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勝たせる側に回る技術——野球でエースになれなかった私が、組織を勝たせるプロになるまで

    甲子園のスタンドで、応援団長として指揮をとる。

    甲子園のスタンドは、想像よりずっと暑い。

    コンクリートの照り返しで足元から熱が上がってくる。学ランは汗でびっしょり、声はとっくに枯れている。それでも私は応援を続けていた。
    グラウンドで戦っているのは、私ではない仲間たちだ。

    私は高知の明徳義塾高校で硬式野球部に所属していた。
    全国から選手が集まる強豪校。
    甲子園を本気で目指す環境で3年間を過ごし、チームは実際に甲子園の土を踏んだ。

    ただし、私はレギュラーになれなかった。

    背番号をもらって試合に出る側ではなく、控え選手として、打撃投手として、そして応援団長として高校野球を終えた。ひと言でいえば「エースになれなかった男」だ。

    35年の人生を振り返ったnoteもぜひご覧ください。

    正直に書く。
    悔しかった。試合に出たい気持ちは当然あったし、
    「なんで自分じゃないんだ」と思ったことは一度や二度ではない。
    同じ時間、同じ練習をしてきたはずなのに、ユニフォームの汚れ方が違う。あの感覚は、15年以上経った今でも身体が覚えている。

    だが、社会に出て14年。
    リクルートで約2,000名の営業の中から通期MVPを獲り、事業会社で赤字事業を3ヶ月で黒字化し、複数のマネージャーを育て、M&AやPMIまで経験した今、はっきり言えることがある。

    私のキャリアの土台は、試合に出ていた時間ではなく、出られなかった時間につくられた。

    この記事は、「主役になれなかった人間が、どうやって“組織を勝たせるプロ”になったのか」の話だ。
    そしてそれは、才能の話ではなく、誰でも今日から使える技術の話である。

    勝敗は、試合に出ている選手だけで決まらない

    控えに回った人間には、二つの道がある。腐るか、視点を変えるか。

    私は最初、普通に腐りかけた。
    だがあるとき、スタンドやブルペンという「主役ではない場所」からしか見えないものがあることに気づいた。

    勝敗は、試合に出ている9人だけで決まっているわけではない。
    練習の空気、準備の質、ベンチの声、流れが悪いときの雰囲気——スコアブックに残らない無数の要素が、勝ち負けに確実に影響している。
    グラウンドの中にいると見えないものが、外からは驚くほどよく見える。

    そこで私は、問いを変えた。

    「なぜ自分は試合に出られないのか」ではなく、
    「このチームが勝つために、自分は何を担えるのか」。

    打撃投手として、少しでも実戦に近い球を投げる。
    相手校のエースの球筋を研究し、打者が本番で戸惑わないように再現する。控えとして、外から見えた癖や流れをベンチに伝える。
    応援団長として、劣勢のときほど空気を切らさない。

    役割を「出場」以外のところで定義し直した瞬間、悔しさの置き場所が変わった。
    悔しさは消えない。
    だが、腐る理由にするのか、誰かを勝たせる力に変えるのかは、自分で選べる。私は後者を選んだ。

    チームが甲子園に出たとき、私の名前はメンバー表になかった。それでも、あの勝利の何割かは自分がつくったと、今でも思っている。
    傲慢に聞こえるかもしれない。
    だが「勝たせる側」の人間は、その自負を持っていい。
    持たなければ、続かない。

    高校野球が私に教えたのは、野球の技術ではない。「勝つ側に立つ」ことと「勝たせる側に回る」ことは、別のスキルであり、後者は選べるということだった。

    リクルート1年目、私は「編集」を覚えた

    リクルートに入社した私は、最初、典型的な“がむしゃら型”だった。
    行動量は誰にも負けない。目の前の数字に必死。
    だが今振り返ると、当時の私は経験を経験のまま垂れ流していた。

    転機は、振り返りのやり方を変えたことだ。

    それまでの振り返りは「頑張れたか」「準備が足りなかったか」という反省が中心だった。
    これをやめて、受注した商談を解剖するようにした。

    なぜ受注できたのか。
    どの一言が効いたのか。
    どの条件が揃うと自分は勝ちやすいのか。
    商談の入り方、課題の拾い方、提案の順番、刺さった訴求、そして失注のパターンまで、すべて分解して言語化する。

    重要なのは、その振り返りを自分の頭の中で終わらせず、次の商談に持ち込める「型」に変換したことだ。
    私はこれを「経験の編集」と呼んでいる。

    反省は過去を評価する行為だが、
    編集は素材を次に使える形へ作り変える行為だ。
    同じ1時間の振り返りでも、生み出すものがまったく違う。

    ここから、成長の速度が目に見えて変わった。
    入社初月から19ヶ月連続で新規顧客を獲得し、21ヶ月連続で全指標を達成。6四半期連続で営業部表彰を受け、約2,000名の営業の中から通期MVPをいただいた。

    誤解してほしくないのだが、これは「私に営業の才能があった」という話ではない。
    むしろ逆だ。天才型の営業は、勝った理由を説明できないことが多い。
    説明できないから、再現もできないし、人にも渡せない。

    私は主役型の才能がなかったからこそ、勝ち筋を言語化するしかなかった。

    たとえば、あるとき失注が続いた時期がある。
    以前の私なら「準備不足を反省し、もっと頑張る」で終わっていただろう。だがこのときは、失注した商談を並べて共通点を探した。
    すると、失注している商談はすべて、初回訪問で相手の「本当の意思決定者」に会えていないことがわかった。
    目の前の担当者を説得することに全力を注ぎ、その先で提案が止まっていた。次の月から、初回商談の目的を「受注に近づくこと」から「意思決定の構造を把握すること」に変えた。
    連敗は止まり、以降このチェック項目は私の型の一部になった。

    努力の量は、連敗中も変わっていない。変わったのは、負けを編集したかどうかだけだ。

    そして言語化された勝ち筋は、私だけのものではなくなる。
    実際、自分の商談資料やナレッジを全国のメンバーに展開したとき、気づいたことがある。

    高校時代に打撃投手としてやっていたことと、構造がまったく同じだ。

    相手投手を研究し、再現し、打者に渡す。営業の勝ちパターンを研究し、型にして、仲間に渡す。
    自分の球で三振を取ることと、仲間がヒットを打てる球を投げること。
    私が磨いてきたのは、一貫して後者だった。

    個人の勝ちを、組織の勝ちに変換する

    「勝たせる側」のスキルが本当に試されるのは、マネジメントと事業のフェーズだ。

    クラウドワークスに移った私は、インサイドセールスの立て直しを担った。属人的な頑張りに依存していた商談設定を、基準の定義とセールスモデルの更新によって仕組みに変え、商談設定数を200件から1,000件へと伸ばした。

    個人がMVPを獲るのと、組織の数字を5倍にするのとでは、使う筋肉が違う——と言われることが多い。だが私の実感は逆で、本質は同じ筋肉だ。「なぜ勝てたのかを分解し、再現可能な形に編集し、人に渡す」。
    主語が自分からチームに変わっただけである。

    その後、既存事業の本部長を経て、
    グループ会社の取締役として、赤字事業の再建を任された。
    ここでも私がやったことの核は変わらない。

    まず、事業が「どういうときに勝てているのか」を徹底的に分解した。売上の構造を見ると、単発の受託収益(フロー)に依存し、勝っても翌月ゼロからやり直す構造になっていた。そこで継続収益(ストック)型へ収益構造を組み替え、勝ちが積み上がる設計に変えた。
    結果、事業は3ヶ月で黒字転換し、その後年間135%成長。

    黒字化の詳細な手順は別の機会に譲るが、ここで強調したいのは一点だけだ。

    赤字事業とは、「頑張っていない事業」ではない。
    「勝ちが編集されず、流れ出ている事業」だ。

    現場は必死に働いている。それでも赤字なのは、勝った理由が構造化されず、毎回ゼロから戦っているからだ。これは、練習量は多いのに勝てないチームと同じである。
    必要なのは根性の追加ではなく、勝ちを溜める設計だった。

    5人のマネージャーと、「任せ方」の設計図

    既存事業再建の過程でも、もう一つの挑戦があった。6ヶ月で5人のマネージャーを立ち上げる必要があったのだ。
    営業、事業推進、バックオフィス、カスタマーサクセス、キャリアアドバイザー。各グループに責任者を置かなければ、事業は回らない。

    候補者の多くはマネジメント未経験で、自信がない者もいた。
    ここで私が痛感したのは、「任せる」とは仕事を渡すことではないということだ。
    仕事だけを渡せば、丸投げになる。かといって細かく指示すれば、育たない。

    試行錯誤の末にたどり着いたのは、任せるときに渡すものを5つに分解する型だった。

    ① 目的を渡す(Why)。「この資料を作って」ではなく、「この資料で役員が意思決定できる状態をつくりたい」と、仕事の意味ごと渡す。

    ② 成果基準を渡す(What)。「いい資料」ではなく「5分で意思決定できる資料」。成功の定義を曖昧にしない。目標が具体的であるほど成果が上がることは、エドウィン・ロックの目標設定理論でも裏づけられている。

    ③ 思考の余白を渡す(How)。やり方は握りすぎない。方法は本人に考えさせ、途中で問いを投げる。自律性のある環境ほど人は伸びる——これは自己決定理論が示すとおりだ。

    ④ 責任を渡す(Ownership)。「担当」ではなく「責任者」にする。最終判断を任せ、結果も引き受けてもらう。当事者意識はここで初めて生まれる。

    ⑤ 振り返りを渡す(Learning)。任せっぱなしにしない。何がうまくいき、何を学び、次にどうするか。経験を学習に、学習を再現性に変換する場を設計する。

    ひと言でまとめれば、最高のマネージャーとは、仕事を渡す人ではなく、“成長する構造”を渡す人だ。

    お気づきだろうか。この5要素は、私が高校時代と営業時代にやってきたことの再演である。相手が勝てる球を投げること。勝ち筋を型にして渡すこと。主役はあくまで本人で、私は本人が勝つための構造をつくる。6ヶ月後、5人は全員マネージャーとして立ち上がり、事業の成長を牽引する側に回った。


    「勝たせる側に回る技術」を、あなたの明日に翻訳する

    ここまでは私の話だ。
    最後に、これを読んでいるあなたが今日から使える形に翻訳したい。
    「勝たせる側に回る技術」は、次の3ステップに集約できる。

    ステップ1:役割を「出場」以外で再定義する。 あなたが今、主役になれていないとしても——希望の部署ではない、大きな案件を任されない、会議で発言権がない——問いを変えることはできる。「なぜ自分が選ばれないのか」ではなく「このチームが勝つために、自分の位置からしか担えないことは何か」。控えだからこそ見える景色は、必ずある。外から見えた癖や流れを言葉にしてベンチに届けるだけで、あなたはもう勝敗に関与している。

    ステップ2:経験を「反省」せず「編集」する。 うまくいった日こそ振り返る。なぜ勝てたのか、どの一手が効いたのか、どの条件で自分は勝ちやすいのかを分解し、次に持ち込める型に変換する。反省会は過去に向かうが、編集は次の勝ちに向かう。ノート1ページでいい。「今日の勝因を、明日使える一文にする」。これを続けた人間と続けなかった人間の差は、1年で埋められないほど開く。

    ステップ3:自分の勝ちを、人に渡せる形にする。 編集した型を、自分の中に溜め込まない。資料にして、言葉にして、仲間に渡す。個人の勝ちを組織の勝ちに変換できる人間は、どの組織でも希少で、代替が利かない。皮肉なことに、「勝ちを手放す人」ほど、組織の中で価値が上がっていく。

    この3つに、才能は一切必要ない。必要なのは、悔しさの置き場所を自分で選ぶ意思だけだ。

    なお、よくある誤解を二つだけ解いておきたい。

    一つ目。
    「勝たせる側に回る」とは、主役を諦めることではない。むしろ逆で、勝たせる技術を持つ人間ほど、後に大きな役割を任される。私自身、高校野球で挫折しかけた経験から、事業責任者としてグラウンドの真ん中に立つ日が来た。勝たせる側の経験は、主役になったときに最も効く。
    チームの見えない勝因を知っている主役は、強い。

    二つ目。
    「勝たせる側」とは、自己犠牲でも縁の下の我慢でもない。打撃投手を務めていたとき、私は誰よりも相手投手を研究していた。つまり、勝たせる側は誰よりも成長する側でもある。人に渡すために言語化した知識は、渡した本人の中に最も深く残る。与えることと伸びることは、対立しない。

    主役でなくても、組織は勝たせられる

    キャリア論の多くは「主役になる方法」を説く。
    目立て、選ばれろ、一番になれ。もちろんそれも一つの道だ。

    だが、組織の勝敗を本当に左右しているのは、いつだって「勝たせる側」の人間たちだ。打撃投手がいないチームの打線は仕上がらない。ナレッジを渡す先輩がいない営業組織は伸びない。成長する構造を設計するマネージャーがいない事業は、個人の頑張りとともに燃え尽きる。

    そして「勝たせる側」は、選ばれるものではなく、選ぶものだ。
    レギュラー発表を待つ必要はない。今日、この瞬間から回れる。

    私のミッションは「個と組織の成長を促し、個性と才能が発揮される社会を実現する」ことだ。大げさな言葉に聞こえるかもしれないが、原点は単純で、甲子園のスタンドで声を枯らしていた18歳の自分にある。自分が主役でなくても、組織を勝たせることはできる。やり切れば、時間がかかっても必ず報われる。あのとき身体で覚えた確信を、私は14年間の社会人生活で一度も裏切られていない。

    エースになれなかったことは、今でも少し悔しい。

    だが、エースになれなかったからこそ手に入れた技術で、私は今日も誰かを勝たせている。

    もしあなたが今、主役になれない場所にいるのなら。
    その場所は、キャリアの待合室ではない。
    「勝たせる側」という一生モノの職能を身につけられる、最高の練習場だ。

    スタンドから見える景色は、思っているより悪くない。
    むしろ最高の景色だし最高の経験でした!

    #創作大賞2026 #ビジネス部門

     
     
    私のミッション「個と組織の成長を促し、個性と才能が発揮される社会を実現する」を軸に日々精進。株式会社ソニックムーブ 取締役【経歴】学生起業でブライダルジュエリー&ダイヤモンドの専門店を経営→株式会社リクルート→M&A業界→人材、IT業界で事業責任者、M&AとPMIなどを担当

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