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「父の呪縛」~立ち眩みの観測者~

    父には二つの口癖がありました。「勝負だ」と「見破った」です。幼いころより、この二つを言われながら育ったわたしが、どのような思考回路を持つに至ったのか。今日はそんなお話です。

    父はこんな人物です。

    零細企業の社長で、肉体労働者。若くして独立しました。母と二人で卸売店を営み、母が亡くなったあとはパートのおばちゃんを雇いました。

    父は貧しい家に育ち、中卒で丁稚奉公に出されて、大変な苦労をしています。ですので「商売とは何ぞや」が体に叩き込まれています。誰よりも働きます。手抜きをしません。取引先に対し誠実で、信頼されています。商売仲間との繋がりも大切にします。

    わたしは幼いころより配達や仕入れの車の助手席に乗せられましたし、仕事を手伝った時期もありました。「商売とは何ぞや」は、父の背中から、自然とわたしに刷り込まれました。

    実家はこんな構造でした。

    ひとつの建物に、会社の事務所と居住空間があります。仕事と家庭を隔てる物理的距離がありません。学校から帰るとわたしは、事務所で仕事中の母に「ただいま」と言います。母は夕飯を作っていても、仕事が忙しければ事務所に戻ります。父は仕事モードのまま帰宅します。公私の区別がつきにくい構造です。友達のうちに遊びに行ったときに「ああ、家って心が休まるところなんだ」と初めて知りました。

    その環境で、わたしが何度も耳にした父の二つの口癖。

    一つ目は「勝負だ」。

    父は、何事にしても、相手と勝負したがり、それに勝ちたがります。例えば小学生のわたしと絵を描いていたとします。すると「この絵はお父さんのほうが上手いな」と言います。その時の勝ち誇る顔を忘れられません。わたしは父の対戦相手のひとりであり、常に敗北感を味わわされました。

    二つ目は「見破った」。

    誰がどのような動機でその行動に至ったのか、俺にはわかる、と言いたがります。わたしの行動に対して「見破った!kozoはこう思ったから、こうしたんだろう」と言います。その時の得意げな表情が今でも目に浮かびます。それが当たっていようが、外れていようが、決めつけられるのが不愉快でした。

    父はこれら二つのスタンスを、商売で生き残るために身に付けたのでしょう。その仕事モードが家庭にそのまま持ち込まれた。

    わたしは父の「勝負だ」と「見破った」が嫌いでした。嫌いであるのに、その環境のなかでわたしは「勝負だ」と「見破った」を自然と身に付けていったのです。

    あの父のような顔になりたくない。相手に嫌な思いをさせたくない。だからわたしは相手に「勝負だ」「見破った」とは言いません。でも心の中では、その思考が勝手に起動している。相手に勝たないと敗北感は払拭されない。相手の心理を先読みしないと痛い目に合う。口に出さない分、技能としては高度になりました。

    このようにわたしは、父の野暮な「勝負だ」と「見破った」をスキルとしてより洗練させて、ここまで生き延びてきました。その反面、不毛な勝負や過度な先読みがわたしを苦しめてきたことも事実。これは父の呪縛です。

    でも呪いというのは、それを呪いだと説明できた時点ですでに呪いが解けています。わたしは父の呪縛と勝負し、見破りました。


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    活字では一気に読めてしまう場面も、朗読では、先のわからないドキドキ感、目を閉じて思い浮かべる情景、オチが耳に落ちる快感をより深く楽しめます。


    このエピソードはフォースアルバムに収録されています

    ※第46話/4thアルバム B面-4に収録


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    人生の観測記録を朗読しています。歌、演奏、MIDI打ち込みもやってます。stand.fmに朗読チャンネルと歌チャンネルがあります。

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