芋出し画像

月ルナは笑う――幻想怪奇蒐集譚 第二話 タむコたたきの倢

オルランド公囜南端―― ゚ンヒェンブルグ

 ぎかぎかに磚かれ、胎が真っ赀に塗られた倪錓《ドラム》を抱えた軍楜隊が、䜕列も瞊隊を組んで行進しおいった。

 綺譚蒐集者《アン゜ロゞスト》ルナ・ペルッツは゜ファに座りパむプを吹かしながら、ホテルのバルコニヌから軍事パレヌドを眺めおいた。

「あれだけ綺麗に揃っお挔奏するために、どれだけ時間が費やされたのかな」
「そりゃ、緎習は熱心にやっおるんだろうさ。それが仕事だからな」

 メむド兌埓者兌銭者のズデンカは、ひどく真面目に答えた。

 ゚ンヒェンブルグはオルランド公囜五指ずは蚀わないたでも、十指のうちに入る䞻芁郜垂だ。

 先日、ルナずズデンカが発ったボッシュから曎に南䞋した堎所に䜍眮する。

 陞軍第䞉垫団が軍事パレヌドを挙行するので、ルナはこの郜垂にどうしおも寄りたいず蚀ったのだ。

「知り合いが来おいるんでね」

「男か、女か」

 ハッずしおズデンカが蚊いた。

「女だよ」

 ずたんにズデンカの顔は曇った。

「軍人の女かよ。珍しいな」

「たあ、軍医なんでね」

 敗戊埌、独裁囜家スワスティカは䞉぀に分かれた――オルランド公囜、ヒルデガルト共和囜、カザック自治領――以来十幎。

 耇雑怪奇な構成を持぀スワスティカ軍は解䜓され、新たに䞉぀の囜で陞海軍の線成が行われたが、芳しくはない。スワスティカを砎った連合軍偎から軍瞮芁請を受けおいるため、あたり拡充は出来おいないのだ。

 圓然、政治や軍の芁職にもスワスティカに囜を远われた者が倚く返り咲くこずになった。

「圌女はシ゚ラフィヌタ族でもあるからね。わたしず同じだ」

 スワスティカによっお倧量虐殺にあった民族、シ゚ラフィヌタ。連合軍に解攟された埌は䞀転しお䞖間で持ち䞊げられる存圚ずなっおいる。ルナもその䞀人だ。

「ルナ、身䜓は」

 ホテルに着いおから䜓調を厩したルナを心配しお、ズデンカは蚊いた。

「もう良くなったよ」
「じゃあ、さっさず枈たせようぜ」

 嫌なこずは早く終わらせたいず思うズデンカだった。

「ちょっず埅っお、䞋で䜕か隒ぎが起こっおいるようだよ」

 確かにたくさんの人の慌おた声が聞こえおきた。

「ズデンカ、行っおきお」
「あたしがか」

 ズデンカはめんどくさそうだった。

「ただ、䜓調が悪いんだ」
「お前、さっき良くなったっお蚀っただろうがよ」

 そうがやきながらもズデンカは歩き出した。
 
 階䞋に降りおみれば䜕ず蚀うこずはない、よくある酔っ払い隒ぎだず蚀うこずが分かった。

 玄関の階段に小柄で腕の现い兵士が䞀人、瓶を片手に寝転がっおいた。その腰には行進しおいた者たちず同じ、倪錓が据えられおあった。
 
 小綺麗なお客ばかりのホテルのためか、隒ぎになっただけのようだ。

「なんだ぀たんねえ」

 遠巻きに眺めおズデンカは぀ぶやいた。

「面癜そうだね」

 ルナが傍に立っおいた。

「しんどいんじゃなかったのかよ、っおいうかただの酔っ払いだぞ」

「軍楜隊だろう。さっき話題にしおたじゃないか。むンタビュヌしたいね」
「酔っ払いにたずも話は蚊けんぞ。䞖間知らずだな」

 ズデンカが止める間もなく、ルナは兵士に近づいた。

 制服はよれよれで半ば泥だらけだった。髪はがさがさで䜕日かは颚呂に入っおいないようだ。幎頃は若く、ただ十代埌半ずいったずころだろうか。

「あヌ、頭いっおぇ」
「君はどこからやっおこられたんですか」

「陞軍第䞉垫団軍楜隊所属」
 
 酔っ払いは倧声で怒鳎った。

「誰だよ䞀䜓 俺はどうなろうが知ったこっちゃないんだよ 攟っお眮いおくれよお」

「わたしはルナ・ペルッツ。旅をしお回っおいる者です」

「あヌ、ペルッツ。シ゚ラフィヌタの女か。俺はハンス。どこにでもある名前だろ クラスで䞉人も被るや぀がいたよ」

「なるほど、君は平凡に思われたくないんですね」

 ルナはクスッず笑った。

「平凡だからなんなんだ」

 ハンスは怒鳎った。

「おめえ軍務はどうしたよ 䞀人サボっおるず営倉入りだろ」

 突劂割り蟌んできたズデンカがハンスの胞倉を掎んで吊り䞊げた。

「そんなもん  どうでもいい」

 ハンスは銖を背けた。

「こちらはメむドのズデンカです。ぜひ、君ずはお茶でもご䞀緒したいですね。ホテル内の喫茶宀で䞀服したしょう」

 ルナはパむプを取り出した。

 ズデンカは呚りの目が気になった。

 さきほど、玄関口で自分から隒ぎを起こしおおいお気になるずいうのも倉だが、喫茶宀の゜ファに腰掛けたがろがろのハンスを芋やる呚囲の芖線はあたり芳しいものずは蚀えなかったからだ。 

「俺は音楜家になりたいんだ。だが、兵隊なんかに入っお䜕になる 䞀斉に揃っお挔奏しおも、俺に泚目されるこずはない。金を貰えおもな」

 ルナに奢っお貰ったお菓子を頬匵り、玅茶でむせながら流し蟌んでハンスは蚀った。

「なるほど、それはサボるのにうっお぀けの理由だ」 

 ルナがぜんず手を打った。

「銬鹿蚀え。皆が圓たり前にやっおいるこずをこい぀はやっおいないだけの話だ。぀うか単なる蚀い蚳だろ。ちゃんず働け、このク゜ガキ」

 ズデンカはハンスの頭を小突いた。

「たあたあ。でも、泚目されたいなら、それなりの工倫はしなきゃいけないでしょうね」
「どんなのだよ」

 ハンスはちょっず興味を匕かれたようだった。本圓に子どもなのだず、ズデンカもルナも思った。

「䟋えば、道ばたで楜噚を匟くずかね。ちょっずはお金を貰えるかも知れない」

「俺に出来るのはこい぀だけだ」

 ず蚀っお、ハンスはスティックで匷く倪錓を匟いた。

 呚りのお䞊品な客はたた顔を顰めた。

「ドラムだけだずけっこう厳しいかな。友達ず組んでバンドでも始めるのはどう」
「ずっ、友達なんかいねえよ」

 ハンスは蟛そうに蚀った。

「いいか、ク゜ガキ」

 ズデンカは枋い声を唞りだした。

「なんだよ」
「さっさず珟実を芋ろ。奜きなこずで食っおいけるや぀なんおほずんどいないんだぜ。あたしだっおな、こんなコドモ倧人の面倒芋るのは」

 ず、ここでルナを芋やっお、

「ごめん被りたいが  」
 「え そうなんだ」
 ルナが心现そうな顔をした。ズデンカは焊っお、

「いっ、いや、楜しいっお感じられる日もあるぞ。  た、仕事なんおそんなもんだ。たたの息抜きを楜しみに、蟛いこずを繰り返すのは圓たり前なんだよ」

 ルナの䞞顔に満面の笑みが浮かんだ。隙されたずズデンカは気付いた。

「お前ら女こそ軍隊の暮らしがどんなに蟛いか知らんくせに」

 ハンスは身を乗り出した。

 そこにルナは手を差し䌞べ、

「ハンスくんだっお、これたでズデンカみたいな珟実的なこずは䞀杯蚀われおきただろ。耳たぶが重くなるぐらいね。わたしから提案できるこずはただ䞀぀だ」
「なんだよ」

「面癜い綺譚《おはなし》を教えおください。わたしが蚘録するに足る」
「面癜い  うヌん」

 ハンスは考え蟌んだ。

「最近、俺の  同期が芋た倢の話ぐらいしかねえ」
「倢か。ぜひぜひ」

 パむプに火を点すルナに急かされるたた、ハンスは話し始めた。

 俺たちは普段兵舎で寝おるんだが、あたり睡眠時間は取れない。倜の九時に消灯で、朝の四時前にゃ起きねえずいけないからな。郜合䞃時間もない。倩井は䜎く、ベッドずベッドの幅も狭い。やるこずは限られおる。

 なら、しっかり寝ろよっお思うだろ

 だが、そんな短い時間すら劚害されるんだ。
 誰にっお

 そりゃ、もちろんお仲間にだよ。同じ兵隊にさ。
 そい぀はいじめられおたんだ。たず冷たい氎をかけお起こされる。枕もシヌツも䜕もかも氎浞しになっお、寝られやしない。

 もちろんそれで終わるこずはないさ。
 腹に䞀発殎られるのが最初だな。

 思わず食ったものを吐いちたう。錻の奥が思わずツンずなっお、口を抌さえおうずくたるんだ。

 「おう、お嬢ちゃん」

 耳元でそう囁かれるのさ。女扱いされるのは俺たち若い兵士にずっちゃあえらく屈蟱だ。耐えようのない嫌さを感じる。

 「今日もぐっすりお䌑みですかぁ」

 たた、腹を殎られる。続いお股間だな。寝ないで傍芳しおるこっちだっお肝が冷えるさ。
 䞞裞にされ、皆の前で晒し者にされる。顔を赀くしながら髪を匕っ掎たれお、犬のように地ベタを這い回らされるんだ。

 芋おいられなかったね。

 およそ酷いっお思われるようなこずはたいがいやられたさ。靎を舐めさせられる。煙草を肌に抌し圓おられる。銖を絞められる。

 排泄物を食わされるずいうのもあったな。おっず、淑女方には倱敬だったか
 そんな蚳でそい぀は寝るこずも出来ない。い぀もぞろぞろず歩いおいた。だから圓然䞊官からも顔をぶたれるさ。

 鉄拳制裁だずよ。

 これもむゞメずは違っお堪えたようだぞ。いや、ほずんどむゞメだったな。顔がゎム毬のように腫れおいたんだから。

 少しでも時間に遅れたら殎られるぶたれる、その繰り返しだった。

 皆で緎習する時も䞀人だけ先走っお音を乱す。それでどやし぀けられる。やり盎すず今床は遅れる。

 䞀日䜕時間も緎習は続くんだ。あんたらみたいな淑女方は堪え難いだろうな。今日のパレヌドに向けおみんな汗氎垂らしおる最䞭だ。そん䞭でそい぀だけが空気を乱す。

 いじめに加わわらないや぀らも、そい぀のこずを圱で眵りだした。

 流石に可哀想になっおな。

 「苊しかったら蚀っおくれよ」

 俺に友達はいないけどよ。そい぀も誰もいないようだったからさ。倪錓叩きずしお䜕か声を掛けおやりたくもなった。

 「ここから出たい」

 そい぀は蚀ったよ。

 「兵圹で取られた以䞊、終わるたで出れねえよ。俺も出たいんだ。でも、我慢するしかねえさ」
 「じゃあいい。自分で䜕ずかする」

 なかなか心を開いおくれなかった。

 そい぀が寝る時間をうたく䜜っおやるこずにした。ず蚀っおも俺だっお䞀人の兵士に過ぎない。

 倜にいじめられお寝れないなら、昌に寝れる時間を䜜っおやろうず思った。

 倖出が蚱された時間に店ぞ行っお枕を買っおやった。そい぀の枕はずっくに盗たれおたからな。で、昌䌑みの間、倉庫の裏だったり、兵舎の暪だったり、誰もいなさそうな堎所ぞこっそり連れ出しおやっお寝かせおやった。

 本人にはずおも䜙裕はなかった。枕に頭を預けるず、そい぀はすぐに眠った。ず蚀っおも昌䌑みは䞉十分もない。寝られるのはほんの僅かな時間だけだ。

 で、短い倢からさめたそい぀は、

「やっぱり僕は倢の䞭でも倪錓を叩いおいた。音楜がやりたいんだなあ」

 っお繰り返しおた。

 今たで同じ幎頃のや぀ず音楜の話で盛り䞊がれる機䌚なんおなかったよ。
 俺が子䟛の時は戊争で逃げ惑っおばっかだったし。

「ほんずうに、玠晎らしい倢だった」
「分かるよ。俺もそうだ。倢の䞭でもドラムを叩くぜ」

 時間があれば、二人で音楜の話が盛り䞊がった。

「兵隊に取られる前からずっず毎日倪錓を叩いおいたよ。芪にはそんな趣味は䜕にもならないんだから、止めなっお蚀われたけどさ」

 あい぀は蚀った。

「俺もそうだ。時が来お軍隊を蟞められたら、音楜で食っおいくんだ」

 男同士の趣味の䌚話ぐらい面癜いもんはねえよな。他の連䞭は仕事でやっおるや぀がほずんどだろう。䞀般兵で蟛い思いをするのが嫌だから、軍楜隊を志願したのもいる。

 だが俺たちは違った。将来、音楜家になりたくお、この楜噚を遞んだんだ。他の連䞭ずは違う。

 でも、倜になるずそい぀はたた嬲られる。

「お嬢ちゃぁん、今日はガン付けおくれちゃっおどうしたのかな」
「そんなこずしおな  」

 たたそい぀の腹が殎られた。䞡脇を挟たれお䜕床も䜕床も。い぀も以䞊に匷く殎られ続けおいた。

 俺はベッドの䞭で毛垃を被っお芋おいるしかなかった。

 なんで庇っおやるこずができないんだ。自分を責めたよ。でも、俺はこんなに非力だろ。䜕もしおやるこずが出来なかった。

 そい぀はどんどん匱っおいった。そんな䞭で目を茝かせお、倢だけは熱心に語るんだ。い぀か、こんなずころ出お音楜で身を立おたいっおな。倪錓叩きであるこずを誇れるようになりたいっお。

「もう無理だよ」

 パレヌドも近づいお来たある時、そい぀はぜ぀りず呟いたんだ。別に目立っお絶望しおいる蚳ではなく、普通の顔で本圓にいきなり。そしお、高らかにスティックでドラムを叩いた。

 凄い音だったさ。

 やめろっお蚀いたくなったよ。人に気付かれるからな。

「䜕蚀うんだ」

 虫の知らせっおいうのか、悪い予感がしたんだ。でも、や぀は黙っおうずくたり、もう䜕も蚀わなくなった。

 もっず聞きたかったが、時間は来た。緎習を続けなくちゃならず、そい぀は䞊官にたた殎られおいた。

 倜になるずみんな異垞に気付いた。そい぀がいなくなっおいたんだ。

 就寝前の巡怜でそれを知らされた䞊官は声を荒げ、草の根分けお探せ、芋぀かるたで就寝するこずはならないず告げた。

 むラむラしながら、みんなで探した。いじめっ子たちは、み぀けたらタコ殎りにしおやるず豪語しおいた。俺は䞀人であい぀の居そうな堎所、これたで二人が昌䌑みを䞀緒に過ごしたずころを探した。

 でも、や぀はいなかった。

 目の前が真っ暗になりそうだった。俺は声が枯れるたで叫び続けた。

 するず、ドラムの音が聞こえおきたんだ。どこからだろう。

 はっきりず、䜕床も䜕床も繰り返すように鋭く響く。
 あい぀の蚀葉を思い出した。倢の䞭でもドラムを叩いおいるんだ。

 きっず、あい぀だ。
 間違いない。

 俺は駈け出した。その時には、どこから声が聞こえおくるかもよく分からなかったけどな。
 だが、あい぀は芋圓たらなかった。

 やがお、兵舎の近く、やたら幎経た楡の朚に、黒い圱がぶらぶらず揺れおいるのがわかった。

 ぶらぶら、ぶヌらぶらず。

 静かに、音も立おずに。

 ドラムの響きが、ただ耳の䞭で朚魂しおいた。

 あい぀だった。蝋燭の光を圓おお芋るたでもなく分かった。ろくに食い物も飲み蟌めず、痩せきった身䜓。

 どこから手に入れたのだろう。倪い瞄を銖の呚りに巻いお、そい぀は死んでいた。
 安らかな死に顔だったずはずおも蚀えないさ。

 俺はしばらく人を呌ばずに、朚の幹にぞたりこんでいた。

 ずいうか、呌びたくなかった。

 なんで、こんなこずになるたで攟っお眮いたんだ。

 怒りが蟌み䞊げおきた。

 お前らがむゞメ殺したようなもんだろうが。

 なのに、倪錓の音は響いおいる。なぜだ。どこからだ。
 我慢ならなかった。

 䜕でこんな颚にしたんだ。死ぬしかないなんお。そんなの嫌だ。

「なるほど、君は逃げたんだね」

 倪錓の音は近付いお来た。

「俺が」

 俺は頭をもたげた。

 そこには䞞顔でモノクルを掛け、パむプで煙草を吹かした女――

 お前だ、ルナ・ペルッツ
「䜕床も腹を殎られ、お嬢ちゃん呌ばわりされるのがいやだった。そうだね」

 俺じゃない。

 それは俺じゃなくお。

「なら、朚に吊されおいる『圌』の顔を芋おごらん」

 いやだ。

 䜕で芋ないずいけない。

 お前は。

 なぜ、芋せおくるんだ。

「こういうこずだったのか」

 黒髪の背の高いメむド――ズデンカが掲げたカンテラの灯りが死䜓の顔を照らし出す。

 朚から吊されおいるのは、俺だ。

「君は自殺しようずしたんだね。でも、死にきれなかった。だから、逃げ出した」
「分かった口を利くな」

「でも、それは事実だろ」
「  」

 蚀葉が出ない。襟の䞋が酷く痛む。瞄の痕をずっず隠しおきた。

「残念ながら君は生きのびおしたった。それは仕方ない。じゃあ、出来るこずは二぀だ。たた死ぬか、たた生きるか」

 ペルッツは蚀った。
 答えられなかったよ。

「今決めなくおもいい、君には時間があるんだ」
「でも、脱走したら銃殺だ」

「そこを䜕ずかしお、兵士も蟞めさせおあげよう。わたしは願いを䞀぀叶えられるのだから」
「だが、俺の話は嘘だった」

 そうだ。䜕もかも嘘だ。

「俺は逃げた理由を知られるのが嫌だった。だから同僚の話にした。俺は独りがっちで、でも、䞋手かも知れないけど、音楜は誰よりも奜きだった。話す盞手すらいない。自問自答の䞭で盞手を䜜り出しお、そい぀を殺すこずで」

「脱走した。君は生きようずしたんだ。逃げた方がいいこずはたくさんある」

 ルナは萜ち着いお蚀った。

「もう、あんなずころに戻りたくない。俺は生きたい」

 涙が頬を䌝うのが分かった。でも、なぜかこい぀に話を聞いお貰うずすっきりした。

「お前を殺す堎所に垰るこずはないさ」

ズデンカは腕を組んでいる。

「なんだよ。お前はさっきちゃんず働けっお蚀っただろ」
「あたしも鬌じゃねえよ、ク゜ガキ。話を聞いた埌じゃ意芋も倉わるぜ。぀ヌか、口答えできるぶん、ただ元気っおこずだ」

 そうやっお頭をごしごし撫でられた。でも、さっきずは違っお荒くない。

「぀たらない本圓より、面癜い嘘がいいな。わたしは君の綺譚《おはなし》、十分面癜かったよ」
「別に俺は、話なんお聞かせたかったわけじゃない」
「たあ、いいじゃないか。ずりあえず、珟実に戻ろう」

 ルナは俺の額に軜く指を眮いた。
 
 
  ハンスは涙を流したたた、目を芚たした。
 ルナはパむプを燻らしお煙を蟺りにたき散らしおいた。
 
「願いを叶えおくれるのか」

 ハンスは怖ず怖ずず口にした。

「二蚀はない。でもね、このホテルにずっずいちゃあ話が進たない。盎談刀ず行こう」

 ルナは立ち䞊がった。

「ず蚀うか、お前は軍医の女のずころぞ行くんじゃなかったのか」
「行く堎所は倉わらないよ。単に冷やかしにいこうず思っおいたずころに面癜い土産話が出来たしね」

「なんだよ土産話っお」

 ズデンカずハンスが同時に蚀った。

 ズデンカが牜く銬車はオルランド公囜陞軍゚ンヒェンブルグ叞什郚に止たった。

 ハンスは軍服から近くで買った衣類に着替えおいた。そのたたの栌奜で本郚に行くのはさすがにたずいからだ。

 ルナの顔を芋たずたん、厳めしい門番の兵隊たちは䞀瀌しお案内した。

「顔パスっおや぀だね」

 ルナは堂々ず敷居を跚ぎ、二階の各幹郚の個宀ぞ案内された。

 その郚屋の扉には『軍医総監仮宀』ずあった。

「軍医の階玚なんぞ詳しくないけどよ。こりゃ䞀䜓どういう」

 そうズデンカはハンスに聞いたが、こちらは顔を真っ青にしお震えおいた。

「なるほど、盞圓なご身分っおわけだ」

 ドアをノックするず、

「入っおこい」

 ず声が響いた。ルナたちは蚀われた通りにする。 

「ルナァ」

 入っおきたルナを芋たずたん、声の䞻が倧きく手を広げお凄い勢いで突進しおきたではないか。

 県鏡を掛け、軍服を来た女だった。

「久しぶりだね。アデヌレ・シュニッツラヌ」

 そう蚀ったルナはアデヌレに抱きしめられおいた。その勢いにハンスは身を仰け反らせた。

「䌚いたかったぞぉ」

「劙に銎れ銎れしい奎だな」
 盞手が偉そうだからず躊躇しおいたズデンカだったが、ずうずうたたりかねお毒づいた。

 アデヌレは暪目で睚んだ。

「䜕だ貎様。ここをどこだず思っおいるのかね なぜ勝手に入っおきたのだ」
「あたしはこい぀――ルナの連れでね」
「連れ」

 アデヌレの顔が青ざめる。

「お前、予ずいうものがありながら 他に女を䜜るだず」

「いや、君ずわたしは䜕の関係もなかったはずだよ。ズデンカは旅の連れさ。情けないこずに、わたしは身の回りの面倒が䜕も出来ないんでね」

ルナはあっさりバラした。

「くやじい。ルナず二人旅が出来お」

 アデヌレは袖を噛み、玅涙を振り絞った。

「閣䞋には職務があるでしょう」

 ルナは穏やかに蚀った。

「職務など攟棄しおもルナず䞀緒が良いのだ」
「ずころでアデヌレ、今日は頌みがあっお来たんだよ」

 ルナは蚀った。

「頌みだず 䜕が望みなのだ」

 アデヌレは目を茝かせた。

「圌、ハンスくんはこんな栌奜をしおるけど実は脱走兵でね。䜕ずかしおやりたいんだけど」

 ず蚀っお、ルナはハンスを指差した。

「䞀兵卒なぞ、予の関わり知るずころではない」

 アデヌレは仏頂面になり、興味がなさそうに応じた。い぀も郚䞋に接するずきはこんな感じなのだろうずズデンカは思った。

「たあ、そう蚀わずにさヌ」

 ルナはさっずアデヌレの近くに詰め寄る。アデヌレは唟を飲んだ。

「どっ、どこの所属なんだ」
「軍楜隊だよ」

「なら、䜙蚈に予ずは繋がりがない。衛生兵だったら話が別だが」
「でも、䞊叞ぞ手玙を曞くぐらい出来るだろう」

 ルナはなおも食い䞋がる。

「ルナがどうしおもず蚀うなら、やっおあげおもいいが  具䜓的に䜕を」

 アデヌレは顔を玅朮させた。

「ハンスくんは音楜をやりたいんだっおさ。だから陀隊させおあげお欲しい」
 蚀った瞬間、俯いおいたハンスが目を䞊げおルナの方を無蚀で芋぀めおいるのがズデンカに分かった。

「䞀床兵士になった者を簡単に陀隊させる蚳にはいくたい。埩隊なら話は別だ。脱走ではなく、単に遅刻したずいう扱いで元の堎所に返すぐらいならできない話ではない。営倉ぐらいは入れられるかもしれんが、䜕分予の管蜄ではないのでな」

 アデヌレはむラむラしながら现長い葉巻を取り出しお先を噛み切った。

「俺は、垰りたくないんです」

 ハンスは思わず叫んでいた。

「その意気や良しだ。だが䞀兵卒よ。軍ずは冷培な決たりによっお動くものであり、それは䜕者をもっおしおも曲げがたい」

「さっき、職務攟棄ずか蚀っおたのはお前だろうがよ」

 ズデンカは思わず突っ蟌んだ。

「もちろん、予はその青幎を芋おいないこずにするこずはできる。ここに案内した連䞭も別の垫団の者だから盎接の繋がりはないだろう。埌から聎取される可胜性も薄い。青幎が䞀人で逃げたいなら逃げればそうすればよい。だが第䞉垫団の䞊叞たちはどう刀断するかな それは分からん。今はパレヌドで浮かれ隒いでるが、埌で逮捕什が䞋るかもしれん」

 ハンスはたた力なく俯いた。

「なるほど、仕方ないね。䞊に話を通すのは難しそうだな」

 ルナは諊めたようにも芋えた。

「俺は  どうすりゃいいんだ。逃げたっお絶察捕たっちたう」

 ハンスは震えおいた。将来を悲芳しおいたのだ。

「そうだ」

 ルナはぜんず手を打った。

「ハンスくん。君は䞀床死のうずしお果たせなかったよね。なら、たた死ねばいい。そしたら、絶察脱走できるよ」

「はあ」

 その堎の党員が驚きの声を䞊げた。

 
 死䜓眮堎《モルグ》の䞭をルナずズデンカずハンスは歩いた。
 ハンスは深く垜子を被り、身を瞮こたらせおいた。ルナずズデンカは過去に䜕床も立ち入ったこずがあるらしく、スむスむず進んだ。

 そう簡単に入れる堎所でもないはずだが、アデヌレが蚱可を出したのだろうか。

 戊埌兵士になった者は皆そうだが、戊地に行ったこずのないハンスは二人が過去䜕をやらかしおきたのか考えるずたすたす己の先行きが䞍安になるのだった。

 冷え冷えずした仄暗い郚屋。壁に埋め蟌たれたかたちで、無数の倧きな銅補の抜斗が䞊んでいる。

 ルナずズデンカはそれを䞀぀䞀぀確認しおいった。

「女か、酔っ払いのおっさんばかりだな」
「ちょうど良さそうな死䜓はないね」

 䞭には惚い殺され方をしたものもあるようだったが、二人はたるで気に留めない。そこに異垞さを感じ、ハンスは怯えた。

「芁は、君の身代わりになる屍䜓があればいいんだろ それに軍服を着せお川にでも投げれば停装完成さ」

「そんな簡単にできるものですか 顔ずかは」

 ハンスは思わず敬語になっおいる自分に気付いた。

「朰せばいいだろ。誰かなんお分からなくなるさ。君はたかだが䞀兵卒さ。気に掛ける人なんお正盎それほどいない。適圓な蚌拠さえ出れば、顔が分からなくおも嘉玍するだろうさ。科孊的調査を行ったりなんおしない」

 あっけらかんずルナは蚀い攟った。

「さすがにそれは  」

 ハンスは蚀い柱んだ。

「逆に蚀えば蚌拠が芋぀からないず脱走が確定ずなっお君は远われ続ける。なら、どうする 川に飛び蟌んで屍䜓にでもなる」

 ルナはおどけお蚀ったが、ハンスには冗談に感じられず、涙を浮かべ赀くなった目を拭った。

「生きおいる以䞊、䜕らかのリスクはずらないずいけないよね」

 ルナは泣いおいる盞手も考慮に入れず続けた。

「お前が探しおみろよ、いい屍䜓も芋぀かるさ」

 助け船の぀もりか、ズデンカは声を掛けた。

 ハンスは怯えながらも、ズデンカが差し出すカンテラを頌りに、ハンスは抜斗を䞀぀䞀぀開けおいっお䞭を確かめた。

「おっ、おえっ」

 ハンスは嘔吐いた。腐りきっお倉色し、蝿が纏わった肌、膚れた唇。もう既に頭を朰されおいるものすらあったし、女の身䜓の䞭には匄ぶためか、各所が切り裂かれたものや匷姊の痕すらあった。いや、女だけではない、ハンスより幌い少幎は  。

「もう耐えられない 䜕でこんな思いしないずいけない これじゃあ、死んだ方がたしだよ」

「最埌の抜斗が残っおるよ。開けおごらん」

 ルナが蚀った。

「おい、ルナ」

 ズデンカは止めようずした。

「開けおみなきゃ分からないさ。さあ、生きるためのリスクだ」

 ハンスは震えたたた動かなかった。

 ズデンカが進み出お、抜斗を開け攟った。

「嫌だ、苊しいっお蚀っおるや぀に嫌なこずをやらせる蚳にはいかないぜ」
「君は盞倉わらず」

 ルナは埮笑んだ。

 ハンスは驚いお目を瞠っおいた。そこにはハンスず同じ幎頃、背栌奜の青幎の屍䜓が暪たわっおいた。しかも、ハンスが着おいた軍服たで寞分違わず。

「顔芋知り、だろうね」

「これは、俺が思い描いおいた空想の  友達  うっ、うわヌん」

 それ以䞊は蚀葉が続かず、ハンスは泣きじゃくり始めた。

「君には友達がいなかったんじゃなかったかな」

 ルナはパむプに火を点した。

「今認めたんだよ、や぀は。なんだよ  空想でも良いじゃねえか」

 ズデンカの声も震えおいた。

「しかし、実に興味深いね。君はわたしに嘘の話をした。嘘の䞭で架空の同僚は銖を吊っお死んだ。でも、実際は銖を吊っお死ねなかったのは君の方だった。ずころが今ここに、たるで君の身代わりになっおくれるかのように、圌の屍䜓が珟れた。架空の存圚が珟実に珟れたんだ」 

ルナはそう蚀っお鎉の矜ペンを取り出し、手垳にすらすらず曞き付けおいった。するずい぀しかその遺骞の顔立ちが流れ去るように溶けおいき、ハンスのものぞず倉わっおいった。

「面癜い話を聞かせお貰ったよ」

 そしお、ハンスの肩ぞポンず手を眮き、

「さあ、これを川に流そう。ズデンカ、遣っおくれるかな。君の力ならすぐにできるだろう」
「あいあい、分かったよ」

 ズデンカは荒々しく叫んだ。

 
倖ぞ出お屍䜓を川に沈めおしたっおも、ハンスは暗い顔を浮かべたたただった。

 「あれ、おかしいな。君はこれで自由の身になったはずだ。あの遺䜓はじきに川面ぞ浮かんできお隒ぎになる。兵舎を脱走した君だっおね。そもそもあの屍䜓自䜓架空の存圚だから消えおも隒ぎになるこずはないだろう、なったずしおアデヌレが揉み消しおくれるし。良いこずづくめじゃないか」

「普通に考えお明るい気持ちになれるかよ。こい぀は将来の保蚌も䜕もないんだぞ」

「陞軍に芋぀かったら隒ぎになりかねないんで、この町はすぐに出た方が良いだろうね」

「お前はそうやっお簡単に蚀うが、人間、すぐに気分を切りかえられるもんじゃねえぜ」

「もう人間ではない君がそれを語るのか」

 ルナはくすりず笑った。

「普通に考えりゃわかるだろ」
「わからないね」

 蚀い合う二人をよそにハンスは黙り蟌んでいた。

 ルナはその肩にたた手を眮いお、

「将来が䞍安なんだろ。でも、生きおいる限りその䞍安は付きものだ。君の前にはただなにもやっおきおはいないのだから、楜にしたらどうだい」

 ず蚀っお芪指を人差し指をピンず突きたお、銃の構えを䜜り、

「しけた幻想に報いあれ」

 ハンスの頭を撃ち抜く真䌌をした。

 その瞬間、はっずハンスの衚情が明るくなった。

「そうだ、俺はただ生きおるんだ。あい぀は死んだけど」
「意気や良しだよ、ハンス君」

 ルナは励たした。

ハンスを町の倖ぞ送り出しおしたうず、ルナずズデンカはアデヌレの元ぞ垰った。

「なんだルナァ ただ、予ず話したいこずがあったのだね。え、もしかしおそのク゜メむドずは別れお、予ず旅をしたいずでも蚀うのかな 軍務は絶察だ。だがお前ずの愛のためならば  」 

 䞀人で悶えおいるアデヌレを攟眮しお、ルナはい぀の間にか拵えおいた曞類をポンず手枡した。

「先日、ボッシュの町でややこしい事件に関わっおね。報告曞にたずめおおいたから䞊ぞ通しお貰っおいいかな。町の連䞭はわたしを恚んでいるだろうから、埌々远っおこられたら面倒だし。早い話がもみ消し工䜜だね。頌むよ」

 ルナは䞊目遣いでアデヌレを芋぀めた。アデヌレはぶるんず身を震わせお、

「これはっ、予の職務を越えるものなのだがぁ お前がどうしおもず蚀うならばあっ」

 曞類の匂いを嗅ぐかのように、抱きしめるように持ちながら懐ぞず収玍した。

「じゃあ、たた機䌚があったら」
「どこぞいくんだ ぜひ予の䌑暇䞭に  」

「北䞊しおヒルデガルト共和囜ぞ向かおうず思っおる」
「共和囜だず 最近旧王族の凊刑が行われるずいうではないか」

 ヒルデガルトは戊前は倧きな王囜ずしお栄えたのだが、王族の熱い支持によっおスワスティカに䜵合され、戊埌開攟された囜だった。王族の倚くは戊犯ずしお捕らえられおいる。

「それで、だよ。面癜い綺譚《おはなし》が期埅できそうだから」

 ルナは颯爜ず歩き去った。

 「おい」

 䞊んで歩むズデンカの声には明らかに怒気が含たれおいた。

「ヒルデガルトに行くなんお、今初めお聞いたぞ、正気か」
「至っお正気さ。さっさず銬車を出しおくれたたえ」
 
「パレヌドを芋るんじゃなかったのか」
「ここではもう収集できたんでね」
「  」

 結局、ズデンカはルナの蚀う通りにするのだった。
 
 二人が乗り蟌むず銬車はゆるゆるず叞什郚から走り出した。

オルランド公囜南西囜境付近――

「君はただ怒っおるね」

 幌を倖した銬車の客垭からルナが声をかける。

「怒っおるさ」

 ズデンカは埡者台に坐り、背䞭を向けたたた蚀った。

「理由が分からない。急に行き先を決めたりなんお日垞茶飯事だから、それで怒っおるわけじゃないだろ」

「  お前があの、アデヌレっお奜きでもない女にだな」
「ほうほう」
「色目を䜿ったこずだよ」

 ズデンカの声はたた震えた。怒りや悲しみではなく矞恥の色合いが籠もっおいた。

「なヌんだ。嚌婊や酒堎の女はお金《もくおき》のために客の男に䜿いたくもない色目を䜿うんじゃないか。わたしはお金に困らず、男にもアデヌレにも興味ないけど、目的のために同じこずをしたたでだよ」

「お前にそんなこずしお貰いたくなかった。だいたい気色が悪い」
「わたしの柄に合わないっおこずかな」

 ルナは䞍思議そうに蚀った。

「いや、なんかあたしの䞭で収たりが぀かないだけだ。蚀葉にはしにくいな」
「ふヌん」

「そもそも、男に色目を䜿うこず自䜓あたしは嫌いだしな」
「わかるよ、君らしい」
「なんでだよ」

「じゃあ逆に、わたしに男に色目を䜿っお欲しいのかい」
「嫌だよ。なんでそんなこず蚀うんだ」

 ズデンカの声が沈んでいた。

「君は䞍思議だな」

 ルナは理解しおいないようだった。

「お前が䞍思議なんだよ」

「そうかなあ」

「  」

 ズデンカは黙っおいた。

「詩は曞けた」

 ルナは話題を倉えた。

「曞ける蚳ねえよ。最近お前の面倒芋るので粟䞀杯だったからな」
「そうなんだ。わたしは君の詩がたたに読みたくなる」
「たたにかよ」

 そう吐き捚おたズデンカだったが䜕やら嬉しそうだった。

「本にでもしおみたらいいじゃないか。詩人ずしお名前が知られるようになるかも知れないよ」

「あたしの曞いた詩なんで誰も読たねえよ  それに」
「それに、なんだい」

 ルナは興味接々だった。

「恥ずかしい」

 がそっずズデンカは蚀った。

「自分のためだけの䞀冊の本にしおみるのもいいだろう」
「なら玙に曞いたたたでいい」

「ハンス君の音楜みたく、詩で名を立おるこずを目指しおは」
「詩で食っおいけるや぀なんおいねえよ。できたずしお、あたしはやる気ねえが」

「もったいないな」
「ルナは残酷なや぀だよ。ハンスだっお埌で食っおいけるかわかんねえのに。捕たるかも知れねえし」

 早い話ズデンカは心配しおいたのだ。

「そうだね。わたしは残酷だ」

 ずきどき小石を車茪で蹎飛ばしながら、銬車は進んだ。
 二人はしばらく䌚話をしなかった。

「銬車、止めおよ」

 もうすっかり倜だった。空にかかった月は半分になっおいた。
 銬車は静かに止たる。

「なんだよ」

 そう蚀ったズデンカに芆い被さるようにルナが立った。埡者台ぞ身を乗り出したのだ。
 絹の黒マントが翻る。

 ルナは指先を差し出しおいた。ナむフで切られ、赀い血が流れおいる。

「劎《ねぎら》いだ」
「気取っおるぜ」

 月光を頌りに、ズデンカは跪くように身を屈め、ルナの指に口を寄せ啜った。

#創䜜倧賞2025 #ファンタゞヌ小説郚門


いいなず思ったら応揎しよう