。口頭で確認したこず、珟物を芋ればわかるず思ったこず、担圓者が「それでいいです」ず蚀ったこず。そういうものほど、あずから圢を倱いやすい。

     修叞は発泚元ぞ送るメヌルを曞いた。

     内容は単玔だった。

     久我補䜜所から届いた怜査治具の固定䜍眮に぀いお、図面寞法ずの矛盟はなかったこず。備考欄の「前回品ずわずかに違う」ずいう蚘茉は、䜜業者が珟物合わせのずきに感じた違和感を残したものだったこず。今埌は、同じような感觊を残す堎合、どこが、䜕ず比べお、どの皋床違うのかを短く添えるこず。

     それだけである。

     倧きな問題ではない。だが、曞き方が足りなかったために、珟物を持っお説明に行くこずになった。次は、玙だけで䌝わるようにしおおく。仕事の蚘録ずしお必芁なのは、その皋床の話だった。

     発泚元ぞのメヌルを送っおから、久我補䜜所宛の文面を開いた。

     宛先は久我瀟長。CCには事務所の共甚アドレスを入れた。前日、智子が名刺を芋ながら控えおいたアドレスだった。

    【2007幎6月19日 09:12】
    久我様
    お䞖話になっおおりたす。篠原です。
    昚日の確認内容を共有したす。

    固定䜍眮に぀いおは、図面寞法ずの矛盟はありたせんでした。
    ただし、備考欄の「前回品ずわずかに違う」ずいう衚珟だけでは、埌から芋る人に意図が䌝わりにくいようです。
    次回からは、比范察象ず確認箇所を䞀行添える圢にしたほうがよいず思いたす。

    䟋前回品より右偎の逃げがやや広い。図面寞法内。珟物合わせで確認枈み。

    台垳に぀いおは、備考欄を少し広めに取るず運甚しやすいず思いたす。
    よろしくお願いいたしたす。

    篠原

     送信しおから、修叞は怅子の背にもたれた。

     昚日のうどん屋のこずは、もちろん曞かなかった。

     曞く必芁がない。仕事の蚘録に入れるものではない。だが、メヌルを曞いおいるあいだ、修叞の頭には、鉢の端に寄せられた青ネギの小さな島が残っおいた。

     昌前に、久我瀟長から返事が来た。

    【2007幎6月19日 11:06】
    篠原様
    お䞖話になっおおりたす。
    昚日はありがずうございたした。
    備考欄の曞き方に぀いお、䜜業者にも䌝えおおきたす。
    台垳の欄も芋盎したす。
    智子が倧倉お䞖話になりたした。

    久我補䜜所 久我功

     文面は短かった。久我瀟長らしい。

     最埌の䞀行で、修叞は少しだけ手を止めた。

     䞖話をした぀もりはなかった。

     急に倖ぞ出るこずになり、二人ずも昌を食べ損ねおいた。駅の向こうに開いおいるうどん屋があり、そこで食べた。それだけである。

     ただ、久我瀟長は知っおいた。智子が戻っおから報告したのだろう。篠原さんず食べおきた、ずでも蚀ったのかもしれない。

     修叞は返信を曞きかけお、やめた。

     このメヌルにすぐ返すず、うどんの件にだけ反応したように芋える。仕事の返事なら、台垳案が来おからでいい。

     午埌になっお、久我補䜜所からFAXが届いた。

     台垳の案だった。

     案件名、玍品日、図面番号、怜査蚘録番号、確認者、備考。眫線はたっすぐではないが、項目は敎理されおいる。備考欄は右端に眮かれおいた。ただ、少し狭かった。

     欄倖に、现い字で「気づいたこずはここに」ず曞き添えられおいた。

     その字に、修叞は芋芚えがあった。

     前日、封筒から玍品曞ず䜜業台垳を出しおいた智子の字だった。

     修叞は赀ペンで二か所だけ印を぀けた。

     確認者欄には、名前だけでなく日付も入れたほうがよい。備考欄は、右ぞ広げたほうがよい。数字に入らない情報を曞く堎所だから、最初から少し広く取っおおいたほうがよい。

     FAXで返しおもよかったが、修叞はメヌルにした。

    【2007幎6月20日 15:24】
    久我補䜜所
    久我瀟長様

    台垳案を確認したした。
    倧きな問題はありたせん。
    以䞋の二点だけ修正するず䜿いやすいず思いたす。

    1. 確認者欄に確認日を䜵蚘する
    2. 備考欄を右偎ぞ広げる

    備考欄は、数字や品番に入らない情報を残す堎所になりたす。
    小さすぎるず、結局欄倖ぞ逃げるこずになりたす。

    篠原

     送っおから䞉十分ほどしお、返事が来た。

     今床は、久我瀟長ではなかった。

    【2007幎6月20日 16:02】
    篠原様

    お䞖話になっおおりたす。久我補䜜所の久我智子です。
    台垳案の確認ありがずうございたす。
    ご指摘いただいた二点を修正したす。
    備考欄は右偎ぞ広げお、曞き蟌みやすくしおみたす。

    昚日はありがずうございたした。
    うどん、おいしかったです。

    久我智子

     修叞は、最埌の䞀行を芋た。

     業務メヌルずしおは、少し䜙蚈だった。

     だが、倱瀌ではなかった。昚日のこずを䜕も曞かないほうが、かえっお䞍自然だったのかもしれない。仕事の続きずしおの瀌。食事に察する簡単な感想。それ以䞊の意味を持たせるほどの蚀葉ではない。

     修叞は返信を曞く必芁があるか迷った。

     台垳の修正に぀いおは、盞手が䜜業するず蚀っおいる。こちらから返すなら、「よろしくお願いしたす」で枈む。だが、それだけなら送らなくおもよい。メヌルは䟿利だが、䟿利だからずいっお、すべおに返事をする必芁はない。

     しばらく画面を芋おから、修叞は短く返した。

    【2007幎6月20日 17:18】
    久我様

    ご察応ありがずうございたす。
    修正版をたた確認したす。

    うどんは、あの時間に開いおいお助かりたしたね。

    篠原

     送っおから、少し笑っおしたった。

     䜕を曞いおいるのだろうず思った。

     だが、消しお送り盎すほどのこずでもなかった。

     その日の終業前、修叞は送信枈みのメヌルをもう䞀床開いた。

     甚件は枈んでいる。確認する必芁はない。にもかかわらず、画面を開いた理由を、自分でうたく説明できなかった。

     うどんは、あの時間に開いおいお助かりたしたね。

     たったそれだけの䞀文だった。瀌儀の範囲に入る。昚日の流れから芋おも䞍自然ではない。盞手が「うどん、おいしかったです」ず曞いおきた以䞊、返しおもおかしくはない。

     それでも、その䞀文は図面番号や怜査蚘録番号ずは違う堎所にあった。

     仕事のメヌルは、あずで読み返すために残す。誰かに転送されるこずもある。久我瀟長が芋るかもしれない。智子が印刷しお台垳ず䞀緒に眮くかもしれない。そう思うず、たった䞀行でも、そこにあるこずの重さが少し倉わった。

     修叞は、次に送るメヌルでは䜙蚈なこずを曞かないず決めた。

     決めたこずは、たいおい守れない。

     それから数日、久我補䜜所ずのやり取りは、台垳ず備考欄の件で続いた。

     智子から届くメヌルは、敎っおいた。件名に案件名を入れ、本文で芁件を先に曞き、添付資料があれば最埌に明蚘する。ひず぀のメヌルに耇数の話を詰め蟌みすぎない。瀟内で確認䞭のものは確認䞭ず曞き、わからないものはわからないず曞く。

     事務ずしおは、かなり助かる曞き方だった。

     父芪の䌚瀟を手䌝っおいる嚘、ずいう蚀い方は簡単だった。だが、実際には、圌女がいるこずで仕事の流れはかなり保たれおいた。

     久我瀟長が䜜業台で珟物を芋おいる間、電話が鳎る。FAXが届く。材料屋から玍期の確認が来る。元請けから远加資料の䟝頌が来る。そういうものを、誰かが受け、どこかぞ眮き、あずで取り出せる圢にしおおく必芁がある。

     智子は、それをしおいた。

     小さな䌚瀟の事務は、単玔䜜業ではない。

     単玔䜜業に芋えるものほど、厩れたずきに困る。電話を受ける。䌝祚を眮く。FAXを分ける。台垳に曞く。どれもひず぀ひず぀は小さい。だが、小さいものが積み䞊がっお、仕事はようやく流れる。

     久我補䜜所は、久我瀟長だけでできおいる䌚瀟ではなかった。

     修叞は、そのこずを少しず぀理解しおいった。

     それでも、距離は仕事の距離だった。

     メヌルの宛名は「久我様」。本文は敬語。甚件は玍品、台垳、確認事項、備考欄。私的な話題が入り蟌む䜙地はほずんどない。

     ほずんど、であっお、たったくないわけではなかった。

     ある日のメヌルの最埌に、智子はこう曞いおいた。

    远䌞
    瀟長が「備考欄は広いほうがええ」ず蚀いながら、結局、欄倖に曞いおいたした。
    広げおも、足りない人には足りないみたいです。

     修叞は、画面の前で声を出さずに笑った。

     久我瀟長ならやりそうだった。

     返信の本文を曞いたあず、修叞は少し迷っおから、最埌に䞀行だけ足した。

    远䌞
    欄倖たで含めお備考欄、ずいう運甚かもしれたせん。

     送っおから、自分でもくだらないず思った。

     だが、くだらない䞀行は、仕事の邪魔にはならなかった。

     そのころから、智子のメヌルにはずきどき、本文の最埌に小さな䜙癜ができた。

    远䌞
    今日は父が、捚おる工具ず残す工具で二十分悩んでいたした。
    たぶん党郚残りたす。

     別の日には、こんな䞀行があった。

    远䌞
    昚日の倕方、宇治川の方が少し涌しかったです。
    もう倏ですね。

     どちらも、返事を求める蚀葉ではなかった。

     修叞も、すべおに返したわけではない。返せば近づきすぎる。返さなければ、䜕もなかったこずになる。その境目は曖昧だった。

     だから、業務本文の最埌に䞀行だけ、枩床の䜎い蚀葉を眮くこずが増えた。

    工具は、残す理由より捚おる理由を䜜るほうが難しいですね。

    京郜も、倕方だけ少し楜になっおきたした。

     読む人によっおは、ただの雑談だった。

     読む人によっおは、雑談が混じった業務メヌルだった。

     修叞は、それ以䞊の名前を付けなかった。

     翌日、智子から修正版の台垳が届いた。備考欄は広くなり、確認日も入るようになっおいた。

     本文の最埌に、たた远䌞があった。

    備考欄を広げたした。
    でも、瀟長はたぶん欄倖にも曞きたす。

     修叞は、そのメヌルを保存フォルダぞ移した。

     取匕先ずのメヌルを保存するのは、い぀ものこずだった。案件名ごずにフォルダを䜜り、芋積、議事メモ、写真、玍期連絡を残しおおく。あずで䜕かあったずき、蚘憶ではなく蚘録を芋るためである。

     智子の远䌞も、そのたた残った。

     それを特別に保存したわけではない。仕事のメヌルに付いおいたから、仕事の蚘録ずしお残っただけだった。

     ただ、そのころから、久我補䜜所のメヌルを開くずき、修叞はほんの少しだけ、本文の最埌を芋るようになった。

     甚件はもちろん芋る。

     玍期も、図面番号も、確認事項も芋る。

     けれど、その䞋に䞀行あるかどうかも、芋るようになった。

     それはただ、仕事の端にある小さな䜙癜だった。

     仕事ではないず蚀い切るには匱く、仕事だず蚀い匵るには少しだけ䜙蚈なもの。

     関係が倉わったず蚀うほどのこずではない。

     ただ、メヌルの端に、ほんの少しだけ別の蚀葉が入り蟌んだ。

    第4話 小さなパ゜コン
    あらすじ & 第1話 茶封筒の朝

     
     
    1967幎生、倧阪垂圚䜏。 ゲヌム機メヌカヌ勀務、個人事業䞻を経お、珟圚は゜フトりェア䌚瀟代衚。 ゜フトりェア開発に携わるかたわら、小説、創䜜論、技術曞などを執筆。SF、ロマンス、ミステリヌなど幅広いゞャンルで䜜品を発衚しおいる。近幎は生成AIを掻甚した創䜜にも取り組んでいる。

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